8月に入って何日も経っていないある日、マイスター達は特別休暇を与えられ、地上に降り立った。 目的はいつも通り、精神衛生保持とストレス解消の為の休息である。 とは言っても家で大人しく休養できるほど大人でもない彼らの目に、一枚のチラシが飛び込んできた。 ――○○市恒例の夏祭りを8月吉日に行ないます。ご近所お誘いの上どうぞお立ち寄りください―― その日付はまさしく今夜だった。ロックオンの目が輝く。 「何々…?花火の打ち上げもあります、だとよ。…行くか。行くよな、お前ら!」 嬉しそうなロックオンの言葉に反対意見は何故か出ず、結局マイスターズは4人連れ立って とある地方都市の夏祭りに出かける事となったのであった。 「…なぜこんな格好で行かなければいけない」 浴衣姿のティエリアが、会場に向かう道すがら不満げに呟いた。 浴衣なのはティエリアだけでなく、マイスター全員だ。 「まあそう言うなよ。何でも見た目から入れって言うだろ?意外に似合ってるぜ?みんな。 それに、周りにも浴衣姿の人は多い。見てみろ」 ロックオンが足取りも軽く歩きながら、周りを見回した。 確かに、会場に向かうであろう人々の波の中に、色とりどりの浴衣姿が見える。 しかし、それはほとんど女性か、女性連れの男に限られていた。 ティエリアが不満を漏らすまでもなく、男4人が浴衣姿で歩道をてくてくと歩く姿は、明らかに浮いていた。 「スメラギさん達がいてくれたら良かったね…」 アレルヤがロックオンに聞えないように声を潜めて、ティエリアに囁いた。 「全くだ。明らかに注目を集めている」 ティエリアが不満げに応じた。 外国人で、しかも美形揃いときているマイスターズ。 日本の中都市の夏祭りで、目立たない訳がない。 辺りの人々がちらちらと自分達の様子を伺い、特に女性がくすくすと笑うのがティエリアは不快で仕方なかった。 「…まあ、会場に着いたら客に紛れて大丈夫だと思うよ。随分人も多そうだしね…」 アレルヤがとりなすように言ったその傍から、何かを焼くような香ばしい匂いが漂ってきた。 ティエリア以外の全員が鼻をくんくんと鳴らす。 「いい匂いだなぁ…!とうもろこしか?今日はうまいもん一杯食えそうだな」 「ああ。だが随分人が集まっている。早く行ってとうもろこしを食おう」 「ちょ…、二人とも…」 アレルヤの言葉をまるで聞かずに、ロックオンと刹那が子供のように駆け出して行ってしまった。 ロックオンが走りながら振り返り、人の波の中大声でアレルヤとティエリアに指示を出した。 「4人でってのも不便だから、とりあえず二組で自由行動な!  花火の終わった22時に、会場入り口で合流。いいな?じゃあな〜!」 「……」 「……」 あっという間に見えなくなった二人の背中を目で追いながら、 取り残されたアレルヤとティエリアは、二人でぽつねんと立ち尽くしていた。 大勢の人々が脇を通り過ぎていく。 ティエリアが仕方なくアレルヤの表情を窺った。 ざわざわという人声と早くも立ち上る夏祭りの熱気に加え、おいしそうな食べ物の匂いが、 アレルヤをも高揚させているのは確かなようだった。 人間を理解すべく、最大限考えを巡らしてみても、ティエリアにはどうもこの雰囲気が楽しい物だとは思えなかった。 不必要な人込みのせいで蒸れた熱気が、激しく不愉快だ。 その上なぜあんな汗まみれの男が剥き出しの露天で食べ物を売っているのか。 衛生状態が悪いんじゃないのか。 「ティエリア、怒ってるの?ロックオンが無理やり連れ出したみたいなもんだもんね…」 アレルヤが心配そうに声を掛けてきた。 「こんな所で無駄に時間を使うのは本意ではない。さっさと戻ってプログラミングに…」 「まあいいじゃない。今回の地上行きは休息が第一目的なんだから。  たまにはみんなでこうやって息抜きするのも大切な事だと思うよ」 アレルヤの口調は、ティエリアの気を引こうとする魂胆が見え見えだったが、ここまで来て今更意地を張っても仕方ない。 ティエリアは大きく息を吐き、アレルヤに向き直った。 「…まあ、いいだろう。確かに地上の人間の生態を観察する、いい機会ではある」 もっとごねるかと思ったのに、予想以上に好意的な返答にいささか驚いたアレルヤだったが、 祭りを楽しみたかったのはロックオン達だけでなく、アレルヤとて同じ事だった。 この好機を逃す手はない。 ティエリアの気が変わらないうちに、祭りを楽しまなければ――。 「うん、じゃあ早速行こうよ。ティエリア、夏祭りなんか初めてだよね? ほら、あそこに綿アメがあるよ…!」 アレルヤの高揚気味の言葉を聞きながら、彼の指す方向に渋々目をやる。 