モスクワの冬は、正に吐息さえも凍りつくような寒さである。
この寒さを凌ぐのに必要なのは、心ばかりのヒーターと厚手のコート、そしてウォッカだ。
金曜日の午後10時。
モスクワ市内の片隅にあるバーには、週末の閑を持て余した男女がひしめいていた。
仕事の疲れを癒す者、恋人との出会いを期待する者、ただ単に凍える体を酒で温めたい者…。
訪れる客ごとに目的は様々だったが、バーの片隅で無言で酒を煽るその青年─刹那・F・セイエイは、
ロシア系白人が大多数を占めるこの酒場では、明らかに浮いた存在だった。
「よう、兄ちゃん。珍しいな…。中東の人間か?」
案の定、酔っ払った一人の軍人が物珍しさからか、呂律の回らない口調で話し掛けてきた。

「あっちも相変わらず大変なんだろ~?就職活動か~?」
「ああ…」
素直に答えると、酒の勢いも手伝って軍人は訳知り顔でペラペラと話し始めた。
「あんたみたいな求職者を最近よく見かけるようになったけど、ここはやめといた方がいいぜ~?
 連邦になったせいで、何でもかんでも旧ユニオンの一人勝ちだ。こっちは寂れる一方よ」
「そうなのか…」
不安そうな顔をして見せると、男はますます饒舌に語り始めた。
「まったく、そんなんでこのご時世渡っていけんのか?兄ちゃん。
 ま、あっちに連邦大統領の椅子を取られたのが痛かったな」
「…今はあらゆる国家の枠を越えて平和になったはずだ。
 事実、昔のような軍の睨み合いもないし、エレベーター開発だって協力しあっているだろう…」 
「表面上は、な。だが何だかんだ言って、あっちは豊富な資源に潤沢な資金、しかも大学には世界中から天才が集まりやがる。
 そのおかげで、新システムに新MSに新兵器開発…。完全に一人勝ちよ。
 三国からバランスよく閣僚を配置しています~、とか言うけどな、実権は完全にあいつらが握ってやがる。
 俺らみたいな一兵卒にはわかんねえだろうとか思ってんだろうけどよ…、
 どうせ何百年も前から地固めした、一部の金持ちエリートの思うままになってんだろうよ。
 いつの間にか仕事も物資も、食糧だって配分が崩れちまってる。
 完全能力主義だかなんだかしらねえが、負け組に取っちゃあ虚しいもんだぜ。
 おまけにここいらの軍人は4年で5割も削減だぜ~?どうやって食ってけってんだよなあ…」

あの戦闘から4年。新連邦の各地域を回って刹那が肌で感じたもの─。
それはとてもCBの理念とは程遠い、抑圧された人民の姿だった。
確かに世界は連邦の樹立と言う、大きすぎる変革を成し遂げ、
国と国の境目がなくなった事で、表面的には国家間の戦争の脅威はなくなった。
しかし急ごしらえの政府は、肥大化しすぎた何十億の人間を同一に養うだけの力など、充分に持ってはいなかった。
各国の宗教や文化、イデオロギーの刷りあわせさえ満足に出来ていない状態で、いくら表面上は取り繕ってはいても、
影に隠れた貧困、民族間の差別に起因する憎悪を払拭する事など、到底出来なかったのである。
政治の裏側では旧三国の主導権争いが繰り広げられ、いつ再分裂してもおかしくない状態だった。
「昔の方が良かったよな、絶対…」
まだ愚痴り続ける男を横目に、刹那は席を立った。
「なら、俺はニューヨークへ行く」
「そ…うか。ま、そっちの方がいいわな…。いいぜ?ニューヨークは…」
あれほど愚痴っていたくせに、明らかに残念そうな響きを含ませながらも、男は頷いた。

ーーーーー

滞在先のホテルに戻り、部屋に入った途端、かすかな人の気配に身構えた。
「…久しぶりだな。刹那・F・セイエイ」
暗闇から聞えてきた声は、忘れもしない、懐かしいかつての仲間のものだった。
思わず体から緊張が抜ける。
「…ティエリア・アーデ」
名前を呼んだ次の瞬間には、開いたドアから床に伸びる光の中へと、ティエリアが闇の中から歩み出た。
懐かしいシルエットと敵意のない空気に、安堵の溜息を漏らしながら、刹那は明かりを点けた。
照らし出されたティエリアは街行く人々と同じく、分厚いコートを着込んでいた。
無人だった部屋は空調が利いているとは言え、外気の影響を受けて普通にしていたら肌寒いほどだったから、当然といえば当然の事だ。
すぐにティエリアが冷静さを失わない懐かしい声音で、話し始めた。

