柊攻め 1
                      no name


柊邸の夜は深い。
中世の城もかくや、という豪邸に灯る明かりは思いのほか少なく、広大な敷地には生ける者の気配が乏しい。閑静な住宅街の中に於いても、一際の静寂に包まれている。
そんな邸内の一室で響く淫らな水音と熱い吐息を覆い隠す様に…

「はんっ…うん…うむぅ…んん……ちゅっ……んむぅ…」
豪奢な調度品がそこかしこに置かれた部屋の中、ゆったりとしたソファに腰掛けた少年の前に、黒髪の少女がひざまづき、その股間に顔を埋めている。
やや切れ長の瞳、ツンととがった小振りな鼻、紅を差さずともほのかに色づいた薄い唇。
まず美少女と言って良かろう。
その端正な表情も今は苦しみに歪められ、頬を伝う涙が、痛ましくもあった。
「んちゅ…んちゅっ…ひ、柊さま、い、いかがですか…?」
メイド服を纏ってはいるが、明らかに年端もいかぬその少女が、熱く潤んだ瞳で上目遣いに問いかける。
が、問いかけられた柊は、さほど面白くなさそうな顔で、素っ気なく返した。
「ああ…まあまあかな…」
まるで少女など眼中に無い様子で、手にした書物を繰り続ける。少女は、その美しい顔立ちを不安に曇らせながら、ただオロオロとするのみ…
不興を買ってしまったのだろうか?涙を浮かべながらうつむく少女に、抑揚のない声が命じる。
「ほら、休まないで…続けるんだ」
「は、はいっ…」
少女はごくりと喉を鳴すと、目の前の威容に再び向き合う。細身の少年には似合わない、グロテスクとさえ言える怒張は、すでに彼女の唾液にまみれ、ほのかな室内の光を跳ね返し、てらてらとぬめっている。
可憐な唇を精一杯開き、肉棒を口に含んだ少女は、そのままぎこちなく動き始める。
技巧など無い、ただの形ばかりの口淫であった。性行為の経験など微塵も無い彼女にしてみれば、それでさえ精一杯の奉仕であったが…
「…もう良い…下がってくれないか」
「ひ、柊様…!」
ほんの一瞬、目を上げた柊は冷たく少女を一瞥し、また視線を落として言う。
「もうすこし僕を楽しませてくれるようになってから、またおいで」
「お、おねがいです柊様!ア、アタイ…!」
縋る少女にそれ以上構う様子も見せず、手元のベルを鳴らす柊。心地よく澄んだ音色が静寂の中に吸い込まれると、少女と似たメイド服を纏った女性が、影のように静かに現れる。

「お呼びでしょうか、恵一様…」
いかにも頼りなげな少女に比べると、比較にならない風格を醸し出す美しい女性だった。
柊の剛直を晒した姿を見ても、いささかも動じた様子は無く、至って冷徹な態度を崩さない。
柊は何も言わずに、ちら、とだけ目配せをした。それだけで全てを心得た様子で、女性は深々と身を折る。
「かしこまりました、恵一様…さ、おいでなさい」
「や、やぁ、あ、アタイ…っあ!」
ぱちん、と小気味よい音を立てて、紅潮した頬が鳴った。激しい平手を受けた少女の身体が、絨毯の上に這いつくばる。
「言葉遣いにはお気をつけなさいと、あれほど教えたでしょう?…もの覚えの悪い娘ですこと…」
「な、何するのさコイツぅ!」
身を起こした少女が食ってかかろうとした、その時
「クロミ」
ぱたりと本を閉じる音とともに、柊の冷たい声。クロミと呼ばれた少女は、恐れ混じりの悲痛な表情で柊を振り返る。
柊は、股間の分身を優雅にしまいながら、やや険しい表情で彼女を見据える。
「美香子さんの言う事を良く聞くんだ…判ったかい?」
「ひ、ひいらぎ…さま…」
冷酷で、一遍の慈悲も感じられない声。お前の事などどうでも良い、と言わんばかりの。
「さ、いらっしゃいな…私が、しっかりと躾てあげましょう」
美香子の美しい無表情が、わずかに歪んだようだった。
少女の細い腕を後ろ手に捻り上げ、無理矢理立ち上がらせる。痛みに悲鳴を上げる少女に気遣いなど見せず、引きずる様に連れ出す。
「やっ、やぁぁ!ひ、柊さまぁ!おねがいですっ!アタイ、アタイッ!」
悲鳴が遠ざかり、やがて闇の向こうに消えた。
柊は、そんな事には興味が無さそうに、傍らのバイオリンと黒い弦を手に取る。姿勢を正し、優雅な仕草で曲に集中すると、流麗な旋律が静寂の中に拡がっていく。
「柊サマ…」
物陰から、ずんぐりとした生き物が這い出てきた。
「柊サマ、なんであんな事するゾナ?クロミ様が居ないと、黒音符が集められないゾナ?!」
柊は、ふっと鼻で笑う冷ややかな視線をバクに注ぐ。
「君は今まで通り夢の在処を探ってくれればいい…このメロディ・キーも、クロミ以外でも使えるのが判ったからね…」
柊は、自らの奏でる旋律に反応して妖しく闇色の輝きを放つ、その悪夢の扉を開く鍵を満足げに見つめていた。