ふわふわとした白い物体が目に入った。 「…何だ、あの気色悪い物は。食料なのか」 「嫌だなあ、何言ってるの、ティエリア。お菓子に決まってるじゃないか。  買ってきてあげるからここで待ってて。動いちゃ駄目だよ、いいね?」 アレルヤが小走りに綿アメの屋台に駆けていくのを見送りながら、言われた通りじっとその場に佇むティエリアだった。 屋台の傍では先客が綿アメにかじりついている。 食している客はほとんどが子供だったが、あの嬉しそうな顔を見る限り、どうやら相当に美味なものらしい。 もっとも、私には食料の旨味など全く必要ないが。 そんな事を考えていると、顔ほどもある大きな綿アメを両手に2本持って意気揚揚とアレルヤが帰ってきた。 「はい」 アレルヤが一本をティエリアに差し出しながら、自分は早速綿アメにかじりつく。 「…ああ」 受け取ってすぐに、アレルヤの真似をして同じように綿アメにかじりついたティエリアだったが、悲しくも勢いが強すぎた。 口から突っ込むように突進したせいで、唇はおろかほっぺたまで綿アメの残骸でぎとぎとになってしまった。 その様子を見てアレルヤが我慢しきれずに吹き出した。 いつもの調子でぎろりと睨み返すティエリア。 「ははっ、ごめんごめん。最初に説明しとけばよかったね。綿アメは砂糖を伸ばして作るお菓子だから、  舌で溶かすようにして食べなきゃ駄目なんだ。慣れるまでは、ほらこうやって…」 アレルヤが舌で掬う様にぺろりと綿アメを舐める。 「……」 粘着質な不快感を頬に感じながらも、無言で真似をして綿アメを舐めると、甘味が口じゅうに広がった。 「おいしいでしょ?」 アレルヤが探るように顔を覗き込んでくるのを、あえて振り払う。 「甘い、としか思わないな。糖分以外に重要な栄養素でも含まれているのか」 相変わらずのかたっ苦しい返答に、アレルヤが苦笑した。 「ふふっ、相変わらずだね?栄養とかそんなんじゃなくて、こういうのは…そうだなあ、…潤いだよ。  お菓子とかお祭りとか、一見無駄なものが地上の人間の生活を潤してるんだ。君もすぐに分かるよ」 「そんなものか…」 「そうだよ。まぁ今日はロックオン達に負けないくらいに食べまくろう。花火までまだ1時間以上あるから…、ね?」 「……とりあえず顔を洗いたい。食事はそれからだ」 再び苦笑したアレルヤだったが、素早くトイレを探し出してティエリアを連れて行ってやったのだった。 それから小一時間。二人は存分に祭りを楽しんだ。 とうもろこしに焼きイカ。たこ焼きにかき氷。その上水ヨーヨーまで釣り上げてしまった。 人々の熱気は高まるばかりで、団扇程度ではとても涼を取れそうにもないほどだった。 その上履き慣れないためか、下駄の鼻緒が足の間に食い込んで靴擦れを起こしかけている。 「ティエリア、疲れたかい…?」 熱さと僅かな足元の痛みでテンションが更に下がったティエリアを気遣って、アレルヤが優しく声を掛ける。 「そんなわけはない。この程度で疲れるようではマイスター失格だ」 「でも…」 「問題ないと言っている。…ただ慣れない靴のせいで指が擦り切れてしまったようだ。  治療してくるからここで待機していてくれ」 アレルヤの視線が足元に向うのを感じながらも、素早く背を向けてティエリアは人の群れから抜け出し、 人通りの少ない通りを目指した。 少し離れただけで、表の華やかさとは裏腹の寂しい通りを更に歩くと、通りに面した所にまあまあ大きな駐車場があった。 祭り客専用と化しているそこには、びっしりと車が止められている。 車止めが目に入る。腰を下ろすにはうってつけの場所に思えた。 アレルヤが心配そうに後ろを付いてくるのを感じながら、ティエリアは駐車場に入っていった。 車が溢れているとは言え、人波の中とは大違いの空気が火照った体に心地いい。 ティエリアは早速車止めの一つに腰を下ろし、買っておいたペットボトルの水を指の擦り傷にかけ、丁寧に洗い流した。 「大丈夫なの?下駄があってなかったのかな…。ティエリア、肌薄そうだもんね」 アレルヤが傷口を覗き込むが、薄暗い中では当然視覚ははっきりしなかった。 「これ、使って」 仕方なく視認を諦めて、念のため携帯しておいたバンソウコウをティエリアに差し出す。 バンソウコウを受け取りながらも、何か言いたそうにしていたティエリアだったが、 結局黙ったままそれを傷口に貼り付けた。 「大丈夫…みたいだね。どうする?花火まであと30分近くある。  もう少し、向こうで何か食べる?それともここで待ってる?」 「花火はここでも見られるだろう。あの人込みはもう十分だ。