「君の報告は逐一確認している。世界は再び、混迷に向かいつつあるのだな」
「…ああ。連邦の成立を手放しで歓迎していたのは、最初の半年くらいのものだ。
 この4年で、民衆の生活はじりじりと後退し、不満も高まっている」
「やはり…。他のエージェントの報告でも、似たような報告が相次いでいる。
 しかも、既に反政府系の地下組織の存在がいくつか確認されている」
「テロ…か?」
「それも懸念の一つだが、連邦政府内にも分裂の兆しが見え隠れしている。
 こちらの方が由々しき問題だと、上は判断を下した」

刹那がぴくりと眉を動かした。上─?
ティエリアは刹那の疑問を即座に読み取って、噛み砕くように続けた。
「我々とて、同じ所に留まっていた訳ではない。ソレスタルビーイングは新たな局面を迎えた。
 新しいヴェーダの構築。そしてそれに伴う組織形態の刷新。
 連邦軍に勝るとも劣らない、より強力で実動的な組織へと変化した。
 新ガンダムも汎用可能な水準にある。
 今こそ再びCBの理念実現のために、マイスターの再集結が必要だとの判断が下った」
ティエリアがぐっと刹那を凝視し、一歩進み出た。
「だから、君を迎えにきた」
まっすぐに自分を見詰めてくるその赤い瞳には、昔何度も見たマイスターとしての覚悟がはっきりと宿っている。
しばらくお互いの意志を確認するかのように、無言のままで視線を交わす。
その数秒だけで4年前の思いが蘇り、刹那はゆっくりと頷いた。

一瞬の間の後、思いがけずティエリアがふっと微笑み、上から下までじっくりと、刹那の体を観察するようにまじまじと眺めた。
4年前は160cmほどだった刹那の体は、今はもうティエリアと並ぶほどになっている。
「4年…か。随分、成長したな。刹那・F・セイエイ」
完全に大人の男性に近づいた刹那を満足げに見詰めながら言うティエリアの言葉には、
小さかった弟の成長を喜ぶようなニュアンスが混じっている。
年も立場も同じだと思っていたティエリアに見下ろすように言われると、
久しぶりの再会にも関わらず、大人気なくも意地を張りたくなってしまう。
「…お前はまるで変わらないな」
ティエリアへの子供じみた反発も含めて、刹那は初見の印象をそのまま伝えてやった。
「……っ」
ティエリアが息を呑むのが分かり、予想外の反応に刹那は内心驚きながら、彼の様子を窺った。
ティエリアはコートの襟口あたりを握り締めて、困ったような、何かを隠したがっているような、
バツの悪そうな表情で、視線を床に落とした。

さすがに不審に思い、もう一度改めてティエリアの全身を観察してみると、
4年前と寸分の違いもないその姿に気付かざるを得なかった。
透けるほど白く、滑らかな肌には昔と同じく髭の剃り跡さえなく、まだ少年そのものにしか見えない。
それどころか紫がかった美しい黒髪の長さまで変わっていないように見えた。
昔なじみの面影などでは決してない。
ティエリアは4年前と、何一つ変わっていない。
余りに不自然なその事実に気付いてしまった以上、さっきまでの信頼感はあっという間に猜疑心へと変わった。
刹那の顔色の変化を敏感に察知し、ティエリアが言いにくそうに口を開く。
「刹那・F・セイエイ…、僕は…」
「本当にあのティエリア・アーデか?」
言葉をかぶせるように遮られて、ティエリアは次の言葉を見失って唇を噛んだ。

成長した刹那と同じく、「人間の16歳のティエリア」なら、
当然同じ位の身体的な成長を見せていなくてはいけない事を、失念していた。
CBの再建のために、常日頃一緒に働いてきた現在のメンバーとは違い、刹那とはまさに4年ぶりの再会なのだ。
久しぶりの対面だからこそ、成長の度合いが際立つと言うのに─。
歯噛みするような思いで、数秒の間にあらゆる思案を巡らした結果、むしろ何故、
今更正体を秘匿せねばならないのかという結論に至った。
もう4年前とは違うのだ。
個人情報の秘匿義務など、少なくともマイスター間では強制されてはいない。
刹那との再会で、柄にもなく4年前へとタイムスリップしてしまっていた自分に、ティエリアは思わず吹き出した。