「メロディー・キーは、君にしか使えないのかい?」
柊が、その質問を口にしたのは単なる戯れであった。クロミは思いがけない質問に首を捻る。
「さぁ…アタイも他の奴には使わせた事ないから、判らないです…」
「使えないって事はないゾナ。だれだって使おうと思えば使えるゾナー」
バクが請け負う。それを聞き、柊の目がすっと細まった。が、それきり、柊はその話題に触れなかった。

柊邸の深い闇の中…
今宵も、静寂の中に淫らな声が静かに響き渡る。
「うんっ、ああぁん!柊さまぁ!」
薄暗い部屋に置かれた大きなベッドを揺らしながら、少女が喘いでいた。
年の頃15才ほどであろうか。未熟だがすらりとした肢体が、柊の身体の上で踊る。
「いあぁ、き、気持ちいいです!ひいらぎさまぁ!」
快楽に融けた表情も真っ赤に火照った身体も、体液まみれで妖しく光っている。
秘所に肉棒を銜え、みずから腰を動かし快楽を貪る少女の下で、しかし柊の反応は冷たかった。
眉根を寄せるでもなく、普段と何ら代わりのない能面は、汗一つかいてはいない。
時折、おざなりな様子で腰を使う柊。が、不規則な攻撃が却って少女の性感を高め、やがて爆発が訪れた。
「ああぁぁぁーーー!!」
絶頂に身を反らした後、ふっと倒れ込む少女。柊は、その華奢な両肩を掴み、支えてやる。
「あ…ひ、ひいらぎさま…」
もしや、気遣ってくれたのだろうか?それとも、このまま優しく抱きしめられるのだろうか?
少女の瞳に、ほのかな期待の色が浮かぶ。が、柊は身を起こすと、少女をそのまま脇に追いやった。
「ごくろうさま…もう帰って良いよ…」
実に、そっけない。もはや少女など眼中にない様子で、身繕いを始める柊。
状況が飲み込めず呆然とする少女の背後に、幽鬼のように低い声が響く。
「恵一様は帰って良い、と仰ったのですよ?さあ、早くお行きなさい」
びくりと振り返った少女を、冷然と見下ろす女が、ひとり。
「あ、あの…わたし…」
「聞こえませんでしたか?お行きなさい、と言ったのですよ?」
その女…柊恵一・専属のメイドである美香子の凍えるような言葉に、少女は震え上がった。

「あ、ひ、柊様…おかえりなさい!」
柊が自室のドアを開けると、いつもの様にクロミが出迎える。
いつもなら気のない返事をする柊だが、この日はいささか様子が違った。
否、柊ではない。クロミの様子が普段と違うのだった。柊は、それを見逃さない。
「…ああ、ただいま……クロミ…どうかしたかい?」
「え、な、なんですか?アタイは何でもないですよ!」
クロミの慌て様は露骨であった。バタバタと手を振り、汗まみれで柊の言葉を否定する。
実にわかりやすい。
人間では無いとは言え、女の子のこういう反応を見慣れている柊としては、直感的に判る事がある。
とびきりの微笑みを作った柊は、頬を赤らめるクロミを抱きかかえると、ズバリと切り込んだ。
「…もしかして、見ていたね、クロミ?」
「ひっ!…ななな、なにをですか?」
実に、わかりやすい。
「別に誤魔化さなくていいさ…よく居るんだよ…僕に抱かれたいなんて言ってくる娘がね」
事も無げに言ってのける。クロミは、パクパクと口を開いて何か言おうとするが、言葉は無い。
「で、見ていてどうだった?」
「ど…どうって…」
「少しは興奮したりするの?」
しゃっくりするように一度飛び上がったクロミは、そのまま固まってしまう。
「あ、ああああああのひいらぎさま?!」
「君も人間のセックスを見て興奮するの、って聞いてるんだよ、クロミ?」
柊は、クロミのおとがいに指を添え、正面から見つめ合う。
しばらく、時が止まったように見つめ合う二人…そして、
「………はい」
消えそうな声で、クロミは呟いた。