私はここにいるから君が行きたいなら行けばいい」 「……。そう…だね。うん。じゃあ僕はもう少し露店を楽しんでくるよ。5分前には帰ってくるから、ここにいてくれ」 アレルヤはそう言って、本当に立ち去ってしまった。 アレルヤが去って数分、ぼんやりと表通りを眺めていたティエリアに、おもむろに近寄る人物がいた。 たった今去ったはずの、アレルヤだ。 「…もう帰ってきたのか」 車止めに腰を下ろしたまま、見上げて言うティエリアに、アレルヤが答えた。 「悪いな。お早いお帰りで」 「……君か」 いつものアレルヤとは正反対の、荒々しい雰囲気。 そこにいたのはアレルヤではなく、ハレルヤだった。 見た目はほぼ同じ人間なのに、性格の差でこうも印象が変わるとは…。 「最近表に出る事が多いんじゃないのか。まさか、また人革の超兵が近くにいるのか」 「ん〜…。そういうわけじゃねえよ。どうやら、アレルヤの奴が変わり始めた…って所か。  ま、今日のところは俺にも祭りを楽しめと、そういうお計らいのようだ。へっ、つまんねえ奴だよな」 ティエリアがハレルヤと対面するのはこれが初めてではない。 ヴェーダを介してその存在を知って以来、何度か表に出てきた彼と話した事がある。 『そのうち、あいつも全てを受け入れざるを得なくなる。その時は、俺の役目もおしまいってわけだ。  いつかは、俺も消える時がくるだろうさ』 この前現れたハレルヤに、その存在の意義を問い詰めた時、彼はそう答えた。 一人の人間に二つの人格が内在している事は、明らかな精神疾患と言えよう。 それでも、ハレルヤの存在がアレルヤの不完全な部分を補っている事、そしてそれが確かに戦闘に有益となった 過去の事例を知っていたからこそ、ティエリアはある意味ハレルヤの存在を容認せずにはいられなかった。 ベースもはっきりしないあやふやな認可だったが、あれから特に事態の変更もなく、今日までそれが続いていた。 「そうか。それならそれでいい。時間はまだ残っている。君は君で楽しめばいいだろう」 ティエリアとしてはアレルヤ同様、ハレルヤにも特に真新しい興味もない。 いつも通り淡々と言い放って、自分は再び静かに通りを徐行する車の流れに目をやった。 「おいおい、何だよ。相変わらず冷たい野郎だなぁ?」 言いながら、ハレルヤがどかっとティエリアの傍に腰掛けた。 「おっと、んな顔すんなって。 しょうがねえだろ〜?  アレルヤの野郎、あんだけ食いまくった後に俺に楽しめなんて、ちょっと無理だっつうの」 「だからと言って、君とここで座っている必要性はない」 表情を崩さずに冷静なままのティエリアに、ハレルヤがくくっと苦笑した。 「しかし、あんたも暗〜い性格だよなぁ?人生楽しいかよ?そんなんで」 「人生?そんなものは必要ない。私の使命は唯一つ。戦争の根絶、それだけだ」 「へええ?何だそれ。本気でそんな事信じてんのか?戦争の根絶、なんて無理に決まってんじゃねえか」 ハレルヤの小馬鹿にしたような口調で、ティエリアの眉間に皺が寄った。 「そのためにガンダムがある。我々がいる。ヴェーダの計画に従うまでだ。  嫌ならアレルヤ・ハプティズムもろともガンダムから降りろ」 あからさまに機嫌が悪くなったティエリアの、不機嫌な横顔を何故か楽しそうに眺めるハレルヤ。 顎に手をやってしばらく何事か考えていたが、急にティエリアの肩に手を回して、その細い体を抱き寄せた。 「な…、何をする…!」 バランスを崩し倒れこむように抱き寄せられて、さすがのティエリアも動揺を隠し切れなかった。 慌てて肩を掴む腕を振り払おうともがくが、ハレルヤの鍛え上げられたニ頭筋はピクリとも動かない。 「貴様…!どういうつもりだ!万死に…」 ハレルヤの開いた左手がティエリアの口を抑え、怒声は飲み込まれてしまった。 無駄な抵抗ながら、悶えるティエリアの耳元にハレルヤがそっと囁きかける。 「し〜っ。まあ落ち着けって…。ほら、見てみろよ…」 耳元にハレルヤの上気した息がかかって不快極まりないが、ハレルヤの落ち着いた声に促されて、 とりあえずティエリアは抵抗をやめた。 「ほれ、あそこの車」 ハレルヤが振り返って顎で駐車場を指し示した。 仕方なく首を回してそこを見ると、夜の闇の中、多数の暗い車影の一台が不自然に揺れている。 ハレルヤがいやらしい笑みを浮かべてその一台を凝視した。 「…見てみろよ。いいよなあ。まあ祭りっつったらオプションでアレも入ってるもんな…。」 「…言っている意味がわからない。分かるように話せ」 一瞬ハレルヤが間の抜けた表情でティエリアの顔を見たが、すぐに嫌らしい笑みを取り戻した。 「はあ?