7:『Louis』 sings the Lullaby


 一人きりのオフィス…経理を担当してくれている女史は今日、社内会議に出るので午前中…いや、下手すると一日このオフィスには来ないだろう。いつもは苦手なデスクワークだが…管理室長であるベックマンになるべく早くマニュアルを作って渡したい。そんな思いから黙々とタイピングをしていた。
 キーボードを叩きながら頭の中を整理していく…考えるのは苦手だが…今回ばかりは自分で考えるしかない。

「………」

 カタカタとキーボードの上を己の指が動き回る。滑らなその動きはさながら相棒のタイピングのようだ。頭の片隅でそんな事を考えながら、意図せずにモニタの上へ打ち込まれていく文字列に視線を走らせていった。

 ほぼ何も考えず…勝手に打ち出していく指…

 『誰かの記憶』によって…動く指…

 今、自分は『誰か』とシンクロをしているようだ…頭のどこかで浮かんだその考えはすんなりと腑に落ちた。
 無意識にシンクロしているのならばこのところ度々見て魘される『夢』も説明がつくかもしれない。眠りに堕ちていればこちらは完全なる無防備…勝手に流し込まれた『記憶』が自らの『記憶』に置き換えられて『夢』に見ていたとなれば…納得がいく。

 ならばこちらからその『記憶』を探ってみたら…
 『答え』が見つかるかもしれない。

 その証拠に…『知らないプログラム』の『マニュアル』を作り上げている自分がいるのだから。

「……………」

 カタカタと淀みなくタイピングしていく指先…そこだけ切り離されたパーツのようで…少々気味の悪さを感じる。けれど…『コレ』は考えていく上での重要な糸口になっていた。
 マニュアルを作れる人間は『ルイ・ラグランジュ』のみ…ならば『虎徹の記憶』に混在しているのは『ルイの記憶』になる。

 だが…そう決め付けるのは『可笑しい』。

 何故なら…度々見る『夢』に矛盾が出てくる。

 なにせ…魘される『夢』では『妻はいつも病床に伏せている』のだから。

 ベックマンの話では…床に伏せていたのはルイの方のはずだ。ならば夢に見ているのは『ルイの記憶』ではないことになる。

 その決定打として…ルイ・ラグランジュ…彼の写真を開発室長でもあったベックマンに見せてもらった時…まるで…愛する妻、友恵を見ているような気分になった。

 何故か?

 『誰か』と感情がシンクロしているから。

 その『誰か』とは?

 ルイ・ラグランジュを『失った人物』…

 彼の最愛の妻。

 タイピングしていた指を一旦止める。打ち間違えがないかスクロールしながら確認していく…一字一句…スペルの綴りに至るまで…
 ちらりと時計を見上げると時計の針はもうすぐ昼休みの時刻へと差しかかろうとしていた。…ふ…と小さく息を吐いて途中まで仕上げたマニュアルの内容を確認する。

「(…これで半分…)」

 ルイの記憶を…確かに自分は持っている。
 …ならば…
 心に彼の妻…記憶にルイ・ラグランジュがシンクロしているのだろうか?

「…うーん…」

 しかし…さっぱり分からないことがある。

 果して『いつ』自分はこの夫婦と『接触』をしたのだろう?

 二人とも面識のない人物だ。どこかで接触するようなことはあったのか…と少し考えてみるも…出てくる答えは『NO』だ。  まず二人がこの街に居た頃…自分は学生だった。この街にすらいなかった。そんな自分がいつ接触するというんだ?

「っ…はぁ〜…」

 一生懸命考えてみても、結局何も分からずじまいだという事が分かっただけだった。『絵』を仕上げるにはピースが不足し過ぎているようだ。思わず重い溜息を吐き出してしまう。

「随分大きな溜息ですね?」
「ん?おぅ、お疲れさん。もう出てきていいのか?」
「えぇ、徹夜したとは言ってもずっと待機してただけですからね」
「そっか。」

 交代で仮眠をとっていた…と言う彼の言葉通り…その横顔は特に寝不足気味にも見えず、いつもとなんら変わりない。若いしな…と心の中で零していると、じっと見つめられていることに気がついた。

「?何?」
「…最近は…連れて来ないんだな…と思いまして」
「うん?」
「僕に人攫いするな…って言ってたじゃないですか」
「んー…あぁ、はいはい。まぁ…ホントは連れて来たいんだけどな」
「…何か不都合でも?」
「どうも人が多いと窮屈っていうのかな…不安そうな顔するんで。可哀想だけどお留守番してもらってんだ」
「…そうですか」
「何か気になることでも?」
「えぇ…その…珍しいものですから」
「珍しい?…(テディベアの事か?)そこらに売ってるのと変わりなくね?」
「いいえ、それが…シーモア先輩にお聞きしたんですが…プレミアの付いたものなんですよ」
「……へ??」