「そうか…だったら、よく見ておくと良いよ…」
クロミを床に下ろした柊は、傍らのベルを手に取り、軽やかに振る。
リ…リン…と、美しい音色が静かな邸内に響き、さほど間を置かず一人の女性が現れた。
「お呼びで御座いますか、恵一様…」
漆黒のメイド服を纏う美貌は、室内の暖かな光を浴びて尚、冷たく冴えている。
物陰に隠れるクロミをかすかに一瞥し、柊はにこやかにメイドへ向き直った。
「やあ…すまないね、美香子さん」
「いいえ…」
まるで大理石から削りだしたかの様な、硬質な美貌を見るたびにクロミはいつも思うのだった。
こいつは本当に、生きている感じがしない、と。
「さっきの娘、もう帰ったかい?」
「はい…先程…」
にこやかだった柊は、つと立ち上がると顔をしかめて美香子の頬にかかる髪をそっと払った。
「…どうやら、少し元気の良すぎる娘だったみたいだね…迷惑かけちゃったかな」
「とんでも御座いません、恵一様…」
青白い肌が、わずかに赤らんでいる。よく見れば、血の滲んだような跡まで、ある。
が、それで彼女に血が通った様に見えないのが不思議…いや不気味だとクロミは心底思う。
当の美香子の態度は実に素っ気なく、その無表情には、柊でさえわずかに嘆息している程だった。
「済まなかったね…済まないついでに、いつもみたいにお願いして良い?」
それを聞いた美香子の口元が、ふっと弛んだようだった。
「勿論です…恵一様も、あんな小娘の相手では面白くも有りませんでしょう?」
瞳が語っている。そんなつまらない事はするな、と。物陰からでも、それが判った。
その物言わぬ饒舌さが、クロミには意外に思われる。柊の言葉もやや苦笑気味であった。
「あんなのただの退屈しのぎさ…何もしないよりはマシかと思ったけどね」
「そんなに退屈でしたら…何時でもお呼び下さればよろしいのに…」
美香子の赤い舌が、唇の合間から、ちろりと顔を覗かせた。

微笑む美香子を見るのはクロミにとっては初めての事である。
それは正しく咲き誇る妖華の艶やかさであり…クロミは先程とはまた違う驚きを覚えた。
彫像などでは無い。コイツは毒のある華だ。男を刺激する蜜の香りが、クロミにさえ伝わってくる。
「じゃあ……頼むよ、美香子さん…」
「はい…恵一様。楽になさって下さい…」
再びソファに腰を落とした柊に、美香子が寄り添った。
ガウンの前をはだけ、露わにした肌に愛撫を加えていく。細い指や柔らかな掌が、白い肌に踊った。
「…っ、あいかわらず、上手だね、美香子さんは」
「うふふ…有難う御座います、恵一様も、弱いところはお変わり無いですね」
いつもは冷静で落ち着いている柊が、たったこれだけの愛撫で揺らいでいる…
責めに耐えながら声をかみ殺す姿は、柊に服従しきっているクロミに少なからずショックを与えた。
同時に、その胸中に何かモヤモヤした感情が沸き上がってくるのを感じもする…
「っ、く…」
全裸にされた柊が、僅かにうめく。それに絡みつく美香子も、いつの間にか半裸になっていた。
繊細なレースの施された黒い下着と、白い陶磁器のような肌のコントラストが美しい。
柊に身を預けた美香子の舌が、ちろちろと胸を這う。空いた手は、そろそろと下腹部に伸びていった。
「恵一様…何をお考えですか…?」
「……何って?」
その言葉に、美香子は柊を上目遣いに睨め付ける。その貌に、クロミはまた身体が震えるのを感じた。
「隠し事はいけませんよ?私、恵一様の事だったら、すぐに判りますもの…」
股間の逸物をぎゅっと握りしめる美香子。柊は、思わず顔をしかめる。
「っ…美香子…さん…」
「ただ私を抱きたい訳では無いのですね?…ひどい恵一様…それでは、優しくなんて出来ませんよ…」
やや乱暴とも言える手技に、しかし柊は翻弄されている様だった。その頬が僅かに上気している。
この女はメイドのはずだのに、何故こんな風に柊様を責められるのだろう?
それに柊様、いつもと違う…なんであんなに気持ちよさそうにしてるんだろう?
『……で、でも…ひいらぎさま……なんだか…アタイ……』
クロミは思わず、物陰から僅かに身を乗り出すようにして、二人の情事に見入ってしまう。
その心の中が切ないような、胸を締め付ける様な…そんな感情に占められていく…

