「…っ…っ…どこだ…?」
次々とビルからビルへと飛び移る後ろ姿を追いかけている内に、開けた場所にやってきた。無我夢中に追いかけていたので現在地が把握出来ずリストバンドで確かめてみると、憩いの広場だった。そこは昼になると多くの人が訪れる自然公園で、夜になると街灯の以外には何も灯りがない為に真っ暗になってしまう。その中に黒づくめの姿で紛れられてしまっては探すのも一筋縄ではいかない。
「…この辺に来たはず…」
きょろきょろと見まわして歩き回ると…人の気配に気づいた。意識を集中させて気配を探っていくと…芝生の広場に出てきた。
雲に陰る月の光の中…ぼんやりと浮かび上がるシルエットは…さきほどの女性とは違うようだ。なにより風に翻されていた長い髪もコートの裾も見当たらない。立ち尽くした後ろ姿を見つめていると…どうやら男性らしい。逆三角形の上体にすらりと伸びた足が照らし出されている。
他にいないのか…と注意深く見まわしていると横にぴたりと寄り添うよう、子供が立っている事に気付いた。
「(…彼女が探してた人攫い?)」
もしそうだとしたら子供だけでも…と思ったが…どうも攫われているというよりは仲良く並んでいる…という雰囲気だ。さらに近付いてみると、遠目では分かりにくかったが…全身が輝いているように見える…
「…(…能力者?)」
迂闊に近付くのは危険だが…探ってみない事には何も分からない…己の気配を押し殺しつつ一歩…一歩…と近付く。二人はただただそこに立っているだけのようで…手を繋いでいるようだ。
『…さっきの人…』
「ッ!?」
すぐ傍で聞こえた気がして慌てて振り向くが誰もいなかった。空耳だろうか?と前を振り向くと、男性がこちらを振り返っている。青く光る瞳…今まで手を繋いで隣に並んで立っていた子供はその腕に抱えあげられていた。
ビルによる逆光の中では分かりにくいが、子供を抱える男性の左手に銀色の光を見つけ出した。おおよその位置からすると薬指だろうか…顔はほとんどみえないが…ぼんやりと白く光る髪に…もしかしたら金髪なのだろうか…と見つめていると、その肩から腕が『生えて』きた。かと思えば体を中心にクモの巣が張ったように黒い糸が四方八方に向けて伸ばされる。引き摺るような音に回りを警戒していると、伸びたように見えた糸は逆に体へ向けて寄り集まっていった。音が小さくなるにつれて、彼の肩に先ほどの女性が形を成していく。
「(変態能力?)」
目を瞠っている間にも女性は子供を抱える男性の肩の上へ浮かびあがり両腕を回している。けれどその長い髪や裾の広がるコートは水に流し込んだ墨のように空中を漂っていた。
『私達を…追ってきたの?』
「いや…あの…僕も…人を探していて…」
『…人…』
「…尊敬する…先輩が…行方不明で…」
半分事実で半分は嘘…苦しい言い訳に聞こえるかもしれない…と内心ドキドキしながら言葉を続けた。じっと見つめてくる二対の瞳…警戒されているのだろうか…たとえその結果攻撃が開始されたとしても逃げ切る自信はある。…そうやって自分を励ましながら訪れる沈黙にじっと耐えた。
『私達も…あの子を探しに行かないと…』
「…え?」
『今日は邪魔者が現れない…だから…たくさん…探し回れる…』
囁かれる声とともに脹れたコートは男と腕に抱える子供ごと…『食べてしまった』。ぎょっと目を見開く間にも体積を増していたコートは小さく萎み…女性一人分の細さへと変化してしまう。その変化に唖然とする間にも彼女は両手を広げるとコートの裾が舞い広がるが、その隙間からは誰も見えなかった。
『…貴方も…見つかるといいわね…』
「…あ…は、い…」
ふわりと傾けられる顔は優しい微笑みを浮かべてくれていた。とても…優しく…温かい表情…誰かに似ている…そう直感が告げていたが、誰か、と思いつくよりも先に彼女の纏うコートが大きく膨らんだ。すると青いオーラが一際強く輝き、夜空へと舞い上がっていく。
「………あ…」
