あんなに大降りだった雨は、いつしかぽつぽつと小雨になっていた。そろそろ、この蒸し暑い空間から逃げられると思うと、少し気が楽になった。
「雨、止んできたね」
「そうだな」
今、俺とマカは一つの傘の中にいる。
俺が、家に傘を忘れてきたせいでこの状況にある。別に、俺は濡れてしまっても良かったのだが、
「風邪引いちゃうでしょ?」とマカがしつこく言うから仕方なく彼女の傘の中に入ることになった。
事実、雨に濡れた翌日、頭が痛くなった事が何度かあるから、まあ心配されるのが当たり前だと思う。
「俺、もう出てもいい?」
「何で?例え小雨でも濡れたら同じだよ。止むまで出たらダメ」
きっぱりと言い返された。…既に肩とか濡れ放題なんですが。
と言いたかったけど、そうすると今度はマカが「じゃあ私が外に出るから」と結局追い出してしまうことになる。そこは、男として気が引けた。
…頼む。雨よ、早く止んでくれ。
そう思ううちに、雨は収まった。
するとマカがいきなり「あっ!」と声を上げた。
「…なんだよ、どうかしたか?」
彼女はきらきらとした目で此方を振り返って、「虹だよ、虹が出てる!」と言った。彼女が指した先には、半分程虹がはっきりと現れていた。
虹なんてそんな珍しいものでも無いのに…と俺はちょっと呆れて、目を反らした。マカは俺の態度が気に食わなかったのか、頬を膨らまして睨んできた。
「ほら、ちゃんと見て。普通の虹じゃないよ」
袖をぐいぐい引っ張ってくるもんだから、しょうがなくもう一度振り返る。
「…どのあたりが?」
「だから、あれだって」
マカは、今度は虹本体では無くその隣を指した。よく目を凝らして見ると、うっすらともう一つ色の反転した虹が出ていた
「ああ、逆さ虹、ってやつか?」
「うん、綺麗だよね…」
隣の彼女はうっとりしている。微妙に良さが分からないのは俺が男だからか。
すると彼女はくすっと笑った。
「…何が可笑しいんだよ」
「だって、隣り合ってて今の私達みたいだなって」
なんかロマンチックな事を言い始めた人がいるんですけど?
「…はぁ」
「もう何照れてるの?あははっ」
彼女は独りでに笑い始めて、なぜか腕を思い切り叩かれた。
「て、照れてなんかねーよ!」
勝手なこと言いやがって、と思い怒鳴り気味に叫ぶと、彼女は「顔真っ赤にしながら言われても説得力無いんですけど〜?」と、にやけた顔で言った。そういえば顔が熱い。
「あー…これは何というか…」両手で顔を冷やそうとしたけれど、手から伝わる熱はさらに温度を増していった。
「…。あ」
そのとき、急に視界が明るくなった。厚い雨雲の間から太陽が姿を現したのだ。
「ほら、晴れたぞ。そろそろ出ても…」
丁度良かったと、この空間から出ようと思ったとき、ぐいっと袖を引っ張られた。
「やだ。」
彼女は、すごいくらいに上目遣いで睨んできた。ちょっとだけ恐ろしさを感じる。怖いからやめてくれ。
「…何でだよ?」
おそるおそる聞くと、彼女は引き続き上目遣いで、
「だって…まだ虹は消えてないじゃない」と、ほとんど訴えるように言った。
「え?」
「私はこうしていたいの!」
そう言うと、彼女は俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。痛いくらいに力を入れて、ほとんど抱きついている感じだった。
「…ああそう」
別に振り払う理由も無いし、彼女は顔を押し付けていて離せそうもなかったから、ただ適当に返事を返した。
ふふっと彼女が小さい声で笑う。
暫くの間、俺たちの相合傘は虹が見えなくなるまで続いた。
enど。