今や淫猥な雰囲気を撒き散らしているメイドの指先は巧妙で、柊の息は瞬く間に上がっていった。
「うっ…!み、美香子さん…」
「恵一様が何も仰らないおつもりでしたら、私も恵一様のこと、苛めさせて頂きますよ…?」
豊かな双丘の狭間に柊の分身を埋め、美香子は一つ淫笑うとゆっくりと身体を揺すり始める。
顔を覗かせる亀頭を舐め、唾液を垂らすと、肉と肉のこすれ合う淫音が徐々に大きくなっていった。
必死に声を上げないよう耐えている柊の表情には、すでにはっきりと恍惚の色がある。
『ああ…柊様……何であんな女相手に、あんな顔してるの…?』
ちらりと嫉妬の情も湧くが、それよりも柊の感じている姿が、クロミの目を捉えて離さない。
「ああ……美香子さん、やっぱり美香子さんが一番上手いよ…」
「有難う御座います…でも、お褒め頂いても容赦は致しませんよ…?」
美香子はペースを速め、柊を追い込んでいく。やがて、限界が訪れ、柊の身体がびくりと脈打った…
が…
「っ…?!……っく?ぅうっ!」
一瞬、固く閉じた瞳を再び開いた柊の表情に、困惑と苦痛があった。
「恵一様…いかがですか?出したくても出せないのはお辛いでしょう?」
美香子の細い指先が、柊の射精を強制的に止めていたのだった。
無論、人間の性に関する知識を持たないクロミには、実際のところは理解出来なかったが…
しかし、柊をいたぶる美香子の残酷さが十全に発揮されているのは、何となく判る。
何しろあの柊が、うっすらと涙すら浮かべているのだから尋常である筈も無い。
「うぁ……頼む……出させてくれ…」
「いいえ……恵一様にはもう少し、苦しい思いも味わって頂きませんと…それに」
怒張への責めが再開され、柊がうめき声を上げる。それを見た美香子は満足そうに微笑んで、言った。
「最後にはきっと、恵一様をご満足させる大きな快感を味あわせてご覧に入れますから…」
再び柊を絶頂に導く、その行為の最中…美香子の瞳が、ちらりとクロミの方に向けられたようだった。
しかし、クロミはそんな事に気づく余裕を、既に失っていた。
『ああ……あ、アタイもあんな風にしたい……柊様の感じてる顔、間近で見たい…』
クロミは、自分でも知らず知らずの内に、訳の判らない衝動に任せて身体をくねらせていた…

「も、もう止めてくれ…っく!」
絶頂の高みを何度も味わいながら、柊はその先に進む事を未だ許されていなかった。
汗と涙に濡れた表情は、普段の姿など想像もさせない、年相応の少年の顔でしかない。
「こ、これ以上…僕は…っ!」
「…だいぶ参っておられる様子ですね、恵一様?」
ことごとく射精を押しとどめておいて、美香子はそんなことをしれっとした調子で言う。
どことなく愉しそうな様子さえ見せる美香子に、柊は顔を歪ませて嘆願した。
「美香子…さん。後生だ、これ以上は…許してくれ」
「良いですわ…その顔…震えてしまいます…」
す、と身を引いて、秘部を覆うちっぽけな布きれを取り去る美香子。
美香子が濃い茂みの奥を自らの指で開いてみせると、たちまち女の淫香が辺りに漂いだした。
「私も、恵一様の御顔を見ている内に、もうこんなになってしまいました…」
ぐっと腰を突き出し、挑発的な姿勢を取る美香子。太腿には、愛液が幾条も垂れている。
クロミの目にも、淫穴の奥に息づく肉襞がはっきり映った。まるで、見せつけられて居るように…
「いかがですか、恵一様…この中で、思う存分ぶち撒けたいでしょう?」
主人とメイドの筈の二人が、まるで立場が逆転しているようにクロミには思えた。
美香子の責めから解放された柊は、必死に手淫を繰り返したが、高みには届かない。
如何なる業に拠るものか、昂められた怒張は自らの手では解き放つ事が出来ないのだった。
「あ、ああ…ダメだ…やっぱりいけない…!」
「往生際が悪いですね、恵一様…自分でなさっても駄目なのは、もうお判りでしょうに…」
愛おしそうでもあり、酷薄にも見える美香子の、その表情。
声を殺して俯いていた柊は、やがて観念した様に美香子を見上げると震える声を絞り出した。
「あ、ああ…ダメだ…やっぱりいけない…!」
「…そうです…恵一様は、私で無いとご満足頂けませんよ……私だけです…」
再び身を寄せた美香子の指が、股間に伸びる。そして、ほんの僅かな愛撫を加えた。
細く悲鳴を上げる柊を満足気に見つめた美香子は、柊の頬に触れ、のぞき込むようにして囁く。
「恵一様…どうぞ、お使い下さいませ…私の……ここ…思う存分…さあ……」
「ああ……美香子さんの…最高に気持ちいい胎内にぶち撒けたいんだ…!」
柊は低く叫ぶ。

