自分としてはあの顔が、あの格好で、恥ずかしがるなり怒るなりすればかわいいなと思っただけで。 まさかそんな、こんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。 「―は?潜入捜査?」 それはエージェントの仕事ではないのか、とロックオン・ストラトスことライル・ディランディは至極まともな疑問を口にした。 目の前にはトレミーの廊下で捕獲した、なかなかお目にかかれないレベルの美人がひとり。 「本来ならな。しかし王留美は社交界では面が割れている。適任とはいえない」 淡々と事実のみを述べる美人―CBにおけるライルの教育係のような存在であるティエリア・アーデに、 甘さを抑えたデザインのドレスはよく似合っていた。 もともと女性にしては長身なところに9cmのハイヒール、加えてこの美貌だ。 パーティーの会場にいれば強烈な印象を残すことは間違いないだろう。 潜入捜査にそれはどうかとも思うが、思いがけない眼福にライルはひっそりと笑んだ。 今日は試着らしく、フルメイクではないことが逆に無防備さを演出していて色気がある。 貧相な身体だと思っていたが認識を改めなくてはならないようだ。 シャープな印象を与える容姿とは裏腹に、肩やデコルテのラインからは女性的なやわらかさが感じられた。 着やせするタイプなのかもしれない。 「当日は髪型も変えて化粧もするからもう少し違和感は軽減されるはずだ」 ライルの沈黙の意味を取り違えたのか、言い訳するようにつぶやいてティエリアはすい、と視線を外した。 まただ、とライルは思う。ティエリアはライルの目を見ない。稀に視線がかち合うこともあるが、いつも逃げられてしまう。 そんなときのティエリアの目には決まって怯えのような色がにじんでいて、ライルの嗜虐心を刺激した。 だから、少しからかってやろうと思った。それだけだ。 立ち去ろうとするティエリアの手首を捕まえ、腰を抱く。 ふだんは制服に隠されている素肌の感触を楽しむように背中を撫で上げると、腕の中の身体が強張るのが分かった。 「意外と胸おっきいんだな……肌もきれいだし。何か興奮しちゃった。  このままじゃミッションに集中できないからさ、慰めてよ。教官どの?」 茶化すなと怒鳴られるか、最悪殴られるかもしれない。いや、最悪だと撃たれるのか?そんな話を聞いた気がする。 悪趣味な好奇心に任せて、自分でも百点満点をあげたくなるほどの甘い声で囁いた。 もちろん耳元で、だ。一瞬眉を顰めたティエリアの形のよい唇からこぼれた言葉は、 「君の部屋で構わないか?自室に他人を入れたくないんだ。」 精神的もしくは肉体的な攻撃に身構えていたライルの思考を停止させるには十分だった。 結局ティエリアに促されるまま自室へと向かい、睦言もないままベッドに押し倒されて、 気がつけば下着ごとパンツを剥ぎ取られ、当のティエリアはドレス姿のまま一心にライルの性器に舌を這わせている。 粘着質な水音と時折もれるティエリアの声、情けないことに余裕のない自らの呼吸音が部屋に響く。 (何でこんなに上手いんだよ……兄さんの趣味か?) 脚の間で展開される背筋の凍るような絶景に、ともすれば理性を持っていかれそうだった。 汗でも唾液でもない、温かな水滴が肌を濡らすまでは。 「……っ信じられねえ……」 達してしまったライルの精液を、ティエリアは何のためらいもなく飲み込んだ。 そして射精を終えた性器を扱いて再び勃ちあがらせ、あろうことか自身には何の準備もしないまま受け入れようとしたのだ。 さすがに肝を冷やしたライルが体勢を変え、逃げられないように組み敷いたティエリアの頭を固定した。 顔を背けられないため目は泳ぎ、涙はとめどなく流れている。 「……心配しなくても、トレミーの女性クルーは経口避妊薬の服用を義務付けられているから妊娠することはない。  コンドームは性病の予防目的だろうが君はキャリアではないとのデータも上がってきているし、  男性は何もつけずにセックスした方が快楽を得られるのだろう?」 見当違いな言葉に苛立ちを通り越してむなしさすら覚える。 この女は何を勘違いしているのだろう。 「なあ……何でそんな必死なの?どう考えてもやりすぎだろ」 好きでもない男に、ましてや死んだ恋人の実の兄弟に、体をささげるような真似をするなんて。自虐的極まりない。 「君は私を憎んでいるだろう……?君には私を責める権利があるし私にはそれを受ける義務がある。  私を抱くことで君の気が晴れるのなら好きにすればいい」 ライルの視線に耐えられなくなったのか、両手で顔を覆い、くぐもった声でティエリアは答えた。 「ってお前全然濡れてないし、そんな強姦まがいのことできるかよ」 「合意の上だ。問題ない。物理刺激を与えれば膣分泌液は出る。潤滑剤を使っても構わない。  私のことなんて、気にしなくて、いい……」 「だーから泣いてる女抱くような趣味はねえっつってんだろ!」 「泣いてなどいない……!」 「嘘つけ。どんな顔してるか分かってないだろ。いいから腕どけろ」 ティエリアはいやいやをするように首を振り、とうとうシーツに顔を押し付け本格的に泣き出してしまった。 たしかにティエリアをかばったことが兄の死の間接的な原因になったかもしれない。 しかしそれが兄の意思ならば、そうまでして守った彼女を大切にしたいとも思っている。 憎んでなどいない。大いなる勘違いを正そうとも、ティエリアの目はライルを映さないしその耳にライルの言葉は届かない。 震える身体を抱きしめてやりたいのに、触れることすらかなわないように思えて、ライルは自らの軽率さを呪った。