〜こんな一波乱〜


「ねぇ……テッちゃん……?」
「うん?」
「僕がいなくなったらまた結婚してね?」
「……はぁ?なんだよ、それ」
「だって……テッちゃん、未亡人を貫きそうなんだもの……」
「……それの何が悪い?」
「悪いって事はないけど……嫌だなぁ、って」
「……どうして?……お前の事だけ想ってるのは嫌なの?」
「それは大歓迎だよ……でもさ……」
「……何だよ……」
「テッちゃんは……一人ぼっち……嫌いでしょ?」
「……子供じゃないんだから……平気」
「だぁめ……テッちゃんは誰かと一緒に笑い合ってる顔が一番可愛くて綺麗なんだから……勿体ないよ」
「………お前な……」
「本当の事だからね……それに……楓が可哀想だ」
「どうしてだよ?楓のお父さんはトモだけでいいじゃん」
「うん。でもね……将来、大きくなったら……テッちゃんが独りになるって、お嫁に行かないかもしれない……」
「……そんな、こと……」
「あるよ。楓は……僕みたいにしっかりして……君のようにとても優しいから……」
「・・・」
「だから……約束。……独りにならないでね?」
「………」
「大丈夫だよ……僕みたいな人探せばいいんだから……」
「……いないよ……トモみたいな奴なんて」
「いるよ……絶対にいる……」
「………」
「……テッちゃん?」
「わかった……努力はする」
「うん。……あ、でも……ロペスはダメだからね」
「どうしてそこでアントンが出てくるんだ?」

 白い、白い部屋で、同じくらい肌の白い巴と交わした最後の約束。
 指きりまでしたあの約束はいまだ果たせていない。
 楓の為にも再婚を考えている事は考えている。
 でも……まだ楓は小学生だし、再婚を考えるような歳じゃないし……
 ……と、ずっと先延ばしに考えていた。
 何より、楓の気持ちを聞いてない分、踏み切れない。
 そう言い聞かせて孤独の寂しさを忘れようとしていた。

 * * * * *

<「……で、おしまい!」>
「おぉ〜……完璧完璧!」

 珍しく早く帰宅出来た虎徹は久々に実家へと電話を掛けていた。もちろん愛娘と話をする為ではあるのだが、このところ、環境の変化が著しくて『癒し』が欲しかったというのも間違いではない。電話できなかった期間の学校での出来事や、最近の楓の様子を事細かに聞いていく。

 本当ならば、同じ家に住み、学校から帰ってくる楓を迎えてやって、晩御飯の支度をしながらたくさん話や相談を聞いたりしてやれたらいいのだろうけれど。ヒーローをしているとは言っていないし、もし知れば心配を掛ける上にもっと安全な仕事に変えてと言われるかもしれない。たとえ言われたとしても辞める気はないのだが……

 何はともあれ、寂しい思いをさせているという自覚がある分、楓が話したいだけうんと話をさせてやることにしている。その結果、学校で習いたての九九を聞いていたのだが、覚えることが苦ではない楓はつらつらと流れるように1から9の段まで暗唱してみせた。確か自分の時は学校の教室に居残りさせられたなぁ、といらないことまで思い出してしまって、誤魔化す様に拍手まで送る。

<「でしょ!?先生にも褒められたんだよ!」>
「そりゃ褒めるだろ!習ったその日にきっちり覚えてんだもん」
<「えへへ」>
「うーん……楓の頭脳は父さん似なんだなぁ……」
<「お父さん?」>
「ん。母さんは暗記するの苦手だったけど……父さんはすぐになんでも覚えて応用出来てたもんなぁ」
<「……そっか……そうなんだ」>

 小さかった時に無くなった巴の事をあまり覚えていないだろう。けれどこうして話の端々に出てきて自分との共通点を見つけるとすごく嬉しそうに笑ってくれる。その表情がまた虎徹にとっても嬉しくて頬を緩ませた。

<「ね。お母さんの方はどうなの?」>
「え?母さんの方?」
<「最近電話出来ないのは会社が忙しいからだろう、っておばあちゃんも村正おじさんも口を揃えて言ってたんだけど……」>
「あー……うん……それがさぁ……」

 母も兄である村正も、虎徹がヒーローであることを知っている為に、電話がまったく出来なくてもヒーローTVで放送される『ワイルドタイガー』を見れば、最近元気かどうか、などわざわざ話をしなくても分かる。けれど何も知らない楓としてはどうしているのか一人まったく分からない状況であった。
 なんだか家族なのに仲間はずれみたいな事になっているのが更に申し訳なくて……それでも安心してもらえる為に当たり障りのない状態に置き換えて話していく。