「判りました…恵一様の精液、すべて私が搾り取らせて頂きます…さあ…」
美香子は柊をゆっくりと押し倒し、その上に跨る様にして腰を落とした。
ふたつの性器が、クロミの見守る中、にちゃりと音を立てて触れ合う。
『…あ、アタイ…こんなの見ていいのかな…?』
マリーランドでは悪ぶってはいたものの、実はクロミにはこういった経験も知識もまるで無い。
言ってみればネンネであり、さっきも柊と少女の交ぐわいを見て、思わず遁走してしまった程である。
人間同士の行為とはいえ、セックスとはっきりと見るのは今回が初めてなのだった。
黒く、逞しい…そしてややグロテスクな柊の怒張。
それが、美香子の秘裂にゆっくり、ゆっくりと飲み込まれて行く様子を、食い入る様に見つめてしまう。
『ああ……な、何かおかしいよぉ……アタイ、あ…あんなの見て、おかしくなってるの…?』
思わず身を乗り出したクロミの身体は、暗がりの中とはいえ、もうほとんど物陰に隠れてはいない。
当然、二人の交合が”あまりにも良く見えている”その不自然に気づく余裕など失っていた。
「っ…恵一様…いかがですか?私の胎内の具合は…」
「うあぁ……や、やっぱり最高だよ…美香子さんの中が一番気持ちいい…!」
いよいよ艶やかな美香子の貌が見下ろす中、ますます苦しそうな表情で柊は応える。
「ありがとう…ございます……今、楽にして…さしあげます…あっ…」
二人の腰が動きだし、水音と、肌がぶつかり合う音が起こった。
すぐさま激しくなる二人の動きを見て、クロミの全身はカッカと火照り始める。
「…っあ…っああ……恵一様っ……!」
常に乱れることなく一方的に柊を責めていた美香子も、今宵初めての乱れた姿を見せている。
「っ!美香子さんっ!」
「恵一様ぁ!おイキ下さいぃっ!!」
ビクリと震えた柊と美香子の動きが、絶頂とともに止まり…
「……うふふ……恵一様…こんなにたくさん……」
荒い息をつく柊にしなだれながら、美香子は傍らの暗がりに目を向け、満足した顔で笑うのだった。

「あ……ひ、ひいらぎ…さま…」
見通す事の叶わないその視線の先で、クロミは放心した様に呟いた。
「ああ……あ、アタイ……アタイも……柊様と……」

「…最近、黒音符が集まってないみたいだね?」
登校前の身支度を整えながら、柊はバクに問いかける。
ソファの上に丸くなっていたバクは、少しばかりバツの悪そうな顔でそれに応えた。
「も、もうしわけ有りませんゾナ、柊様…」
「どうしたの…どこか調子でも悪いのかな?」
「…はいゾナ…クロミ様、最近すこし調子悪いゾナ…」
バクの言葉を聞いた柊は、夏服にしては少々暑苦しそうに見える長袖の制服を襟元まで締めて笑う。
「…ああ、そんなことは判ってるよ。僕が聞いたのは、君のことさ、バク」
クロミを交えずに柊がバクと話すのはとても珍しい。まして、バクに言葉を向けるとは。
少しく意外の念に打たれたバクの視線と、つと向けられた柊の視線が、束の間、真正面から絡んだ。
冷徹な表情の中に、他人を見下ろす事を何とも思わない傲然とした視線がある。
「君が人間の夢を嗅ぎ付ける力があるのは、クロミからも聞いているよ」
バイオリンのケースを手にしながら、戸惑った様子のバクに語りかける柊。
「もしかして、その力が弱くなってるんじゃないかと思ってね」
「そ、そんな事は無いゾナ!」
慌てたバクの様子を見た柊の口元が歪む。それは、にわかには気づけない程の僅かな変化だが…
「そうなんだ…でも、たとえば…大きすぎる夢が近くにあると、他の夢を感じ取るのは大変…」
どすん、と音を立ててバクの身体がソファから転がり落ちた。意地悪な表情で、柊は続ける。
「…そんなことも有るんじゃないの?」
「い、いや…そ…そんなことは有りませんゾナ!」
身支度を終えた柊は、うっすら笑うと部屋のドアを開いた。
「…まあいいさ。黒音符が手に入れば僕はそれで文句は無いよ。ただ…」
歩を止めて、振り返った柊が、冷たい口調でバクに告げる。
「あまり待たされるのは好きじゃないんだ。君も、早めに決心することだ…」
ゆっくりと閉じるドアが視線を遮るまで、バクは柊から目を逸らす事が出来なかった。

