余りにも厳しすぎた戦いが、ようやく終わった。 マイスターの安否を気遣いながら、フェルトとクリスが、ガンダムの機体確認を開始する。 「ヴァーチェ、キュリオスを確認しました」 「デュナメスも確認…帰艦ルートに入りました…」 クリスとフェルトが、心底ほっとした口調で言った。 「良かった…!全員、無事ですね…!!」 ブリッジが、クルー達の安堵に包まれた。 みんなで微笑み合って視線を交わしたその時─。 「ロックオン!ロックオン!」 不意に、機械的な抑揚のない音声がブリッジに響き渡って、全員がはっと顔を上げた。 「ロックオン!ロックオン!」 何度も何度も、同じ言葉だけを繰り返し伝えて来るのは、確実に ロックオンの相棒、ハロだ。 不吉な予感が走る。なぜ、ロックオン自身が通信しないのか。 「ロックオン!ロックオン!」 そして何故、ハロはただ一つの言葉しか発しないのか。 答えは、一つ。 全員が、瞬時に悲しい結末を悟った。一番恐れていた事態が起こってしまった。 ─ロックオン・ストラトスが、死んだのだ。 ハロの声は、まだ宙域を移動中の、他のマイスター達の耳にも届いていた。 ブリッジクルーもマイスターも、訪れた悲劇に言葉を失い、耐えきれずに涙を流す。 いつ、こういう事が起きてもおかしくなかった。 その覚悟も出来ていた。 誰がいつ死んでも仕方がない、それほど苛酷な戦いにあえて身を投じた彼らのはずだった。 それでも、長く生死を共にした仲間の死は、あまりに悲しく、重すぎた。 「ロックオン!ロックオン!」 ハロの無機質な声が、相変わらず響き続ける。 メカでありながら、ロックオンの訃報を嘆いているのか。 それとも帰らぬ主を、変わらぬ忠誠で呼び続けているのか。 誰もがその無機質な声が醸し出す、異常なほどの悲しみに押し潰されそうになっていた。 その時、突如、通信が入った。ヴァーチェからだ。 フェルトが涙を堪えながら、応答する。 「ヴァーチェ、どうぞ…」 「ヴァーチェ、帰艦します。着艦許可を」 別に何事もなかったかのような、余りに冷静なティエリアの声がブリッジに響いた。 (ティエリア…?まさか、知らないの…?) 誰もが、着艦後事態を知ったティエリアの動揺を心配した。 ティエリアの脆さに気付いていたのは、ロックオンだけではなかった。 そして、最近ヴェーダを失ったティエリアが、新たな拠り所としてロックオンに信頼を 寄せはじめていた事を、ほとんどの人間が知っていた。 フェルトは涙で声が詰まり、何も言えないでいる。 「着艦許可を」 再びティエリアの冷静な通信が入って、仕方なくスメラギが許可を出した。 すぐに、ヴァーチェが着艦し、ティエリアが格納庫に降り立った。 急ぎ足でブリッジスペースに入ってきたティエリアに、誰も声を掛けれないでいる。 「コンピュータを貸してください」 意外な言葉に、クルー達の目が点になった。 「ちょ、お前…!何言ってんだこんな時に…!」 ラッセ・アイオンが詰め寄ったが、ティエリアはクリスをコンピュータから締め出して、 まるで周りが見えていないかのような勢いで、おもむろにプログラミングを始めた。 「ティエリア…、ロックオンが…」 「知っています。だから急いでいます」 クリスの涙声を撥ね退けるように、ティエリアが厳しく答えた。 「デュナメスを急ぎ着艦させなければいけません。邪魔をしないで下さい。」 画面から一秒たりとも目を離さず、プログラミングに没頭するティエリア。 クルー達にはティエリアの行動が理解できない。場の空気が緊迫の色を帯びた。 「…こんな時でも、機体の心配…?」 凍りついた場の沈黙を破ったのは、フェルトだった。 「ロックオンは、あなたの事をあんなに気にかけていたのに…!あなたって人は…!」 フェルトが感情を爆発させて、ティエリアの背中を両手で殴りはじめた。 プログラミングを邪魔されたティエリアが、ぐっとフェルトの腕を掴んで捻り上げる。 「いた…」 「邪魔するなと言っている。」 ティエリアの表情には、クルーが今まで一度も見た事がない、真剣な怒りが浮かんでいた。 「君だけじゃない…!」 ティエリアが絞り出すように言った。 クルーがその迫力に気圧されて、思わず後ずさる。 「彼を思っていたのは、君だけじゃない…!だから、邪魔をするな…!」 