「母さんが勤めてた部署がさ、他の会社と合体しちゃってさぁ」
<「え!?なくなっちゃったの?!」>
「いや、なくなってはないんだ。吸収合併って言って分かるかな?
 部署はあるにはあるけど……違う会社にお勤めになるから雰囲気から、部署の人間から……
 何から何まで違っててさぁ……もぉ、慣れるまで辛くって辛くって」
<「へぇ〜……学校のクラス替えみたいな感じ??」>
「そうそう。そんな感じ」

 ヒーロー事業の吸収合併と統括をそれっぽい単語で言い換えればすんなり納得してもらえた。一縷の罪悪感と、上手く言い換えられた事に安心してしまう。

<「前は……ベンさんって人が同じ部署だったっけ」>
「そうそう。よく覚えてんな」
<「うん。じゃあ……今の新しい部署は、いっぱい人がいるの?」>
「そうだな……年齢も随分幅広く色々いるかなぁ……」

 ふと頭を過るのは大人組、年少組と分けられた場合の年若いメンバー。ヒーロー歴10年。ベテランなんて言われている虎徹としては皆若く、キラキラと輝いて見える。その中でコンビとして活動するようになったバーナビーでも自分と一回り年が離れている。その事実に気付いてしまうとどっと老けた気分になってしまった。
 すると……

<「ね?」>
「うん?」
<「男の人もいるの?」>
「ん〜……ほとんど男だなぁ……」
<「じゃあじゃあ!気になる人とかはいないの?」>
「……………はぇ??」
<「だぁかぁらぁ!恋人にしたいなぁ……って思う人はい・な・い・の??」>
「はぁぁぁ???!」

 とんでもないことを聞かれてしまった。何の冗談だ、と思いたかったが……キラキラと何かを期待するような眼差しに楓の本気を読み取る。ひくっと引きつる口元を誤魔化しも出来ず、唖然とした。

「こ、恋人って……」
<「だってテレビ関係のお仕事してるでしょ?じゃあ格好いい人いっぱいいるじゃない?」>
「あー……う〜ん……」
<「一目惚れしそうな人とかゴロゴロいるんでしょ?バーナビー・ブルックス・Jrみたいな人とか」>
「ばっ!バーナビー??!」
<「うん!ヒーローとだって会えるんでしょ?」>
「あ、会える、けど、も……」
<「でしょ!?他にも……モデルとか……芸能人とか……アナウンサーとか……」>
「ちょ……ちょちょちょ……か、楓?楓ちゃーん?」
<「うん?」>

 バーナビーの名前が出た瞬間、芋づる方式にマーべリックを思い出し、彼との結婚を考えないか、という話まで思い出してしまった。思わず身構えてしまったが、どうやら楓の方は例えの一人として上げただけで深い意味はなかったようだ。次々に違う職を上げている。
 そんな暴走がちな楓に、「戻ってきて〜……」と恐る恐る声をかければ、きょとん、と瞬いてすぐに返事をしてくれた。

「母さんに恋人……とか……な、なんで?」
<「え?だって、お母さんに恋人が出来て……再婚したら、その相手の人は私の『お兄さん』だもん。」>
「………はい??」

 返ってきた言葉に盛大に首を傾げてしまう。『再婚』という言葉まで出てきているというのに、どこか可笑しいことを言っている楓。何がどうしてそうなったんだ?と疑問でいっぱいになっていると、「あのね?」と話してくれる。

<「お話したんだ」>
「な……何を?」
<「私のお父さんは一人だけだもん。
 だから、お母さんが再婚して『新しいお父さん』が出来ても『お父さん』って呼びたいのはお父さんだけだから、『お兄さん』になってもらうの」>
「は……はぁ……」
<「そしたらね?家族が増えるし、兄妹が出来るし、兄が出来るんだなぁ……
 って思ったらすっごく楽しみで!」>
「え、えーと……それは……誰と話して?」
<「ん?お父さんだよ」>
「・・・」
<「私、小さかったから難しい事はよく覚えてないんだけど……
 世間では『義父』になっても『お父さん』って呼びたくなかったら『お兄さん』でいいんだよ、って」>

 どうやって言い聞かせたのかは分からないが、どうやら巴はすでに楓の攻略をやってのけていたらしい。しかも、楓が悲しむ事のないよう虎徹が苦しむ事のないようにちゃっかり根回しまでしている。その上憎たらしい事といったら……