何言ってんの、お前。いい子ちゃんぶるのも大概にしろよな。  お前だって健全な青少年だろ〜?興味ないとは言わせねえぞ?」 ハレルヤのギラつく目を間近に見ながら、言いようもない不快感を覚えたティエリアだったが、本当に意味がわからなかった。 ハレルヤが今度は呆れた顔になって、ティエリアをしげしげと見つめた。 「…まさかマジでわからねえの?つうかそういう話、全然しないのかよ。…あいつらと。」 「何の事だ。ミッションプランの有効性についてなら…」 「あ〜!違うっつうの!ったくアレルヤの奴…。そんなんだから無駄に思い悩むんだ。   しょうがねえなぁ…。アレルヤの代わりに、俺が教えてやっか…」 「お、おい…!」 ハレルヤが、嫌がるティエリアをその車の方へと引きずるように強引に連れて行った。 「中の奴らにバレないように覗けよ…。いいな?」 近くに行けば行くほど不自然な揺れを繰り返す車の中を、二人して静かに覗き込む。 車中では助手席のシートを目いっぱい倒して、男が女の上に乗り、ひたすらに腰を振っていた。 腰の動きに合わせて、車が前後に揺れまくる。 「……」 あまりに動物的なその光景に、言葉も出ないティエリア。 「おおおお〜〜、すげえすげえ〜!男もうちょっと脇に寄れよ。肝心な所が見えねえだろうがよぉ!」 対照的にハレルヤは完全に興奮し切っていた。 車中の二人は行為に夢中で、覗き込む2人の人影には全く気付いていないらしい。 ハレルヤが喜び勇んでティエリアに囁いた。 「たまんねえなぁ、こりゃ…!おい、俺らも行こうぜ?」 「な…、ど、どこにだ」 「どこって…、ナンパに決まってんだろ?女釣りに行くんだよ。  お前だってそのツラなんだから一人や二人、ちょろいだろうが」 ハレルヤの言葉の意味を何とか理解したティエリアが、それでも冷静を保って抗議をはじめた。 「ふざけるな。私はそんな事はしない。行きたいなら一人で行け」 「はあ?何言ってんだ。いくら女みたいな見た目でも、お前だって男だろうが。  素直になれよな!その年齢ならもうビンビンだろ〜?」 「あっ…!」 ハレルヤがおもむろにティエリアの浴衣の下半身に手を伸ばした。 ティエリアが腰を引いて逃げようとするのを、がっちりと固定して阻止する。 「や、やめろ…!私に触るな…!!」 「何だよ、抵抗しちゃってよお?無理すんなよ…。さぞかし大変な事になってんだろ〜?」 ハレルヤがぐりぐりと手の平を股間に擦り付けた。 しかしそこは期待とは裏腹に、何の反応も示してはいなかった。 それだけではない。 およそ男らしい出っ張りなど皆無であるかのような、無機質な手触りでしかなかった。 「ん?あれ??」 予想外の反応のなさに、ハレルヤが訝しんで今度は丁寧に指を動かしてそこを確かめるように探るが、 何度指を這わしてみても、そこには何の膨らみも認められなかった。 「あれ?なんで膨らんでねえの?」 「は、離せ…!わ、私は…」 その時、不意に車中の影が揺らめいた。 「おっと…!終わっちまったか?しゃねえな…こっちに来い」 ハレルヤはティエリアの腕を掴むと、駐車場の更に奥へと向った。 駐車場の奥は夜の闇と車の暗い影で、通りのライトの明かりも届かない。 ハレルヤが手近な一台のボンネットに、ティエリアの体をうつ伏せに押し倒した。 昼間真夏の太陽に熱せられ続けたボンネットは、今でもまだ温かさを保っていた。 「何を…」 言いかけた途端、ハレルヤが後ろから覆い被さってきた。 耳に生温かい息がかかったかと思うと、すぐに後ろから耳たぶを柔らかく噛まれて、否応なしに体が強張ってしまう。 「心配すんなよ…。怖くねぇからよ…。つうか、お前女だったのか…。そら女になんか興味ないよな…」 「ち、違うっ…!わ…たしは…、あうっ!」 急にぐいっと体を返されて、視界が混乱した。 ぼんやりと前を見ると、そこには妖しい笑みを浮かべたハレルヤが不気味に立っていた。 本能的な怖れを感じて、ティエリアが押し付けられたボンネットから逃げようと体を起こそうとする、 その両腕をも抑え込まれてしまう。 ハレルヤが体をかぶせてくる。 その息が乱れているのが分かる。 先ほどの車中での見知らぬ男女の姿が、脳裏をよぎった。 「―――!!」 ハレルヤが首筋に吸い付いてきた。 音を立ててそこを吸われ、不快感と羞恥心で声も出せないティエリア。 ハレルヤの手が浴衣のあわせを乱して、胸元に侵入してきた。 「やっ…!やめ…っ!!わ…、わたしはっ…!」 ハレルヤの指が真っ平らな胸を摩るのと、ティエリアの絞り出すような叫びがようやく出たのはほぼ同時だった。 「人間じゃないんだ…!!!」 