ばんっと荒くフェルトを突き飛ばして、ティエリアが作業に戻った。 一秒も無駄に出来ないというように、怒涛の打ち込みを続ける。 誰もがティエリアの行動を、まだ理解出来ずにいる。 「ロックオン!ロックオン!」 相変わらず同じ事を繰り返すハロに、ようやく打ち込みを一段落させたティエリアが、着艦命令を出した。 「リョウカイ!リョウカイ!」 ハロが応え、すぐに着艦体勢に入るのを確認して、ティエリアは急ぎ格納庫に走った。 帰艦したデュナメスは、想像以上に酷い状態だった。 各部は大きく破損して、大部分の取替えと改修が必要な事は明白だった。 何よりも剥き出しのコックピットが、受けたダメージの苛酷さを物語っていた。 遥か頭上に見えるシートに、いつもの飄々とした男の姿は、なかった。 ハロがピュウっと飛び出して、ティエリアの腕に飛び込んできた。 「ハロ…!」 我慢できずに、涙が流れ落ちる。ハロをぎゅっと抱き締めた。 「ゴメン!ティエリア!マモレナカッタ!ロックオン!」 「……まだ、諦めてはいない…。私は…」 そうだ。 こんな所で、泣いている場合ではない。 僕は彼を守ると宣言した。 「ハロ。ヴェーダはまだ使えない。君の助けが必要になる。急ぐぞ」 「リョウカイ!リョウカイ!」 ティエリアはハロを抱き締めたまま、零れ落ちる涙をそのままに、再びブリッジに走った。 「ティエリア…!」 「私はしなければいけない事をします。説明している時間はありません」 驚くスメラギを押し留めて、ティエリアは再びコンピュータの前に座った。 すぐにハロにケーブルを接続して、打ち込みの続きに着手する。 「ケンサクカイシ!ケンサクカイシ!」 ハロが目を点滅させて、何かの検索作業に入った事が分かる。 一堂はティエリアの後ろから、見守るしか出来なかった。 しばらくして、ティエリアがようやく手を止めて、心配そうにハロと画面を見やった。 「これで、ここで出来る作業は全て終了した。後はハロ…君だけが頼りだ…」 「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…」 ハロの電算が続く…。 「ティエリア…、一体あなた何を…?」 スメラギが聞いた。 「……。私は彼のノーマルスーツに、GPSシステムを取り付けました…。  ハロに連動させて位置を確定し、安全な帰艦ルートに導きます…。  報告が遅れたのは…言い訳の余地もありませんが…」 ティエリアが静かに、答えた。 「………。彼に怪我をさせてしまったのは、私の責任だから…。  ヴェーダが使えない以上、何か新しいシステムが必要だと…。」 「…通路をロックしただけじゃなかったんだね…」 後ろから、帰艦したばかりのアレルヤと刹那が現れた。 ティエリアが、切なげに視線を揺らした。 「…僕は…彼を守らなければいけない…。そう思って…出来る事をしようと思った…」 真っ赤に目を腫らした刹那が、言いにくそうに口を開いた。 「しかし…。俺は目の前で見てしまった……。ランチャーが爆発するのを…。  あの爆風に巻き込まれては…」 ティエリアが咎めるようにきっと刹那を睨んだ。 「取り付けたのは、位置測定機能だけじゃない…!危機回避システムもちゃんと付けた…!  ハロが、ロックオンの体を危険宙域から緊急避難させたはずだ…!」 全員がハロを見つめる。 「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…」 ハロは、同じ言葉を繰り返すだけだった。 その様子に、否応なしにティエリアの不安は高まる。 「……取り付けたのは昨日…だ。まだ、テストもクリアしていない…状態だったけど…」 悲しそうに目を伏せるティエリアを横目に見ながら、誰もが同じ事を考えていた。 ─爆発で吹き飛ばされてしまっていたら…帰艦は…不可能……せめて、遺体だけでも─ しかし当然、誰もその考えを口に出来はしなかった。 重い空気の中で、ハロの声だけが響く。 「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…」 「早く見つけろ…!お前の相棒だろう!!」 涙を堪えていたティエリアが、耐えかねえてハロに掴みかかり、強引に左右に揺さぶった。 「ティエリア…!」 アレルヤが、ティエリアの肩を掴んで制止した。 