「クロミ様…クロミ様…!」
薄ぼんやりとした部屋の中で、クロミは頭から毛布を被って丸くなっていた。
「……んぁ〜?……何だい……」
声に全く覇気が感じられない。バクは大きなため息をつきながら、無理矢理クロミを起こしにかかる。
「クロミ様!早く黒音符を探しに行くゾナ!柊様にもせっつかれてるゾナ!」
普段は柊の話題で吊ればクロミは動くのだが、このところはそれも効果が無い。
「あ〜…んだったら、アンタが一人で行ってくりゃいいだろぉ…」
「何言ってるゾナ!だったら、誰がメロディ・キーを使うゾナ!」
「適当な奴を見つけてからアタイを呼びゃいいだろぉ…とにかく、アタイは行かないよぅ…」
一見するといつものものぐさなクロミではあったが、実は違うということはバクにも判っている。
「クロミ様!ちょっとはシャキッとするゾナ!」
もどかしくなったバクは、強引に毛布を引きはがす。クロミの抵抗は、思ったより弱々しかった。
しばらく丸まっていたクロミは、不意にむくりと身を起こし、バクを睨み付けてきた。
目の下にはくっきりと隈が出来ており、それがクロミの不機嫌な表情を強調している。
「あたしゃ眠いんだよ!ここんとこロクに眠れやしないんだ!わかったかこのバク!」
いつものようにぽこぽこと叩かれながら、その拳にも力が感じられないのがバクには切ない。
「そ、そんな事じゃあ黒音符、集まらないゾナ!マイメロの奴をやっつけるのも無理ゾナ!」
「黒音符…?マイメロぉ〜?…んなのどうでもいいわよ…」
クロミが言った事が信じられずに一瞬キョトンとしたバクは、次には猛然と食ってかかった。
「ク、クロミ様ぁ!何て事言うゾナ!本気で言ってるゾナ?」
バクは怒り、情けなさに涙も交えて抗議するが、クロミは一向に構う気配を見せない。
大きなあくびを一つしたクロミは、目尻に一杯の涙をためながらぼやく。
「……っるさいわねぇ…どうせアタイがいくら頑張ったって無意味なんだよぅ…」
バクを無視して再びふて寝を決め込むクロミが、聞き取れないくらい小さな声で何かを呟いた。
そして、バクは彼にしか判らない「あるもの」の気配を感じて、ぎくりと硬直した。
「クロミ様……それは……それは駄目ゾナ……」

「…で、話って何だい」
冷たく見下ろす柊の前で、クロミは縮こまりながらも、上目遣いに表情を伺う。
「あ、あの…」
クロミの口を重くしているのは、恐れか、不安か。
重苦しい雰囲気の中で、柊もクロミもお互いに、無言だった。
「何か言いたい事があるなら、さっさと言ってくれないかな…無駄な時間を取るのは好きじゃないんだ」
声音は、不機嫌である。が、目の奥には何故か密かな笑みの色があった。
無論、クロミはそれに気づけるはずも無いのだが。
涙が張力の限界を超えてこぼれ落ちようとする、ほんの少し前に、クロミはぽつりと呟く。
「……さい…」
ぽろりと、涙が落ちた。柊はただ黙って、瞳で続きを促すのみ。
「…あ、アタイ…アタイも柊さまのお側に置いてください…」
柊は、意外そうな様子を見せなかった。むしろ、僅かに笑みさえ浮かべている。
「…ふぅん…?それ、どういう意味だい…クロミ」
「……そ、その……アタイも、あの女みたいに…柊さまにお仕えしたいんです……」
「美香子さんの事かい…」
こくり、とうなずくクロミ。赤く染まった頬に、涙が時折落ちてくる。
「クロミは今でも僕の身の回りの世話をしているじゃないか…美香子さんと同じように、ね」
ふふん、と鼻で笑った柊。俯きがちに笑う表情は、意地が悪い。
「だ、だから……あ、アタイも…アタイも柊さまと……いえ、柊さまに…ご…ごごごご……」
流石に言いづらいのか、クロミはしばらくの間、酷くどもっていたが
「ごご、ご、ごほ…う…し、ご奉仕…させて……欲しいんですっ…!」
いつものかしましいクロミからは想像も出来ない、小さな声だった。
「ご奉仕かい…つまり、僕にしたい…ってことかな、それって」
ぎゅっと目を閉じてコクコクと頷くクロミを、柊は無言で見下ろす。