そのシルエットが見えなくなるまでぼんやり眺めていた事に気付いたイワンは、はっ…と肩を跳ね上げる。せっかく必死に追いかけてきたというのに完全に見失ってしまった。
深い溜息を吐き出してその場にうずくまる。
「…なんだか…」
とても複雑な気持ちを抱えていた。…というのも…ヒーローとして出動している時に対峙する雰囲気とは掛け離れているように思えたからだ。…『NEXTの能力を持った女性』…でも…『普通の人』。自分達のような市民を守る為に戦うわけではなく…自分の子供を必死に守ろうとするただ一人の母親…それ以外の何でもない…そんな風に感じる。
「…『あの子』…」
彼女の囁いた言葉…『あの子』…『娘』…子供だったらさきほど一緒にコートの中へと包まれていった。あの男性が誰かは分からないけれど…恐らくは旦那なのだろう。一言も話さなかったとはいえ、あの女性の雰囲気からして間違いないと思われる。ならば彼が大事そうに抱えていたのは二人の子供…長い髪のシルエットからして女の子だ。
でも彼女は探していると言っていた。ならばもう一人子供がいるのだろうか…
「……分からない…」
推測を確定する為の情報が何一つなかった。もう一度深い溜息を吐き出す。
「…タイガーさん…探さないと…」
見失ったものは仕方ない…いつまでも落ち込んでいられない…とイワンは尊敬する彼が言いそうな言葉を思い浮かべると勢い良く顔を上げた。
* * * * *
トラック内で待機している間、ファイヤーエンブレムはパソコンを操っていた。
「…テディベア?」
「えぇ。『アルシュ』のサイトよ」
「へぇ…本当にいっぱいあるんですね…」
「そうね…でも限定モデルは形が同じでも…全て毛質から色から…限られた枚数しか作らないから数が少ないそうなの」
「ワイルド君が持っていたのは載っているのかい?」
「んー…それなのよぉ…」
暇を持て余した面々が釣られるように集まってくる。狭い画面では見難いだろうと、スクリーン映像に切り替えた。パソコンのキーを叩きながらファイヤーエンブレムはスカイハイの質問に表情を曇らせる。
「ボディの形やアイカラーからして『アルシュ』のもので間違いないと思うんだけど…ないのよねぇ…」
「ないのか?」
「えぇ。最近のものは柔らかな薄い毛色ばかりで…」
「おじさんが持っていたものは確か…もっと濃い…ココア色?」
「そうそ。そんな感じの色」
現在販売しているものの他に限定モデルばかりのギャラリーをクリックするとここ4・5年に発売していたベアの画像が並べられている。それらをくまなく探してみても『ココア色』に該当しそうなカラーはなかった。
「んー…ホントだ…白とかベージュばっかり」
「カールの具合ももっときつかったですよね」
「そうね…ハンサムちゃんくらいはあるわね?」
「…僕で例えないでください…」
「あら、いいじゃない。可愛いんだから」
くすくすと笑うファイヤーエンブレムにバーナビーは眉間へ皺を刻んでしまった。まさかおじさんだけでなく自分にも『可愛い』なんて言われるとは思わなかったし、何より…言われたくない。
「うーん…ないねぇ?」
「ホントに。もっと前だったりするのかしら?」
ちらりと見ただけなので状態の良し悪しは分からないが…比較的綺麗だったように思えて最近購入したと思っていたのだが…まったく見つからない。もう少し遡ろう…と、さらに古いバックナンバーを開いてみる。
「ちょっと…色の濃いのが混ざってるかな?」
「流行ってやつだろ…」
「ですが…毛質が真っ直ぐなものばかりですね」
「もう遡れないのかい?」
「いいえ?まだあるわよ」
スカイハイの言葉にまた一つ前のページを開く。ここにも多くのテディベアの画像が展示されているが…パステルカラー調の明るいものばかりだ。
「…こんな色も作れるんですね…」
「ホント…ニーズに答える尽くす姿勢がすごいわ…」
「経営の鑑ってやつかしら…」
スクロールしていく限り濃いトーンの色は見られないのであっさりと次のページへと移る。すると今度は打って変わってモノトーンやアンティークカラーといったクラシックな配色のものが並ぶページが表示された。日付を見てみると20年以上前になっている。