訝しげな刹那の顔をしっかりと見据えながら、はっきりと言った。
「僕は生物学的に厳密に言うと、君たちと同じ人間だとは言えない。
 君たちと同じような外観で覆われてはいるが、
 ヴェーダ…、コンピュータプログラムへのアクセス能力を体内に有する、いわゆる生体端末だ。
 ある一定の年齢・性別の条件の下で製造された僕達は、それ以上の生物的な成長も老化も、遂げる事はない」
ティエリアの体を相変わらず無遠慮にじろじろ眺め回しながら、それでも刹那はじっくりとティエリアの説明の言葉を吟味していた。
よくよく考えてみると、4年前、いやむしろ6年前に初めて会った時から何となく抱いていたティエリアへの違和感の理由が、
今の説明で明らかになったように思えた。
「…納得したか?」
しかしながら、窺う様にトーンを落として聞いてくるティエリアに、それでもすぐに首を縦に振る事は出来なかった。
放浪と諜報活動に明け暮れた4年の間に、多くの人間の欲望と不満、それに嘘を見て来た。
ある一つが本当の事実でも、もう一方では決して表に出さない真実を隠し、上手に仮面を付けて取り繕う。
何人もの人間が無垢な信頼を寄せた結果、いつの間にか蟻地獄のように足を掬われるのを、刹那はあらゆる国で見て来た。
そしてむしろ、政治家の小手先の言葉に踊らされ続けたこの4年間の終着点が、今の状況でしかないのだ。

「理解はしたが、まだ納得は出来ない」
「刹那…」
困惑した様子のティエリアを射抜くようにきつく睨み、再び挑むように言う。
「この4年で連邦政府が血眼になってCBの情報を掴もうとしていた事は十分知っている。
 それに、地下組織の存在。
 お前が本当にCBの命を受けて現れた、あのティエリア・アーデなのか。
 俺を連れて行くというのなら、きちんと確認させろ」
ティエリアは一瞬悲しげな目をしたが、すぐに諦めたような達観した顔つきになった。
「いいだろう。好きにすればいい。それで、僕は何をすればいい?」
「まずは、そのコートを脱げ」
「武器の携帯など、していないよ。
 銃器及び刃物、それに準じる対人への危害が目的だとみなされる武器・道具類などは
 全世界的に民間人の所持を禁ずる。そう採択されただろう」
「それでも本当にマイスターとしての任務を帯びているのなら、丸腰で現れるとは到底思えない」
「少なくとも、今の僕達の目的は生身の人間との乱闘なんかではない。
 だから武器など携帯してはいない。僕達が操るのは、ガンダムだ。
 明日、再活動のファースト・プランを実行する事になる」
「確認したいのは、武器の事だけじゃない。お前の存在を証明して見せろ」

なるほど、裸になってさっきの説明を視覚的にも納得させろというわけか。
言葉の応酬の後、あっさりと提案を受諾したティエリアは、ゆっくりとコートのジッパーを下ろしていった。
やがて分厚いコートの下から現れた、ティエリアの纏う見慣れない衣服に、刹那は戸惑った。
ティエリアが纏っていたのは、白基調に彼のパーソナルカラーがあしらわれた、まるで軍服を思わせるデザインのものだった。
「それ…は…」
「そう。軍服、だよ。言っただろう。
 CBは正規軍にも劣らない組織に変容を遂げた、と。もうCBは一テロ組織などではない。
 世界を正しい方向に動かすために、より重要な責任と使命を持って世界と対峙する事になる。
 この軍服はその覚悟の現れだ。
 …君にこれを纏う覚悟があるか?」
「………」
胸を張る様にして刹那に制服を見せ付けた後、ティエリアはどんどんそれを脱いでいった。
床にだらしなく放ったままのコートとは違い、脱いだ制服をソファーへと大事そうにそっと置く。
あっという間にティエリアは全裸になり、刹那の目の前に堂々と立っていた。

疑いの目で見てみても、一見した所、ティエリアが普通の人間と違っているようには決して思えなかった。
そんな事より、誇り高く裸を晒したまま、試すように自分を見つめてくるティエリアが
眩しくて堪らなくなり、刹那は反射的に目を反らした。
昔と何一つ変わらない身体と、揺ぎ無い高潔なまでの覚悟を持ち続けているティエリアは、
永遠の変わらない時間を生き続けているのだろうか。
一方で、俺が色々な垢を身に付けた事は、果たして成長と言えるのか─?
4年の歳月がお互いにもたらした距離感を如実に感じ、刹那は感傷的な気分に襲われた。
ふと、ずっと何年も脳裏をよぎる度に考えまいとしてきたあの思いが、胸を衝いた。