時が止まったかのように、ハレルヤの指使いが一瞬で完全に停止した。 ティエリアの告白の意味を、さっきの下半身の違和感と今まさに味わっている、 これまた膨らみの兆しもまるでない胸の手触りで、ハレルヤは直感的に理解した。 しばらくの沈黙の後、ハレルヤが重く口を開いた。 「はっ…、マジかよ…。そっか、そういう事か…。なるほどね…」 首筋から顔を離して、少し距離をとってティエリアを見下ろす。 まだボンネットには体ごと押し付けられたままだったし、腕も捕まれたままだったが、 とりあえずの危機は脱した事にティエリアは安堵した。 後は何とか自分の正体を周りにバラされないよう、口止めをしなければいけない。 「ハレルヤ…。分かっただろう。私は男でも女でもない。人間の性別に該当するものは、私には存在しない。  この事はレベル7の秘匿情報だ。だから…、」 「そう、俺たちの個人情報と同じ、レベル7の重要な秘密事項…だよな。わかってるぜ?  誰にも言うなってんだろ?正体はさすがに知られたくないってか?」 「そういう事ではない。ただ、計画実現の…」 「計画計画ってお前そればっかだな…?他に能はないのかよ?  つか、わざわざどう見ても人間ぽく造ってあるって事は、戦闘以外にも何らかの使い道がある。  そういう事なんじゃないのか?」 「……」 「俺達はあちこちいじくられて出来た化けもん…。お前もそうなんだろ?  だがお前の場合、ただ戦闘に使うだけならロボットでもかまやしねえ。ハロみたいなな。  なのになんであえてこんな見た目にする必要がある。  俺はそれを知りたい」 「ハレルヤ…君は…!」 ハレルヤの瞳が不気味に揺らめいたかと思うと、その手が再びティエリアの下半身へと向った。 浴衣の裾から、ハレルヤの熱い手が入ってきて太ももを這った。 「ハレル…!よせっ…!私には不必要なものは何も付いていない…!!」 「自分で確かめる。黙ってろ」 ハレルヤの手が下着へと到達した。 「あんだあ?なんも付いてないとか言ってパンツなんかはいてんのか」 「当たり前だっ…!」 下着の上から股間を遠慮なく弄られ、屈辱的な気分で、ティエリアがきつく目を閉じる。 「マジで何も付いてねえ…?」 ハレルヤが今度は下着をずり下ろしていった。 ハレルヤの上半身が、ティエリアの上半身をボンネットに押し付け続けている。 体重差のせいで僅かに身をよじるしか抵抗の術はなかった。 「やめろぉ…」 ティエリアの震える声を無視して、ハレルヤが膝まで下着をずりおろした所で、遂に手を入れてきた。 太ももからゆっくりと、股間に手を伸ばしそこを撫で擦るハレルヤ。 ティエリアのそこは完全に皮膚の延長でしかなく、特別なものなど何も付いていなかった。 形状を確かめるように何度も指を往復させたが、胸の触感と同じくすべすべの肌には、無用な凹凸さえ認められなかった。 様子を伺いながらハレルヤがゆっくりと体を屈めていく。 ティエリアは既に抵抗の意欲もなくして、脱力してボンネットに体を預けていた。 足元に完全に座り込み、ティエリアの乱れた裾を更に開く。 露わになった白いふとももの先に、その白さのままのすべすべとした股間部分が見えた。 「本当につるつるなんだな…」 ハレルヤの呟きで、ティエリアが泣き出しそうに顔をしかめた。 ハレルヤが魅入られるようにそこを凝視している視線を感じながらも、ゆっくりとティエリアが言葉を紡いでいく。 「…私には生殖行為など必要ないから必要な器官は装着されていない。それだけの事だ。  内臓だって、人間を完全に模倣しているわけではない。人体は複雑な構造だから、必要最低限の物しか…」 「…辛いか?人間と、違ってて」 思いがけず掛けられた言葉は、ハレルヤらしからぬ、同情を僅かに含んだ囁きだった。 「別に。普通にしている分には、何の問題もない」 「だけど、今みたいな時には大いに困るよな?なんで外見だけでもちゃんと造ってもらえなかったんだろうな?  便所に風呂に捕縛に、色々不便だろうに」 言いながらハレルヤがティエリアの両足を徐々に開いていった。 持ち上げるように下から抱え上げられ、どんどん体がボンネットの上方へと押し上げられて行く。 開かされていく体を自覚しながら、抵抗する気力はまだ湧いて来なかった。 代わりに以前見た人革の研究所のデータが頭に浮かんだ。 「似たようなもんだな、俺たちは。  いや、まあヤバい過去があるという意味では、あの艦の誰もが似たようなもんか…」 ハレルヤが代弁するかの様に口を開いた時、ティエリアの体は完全にボンネットの上に乗り、彼の前で大きく足を開かされていた。 