 『楓のお父さん』は『巴だけ』という刷り込みをしっかりしている事。

「(……どこまでも智恵の回る男だな!あいつはっ!!)」

 あまりのちゃっかりさに頭痛と眩暈が襲ってくる。脳裏に浮かぶ彼の爽やかな笑みがいっそ憎たらしいほどだ。思わずがっくりと机に突っ伏してしまうと、楓が呼びかけてきた。

<「お母さん?」>

 もぞり、と机に埋めた顔を持ち上げると不思議そうな、心配そうな顔をした楓が見える。そんな彼女に苦笑を浮かべて虎徹は上体を戻した。

「……あのさぁ……楓?」
<「なぁに?」>
「もし……新し、じゃなくて……『お兄さん』?に、なってくれる人いたら……」
<「いるの!?」>
「や。だから……い・た・ら。どんな人がいい?」

 どうやら世間で言う『義父』という『兄』が出来る事を心の底から期待しているらしい楓の表情がぱっと明るくなる。「本当に出来ると嬉しいんだな…」と苦笑を浮かべながら、聞いてみたい事を口にしてみた。

<「……どんな……」>
「ん〜……例えばでいい。そうだな……もしも、だから……ヒーローの中だったら、とか?」
<「え!ヒーローの中にいるの!?」>
「いやっ、だからぁ!」
<「あ、うん……ごめんごめん……」>

 少々早とちり気味なのは虎徹似のようだ。『もしも』で話しているのに、すっかり出来ている気になっている。「……親子だなぁ……」と苦笑いを深めながら、うんうんと唸る楓の答えを待った。

<「ロックバイソンだったら……逞しくて頼りがいあるかなぁ。でもちょっと怖いかも」>
「怖いか?」
<「ん、だってすっごく大きいし……厳つそう」>
「……はは……」

 実はお父さんとお母さんが昔から仲良くしてるちょっとおっちょこちょいなおじさんだよ〜、と言いたくなってしまった。楓も小さい頃に何度か会っているのだが、覚えているかどうか分からない。

<「ファイヤーエンブレムだとお兄さんとお姉さん一度に出来るみたいで楽しそうだよね」>
「ファイヤーエンブレムも入ってんのか……」
<「え?だって一応『男の人』でしょ?」>
「ん〜……まぁな」

 まさかネイサン、もとい、ファイヤーエンブレムも入るとは思ってもみなかった。視野が広い、という解釈で置いておく事にする。

<「スカイハイは完璧なお兄さんになりそうだよね」>
「あぁ〜……なにせ『キング』だもんな」
<「うん。勉強とかもきっちり見てくれそう」>

 実は超が付くド天然で『風の魔術師』って呼ばれてるわりに空気の読めない男だ、と知ったら楓はどんな顔をするだろう?だが楓の言う通り、とても面倒見が良いだろうという予想はすぐに出来る。

<「バーナビーは……雲の上って感じだなぁ……テレビの中の人、っていうイメージが強いから想像がつかないや」>
「そっか……」
<「『もしも』……って考えてみるけど……う〜ん……あり得ないかなぁ」>
「(まったくもって。)」

 カメラの回ってる時、回ってない時の差が一番激しいバーナビー。未だに虎徹の事を『おじさん』呼ばわりしている生意気な新人。でも最近なにやら対応が変化し始めているように感じている。当たりが優しくなった、というか、妥協してくれるようになったというか。なんにせよ、コンビを組むのならば多少の譲歩というのは必然だろうし、コンビネーションを成立させる為にも良い傾向ではある。

<「ワイルドタイガーはぁ……お母さんとなら気が合いそうだよね」>
「うん?そうか??」
<「うん。なんていうのかな……賑やかだし、ドジだし」>
「……あはは。」

 同一人物であるのだが、楓は知らないのでこういった意見が出てくるのはしかたがないだろう。けれどタイガーに対する感想を聞いてかなり複雑な気分になってしまう。

<「え〜……あとは……折紙サイクロン」>
「お?おぅ」
<「見切れてばっかりでどんな人が全然分からないんだよね」>
「………そう、だな」

 同じ現場で働いてそれ以外でもジムなりで接触する事のある虎徹と違って……世間一般では『見切れ職人』である折紙サイクロンは本当に影が薄いだろう。人命救助もよくしているが、やはり視聴率や番組の進行を考える上でもカメラが追うのは犯行グループ確保の瞬間だ。そうなるとどうしても人命救助最優先な彼はカメラに写りにくい。……否。映ってもすぐにフレームアウトしてしまう事も多々あるのだが。

<「でも責任感強そうだし、優しそうだよね」>
「そっかぁ……優しいなぁ、楓は」

 そんな『分からない人』にもちゃんと評価はしてくれる楓は本当に優しいと思う。母親として傍にいられないながらも良い子に育ってくれて……と神に感謝してしまった。


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