─戦争を根絶し、あらゆる人々が恒久の平和の下で、安寧の生活を築く。
 そんな事は、人間に欲望がある限り、不可能なのではないのか。

「ティエリア…、俺たちのしてきた事は…」
思わず、弱音を吐いてしまった。
聞き捨てならんと言わんばかりに、ティエリアが表情を硬くして刹那に近づいてきた。
至近距離で、咎めるように睨みつけられる。
4年前は見上げていたティエリアと、今は視線が同じだった。
「無駄ではない。計画の第一段階は成功したではないか。各国は統合し、軍隊による一触即発の事態は解消された。
 次なる第2段階でこそ、人類に再び戦争行為への警鐘を鳴らし、真なる調和した世界を実現させるんだ」
ティエリアの迷いのない目が、刹那の曖昧に揺れる心を容赦なく抉る。


考えるより早く、体が動いた。
気が付くと、ティエリアの細い体躯を力の限り抱き締めていた。
「せ、刹那…」
ティエリアの上ずった声が耳に痛い。
腕の中にいるこのティエリア・アーデが、良く知ったマイスターとしての彼である事に、既に何の疑いも抱かなくなっていた。
同じく、ティエリアが少年─男の体を持ちながらも決して同族ではあり得ないのだと言う事も、確信的に感じられた。
ティエリアと抱き合っている今の現状に、露ほどの違和感も抱かない自分に気付く。
更に腕に力を込め、ティエリアの首筋に顔を埋めると、未だ薄ら寒いこの部屋に不釣合いなほど、その体が熱を帯びていった。
「よ…、酔っているのか…?」
まだ消えないアルコールの匂いに、ティエリアが単純に反応する。
今の事態が、昇華しきれない過去を引きずり続ける自分への苛立ちに加え、
体内に充満してやまない4年間の苛酷な諜報活動の膿を発散させたいという、
自分勝手な理由の度合いが大きいのは明らかだったが、それを認めるのは情けなさすぎるような気がした。

そうだ、お前とこんな事をするのは酒のせいだと言わんばかりに、
ティエリアを脇の安っぽいベッドへと乱暴に背中から押し倒した。
かすかに黄ばんだシーツのせいで、ティエリアの滑らかな肌が、余計に輝きを放っているように見える。
うつ伏せの状態から、何とか体を起こそうと力を入れるティエリアの首を抑え付けて、身動きを封じた。
刹那の記憶のティエリアは、同年齢とは言えロックオンやアレルヤと同じく逞しい体躯を誇っているのに、
今目の前で組み敷いているティエリアの背中は、驚くほど華奢だった。
「俺は、大人になったのか…」
思わず呟いた言葉は、ティエリアの耳にも届いた。
首を抑えられたままで何とか顔を横に向け、瞳だけ動かして後ろの刹那を見る。
「そ…うだ…。君は大人の男に…なった。だから…」
ティエリアの瞳が歪む。
何かを懇願しているような、むしろ命令を下しているような、不思議な目の色だった。
「覚悟を決めろ。僕を征服する事で迷いがなくなるのなら、僕は今、何をされても構わない」

─見透かされている。
苦しげに喘ぎながらも強い口調で言い切るティエリアに、今はもう抗えないと思った。

4年間鬱々と溜め込んだ全てを吐き出すかのように、美しいラインを見せる腰椎に噛み付く。
「く……っ!」
剥き出しの肌に直に歯を当てられる艶かしさに痛みが加わり、ティエリアが低く呻いた。
喘ぎにも似た声に加えて、背中しか見えていない事が、ほとんど妄想のように刹那の情欲を高めていく。
背骨に沿わせて舌を這わせ、徐々に上へ上へと舐めていくと、ティエリアは声を押し殺しながらも、敏感に何度も体を震わせた。
やがて刹那の舌がティエリアの首筋に到着する頃には、首を抑えていたその腕は既に取り除かれていたが、
ティエリアは決して刹那を振り払おうとはしなかった。
後ろから覆い被さるように体を密着させて、さらさらと顔にかかるティエリアの黒髪を掻き分け、
唾液を絡ませながら首筋を何度も強く吸う。
同時に、ティエリアの両腕の側面を優しく撫でた。
どんどん熱くなる刹那の体温と、動物的なその舌遣いが、人外の存在であるにも関わらず、ティエリアの気持ちも高めていった。