だが不思議なほど、羞恥心も怒りもわいてこない。 感情が凍りついたように、心が冷え切っているのをティエリアは感じていた。 「何も感じない…、かよ?あんたも虚しい存在だな…」 「…仕方がない。そういう風に造られているのだから…」 「生物の三大欲求って知ってるか?食欲、睡眠欲、性欲だ。  あんたも食って寝て、一応生きてる以上、性欲がないとは言い切れないんじゃないのか?」 「…興味がない」 「試してみるか?さっきのあいつらがやってた事、随分嫌そうに見てたけど、  ああいうのがないと人間は人間でいられないんだぜ?」 ふっ、とティエリアが笑った。 「アレルヤ・ハプティズムと同じような事を言うんだな」 「あいつよりは俺の方がましだ」 「…何でもいい。したいならすればいい。…無駄な事だとは思うが、それでも人間を知る欠片位にはなるだろう」 「でも、どうやってやればいいのかわかんねえよ」 「…なら解放しろ」 ハレルヤが静かに、ティエリアの股間に顔を近づけていった。 「…それは却下だな」 舌を伸ばし、そっとつるつるの股間を優しく舐める。 「……っ!」 ぴくんとティエリアの体が小さく揺れた。 「よ、よせっ…。誰か…誰か来る…っ…!」 「だあれもこねえよ…。もう花火の時間…だろ?」 ハレルヤが更に舌を押し付けて、女のそこを愛するように丹念に舌を動かす。 性感はないはずなのに、官能的な行為でティエリアの息が乱れ始めた。 「…どうだ?気持ちいいか…?」 ハレルヤがぴちゃぴちゃと音を立てながら、訊いた。 「…く…っ…、快感で…はな…い…はずだ…!」 「そっか…。残念だな…」 ティエリアの太ももを持ち、更に大きく開かせる。 夜目にもティエリアの白い肌が上気しているのが分かる。 確認の要素が大きかったはずの行為が、いつの間にか本気モードへと変わっていた。 浴衣の襟部分を大きく広げ、露わになった平らな胸に舌を擦り付けた。 無性のはずなのに、小さな乳首だけはしっかりと付いていた。 「何だよ…。乳首はついてんのか…。よくわかんねえ趣味だな…」 「し、知るか…っ!ん…!」 お互いの上ずった声が更に情欲を高めていった。 ハレルヤが我慢しきれずにティエリアの乳首にむしゃぶりつくと、その体が大きくのけぞった。 浴衣が大きく乱れて、衣擦れの音が生々しい。 乳首の硬さを堪能しながら、ほぼ無意識でハレルヤの手がティエリアの股間に伸びる。 湿潤と質量、そのどちらも備えないそこの無機質さは確かに異様なものだったが、 ハレルヤの下は萎える事無く勃ちあがっていった。 「くっ…なんか当たるぞ…。何だ…、その物体は…!」 勃起したそれを見た事も、当然触った事もないティエリアだった。 あまりの無知さに、ハレルヤが苦笑いする。 庇護欲か愛情か知らないが、無性にティエリアが可愛く思えた。 「見た事ねえの?…よし、見せてやる。ビビんなよ?」 ハレルヤが浴衣の前から自身を取り出した。 ボンネット上で顔の上にほぼ馬乗りになって、ティエリアの眼前にそれを晒す。 初めて見る男根をまじまじと見つめるティエリア。 ティエリアの息が先端を掠めて、不覚にもぽたぽたと先走りが垂れてしまった。 「舐めれるか…?」 初めての人間に、しかもこんな場所で頼むのはさすがに気が引けたが、それでも欲求には逆らえない。 ティエリアは何も応えなかったが、抵抗の素振りもまた、なかった。 それを合意と受け取って静かに口目指し、腰を落としていくハレルヤ。 ボンネットが二人分の体重で軋んだが、知った事ではない。 あと数センチで唇に届くと言う所で、ティエリアが舌を伸ばして先端に触れた。 「うっ…!」 漏れ出たハレルヤの喘ぎが、ティエリアを駆り立てた。 伸ばした舌に沿わしながら、ペニスを口中へと沈めていく。 寝転がったままのティエリアの口中へと、ぐいぐいとそれを押し込むだけで十分なほど刺激が得られた。 ゆっくりと腰を動かすと、仰向けのままのティエリアが苦しそうに顔を引きつらせた。 「もう少しだから、我慢しろ…。お前には挿れる所がないんだから仕方ねえよ…」 ティエリアは黙って、蹂躪される不快感に耐えていた。 ハレルヤの動きが大きくなってきた。 目をきつく閉じて苦痛ともいえる圧迫感に耐えてきたティエリアも、 さすがに苦しげなうめきをあげずにはいられなかった。 腰の動きに合わせて、ハレルヤの荒い息が静かな駐車場に響く。 (く…苦しい…!) 遂に堪らず、ティエリアがハレルヤの太ももをきつく掴んだ。 ほぼ同時に、ハレルヤがきつい口調で言った。 「く…!出る…、口に出していいか…!?」 意味はよく分からなかったが、必死で頷いて応える。 