〜こんな始まり〜
「………君がワイルドタイガー?」
「はい。間違いなくワイルドタイガーです」
本日から部下となるヒーローを目の前に、ロイズは内心うろたえていた。トップマグに所属していたヒーローを、ニューヒーローであるバーナビーとコンビを組ませる事はかなり前から決定していたのだが……
とんだ裏事情が隠されていたようだ。
目の前に立つ鏑木・T・虎徹…正義の壊し屋と呼ばれるこのヒーローは…素性を出さないどころか…他にも隠していることがあった。
「……ワイルドタイガーは男だったと記憶しているが……」
「えぇ、タイガーは男ですね。」
「……しかし……そのワイルドタイガーである……トラテツ?」
「コテツと読みます」
「……ふむ。虎徹、君はどうみても女性のように見受けるが?」
しかめっ面をするロイズの座るデスクの前に立っているのは化粧っ気のない女だった。
黒のパンツスタイルにベスト、ネクタイ、ブラウス。そしてハンチング帽。頭の天辺から靴の先まで、男のような服装だ。けれど見事な曲線を描くその体はどう見ても女だった。
「色々事情がありまして……」
「事情?何かね?」
「えーっと……掻い摘んで申し上げますと……
私がヒーローになった時代っていうのが、女のヒーローは存在しない頃でして。
体目当てに援助を持ちかけられたり、さげずまれたりっていう感じの……」
「男女差別……というやつか……それを避ける為に男としてヒーローをしていたというのか?」
「そーいうことです。」
へらっと笑って見せる彼女からはまったくそれらの裏事情は窺えないだろう。けれど、ロイズも知らないわけではなかった。表だって持て囃されはしなかったが、過去に女性がヒーローを目指していたのに融資を受けられないばかりか、体を差し出す事を条件に近づく輩から逃げ続け、自暴自棄になった結果自殺してしまったという。
詳しくは知らないが……情報としては知っているその出来事を頭の隅において目の前の人物を再び見つめる。
「いくつか質問に答えてもらえるかね?」
「はい。なんなりと。」
にっと微笑む顔はまるで営業マンのようだった。
手に取ったのは机の隅に積まれていた資料。ヒーローたちのデータだ。その中にはもちろんワイルドタイガーのものも含まれている。そのタイガーの資料の中から、全身画像をプリントアウトされたものを引きずり出した。
「今の姿とこのタイガーの全身。どこをどうすれば隠せたのかね?」
「えぇ、体型はスーツにクッションとか低反発剤を仕込むことで男の体型に補正してました。お陰で力の加減が難しくって……あ、黒のパンツの部分もサポーターが入ってます」
「……ではこの顎は?」
「取り外しの利くコレを。」
そう言ってポケットから取り出したのはタトゥーシールだ。ワイルドタイガーの顎にある変わった形のヒゲらしきものと一致している。ヒゲだと思い込んでいたのだが、画面を通してしか見ていなければきちんとは分からないものだな、と思わず感心してしまった。
「最後にもう一つ聞かせてもらおうか?」
「はい」
「なぜそこまでしてヒーローに?」
見た目を誤魔化す方法は理解できた。しかし、性別を偽ってまでヒーローになる理由が分からない。なぜそこまでして彼女はヒーローになったのか?普段ならば全くと言っていいほど人の事に関心を持たないロイズは不思議でならなかった。
「私、シングルマザーでして……」
ふっと浮かぶ苦笑にちらりと視線を下げる。左手の薬指。銀色に光る指輪の存在に気付いた。
「NEXTの能力ぐらいしか取り得がないので他の仕事をする選択肢がなかったんです」
「………そうか……」
まだ幾つか聞きたいことはあるが、とりあえずコンビを結成させる事が先決だろう。今後の方針を少々軌道修正しなくてはならないが大した障害ではない。ロイズは少し考えると、社内メールを二件飛ばした。……社長と開発部へだ。
「さて。少々事情を聞かせてもらったわけだが、君には今後も、男のヒーローとして働いてもらう」
「了解です。」
当然とでも言うような返事に頷くと室内にサイレンが鳴り始めた。
「え?え??」
「出動命令だな」
「あ、じゃあ……ヒーロースーツをとりに……」
「取りに?わが社の物があるだろう?」
「え!?」
「あのスーツに思い入れがあるのなら取っておけばいい。だがわが社で働いてもらう以上は、こちらのスーツを着て出動してもらう。それが嫌なら辞めてもらって構わない」
「あー……うぅ……分かりました……」
「では早速行きたまえ。パートナーもすでに現場へ向かっているだろう」
「……ぱーとなぁ?」
「ヒーロー界初のコンビだよ」
* * * * *
まさかヒーロースーツが作られているとは露知らず。さらに、たった数分前発覚した体の秘密にも優秀な開発チーム様はあっさり対応してしまっていた。
今までの全身タイツとは正反対な、装甲のあるスーツに思わず手を握ったり開いたり、腕を回してみたりと着心地を試してしまう。
「……なかなか……いいなぁ……」
もちろん能力発動時にも対応するスーツは伸縮性が高く、その割りに窮屈さや動きにくさといった欠点が全くない。マスクも上げたり出来るのでメットの中が蒸れたり、といった心配はないようだ。
フルフェイスの為、今までのようにタトゥーを付ける必要はないのだが…虎徹の中の『ヒーロースイッチ』として着けないと落ち着かず、結局いつものようにアイパッチも顎のタトゥーも使うことにする。
更に用意されていたバイクに跨ると、颯爽と走りだした。
風を全身に受けつつ車の間を縫い走る。ちらりと視線を走らせたのはなんの特徴もない路地の入り口。
けれどその路地は虎徹に取って特別な場所だった。
