「うっしゃあ!ここで昼飯にすっぺよ!」
デンマークがそう言ったのは、見晴らしの良い丘の上だった。空は抜けるように青く、遠くには無数の山々が連なっている。遙か眼下には美しい町並みが一望できた。
「すごーい!こんな場所よく見つけましたね!」
「まあ俺様にかがればこんなもんだ!」
フィンランドの賛辞に胸を張るデンマークを完全に無視して、スウェーデンとノルウェーは持ってきていたレジャーシートを広げ始める。アイスランドは近くの木の根本に座って勝手に水筒を開けていた。
 今回の唐突なピクニックを提案したのはデンマークだ。眺めのいい場所を見つけたから皆で行こうと彼が言い出したのが今朝の朝食の席で、そのまま急いで準備をして家を出てきた。
 詳しい行き先は誰も聞いておらず、スウェーデンはなんとなく近所の湖でも目指すのかと思っていた。しかしデンマークを先頭にして歩いてきた先は、のどかな町を抜けてさらに行ったところにある小さな山だった。小さいと言ってもろくに整備もされていない道を草をかき分けるようにして進むのは骨が折れ、途中に何度か小休憩を挟んでようやく登ってきた。
 しかしそれでも、こんなにきれいな風景が見られるのならば、たまには遠出も悪くない。出不精の気があるスウェーデンがそう思える程に、そこは絶景であった。
 広げたシートに残りの荷物を乗せて重石にする。中から弁当を取り出して広げると、残りの皆も我先にと靴を脱いでシートに登ってきた。
「よし!じゃあ、いただきまーす!」
「いただきまーす!」
デンマークのかけ声に元気よく答えたのはフィンランドだけで、スウェーデンとノルウェーは無言で食事を開始、アイスランドに至ってはシートを広げる前から既に持参したサンドイッチをかじっている。
 しかしデンマークがそんなことを気にする様子は一向にない。要するにただの自己満足なのだ。
「本当にデンマークさん、いつこんなに素敵な場所を見つけたんですか?」
「この前散歩しててめっけだ!」
「散歩って、こんなに山奥まで?」
「お……おうよ!」
「散歩じゃなくてさ、絶対にこの前の夜にみんなで大富豪やって、8回連続大貧民出して拗ねて家出した時だよね」
「んだない」
「なんか言ったが?」
「いんや」
 交わされる会話は他愛なく、見た目に消して幼くない5人が繰り広げるにはいささか滑稽だ。しかし皆そんなことを気にする風でもなく、ただこの和やかなひとときを楽しんでいた。
 その時突然、あたりに強い風が吹いた。
 風にあおられて、蓋をされたままだったスウェーデンの水筒が倒れる。そしてそのまま、やや傾斜していた地面を転がりだした。
 それは一瞬の出来事で手を伸ばす暇もなかった。水筒は自分たちが歩いてきた方へカラカラカラカラ音を立てながら転がり、すぐに雑木の茂みの中に消えて見えなくなった。

「あーっちゃあ。すごかったっぺ今の風!」
あっと言う間に水筒が消えた先を皆が呆気にとられて見つめる中、デンマークが沈黙を破った。それに答えるようにスウェーデンが立ち上がる。
「取ってくるべ」
「おう!気ぃつげろよ!」
陽気な声を背に、先ほど通ってきた山道へと戻った。
 茂みに入ってしまったのだから中の木や岩のどこかに引っかかっているはず、そう踏んで先ほど自分が水筒を見失った先の雑木に足を踏み入れる。しかし中の草は思いの外深く生い茂っていて、地味な灰色の水筒を一見しただけでは見つける事ができなかった。
 地道に探すより他に方法はないと考え、その場に屈み込む。葉で手を切らないように注意しながら、草をかき分けて一歩ずつ進んでいった。
 生い茂る木のすぐ向こうでは、姿は見えない残りの4人が談笑しているのが聞こえてくる。何の話をしているのか、フィンランドの楽しそうなの笑い声が上がった。
 一瞬、そちらに気を取られたのかもしれない。
 何度目かに草をかき分けて足を踏み出したその時、不意に地面の感覚が消えた。元々屈んで不自然な体勢だった体が大きく傾く。
 足を踏み出したところから突然斜面が急になっていた。草と木の枝がちょうど足下を隠していたせいで気が付けなかったのだろう、などと頭の冷静な部分が思考する一方で、視界は冗談のように回転し、頭に強い衝撃が走る。
 それでも回転の勢いは止まらない。体のあちらこちらを打ちつけながら斜面を転がり落ちていっているのがわかった。水筒もこんな風に転がっていたのだろうかなどと意味のない事を一瞬考えたが、再び頭を強く打ちつけて、続きを考えるまもなく意識が遠のいた。


声が聞こえる。
「スー!おい、スー!」
うっすらと目を開けると、正面にデンマークの顔があった。見つめ返すと、今にも泣き出しそうに震えていた顔にみるみる安堵の色が浮かぶ。
「スー!生きでっが!」
「……ん」
スウェーデンはデンマークに上半身をだき抱えられた体勢のまま答えた。その際側頭部を鈍痛が襲い、手を当てると結構な量の血が付いてきた。
「おい!今ノル達も来っがらな!死ぬな!スー!」
大騒ぎする声が頭に響いて正直うるさかったのだが、必死な顔を見ているとそれを咎めることもできない。
「……国は、そんな簡単に死なね」
呆れたように言いながら体を起こそうとするが、思いの外強く体を打ったらしく、あちらこちらに痛みが走る。自力で動くのはあきらめて、体重を自分を支える逞しい腕に委ねた。

 ああ、なんだか、とても眠い。

「スーさん!スーさーん!」
遠くから聞こえるのはフィンランドの声か。
 急ぎ足でやってくる複数の足跡を聞きながら、再び目を閉じ――




 声が聞こえる。
「スー、」
呼びかける声は、ひどく優しい。  薄く目を開けた瞬間、体に強い衝撃が走った。
 一瞬呼吸が止まって、腹を蹴られたのだと気付く。
「スー」
再度呼びかけられて、スウェーデンは堅い床に転がった体勢のまま顔を上げた。
 彼を見下ろすのは、北の大国。スウェーデンの宗主国。
「寝て良いなんてだーれが言った?」
言いながらも蹴りは続き、固く尖った靴の先が幾度となく体に食い込む。殺しきれない呻き声が、歯の隙間から断続的に漏れ出た。
 もう何時間前からこの行為が続いているだろうか。
 一瞬気を失った間に、ずいぶんと長い夢を見たものだと思う。
 結局その後水筒が見つかる事はなかった。スウェーデンの手当をした後はすぐに全員で山を下りたし、それ以降デンマークは皆をその山に決して近寄らせなかった。
 目の前の男は、あの時の事を覚えているだろうか。
「なあ、スー?」
デンマークに前髪を掴んで頭を持ち上げられ、無理矢理視線を合わせられる。痛みに痺れた体ではろくに抵抗する事もできない。睨み返す気力も無い。
 聞いても仕方のない問いを口にしようかと思って、止めた。覚えていようがいまいが、どちらにしろ同じ事だ。
 既に遠い遠い昔の話。今のこの関係が変わるわけではない。
「何で俺がこんな事するが、わかっが?」
「……」
「愛しでるからだよ」
そしてそのまま口づけられる。
 その深さに思考を奪われそうになり、手のひらに爪を立ててひたすら耐えた。








(デンとかノルとか、全体的に大捏造)
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