「よし…!イクぜ…!!」 ハレルヤの叫びと同時に大きく腰が突き出され、どくどくと熱いものが口中へと発射された。 驚いて目を開けると、上のほうで気持ち良さそうなハレルヤの顔が垣間見えた。 その表情で、初めての本能的な満足感をティエリアは知った。 全部出し切って、ハレルヤが抜かれると同時に、飲み込めずにいた精液が唇から漏れ出てしまった。 同時に立ちのぼるような青臭い匂いと苦々しい味覚に襲われて、嫌悪の表情を浮かべるティエリアを、 ハレルヤはそれでも可愛いと思った。 出した後でもそういう気持ちが持続するのは、ハレルヤとしてはめったにない事だった。 「…気持ち悪いだろ。出していいぜ?」 アレルヤがやはり念のため持っていたティッシュを口元に持っていってやる。 ティエリアが素直に精液を吐き出すのを確認した後、やさしく口元を拭いてやった。 ひとまずボンネットから下に降り、続いてティエリアを優しく抱き上げて下ろしてやる。 抱き締めてやったが、ティエリアがまだ緊張を解いていない事は明白だった。 「…心配すんな。この事は誰にも言わねえし、お前の正体の事も当然言わない」 「…アレルヤは…、この事を…?」 「あ〜、今は中に引っ込んで出てきてねえ。途中でもそういう感じはしなかったから、多分分かってないと思う」 「そうか…」 ようやく安心したかのようにティエリアが深く息を吐き、ハレルヤの肩に頬を寄せた。 もう一度しっかりと抱き締めた後、ハレルヤはティエリアの乱れた浴衣を直しにかかった。 胸元には自分の付けた唾液がぬめぬめと光っている。 ティッシュで拭き取り、更に濡れているはずの下半身へと向かう。 「足開け」 命令口調だったが、ティエリアは素直に応じた。 屈み込んで、開いた股を濡らす、自分の唾液を丁寧に拭き取っていくハレルヤ。 ふとティッシュの先が、何かを掠めた。 違和感に気付き、片足を抱え上げて大きく股を開かせる。 「あっ!」 ティエリアが小さく叫んだその時、ちゅどーんと音がして、花火の第一弾が上がった。 闇を照らす鮮やかな花火の赤。 すべすべの股間が目に入った。 思わず見上げた人工物であるティエリアは、余りにも儚げで、綺麗だった。 無言のまま、ティエリアの股間にもう一度キスをする。 足が一瞬震えて、ティエリアが後ろの車のボンネットに体を預けた。 ティエリアの表情を窺いながら、ハレルヤが股の間にゆっくりと指を這わせていく。 やがて尻の割れ目の間に、違和感の正体を見つけた。 「…穴があるぞ?」 よく考えたら食事をする以上、排泄器官は必要不可欠だ。 もっと早く気づいていたら、ここで用は足せたのに…。ハレルヤはほぞを噛むような心境だった。 「そこは…ただの排泄器官だ…。君の望んでいる所では…ないと思う…」 入り口をさするように指を動かすと、ティエリアが切れ切れに訴えてきた。 どうやら、感覚はつるつるの股よりはあるらしい。 ハレルヤが指に唾液をたっぷり塗りこんで、再びそこをほぐすと、 花火に照らし出されながら、ティエリアが明らかに喘いだ。 「あっ…、ま…、待…て…、そこは…変なかん…じだ…。は…っ」 「俺が望んでる所じゃなくて、お前が望んでる所の間違いなんじゃねえの?」 ハレルヤに再び興奮が戻ってきた。 こうなったらもう自分を止められない。 ティエリアを裏返し、今度はボンネットに両手を付かせて尻を突き出させた。 帯の力で何とか体に纏わりついているだけのティエリアの浴衣の裾を捲り上げ、下着を剥ぎ取って放り投げた。 背後からのせいでティエリアの顔は見えないが、かすかに震える体と熱くなった肌が悩ましい。 尻の割れ目を両手でこじ開け、「排泄器官」とやらを至近距離で眺める。 花火の明かりがそこを惜しげもなく照らし出してくれた。 「人間の穴と全然かわんねえぜ…?やっぱ意味わかんねえ趣味だよな…」 汚いとかそういう感覚は一切なかった。 ハレルヤは迷いなく舌を突き出し、皺の1本まで舐めあげた。 「ひゃ…!」 舌が動く度にティエリアの足ががくがくと震えて、ハレルヤはようやく性行為らしい満足感を覚えた。 「あ…、なんだ…っ…、この…感…覚は…あふっ…!!」 「セックスの快感…て奴じゃねえかな…?ほれ」 「ああっ…!!」 舐め上げながら、ハレルヤが指をずぶずぶと挿入していく。 中は人間同様の熱さを保っていた。 異物の侵入に、ティエリアが堪らず後ろを振り返る。ハレルヤと目が合う。 ティエリアの表情が、また泣き出しそうに歪んだ。 「何か…入って…くる…!君が何か…を入れて…るのか…?気持ち悪い…」 「まあ、そうだな。でもまだ指だ。