 言葉のやり取りに少し違和感を覚えながらも首を傾げれば…カタカタとキーボードを叩いたバーナビーがネットを繋いだらしく、検索サイトを立ち上げるとキーワードを叩きこんで目的のサイトを開いた。
 蔓が巻いたようなロゴに流麗な書体で書き込まれた入り口。綴りを読み取るのも苦労しそうな書体はデザイン重視のものだ。

「A?…あ?…あ〜…」
「『アルシュ』ですよ」
「……アルシュ?ごっちゃごちゃでわっかんねぇな…」
「テディベアの老舗だそうです」
「…へぇ…」

 マウスを動かして過去ギャラリーのページを開く。途端、モニタ一杯にずらりと並ぶ年号に一瞬口元が引きつってしまった。

「…すっげ…」
「はい…僕も見た時驚きました」

 びっしり並んだ年号の一つを迷うことなくクリックして開いたページをスクロールしていく。ずらずらと表示されるテディベアに感心していると、ようやくスクロールが止められた。

「これ。同じでしょう?」
「ん〜…」

 画面いっぱいに表示されたクマのぬいぐるみ…アーチェが大事そうに抱き締めているぬいぐるみを頭の中に思い浮かべてモニタのぬいぐるみを見やる…
 カチリ…と音がしそうなくらいにぴったりと重なった。

「っ!?」

 二体のテディベアが重なった瞬間、脳裏に…見た事のない…『見覚えのある』光景がフラッシュバックする…

 大きなショーウィンドウに所狭しと並べられたテディベア…中世ヨーロッパを意識した建物の扉を押し開くと、ロココ調と言い表せばいいだろうか?ベルベット貼りのソファや真っ白な猫足のテーブルの上にもちょこんと座るベア達…

 くん…と手が引かれて見下ろせば『幼い楓』が背伸びをしながら一生懸命に指差している。その指の先を辿れば大きなリボンを首に巻いた…『見慣れたテディベア』が座っていた。
 丁寧に取り上げて渡してやるととても嬉しそうに微笑んでくれる…そんな『楓』の後ろにいる…『友恵』もまた…微笑み返してくれた。

 けれど…温かい胸の内に浸る暇もなく…ぐるりと回った景色は、テディベア尽くしの部屋から…人が溢れかえる駅前へと変化する。

「(…会社…行かないと…)」

 ぼんやりと浮かぶ言葉に足を踏み出した瞬間…わき腹から走る激痛。あまりの衝撃に息が詰まり傾く体で受身を取りながら見上げた先に…

 『赤』を見た。

「おじさん!?」
「ッ!?」

 ぐらりと傾く体を、変化にいち早く気付いたバーナビーが受け止める。彼の腕の中に倒れこみながら目に写る天井をぼんやりと見つめた。

「(…オフィ…ス…)」
「何してるんですか!?」
「あ…わり…ちょっと…貧血…」
「っ!……あなた…なんて手をしているんですか?」
「…え…?」
「…血の気がなくて…氷のように冷たい…」
「…あ…?」

 バーナビーに掴まれた手を意識すると、握られた部分がじわじわと熱を吸収して温かくなってくる。乱れた呼吸のままに視線を移せば、白い彼の手に負けないくらいに白い…いや、『青白い』己の手に驚いた。

「…手首から先だけですね…」
「…マジで…」
「えぇ。腕は…こんなに温かい」

 手から移動してきゅっと腕を握られると、温かいと思っていた手は思った以上にひんやりとしていた。思わず自分の手で腕を握る…あまりの冷たさに短い悲鳴が漏れる。

「ッつんめてぇ…」
「…まったく…何をしていたらそんな手になるんですか?」
「え?…な…何って…普通にキーボードを叩いてただけで…」
「とにかく温かい飲み物を持ってきますからまた倒れない内に大人しく座っていてください」
「ん…あぁ…」

 オフィスから早足で出て行くバーナビーの背を見送りながら虎徹はしばしぼんやりとしていた。

 白昼夢…というにはいささか生々しい…

 手の平を見つめながらぐるぐると考え込む。こんな感覚を前にも味わったな…と記憶を遡ると…すぐに行き当たった。
 …残党を確保に向かった時に突っ込んだ倉庫だ。
 見覚えのない光景に既視感を覚えた。大きな鳥かご…小さな窓…コンクリートの壁に床…不意を突かれて押さえつけられたあの時…ぼやける視界の中で『赤』を見た。

「(…あの倉庫…ん?いや?…その前にも…)」

 記憶をさらに遡れば、背筋がざわりと粟立つ。

「(…川辺か…)」

 思わず生々しい感覚まで蘇らせてしまい吐き気を抑えるように口元を覆い隠す。川に沈んでいく直前に見た『赤』は同じだった様に思う…そしてもう一つ…図書館で見た新聞の写真…犯罪者の男が持つ『赤』。

 夢と現実が交差している。

 直感的にそう思った。今まで夢だと片付けていた風景、出来事…すべてが現実に起こったものだとしたら…
 きっかけは分からない…けれど自分の中に『20年前、駅前で刺されて一命を取り留めたルイ』がいる。それから…彼の妻も…シンクロしているようだ。記憶と感情の混在…整理していかなくてはどちらがどちらか分からない。

「………」

 床に伏せ…酸素マスクを着けた瀕死の状態がルイ…『赤目』の男に捕まっていたのが…妻…
 では…川に落とされたのは?『楓』は?