「……く…っ、許さな…い…!僕を残して死ぬなんて、絶対に許さない…!!  私は…、まだ何も…恩返ししていないぞ…!!」 ティエリアの嗚咽が耳に痛い。 みな、下を向いて涙を堪えるほかなかった。 狭い部屋に、誰のものともわからないすすり泣きがこだまする。 覚悟して臨んだCBの活動だったはずなのに、初めて経験する仲間の死がこんなに重いものだとは─。 しかも、あのティエリアがようやく人間らしい感情を持ちはじめた矢先に、こんな事態になるとは─。 運命の厳しさを、改めて思い知るクルー達だった。 「ケンサクシュリョウ!ケンサクシュウリョウ!」 不意にハロが作業を終えた。全員が息を呑んで、次の言葉を待つ。 「ロックオン、ハッケン!!ロックオン、ハッケン!!」 ああ、と興奮の溜息が漏れる。ブリッジがにわかに活気付いた。 「生体反応は…!?ハロ、ロックオンは無事なの…!!?」 スメラギが慌てて問いただす。 「ネツゲン、カクニン!セイシフメイ!  ショウガイブツ、カイヒ!チャッカンルートニユウドウシマス!!」 生死不明…?全員に不安がよぎる 「生きてる…!!そうよね?ティエリア…!」 スメラギが、みなを奮い立たせるように言った。 ティエリアが力強く頷く。 「チャッカンマデ、アト50プン…」 「50分!?駄目だ!待てない…!出撃します。構いませんね?」 ティエリアが早くもドアに向かいながら、スメラギに許可を求めた。 「もちろんよ。早く彼をここに戻してあげて…。ティエリア…。あなたも、気をつけてね…」 「…。ありがとう…ございます…」 素直なティエリアの言葉に、クルーの心も温かくなった。 「ハロ、ヴァーチェにロックオンの位置情報を転送してくれ」 「リョーカイ!リョーカイ!ティエリア、タノム!」 ティエリアは脱兎の如く通路を走り抜けて、出撃した。 ハロの情報に従い、飛行する事数分。 星々の合間に、小さく浮かぶ物体が見えた。 人形のように脱力して、空間をただの物体としては驚くほどのスピードで進む、緑色の塊─。 「ロックオン!!!」 大声で叫んで、近くまで大急ぎで近寄る。 体の損傷は、視認では確認できない。とりあえず、ティエリアは安堵の溜息を吐いた。 しかしすぐに、事態が決して楽観的なものではない事を知る。 「ロックオン…」 間近に寄っても、ロックオンはぐったりしたまま何の反応も見せようとはしない。 そのヘルメット内に、おびただしい量の血が飛び散っているのが見える。 「く…」 堪えきれずに、涙が出てきた。 「お前は馬鹿か…ティエリア・アーデ。誰のせいで彼がこんな所を漂っていると思っている…!  早くお前のする事をしろ…!!」 気持ちを奮い立たせて首を振り、そっとヴァーチェの手でロックオンを包んだ。 すぐにコックピットを開けて、中に回収する。 狭い空間内に力ない体が収まってすぐ、血の匂いがつんと鼻をついた。 「ロックオン…。すまない…。僕は…。」 涙が溢れて溢れてしょうがない。 心が痛いという意味が、今こそはっきりと分かるティエリアだった。 パイスーの上から、ロックオンの心臓辺りに手を置いた。 どく…どく…。 「──!!!生きてる…!!ロックオン…!生きてる…」 今まで味わった事のない、心の底から湧きあがるような、本能的な無上の喜び。 溢れる涙は、嬉し涙へと一瞬で変わった。 「ティエリア…!?」 スメラギの声が響いた。 「……!…生きてます。ロックオンは、ちゃんと生きています…!」 わあっと、大勢の歓声がスピーカーから響き渡った。 「良かった…。すぐに帰艦して」 スメラギの声も震えている。 「了解…」 素早く進路をトレミーへと取り、ティエリアは自動操縦に切り替えて、ロックオンをそっと抱き締めた。 パイスー越しに、僅かではあったがロックオンの体温が伝わってくる。 このぬくもりを、決して消滅させてはならない─。 そっとロックオンの、ヘルメットに手を掛ける。 内部の血痕が、無重力状態で生々しく浮かんでいる。 手が思わず震えてしまう。 ロックオンの顔を見るのが、とてつもなく恐ろしく感じた。 それでもティエリアは勇気を振り絞って、ヘルメットをゆっくりと取り去った。 血飛沫が舞い、強くなった鉄の匂いで思わず咽てしまう。 怯えながら見たその顔は、幾分血で汚れてはいたものの、やはりいつもの優しいロックオンのまま、 損傷などはなかった。 