「おいおい…20年前とか…俺でも学生やってる頃だぜ?」
「ボク達なんて生まれてないよぉ?」
「あらホント…でもまだ遡れるわよ」
「老舗ってだけありますね…」
かち…かち…とスクロールを繰り返しているとその指が跳ねる。更にバーナビーも身を乗り出した。
「あったのかい?」
「…えぇ…コレ。そうでしょ?ハンサム」
「はい。コレ…ですね…」
確認をした上で画像をクリックすれば大きい画像で映し出される。毛足がくるりと弧を描き、『アルシュ』特製のアイはオリジナルカラーらしく、一見すると水色だが、角度によって緑にも青にも見える不思議な色だ。
「…えぇ!?」
「ん?どうした?」
「こ…これ…3体しか作られてないって書いてある…」
飛び上がる代わりにひっくり返った声を上げるブルーローズが指差したのは件のテディベアの画像の右下。当時の値段や製造個数を書いてあるのだが…どういうわけか…たったの『3』としか書かれていない。他のものは全てぎりぎり二桁だというのに、このベアだけは異常に少なかった。
当時の値段をちらりと見る…その後プレミアが付く事を考慮しておおよその値段を頭に思い描く…思わず絶句してしまった。
「ぅわ!鳥肌立っちゃった!」
「…希少すぎじゃないか?」
「…でもこれでかなり絞られるわよね…」
「…どういう意味だい?」
「…先輩の持ってたテディベアの持ち主を探すんですか?」
「えぇ。タイガーちゃんが不調になり始めたのって…
あのベアが来てからのような気がするのよねぇ…」
「女の勘ってこと?」
「あら、よく分かってるじゃない、キッドちゃん」
「しかし…持ち主の情報ということは…顧客情報なのだろう?教えてもらえるのかい?」
「あぁら。簡単よ」
これほどの老舗の限定品だ。悪質なバイヤーの手を阻む為にも個人情報の提示を義務付けているだろう。けれど…個人情報なんてプライバシーの侵害になる可能性もあれば、おいそれと教えてもらえるようなものではない。
しかし、ファイヤーエンブレムは余裕の笑みを浮かべたまま。にっこりと弧を描く唇に人差し指を押し当ててお色気たっぷりにウィンクを一つ。
「ヒーローが落し物を拾得したから持ち主に返したいって言えばいいのよ」
「…そんな…上手くいきますかね?」
「さぁてね?やってみない事には何も始まらないでしょう?」
ひょい、と肩を竦めて見せるその姿はまさに男前…当人を前にしては決して言えない言葉ではあるが…
「…どちらにしても…この事件をさっさと解決させないと何も出来ないって事よね…」
「そうねぇ…」
「アニエスさんに現状を聞いてみましょうか」
さっそくとばかりに回線を繋いだバーナビーだが、返ってきたのは全く進展出来ていないという返事。一応プログラムについて少し齧った事があるので見るだけ見てみたい…と言えば、開発者の名前が付けられたファイルを転送された。
「…何がなんだかさっぱりね。」
「プログラム言語を理解してないと分からないってやつだろ」
「あら。バイソンちゃんは分かる人?」
「いんや、さっぱりだ。」
「目がしぱしぱするぅ…」
「あまりじっと見ない方がいいと思うよ?」
「ん〜…」
ファイヤーエンブレムに変わってパソコンの前に座ったバーナビーは綴られる文字列とにらめっこしていた。
ずらずらと並べられる言語は確かにプログラミングで用いるものだが…分からない言語はまったくない。初歩の初歩で使うようなものばかりだ。
「どお?」
「…えぇ、難しいものは一つもないのです…が…」
「が?」
「とても単純ながらも綺麗にまとめられていて…隙がないんです」
「んーと…つまり?」
「崩す為の穴が見当たらない。」
「お手上げってことかい?」
「いえ、過去にプログラムのメンテナンスもしていたらしいので…何らかの方法でいじれる筈なんですが…」
「みんながその方法とやらを探してるってわけね…」
通りであっさりとプログラムを渡したわけだ…とため息を吐き出す。