* * * * *
「不良少女発見。」
突然かけられた声に肩を跳ね上げた。路地の暗闇に紛れるように座り込んでいたのに目敏く見つけられたらしい。そろりと腕の隙間から見上げると思った以上に若い男性が立っていた。
「………なんだよ?」
「うら若い少女がこんな時間にうろうろしてると補導されますよ?」
「……余計なお世話だ。だいたい……少女なんて呼ばれる歳じゃない」
「おや?そうでしたか?随分幼く見えたので。」
「なんだよ?嫌味を言う為にわざわざ声かけてきたわけか?」
「いいえ?」
ひょい、と肩を竦める青年は特に引っかかるような笑みの浮かべ方もせず、ありがままに話しかけてきている。さっきまで対峙していた、厭らしく卑下た笑みとは全く違う表情。けれど『同じ』社会人だと分かるスーツ姿にインテリ風な眼鏡。いかにも働く男性という格好に小さく丸めた体をさらにきゅっと丸めた。
大人の男なんて何考えているのか分からない。平気で人を騙すし、裏切ったりする。じっと警戒心むき出しで見上げていると、彼はおもむろに脇へ抱えていた大きめの袋をかき回し始めた。
「ッぅわ!?」
何か引っ張り出したな、と思った瞬間視界を覆い尽くされてしまう。あまりの展開にびっくりしすぎてわたわたと腕を振り回した。
「こんな寒空にそんな薄着では風邪を引いてしまうでしょう?」
「……はぃ??」
ようやく布の中から顔を出したと思った瞬間大きなため息と意外な言葉を聞いた。ちらり、と視線を下ろせば目の前を覆い隠していたのはロングコートだ。じっと睨めっこをしてふと見上げる。すると青年はじっとコッチを見つめたまま。無言の内に、着なさい、と言われていることに気付いた。
春も近いとはいえまだまだ肌寒さの残る夜。そんな中、薄手のシャツとタイトスカートしか着ていない。……いや、ジャケットやコートを持っていたが剥ぎ取られてしまったのだ。
幼い頃からずっと煩わしいだけの自分のNEXT能力。けれどヒーローならば憧れのあの人のように人を助けることが、守る事が出来る。人の役に立つ事が出来る。
……ずっと……ずっと、夢見てきた。
だから社会人になった途端、ヒーロー募集の会社へと面接に行った。
けれど、女性のヒーローなど存在しない時代。
笑われ、さげずまれ、能力を見るのに服を脱げと言われたり、終いには援助してほしいなら足を開けとまで言われた。
今まさにその会社から逃げてきたのだ。
一次試験を通ったからと面接に向かえば単なる体目当ての男達が居るだけだった。
複数の男に掴まれ、引きずり倒され服を剥ぎ取られ始める。
咄嗟に能力を発動させて逃げてきたのだが、服や鞄といった持ち物は全て残してきてしまった。
目の前に立つ青年の目力に負けてそろそろと腕を通すとコートはちょうどいいサイズだった。その意外さにぱちくりと目を瞬く。
「さ、歩けますか?」
「へ?」
「歩けるなら来てください。」
「は?あの……」
青年は言うだけ言うと大通りの方へと歩いていってしまう。その後姿をぽかんとした表情で見ていたら、彼は路地の入り口で立ち止まって手に持っていたハンチング帽を被った。そうしてこちらを振り返る。
「………」
「歩けないならおぶりますけど?」
「……あ、ぃや……歩け、る……」
こてん、と首を傾げられるとそんなこと言ってのけた。何にせよコートのお礼もちゃんと言いたいし、と自分に言い訳をして慌てて立ち上がる。小走りに駆け寄ると柔和な笑みを浮かべて迎えてくれた。
「こっちですよ」
「……ぅん……」
優雅に歩き出した青年におずおずとついていく。どこに行くかなんて分からないが、ついていっても大丈夫のような気がした。それでも拭いきれない男性不信から少し離れた位置を歩く。
すると青年は数メートル歩いては振り返り、ちゃんとついてきていることを確認するとまた前を向いて……といった繰り返しを何度もしていた。
なんだか小鴨を心配する親鴨のようだ、と少し可笑しく感じる。
すると突然速度を弛めて立ち止まった。じっと見つめる目に何かあっただろうか?と瞬いていると、唇が少し拗ねたように尖っていることに気付く。
「……お願いがあります」
「……なに?」
「手を繋ぐか袖を掴むかしてください」
「なんで?」
「僕の目を盗んで変な輩に声を掛けられていないか心配なんです」
「………何それ……」
まったくもって予想だにしなかった言葉に目が点になる。けれど真剣そのものの顔に茶化しているわけではないようだ。
じっと差し出された手を見下ろす。
節くれだった手は確かに男の手なのだが、細くしなやかな指が怖がる心を和らげてくれた。
「……あ……」
「……なんだよ……掴めっていったのあんただろ?」
きゅっと握ったのは青年の人差し指だった。手を繋ぐのは即却下。かと言って袖を掴むのは子供っぽくて癪に障る。けれど、指一本くらいなら、と考えた結果だったのだが。酷く驚いた顔をされてしまった。
「え?……あぁ、そうなんですけど……」
「何か文句でも?」
「いや……可愛いことするんだなぁ、と。」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………ッ!!!!!!」
「わぁ……真っ赤。」
「うっ!うっせぇ!早く案内しろよ!!」
「はいはい、了解しました」
「〜〜〜〜〜」
どうやら服の端の方がまだマシだったらしい。けれど今さら掴み直すことも出来ず腹いせにぎゅっと強く握り締めた。すると彼は朗らかに笑うだけで何も言わず、また黙々と歩きだす。
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