「…ロックオン……」 そっと、口から噴出している血を拭ってやる。 くっと、ロックオンが顔をしかめた。 驚いてティエリアが手を引っ込めたが、反応がある事が素直に嬉しい。 手袋を外して、そっとロックオンの頬を撫でた。 「……ぐあ…っ…」 大きく咳き込んで、血を一気に吐き出しながら、ロックオンがうっすらと目を開けた。 「あ……俺…死んじまった…のか…?」 視線が定まらないロックオンは、ティエリアの存在にまだ気付いていない。 「生きてるよ…。あなたはちゃんと生きてる…」 「……。母さ…ん…なの…か…?」 ロックオンは幻影を見ているようだった。 ティエリアは、それこそ母のような慈愛が自分の中に生まれた事を感じた。 優しく髪を撫でてやりながら、ロックオンの目をじっと見つめた。 「俺、仇を…取れな…かった…。ダメな男だ…な…。最後…まで…」 ロックオンの目に、涙が浮かぶ。 ティエリアが優しく語りかけた。 「ダメじゃない…。あなたはいつだって勇敢で…、そして… 誰よりも…優しい人だ…」 言いながら、上げたバイザーで、溢れる涙がロックオンの頬に零れ落ちた。 「え…?ティ…エリ…ア…?」 涙の熱さで意識がはっきりしてきて、ロックオンがようやくティエリアに気付いた。 「駄目なのは…僕の方だ…。あなたを守ると誓ったのに…死なせる所だった…」 「ティエリア…。そうか…、お前だったのか…。俺のパイスーに細工したのは…」 ロックオンが痛みで顔を歪めながらも、思い出して苦笑した。 「おどろい…たぜぇ…?ランチャー爆発寸前、急に弾き飛ばさ…れるみたいに…  体が強引に引っ張られて…さ…、  なんだ、あの世ってこんな風…に強烈に連れて行かれるも…んなの…かっておも…った…」 「…あなたが、僕に言ってくれたから…。自分の思った事をやればいいって…。  ヴェーダがただのコンピュータだって、初めて思えたんだ…。  ヴェーダは使えないけど、サブシステムなら既にクルーが準備してくれてる…。  人間って、すごいよ…。だから、僕も…」 「へ…っ…気付く…のおせえよ…。そんな事、もっと最初から…」 ロックオンが、痛む腕を必死で伸ばしてティエリアのヘルメットを撫でた。 促されてティエリアがヘルメットを外す。 痛みと疲労で意識朦朧のロックオンには、ティエリアの美しさが天使のようにも見えた。 照れ隠しに、思わず強がりを口にしてしまう。 「泣くなよ…。いつものお前らしくないだろ…?  俺が死んでも、あんなヘボマイスター、組織には必要なかった…とか言うのがお前だろ…」 「………。そんな事…、思わない…。絶対に…」 ティエリアが目を細めてロックオンを見た。 切なげに潤んだ瞳が、ロックオンを癒していく。 「あなたの代わりは、どこにもいない。僕は…あなただけは失いたくない。  本気でそう思った…。ロックオン…。僕は…」 トレミーの艦影が近づいてきた。向こうもまた、ティエリア達を回収しに進路を取っていたのだ。 ティエリアが涙を拭いて、前面に向き直った。 すぐにマイスターらしい表情に戻るティエリア。 操縦桿を握って着艦準備に入る。 ヴァーチェが反転して仰向けになり、二人の位置が逆になった。 上からティエリアを見下ろしながら、ロックオンがそっと囁いた。 「僕は…、何だよ…?」 至近距離で見つめられて、ティエリアの鼓動が高鳴る。こんな感じは初めての事だった。 心臓が自分の物ではないように、急速に早くなる。 ロックオンの息がかかる度に、体が熱く、そして胸が苦しくなる。 ずっと顔を見ていたいのに、切なくてどうしようもなく、目を離してしまう。 「僕は…、あなた…が…」 涙が、また溢れてくる。 ロックオン、僕はあなたと離れていたくない。 ─たとえ一秒でも。 素直にそう思った。 「好き…です…。どうしようも…なく…」 ロックオンが一瞬驚いた顔をしてティエリアを見つめた。 ティエリアの戸惑いの表情をしばらく見つめた後、その目はティエリアが今までに 一度も見たことのないような、この世で最も大切なものを見つめているかのような、 優しいものに変わった。 「気付いてたぜ…?何となく…な。ま、俺モテるから、さ」 この上なく優しい目をして、甘い空気まで漂っているのに、ロックオンは嫌味な事を言う。 