「…(…娘?)」

 置き換える配置としても申し分ない。なんの違和感も感じないだろう。では、彼らの娘もシンクロしているのだろうか?  じっくりと考える…『楓』の視点で見た『夢』は一度だけ…川に落とされた…あの一度限り…

「(…何が違う?)」
「…おじさん。」
「へ?」

 突然降りかかった声に顔を上げると、眉間にくっきりと皺を寄せたバーナビーが立っている。ご機嫌急降下中のその表情に、何かしたっけ?と首を傾げると、盛大なため息が吐き出されてしまった。

「座っていろとは言いましたが…何も床に、とは言う意味ではないんですが?」
「お?おぉ、悪い」

 目の前に差し出された手を取りつつ、彼が怒っていた内容に納得がいった。苦笑を浮かべつつも立ち上がると、その整った柳眉がピクリと跳ねたように思う。危なげなく立ち上がったというのに、バーナビーは手を離さなかった。まるで握手しているような状況だな…と無駄な事を考えていると、肩をぎゅっと掴まれる。

「う?うん?」

 まるで服の下の感触を確かめるように…ぎゅっ…ぎゅっ…と掴んでは、形をなぞるように撫でる。ひとしきり繰り返した、と思えばぐっと押されて椅子へと強制的に座らされた。大人しく従えば、すんなりと離れていく両手…何かあったか?と不思議に思って見上げればおもむろにジャケットを脱ぎ始める。

「?バニー??暑いのか?」
「いいえ?暑くも寒くもありません」
「じゃあ…どうして?」

 首を捻りに捻っていると、脱いだジャケットで上体を包み込まれた。

「ん???」
「おじさんは体感温度すら鈍ってきているんですか?」
「はい?」
「さっきよりもうんと冷たくなってきてる…一体何をしているんです?…首もほら…」
「お?……あったけぇ…」
「貴方が冷たすぎるんです。」

 深いため息まじりの言葉…己の体を両腕で抱きしめてみると…確かにぞくり、とするほどに冷たい。

「やはり体調が優れないようですね…」
「ん〜…昨日はちゃんと眠れたんだけどなぁ…」
「…ちゃんと…ねぇ…」
「あ?なんだその疑わしげな言葉は?」
「ずっと一緒にいてくれた折紙先輩から報告があったんですよ」
「報告ぅ?」
「僕が出てから少し後に…急にいなくなった、と。」
「へ?俺が?」

 イワンの報告という内容に虎徹は目を丸くする。確か昨夜はバーナビーが最初付き添ってくれていて…途中でイワンに変わった。その後…スープが体の中に仄かな温もりを与え続ける内にうつらうつらとしてきたはずだ。お茶を入れてくれるというイワンを肩越しに見つめてソファに深く座りなおした。
 そこまで思い出して…その後が思い出せない。眠りに落ちたのだろうか?

「自覚がないということは…やはり夢遊病の一種ですかね」
「夢遊病ぉ?」
「本人が眠っていると思っていても体が動いていては結局『休息』を取れたことにはなりませんからね」
「んなこと言われたってなぁ…」

 当人はちゃんと眠れていると思っているのだからそんなことを言われても困るのだ。へなりと眉を下げると大げさなため息を吐き出される。

「まぁ…顔色はまだ良い方ですからね。今日は見逃してあげます」
「なんだ、今日は、ってのは?」
「あまり頻繁に起こるようでしたら一度精密検査を受けた方がいいと思いますので」
「え〜…」
「え〜、じゃないですよ。このところの不調は何かしら原因があるのでしょうから。しばらくは様子見で済ませますけど、今後のことも考えてちゃんと調べてもらいます。
 あなただっていやでしょう?病気のせいでヒーロー辞めることになるなんて」
「ん〜…病気なんかじゃないと思うんだけどな…」
「そういうことは正常な体調を取り戻してから言ってください。」
「へいへ〜い」

 びしり、と鼻先を指さされながらの言葉にひょいと肩を竦めるしかなかった。己の与り知らぬ不調を指摘されても分からないものは分からないのだが…病院へ行って即入院、なんてのは出来たら御遠慮願いたい。

「とりあえず、PDAはずっと着けていてください」
「うん?」
「夢遊病で迷子になってもそれさえあれば追跡出来るんですからね?」
「あぁ…確かに。目ぇ覚めたらゴミの山にいた、なんて俺も勘弁願いたいからな」

 未だに冷えたままの手の平同士を擦り合わせながら右の手首を見下ろした。ヒーローである限り滅多な事で外さないし、虎徹自身外すつもりもない…念を押されるまでないな。と、鼻で笑ったが…

 俯き加減になったその表情は、声音に反して冷たく無表情だった…


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