「……で、黒音符はどうするつもりなんだい?」
思いがけず、冷たい声で返されたクロミは、はっとして顔を上げた。
「君が黒音符を採ってくる約束で、僕はメロディ・キーに魔力を込めているんだけど」
「そ…それは」
どちらかといえば、柊の方から興味を持って協力を申し出たのが当初の経緯ではあったが…
二人の力関係がもはや完全に逆転している今となっては、言ったところで詮無いことだ。
「も、申し訳ありません……バクの奴が、最近夢のにおいを嗅ぎつけてこないんです…」
クロミはいつだって、あくまでバクが原因で、バクが悪いという態度を取る。
威圧的な表情を少し和らげた柊は、呆れの混じったため息を一つ漏らすのだった。
「違うだろ?悪いのはバクじゃないよ……バクのすぐ側で、大きな夢を見ているのが悪いんだ…」
びくりと身を震わせる、クロミ。柊は続ける。
「そうさ……クロミ、君が願っている、その夢のせいでバクの力が上手く働いていないんだろう?」
「そ…そんなことありません!アイツが怠けているせいです!きっとそうです!」
「別に責めないさ……だから認めても良いんだよ…」
やさしげな声さえ出して、柊は語りかける。その甘さに、クロミの心はつい弛んだ。
「は、はい、柊さま……た、たぶん……そうです……あ、アタイが願ってることのせいです…」
絞り出す様に応えるクロミにふっと微笑んだ柊の次の言葉は、残酷だった。
「なら、君が居なければ良いんだね……さあ、出て行くんだ、クロミ」
「…えっ?!」
「黒音符を集められないなら、君はいらないんだよ……わかる?」
にこやかな顔を一変させて、氷の顔で告げる。クロミの瞳から、ふたたび涙が吹き出した。
「い、いやです!あ、アタイ、アタイは柊さまのお側に居たいんです!!」
「夢も見つけられない、音符も集められない…なら、君がココにいる意味なんてないだろう…?」
その言葉が呼び水になったのだろうか。クロミは、自分でも意識せずに、叫んでいた。
「だ、だったら、だったら!あ、アタイの夢を叶えてください!そしたら、いっぱい音符が取れます!」

「…だって、どう思う?」
つと、物陰に目を向ける柊。その口元は、また微妙に歪んだ笑みを形作っている。
つられてはっとなったクロミが目を向けると、其処に居るのは仁王立ちでワナワナと震えている、バク。
「それは駄目ゾナ!クロミ様〜!!」
涙目のバクはどたどたと走り寄ると、彼にしては珍しく、クロミに掴みかかった。
「クロミ様!目を覚ますゾナ!そんなこと言わないで俺と一緒に黒音符を探すゾナ!!」
しかし、クロミは耳を貸す事は、無い。
「うっさい!このバクが!アタイのやることに口だしするんじゃないよ!!」
いつもの様にバクを殴りつけるクロミ。いつもと同じように見える行為…
しかしクロミもバクも、この時はいつもと違った痛みを感じていた。
「クロミ様!…考え直すゾナ!お願いゾナ!」
「黙るんだよ!アタイはもうイヤなんだよ!こんな思いするのはゴメンなんだ!」
バクは届かない思いに、クロミは叶わない思いに、それぞれ心を痛めていたのだ、ずっと。
殴られながらそれでも引かないバクに、息を切らせたクロミを、柊が不意に後ろから抱え上げた。
「そうか…ずっと辛かったね…クロミ。なら我慢すること無いさ…これで夢を叶えれば良い…」
耳元で甘く囁きながら、黒頭巾に手を差し入れて、メロディ・キーを取り出す柊。
クロミは柊の腕の中から、魔法道具が妖しげな黒い輝きを放っているのを目の当たりにした。
『ひ、ひいらぎさま…メロディ・キーをアタイに使ってくれるの…?』
「や、やめてゾナ!柊さま!それはいけないゾナ!!」
柊の足にすがりついたバクは、必死の形相で訴えた。クロミが今まで見た事のない程の真剣さだ。
「けど、クロミはそれを望んでいる…そうだろう、クロミ…?」
柊が自分の願いを叶えてくれる…それは、クロミの心を舞い上げるのに十分な状況だった。
「は、はい!もちろんです!アタイは柊さまのお側にいたい!それがアタイの夢です!!」
一心に、まっすぐに柊を見つめるクロミの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
その涙は、もはやクロミの目に入っていないバクの額にぽつぽつと降り注いだ。
「く、クロミ様ぁ……」
力を失い、へたり込むバク。
そんな二人を見下ろしうっすらと微笑む柊の表情は、確かに満足気であった。