触れ合っている肌を二度と離したくないような気分に陥り、刹那の腕の中で、何とか身を翻して向き直った。
至近距離で、二人の目が合う。
再会してから何度も視線で気持ちの確認をしてきたが、確実に今のこの時が一番激しく感情のやり取りをしていた。
ティエリアの爪先に刹那の爪先が当たり、ごく自然に二人は足指を絡め合った。
刹那の顔は、まだティエリアの目線の真上にある。
「刹那・F・セイエイ…。本当に、成長したんだな…」
自分と同じ背丈にまで伸び、同時により男性的に逞しくなった刹那を、ティエリアは羨ましく感じた。
人間への畏敬の念にも似た思いを抱かずにいられない。

一方でティエリアの羨望を込めた言葉に、刹那もまた驚いていた。
4年前にも僅かだが見られたはずのティエリアの成長─。
あの時は戦闘の激しさに翻弄されて、気付く余裕がなかった。
しかし、今なら分かる。
身体は成長しないはずのティエリアであっても、やはり変化はあるのだ。
「お前…、お前も随分成長している。気付かないのか?ティエリア・アーデ」
そう告げると、ティエリアは一瞬驚いた顔をしたが、何かを考えるように目を伏せてしまった。

「…そう思うか」
しばらくの沈黙の後で静かに問い掛けられて、「ああ」と素直に刹那は頷いた。
「今日のお前は、俺の考えを全て見越しているみたいだ。それに、人間が考えるように考えている、と思う。
 上手くは言えないが、4年前のお前ではありえない事だったと思う」 
ティエリアと再会してから感じた印象を、素直に伝える。
ティエリアは目を伏せたまま照れくさそうに表情を崩し、やがてかすかに微笑んだ。
「4年間…、人間の勉強をしてきたからな」
言い訳のように呟いたその表情はまるで子供のようなあどけなさで、刹那に愛しさが込み上げた。

若い男に相応しい、何の余裕も気遣いもない荒々しさで、ティエリアの唇に自分の唇を激しく重ね合わせた。
「ん…っ、んん…っ!」
ティエリアの喉から漏れる呻き声をほとんど夢見心地で聞きながら、舌を強引に挿し入れて、乱暴に絡み合わせる。
動物的に火照る口腔内の粘膜を際限なく絡み合わせていると、体と心の奥深い所が繋がっていくような、不思議な感覚を覚えた。
それはティエリアも同じだったらしい。
深いキスを受けながら、ティエリアは刹那の背中に腕を回し、強く抱き締めてきた。
時間と身体の共有で、かつて共にした過去と離れていた4年の時間、両方を抱き締めているような気持ちになった。
刹那もティエリアも、心の隙間を埋め合わせるかのように、きつく抱き合った。

─そうだ。
過去の戦闘で得た傷と、4年間で膨らんだ人類への幻滅、
やはり一人では無力なままの自分への失望、そして未来への希望。
今腕の中にいるティエリアには、その全てが詰まっている。
過去と、そこから生じる迷いに決別し、マイスターとして更に強く蘇るんだ。

「俺を受け止めろ。出来るか?」
唇を離し、熱に浮かされた目でティエリアに訊いた。
無言のままで、ティエリアがまっすぐな目で見つめ返してくる。
その瞳は切なげに潤んではいたが、そこに浮かぶのは戸惑いではなく、慈愛に満ちたかのような承諾だった。

服を脱ぎ去り、再びティエリアの上に乗って、しっかりと抱き締めあう。
刹那の既に隆起した下半身とは逆に、ティエリアのそこは柔らかいままで、興奮の兆しはまるでない。
目でも確認しようと、刹那が下を向こうとしたが、遮るようにティエリアに両頬を両手で挟まれ、口付けられた。
ゆっくりと舌を絡めた後、両頬を優しく挟んだままでティエリアが子供にでも言い聞かすように、話し始めた。
「僕には君たちのような機能は与えられてはいない。
 だから、僕への気遣いは必要ない。だが、君を受け入れる事は出来ると思う。
 君の全てを、僕にぶつければそれでいい」
刹那の困惑を打ち消すような、淡々とした話しぶりだった。