我慢できるだろ?」 余裕の笑みを浮かべながら、更にぐりぐりとティエリアに指を埋め込んでいく。 ティエリアが真っ赤になって唇を噛んだ。 「大丈夫だ…。全部入ったぜ?」 全部埋め込んだ後、指をゆっくりと動かしはじめると、ティエリアが再び前を向いて、必死で車にしがみ付いた。 排泄器官とは言え、体内に指が出入りする様は大いにハレルヤの視覚を潤した。 ハレルヤの股間が再び熱くなるが、この狭さを鑑みるに、今日はここに再挑戦するのは止めておいた方が良さそうだった。 「その代わり…」 ハレルヤが指をぐいっと強烈に突き込んだ。 「あふうっ…!」 ティエリアの喘ぎを聞きながら、脇の襞の感触までを確かめるように更に奥まで指を突き入れるハレルヤ。 何度か往復を繰り返していると、中の一部に盛り上がった箇所を発見した。 最初からあったのかなかったのか、それとも摩擦刺激で敏感になったのかは定かではなかったが、 そこを擦った時のティエリアの反応は、まさに性的快感を貪るそれに他ならなかった。 「…ここかよ」 ぐいっとそこを圧迫する。 「あぁあっっ!!」 ティエリアが甲高く鳴いて、大きく背中を反らした。 そこばかりを集中的に責めるハレルヤ。 「良かったな…?感じる所がちゃんとあって…」 「あっ、や…っ、あんっ、あんっ、アレ…、ハレル…ヤァ…ッ!こんな…のだめ…ああっ!!」 喘ぎに乱れた息遣いがかぶさる。 のけぞった黒紫の髪が、白すぎるほどの肌にさらさらと落ちた。 花火が上がる度に、その体が赤に緑に染まっていく。 点いては消え、消えては点く花火の瞬間的な光が、この行為を尚更淫らに見せていた。 「だめ…?だめとはとても思えないけどな…。ほら、ここだろ?もっとよがれよ。  誰も来やしねえし、花火で声も聞えねえからよ」 ハレルヤがもう1本、指を挿し入れた。肉壁を更に押し広げ、中まで抉られる快感。 「ああん…っ、ハレルヤぁ…!も…やめ…てく…れ…、んっ…、あぁっ…!!」 ハレルヤに言われなくても、声が大きくなるのを自分の意志では止められなかった。 まさか無性であるはずのこの体にこんな快楽が眠っていたとは…。 後ろに与えられる快感を受け止めながら、何とか目を開ける。 涙で歪んだ視線の先に、花火が万華鏡のように散らばった。 「すげえな…。案外、男とか女とか、単体よりもこの体の方が感じるんじゃねえの?」 「ああっ、ちが…、あんっっ、でも…でもぉ…!」 「でも…?随分中が熱くなってるぜ?イキそうか?」 「わか…らな…い…っ!ああんっ、んく…ん…っっ!!あつ…い…!ああっ!」 何度も刺激されて、そこが麻痺したかのように痺れてきた上、体中の血潮が沸き立つように熱かった。 血流まではっきり分かりそうなほど、体が明らかにいつもと違った興奮状態に陥っていた。 ハレルヤが一段と出し入れの速度を速め、ティエリアの快感の中心を強く擦った。 「ああんっっ、何…か、あがっ…てく…る…!あっ、来る…!あ…ああ…っ、ああんんんっっっ!!」 ティエリアが首を反らして背筋を伸ばし、硬直した後ボンネットに脱力して屑折れた。 遠のきかけた意識は、頬に押し付けられたラムネの冷たさではっきりと目覚めた。 「よう…」 ハレルヤが困ったような、照れ隠しのような複雑な表情で脇に立ち、ラムネを差し出していた。 無意識で受け取りながら、ハレルヤの息が上がっているのをティエリアは知った。 「…買ってきたのか、わざわざ」 「悪いか。お前がどうにかなっちまったら、アレルヤの奴が怒り狂いそうだからな。  マイスターがどうのこうのまた薀蓄垂れ流すに決まってる。  ヘタレの癖に変な所だけ強情な奴だからな」 「………」 ふと見下ろすと、あれほど乱れていた浴衣はきっちりと着付け直されていた。 再びハレルヤの浅黒い顔を見上げる。 まだ続いている花火が、精悍な顔に散って消えた。 「…今日の花火は君に譲るよ、だとよ?アレルヤの野郎…。  んなしょうもない事する位ならさっさと覚悟を決めればいい。そうすれば…」 ハレルヤが遠くに視線を飛ばし、再びティエリアを静かに見た。 視線が交差する。 思いがけずアレルヤの専売特許のような切なさが込み上げて、ハレルヤがティエリアをきつく抱き締めた。 次々と上がる花火の中、ティエリアがそっとハレルヤの髪を撫でた。 花火の閃光と音が、刹那的に二人の琴線を刺激し、 かすかに舌を絡めただけだったが、二人はごく自然にキスをした その後花火が終わって再びアレルヤが覚醒するまでずっと、黙って花火を見続ける二人だった。                                    <終わり>