瞼を閉じていないのに、目の前が暗闇に染まる…
闇の中に光がきらめき…身体からぐらりと力が抜けると、そのまま視界が廻り始める…
誰かが見つめているのを感じ…妖しい闇の旋律が、中に、流れ込み…
そして、不意に、全てが、弾ける……

頬に、ふわりとした肌触りを何かを感じた。
薄く開けた視界が、わずかに揺れているのを、はっきりとしない頭で認識する。
『ん…んあぁ……あ、アタイ……?』
「…ミ様……ロミ様!」
まだ良く聞こえない耳に、誰かが呼ぶ声が飛び込んでくる。
『…だ…れ……だい………アタイを…呼んでる…のは…』
どうにも身体に上手く力が入らない。
瞼さえ思うように動かないのをもどかしく思いながら、きょろきょろと辺りを見回す。
視界の半分ほどは、紫色の毛並みに覆われている。後の半分は、薄暗い部屋の壁だった。
どうやら突っ伏す様な格好をしているらしい。何に顔を突っ込んでいるのかは判らないが。
押しつけた耳からは、暖かな鼓動が伝わってきている。その鼓動に合わせて、自分の呼吸を思い出す。
「っふ、っふうう……っくぁあ……」
どくどくと自分の中に息づく鼓動を、奇妙な違和感とともに自覚する。
そこから拡がる暖かな血流が全身の肉を巡り、再び胸の奥に戻ってくる…
その流れを意識すると、ようやく五体が自分のものになったような気がした。
「…あ、アタイ……」
頭を振りながら、重い身体をゆっくりと起こしていく。右手の下に、何かを押しつぶした様な感覚…
「っぐ、グロミ様!ッグロミっ様!大丈夫ゾォ、ナァ〜!!」
聞き慣れた声が、聞き慣れた位置から聞こえてくる。何故だか、何かに押しつぶされた様な声で…
「んぁ…バクかい?何、そんな声出してるんだい、アンタ?」
まだぼんやりとする視界の向こうでは、バクが押さえつけられるようにしてペシャンコになっていた。
どうやら、人間の女の細い腕が、床に這っているバクの身体を上から潰しているようである。
「だ、だにって!!ぐるじいゾナ、早くどげでぼじいゾナ!!」
「どける……?何をさ……」
「ぐ、グロミざまのうで!うでゾナ!!」

クロミはそこで初めて、自分の身体に起こった異変に気が付いた。
「んなっ!なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!」
目に映っている手も足も、それに連なる肩や腰や、そして見る事は叶わないが、顔までも…
全てが、人間の身体に、変わっているのだった。
「なななななな、何で!アタイ、人間になってるよ!」
「何を驚いてるんだい……メロディ・キーの力が有れば、これくらい何とも無いんだろう?」
背後から聞こえる声に振り返ろうとして、よろめきながら崩れ落ちる。身体が上手く動かない。
「大丈夫かい?あまり急に動かない方が良いよ……」
俯く視界の中に、見覚えの有る靴の爪先が入ってくる。
くらくらする頭を抱えながら、ゆっくりと目線を上げていくと、柊と目が合った。
「あ……ひ、柊さま……」
「…どうやら、上手くいったみたいだね…」
優しげな、そして満足気な微笑みが、クロミを見下ろしていた。
普段は床に近い高さから見上げていたその表情も、今はほんの少しだけ、近い。
「あ、アタイ、どうして…こんな……」
柊はふっと笑みを漏らすと、クロミの顔に手を添えてひざまずく。
「君の夢の形なんだよ…これは。僕の側に居て、僕に仕えていたい…そうだよね、クロミ?」
吐息がかかるほどの距離で見つめられたクロミの鼓動は、途端に早くなった。
「……あ……あ…はい…そうです……柊さまにお仕えするのが…アタイの夢です……」
「そう……美香子さんの様に、ね」
クロミは、一瞬きょとんとした後、真っ赤になって腰を抜かす様に後ずさった。
「あ、あああああ、あの……そそそそ…それはその……」
「別に隠す事ないさ……ただ僕の側に居るだけなら、こんな姿にならないだろう?」
さらさらと肩口から流れる黒髪に手串を入れてながら、顔を見つめていた視線を少しずつ下げていく。
柊が何を見ているのか、それに気づいたクロミは、何故だか羞恥を覚えて両手で胸元を隠していた。
「あ、あの……み、みないで下さい……柊さま……アタイ、なんだか恥ずかしい…」
僅かな光を受け、白く輝く肌を見つめながら、柊はまた一つ笑みを浮かべて囁いた。
「そんなこと無いさ……きれいだよ、クロミ……」






      2005/06/19













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