悲しくなって、ティエリアが俯いてしまう。 零れる涙が急に勢いを増した。 「泣くなって…!!ごめん。悪かったよ…。  でも、敵掃討に失敗した挙句、宇宙空間に生身でほっぽり出された、情けない男だぜ…?俺は…」 自虐的なロックオン。 「本当は、こんな状態でこんな事考えちゃいけないんだろうな…。でも…。」 自嘲しながらも、ロックオンがティエリアにそっと顔を近づけていった。 「まあ、そういう気持ちのおかげで、お前が俺を助けてくれた…。  俺は生きてる…。ティエリア…、だから俺も…気持ちを認めなきゃいけねえ…」 「ロックオン…」 「ありがとうな…。助けてくれた事…そんで…。好きになってくれた事…」 ロックオンが優しくティエリアの頬を両手で挟んで、もう一度しっかりと、 無防備に涙を流す、その綺麗な顔を見つめた。 目と目が合って、ティエリアの鼓動がどんどん早くなっていった。 「俺も、好きだよ。お前の事…。ありがとう。ティエリア…」 ゆっくりと、唇と唇が触れ合った。 お互いの唇の感触を確かめるだけの、軽いキス。 それでもティエリアは全身に電流が走り、すべての血流が泡立つような状態になった。 こんな風に体がのたうつ感じは、今までに一度もなかった。 それなのに、心は満たされて、幸せで涙が零れ落ちる。 ロックオンが唇を離し、目を閉じてしゃくりあげるティエリアを苦笑して眺め、 今度はまぶたに優しいキスをしてやった。 ずうんと震動が響いて、ヴァーチェが着艦した。 「さっ、帰艦、だ。みんなちょっとは心配してくれてんのかあ?」 すぐにいつも通りのロックオンに戻って、ティエリアの手を引いて降り立った。 格納庫には、マイスターはじめクルー全員が出迎えてくれていた。 ティエリアが目をやると、赤い目をしたフェルトと目が合った。 ふっと、悲しそうな微笑が返って来て、フェルトの想いもまた真剣だった事を悟った。 「おいおい、元気そうじゃないか」 イアン・ヴァスティが憎まれ口をたたく。 「ほ〜んとっ♪も〜吹っ飛ばされちゃったかと思っちゃった♪」 嬉しそうなクリス。 「……よくあの爆発で生きてたな…」 刹那も安心しているようだ。 「な〜に言ってんだよぉ、おめえら…!!  俺は不死身のロックオン・ストラトスだぜ?  たとえ木っ端微塵になっても、肉片一ミリになっても還って来てやるさ…!」 「ひ〜、やめてよね…。想像しちゃったじゃないぃ…!」 大げさに身震いするクリスの後ろから、ハロが現れた。 「アニキ!オカエリ!アニキ!」 「お〜っ、ハロ〜!!やっぱりお前がいなきゃダメだな、俺は〜! 助かったぜ〜、マジで」 「ハロ、ガンバッタ!ガンバッタ!」 ハロが嬉しそうにロックオンの周りを飛び跳ねて、続いてティエリアの胸に飛び込んだ。 「ティエリアモガンバッタ!ガンバッタ!」 素直に微笑んで、ティエリアがハロを抱き締めた。 「ふふっ。随分、仲良くなったのね…?でも、今回は本当にティエリアとハロのおかげね?」 スメラギが満足げにマイスターとクルーを見回す。全員の生存が嬉しくて仕方ない。 「すみません。報告が遅れて…。」 ティエリアが今更ながら、うなだれた。 「相変わらず、真面目なのね…。まあ、いいわ?結果オーライ。  そういう時があっても、いいじゃない?ね?みんな」 全員が頷いた。 「これからは新システムを導入して戦っていく事になるわ。  ヴェーダのシステムの中でも、汎用可能な部分は切り離して使う事になると思うわ。  みんな、これからはもっと厳しい戦いになる…。  でも、お互いにカバーしあって、目的達成までは絶対に誰も死なせない…!いいわね?」 メンバーの意識が、今ここに一致団結した。 ─それから3日間。 さすがに体を休める事を指示されたロックオンは、医療用カプセルの中で絶対安静となった。 退屈な時間を紛らわしたのは、ティエリアとハロだ。 二人は同じようにカプセルに入り、ロックオンに添い寝して付き添った。 ロックオンとティエリアは何度もキスを交わし、他愛もない話に興じた。 ハロが時折邪魔してくるのさえ、笑いの花を咲かせる。 ティエリアは昼も夜もなくロックオンのぬくもりを感じ、 彼の鼓動を聞きながら穏やかな眠りを貪るのだった。                               <終わり>