その言葉を証明するかのように、ティエリアは再び刹那にキスをして、ゆっくりと自分で足を開いていった。
ティエリアの表情には恥じらいと共に、色めいた艶かしさが漂う。
やがて刹那の下で完全にティエリアの体が開かれた。
しかし、急に大人びたティエリアの顔つきに刹那は撃ち抜かれ、さっきの決意もどこへやら、全く動けないでいた。
見透かしたように、ティエリアの手が下へと伸び、刹那の勃起にそっと触れる。
「う…っ」
思わず漏れた刹那の快感の声に満足げに微笑んだティエリアは、そのまま優しくそこを握り締め、
ゆっくりと上下に指を動かした。
ほとんど自動的に刹那は腰を浮かして、ティエリアの腕が動きやすいように、二人の体の間に隙間を作った。
急に乱れ始めた刹那の吐息が、ティエリアの奉仕精神にますます火を点ける。
決して追い立てようとはしない、焦らすような小刻みな動きで刺激を与え続けたまま、
嫣然と刹那を見上げるティエリアは娼婦のような妖しさだ。

「ティ、ティエリア…!」
もっと強い刺激が欲しい…!
戸惑いながらも爆発しそうな体を持て余し、堪らずティエリアに目で訴える。
暗黙の了解の如く、ティエリアは刹那の望みを感知し、一段と強く勃起を握ると更に素早く上下に扱き始めた。

自分の指の動きに合わせて刹那の顔がどんどん歪み、今まで聞いた事のないような声をあげている。
その事実はティエリアの自尊心を大いに満足させた。

上下で重なり合っているせいで、ペニスがどうなっているのかは全く見えなかったが、
何度も擦りあげられた刹那の先端から、遂に我慢しきれない先走りが溢れ出た。
ティエリアの指に粘液が絡みつく。
その粘液が後の結合の助けになるであろう事を予感して、ティエリアは丁寧に勃起全体にそれを塗りこんで行った。
「刹那・F・セイエイ。随分熱くなっている。僕の事は好きにして構わない。思うように、動け」
これ以上扱くと、いつ限界が来るかわからない。
ティエリアは指を止めて、べとべとに濡れたそれを優しく握り締めたままで、刹那を促した。
だが刹那の方は、未だ何らアクションを起こすでもなく、何かを我慢するかのようにきつく目を閉じ、
ティエリアの両肩を縋る様に握り締めたままだった。
「刹那・F・セイエイ。そんな顔をするな。君とこうする事は、僕にとって特に不快な事ではない」
「…だま…ってろ…っ」
刹那のプライドを傷つけないように出来るだけ優しく言ってやったのに、
その返答は余りににべもないもので、ティエリアは少し、気落ちした。
「気が変わったのか…?したくないというのなら、僕は…」
「違う…!お、俺は…」

ティエリアが積極的になりすぎたせいで、迷いが生じた。
過去の清算だと思っていたのに、ティエリアが余りに大人になっていたから…。

そういう刹那の心の動きは、今日のティエリアには筒抜けだった。
長年会わなかった事が、余計な憶測の壁を取り除いていたのかもしれない。

ふうっと小さく苦笑じみた溜息を漏らし、ティエリアは体を上方へと移動させ、目的の場所に刹那の先端をあてがった。
急かす様に先端に穴の入り口を押し付ける。
大きく開いた足のせいでそこは広がっていて、少し動いただけで、
中の粘膜は刹那の先端の最も敏感な所を、ぬめぬめと刺激した。
「…く…っ」
刹那の腰が、本能的に中を探って蠢く。
まだ溢れ続ける先走りが粘膜を潤し、人外のティエリアにも過敏なほどの触感を与えていく。
軽く入り口を突かれると、女性でもないのに熱いものを中まで欲しくなって、むしろティエリアが堪らなくなった。
「…っ!ここ…だ。刹那…、もう…迷うな。僕の中へ、来い…!」
ティエリアが息を乱しながら、刹那の背中を強く抱き締め、同時に開いた足を包み込むように、刹那の腰へと巻きつけた。
赤子のように体全体を抱き締められて、刹那の迷いはようやく振り切れた。
「行くぞ…!」
「ん…んん…んあぁ…っ…!」
ずぶずぶと猛るものを中へと埋め込んでいく。
進むごとに大きくなるティエリアの呻きは、まるで少女のようだ。
ようやく得られたそれは想像以上の大きさと熱を保って、ティエリアの体を引き裂かんばかりに奥へ奥へと侵入していく。
唇を噛み締めて必死に耐えるティエリアだったが、それでも4年前には有り得なかった位に、
二人の心が繋がっていくような気がした。