プログラムは単純だからこそ、些細なイレギュラーすら認めずに己に課せられた命令を淡々とこなしている。つまり外から後付けしようにも、プログラムを加えようにも…今走っているプログラムは一切受け付けない。賢いけれど融通の利かない…そんな仕様だったようだ。
「このルイ・ラグランジュって人…きっとぐるぐる眼鏡でとーっても陰気だったんでしょうね…」
「な…なんだ、いきなり…」
「だぁって…こんなチマチマしたプログラムを完璧に作り上げてさぁ…間違いなく部屋に篭り切りだったんでしょうし?それならどう考えても目の下には青隈作ってそうだし。不健康そうじゃない?」
「…女子高生の発想はよく分からん…」
「あら…それでイケメンだったらどうする?」
「…お前まで混ざるなよ…」
「あん…だってぇ…」
一気に緩んでしまった場の空気にバイソンは大きくため息を吐き出した。
「(…あいつがいたら何か気付いたかなぁ…)」
ちらりと視線を移すと、モニタと睨めっこしたままのバーナビーがいる。彼は確かに『賢い』。けれど…経験が浅い為に『勘』が働かない…かといって勘に頼ってばかりというのも失敗しやすいのだが…
けれど…だからこそ…『タイガー&バーナビー』のコンビでバランスが取れていたのかもしれない…
そんな事を考えてバイソンはもう一つため息を吐き出した。
『知識』の彼が詰まっている…というなら、『勘』で即行動に移す『彼』がもしかしたら突破口を開くかもしれない…そう思ったからだ。
「………」
モニタの端にある時計を確認する。真夜中も過ぎてもうすぐ空が白み始める頃だ。今この場にいない二人を思い浮かべて…ちゃんと眠れたかな…とまるで母親のような事を考えている事に、本人は全く気付いていなかった。
*****
「…もう…こんな時間…」
公園で女性を見失ってから、イワンは街中を駆けまわっていた。虎徹の自宅から徐々に範囲を広げて狭い路地裏まで探しまわる。けれど、どれほど探し回っても虎徹の姿は見つからず…ふと見上げた空は僅かに色を薄くし、時計を見てみれば夜明けが近い事を知った。
「やっぱり…闇雲に探すんじゃダメだ…」
虎徹の傍に居続けるのが自分の役目だったのに…と落胆しながらも、一度部屋に戻る事にした。昨夜事件もあったからこんな時間に誰かに連絡したくともきっと眠っているだろう…と諦めて、逸る気持ちを抑えつつとぼとぼと歩く。
「!」
持ち出した鍵で玄関を開くと人の気配がする…誰か来たのか?と思うも…鍵を持っているのは自分だけのはずだ…と考えを改めた。息を顰めてゆっくりとリビングに向かう…殺気めいたものは感じられないが、警戒心は緩めずにそっと扉を開く。
「……あ!」
扉の隙間から中の様子を窺うとソファに腰掛ける姿があった。その人物の顔にイワンは思わず声を上げる。
「タイガーさん!」
慌てて駆け寄ってみると、虎徹はソファに深く腰掛けて瞳を閉じていた。名前を叫んでも反応がない。そっと手を口元に翳してみると掌に吐息が吹きかかった。そろりと移動させて首元に当ててみると、温かいし、脈打つ感触がある。
「…ほぉ…」
一先ずは無事である事が分かり、その場で脱力してへたり込んでしまった。表情の方も苦しげな印象はなく、穏やかに…昏々と眠っているだけのようだ。
「…良かった…」
あまりに気を張り詰め過ぎていたせいか…緊張と不安が切れてしまうと一気に襲いかかってくる睡魔。重たい瞼を開けてはいられなくなり…とうとう、瞳を閉じてしまう。すると、ものの数秒で眠りの世界へと旅立ってしまった。
「………」
「………」
二つの穏やかな寝息が混ざる中…虎徹のすぐ横でもぞり…と動く影がある。テディベアをその細い手で優しく撫で…まどろみの中で低く呟く声…
『…今日も…見つからなかった…』
淡く…青く輝いていた瞳は次第に暗く…光を失っていく。まるで太陽の光に霞みゆく月のように…朧げになり、姿形すらも宙に溶けて消えていった。
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