─そうか。別に過去を捨て去る必要などない。
 こういう風に、受け入れて、消化して、未来に繋げればいいんだ。
 時間を隔てた今、あのティエリアとでさえ、こうやって気持ちを交し合っているのだから─。

結合によって刹那もまた、今まで悶々と考え込んでいた事が嘘のように消え去り、心が晴れやかになった。

刹那の全てを受け入れて、ティエリアが見上げてくる切なげな赤い瞳が、堪らなく愛しい。
堪えきれずにぐんっと腰を突き入れた。
「ふあ…っ…!!」
痛みにも似た鋭敏な刺激に、ティエリアが堪らず声を上げる。
ずるりと粘膜同士が擦れ合う感触。
お互いの体に満ちる感覚はそれぞれ違ってはいても、確かに生きている喜びの体現そのものだった。
ゆっくりと抜き出して、再びずんっと深く埋め込む。
何度も抜き差しを繰り返していると、ようやく粘膜刺激に慣れたティエリアの中で、快感とは言えないまでも不快感はなくなった。
せっかく生じたその感触を失わないように、刹那はティエリアのペースに合わせて腰を動かした。

気遣いに満ちたピストンに、ティエリアは何の不安もなく体を任せた。
体の力を抜き、突き入れられる衝撃に合わせるようにして喉を開くと、驚くほど淫らな声が迸る。
その声で刹那がますます勢いづくのを知ったティエリアは、体が反応するままに、どんどん甘い声を出して行った。
刹那が中を行き来する度に、体と体が馴染んでいく。
「く…っ、あ…っ…、せ、つな…っ…!あぁ…っ!」
「俺は生きている…!そうなんだな、ティエリア…!」
「ん…っ!あぁっ…、そ、そ…うだ…、そ…して、ぼく…も…」

そうだ、ティエリア。お前も生きているんだ。生き残ったんだ。
そして、もう一度理想の世界の実現のために一緒に戦うんだ…!
高まっていくその思いをティエリアの体の隅々にまで伝えるように、刹那は突き上げを激しくしていった。

決して自暴自棄なものではなく、欲求不満の解消でもない。
未来への決意を確認し合うような、生存本能的とも言える行為だった。
刹那の熱を何度も与えられて、ティエリアは自分の淫らな声に後押しされるように、段々と快感を感じるようになっていた。
「あ…っ、あぁんっ…!せ…つなっ、も…いっ…ぱいだ…っ!んあ…っ、あぁんっ…!」
「まだだ…っ!俺はまだ、満足…、していない…!」
「あぁぁっっ!!」
安っぽいベッドを一段と激しく軋ませて、より深くティエリアを突き上げる。
ティエリアは白い頬を紅潮させて、首を左右に振って激しく喘いだ。
挿入を容易にしただけでは飽き足らず、納まりきらない先走りの白濁が、
摩擦音に混じってぬちゃぬちゃといやらしい水音を響かせる。
体が浮き上がるほど激しく攻められながら、何とか目を開けてみると、ティエリアの目前には
刹那の逞しい胸筋が脈打っていて、改めて彼が男の体に成長したことを感じた。

限界が近づく刹那とは裏腹に、ティエリアの下半身は未だ何の反応も見せない。
その相変わらずの柔らかい感触を感じていると、人間ではないというティエリアの言葉を本能的に思い知る。
しかしおそらく人間の男だったなら、こんな風に体を合わせてはいないだろうという確信が、刹那をより一層駆り立てた。

「んんっっ…!あぁぁっっ!!あぁぁっっ!!」
脳天に響くほどの激しい突き上げで、ティエリアは何も考える事が出来ずに、
ただ刹那に必死にしがみ付いて涙混じりに喘ぐのみだった。
だが快感を確かに全身に感じていながらも、女性ではなく、ましてや人外の存在であるティエリアには、
絶頂の兆しは全く見えなかった。
「ティエリア…」
「気にするな…っ!あ…ぁん…っ、僕に構わなくていい…!あぁぁっっ…!」
自分だけが絶頂の快感を得ようとしている。
罪悪感を覚えたが、刹那は勢いに任せるしかなかった。
ぐいぐいと締め付けてくる内壁の圧力を跳ね飛ばすほどに、何度も強く突き入れる。
やがて我慢しきれなくなって腰を強く押し付け、欲望のままにティエリアの体内へと精を放った。
「ふ…あ…あぁ……」
どくどくと流し込まれる精液の熱さを体内に感じ、行為の終了を悟ったティエリアが脱力してベッドに深々と体を預けた。
未だ疼き続ける体を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をして、息を整えていく。
やがて刹那もティエリアの上から去り、隣に体を投げ出した。
沈黙の続く部屋には、二人の荒い息だけがこだました。

ーーーーーー

二人の息が整った頃、ようやくティエリアが口を開いた。
「…どうだ。覚悟は、決まったのか」
返事がない。
心配になって自分の横に寝そべる刹那の顔を覗き込むと、思いがけず真剣な目で見つめ返された。
「あんな事をした後に、そんな硬い事を聞くな」
冷静に咎められて、さっきまで仲間の愛撫で乱れに乱れた自分の痴態を思い出し、ティエリアは思わず赤面した。
「な…っ!ああしたがったのは僕じゃないぞ…!君だろう!」
「相変わらずの責任転嫁か?その辺は、変わってないな」
「く…っ」
今度はからかうような笑みさえ浮かべて、刹那が軽口をたたく。
昔は一度も、刹那とティエリアはこんなやりとりをした事がなかった。
「やはり君は、随分変わった…!」
ティエリアが照れ隠しのきつい口調で言うと、刹那はますます嬉しそうな顔をした。
「4年、だからな。俺も随分変わったんだろう。だがお前の方こそ、大人になったと思う」
何と言っても、軽口を軽口と受け止められるだけの余裕が出来たんだから─。

更に気恥ずかしそうな表情になったティエリアの頭を、刹那はそっと抱き寄せた。
明日からは、もうこんな風に甘える機会がほとんどない事は、良く分かっている。
「酔ってなど、いなかった」
そう言うと、ティエリアは優しく微笑んで、じっと刹那の顔を見つめた。
「ああ。知っている」
やはり見透かされていたか─。
苦笑交じりに、ティエリアの髪に軽く口付け、自分に言い聞かすように口を開く。
「もう、迷わない。過去から延びた道は、確かに未来へと続いている。
 それが良く分かった。俺はもう一度、ガンダムに乗って理念のために戦う」
昔の刹那のままの、強い意志の込められた言葉だった。
「ああ。一緒に戦おう。理想の世界の実現のために」
ティエリアは胸を撫で下ろし、勇気付けるように刹那を抱き締め返した。

ーーーーー

「刹那・F・セイエイ。明日の予定を伝える。
 明日は始発で軌道エレベーターへと向かい、一旦母艦と合流する。
 君のガンダムは、既に最終調整を受けている。
 帰艦後、ファーストミッションの開始まで、おそらく2時間ほどしか猶予はない。
 その時間内に、君は新ガンダムのシステムを熟知しなければならない。 
 …出来るか?」
制服を身に付けながら、ティエリアが言った言葉に刹那は即答した。
「出来ないと思うのなら、お前がわざわざ迎えに来たりはしないだろう?」
「…その通りだな」
ティエリアは安心したように頷いて、纏った制服を正した。
「今から僕はブリッジへと君の事を報告する。君は明日のために、休んでおけ」
「その前に、ファースト・プランの内容を知りたい」
そう尋ねると、ティエリアが刹那に向き直り、居住まいを正した。

「旧人革連領、ゴビ砂漠地下の秘密基地に、アレルヤ・ハプティズムが囚われている事が判明した。
 明日の午後9時に、香港へと彼の護送が行われる。我々は間隙を縫って、彼の身柄を奪還する」
「アレルヤ・ハプティズム…」
囚われの身となった懐かしい仲間の顔を思い浮かべ、刹那は決意を更に強くした。
再びティエリアが真剣な顔つきになって、刹那の正面に立った。
「君の身体情報はきちんと転送しておいた。
 明日には、君にも新しい制服とノーマルスーツが用意されている事だろう。
 最後に、もう一度聞く。君にこれを纏う覚悟はあるか」
ティエリアの纏った、まだ見慣れない制服をもう一度しっかりと見つめる。
これを纏った瞬間から、再びCBのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイとしての戦いが始まるのだ。
より厳しい戦局がリアルに想像されたが、刹那の心はもう揺らぎはしなかった。
目の前の美しい少年に、きっぱりと告げる。
「もちろんだ。俺は、CBのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイだ」
                              
                              <終わり>