「……ねぇ?…返事して?…お願い…声を…聞かせて…」
遠くで聞こえる声にうっすらと瞳を開く…
ぼやりと滲む視界に人影がある…
けれど…どれほど目を眇めても一向に見えなかった…
それどころか…
体が…意識が…心が…
ぽっかりと開いた暗闇に飲まれていく…
「嫌よ…残して逝かないで…私達を…守ってくれるんでしょう?」
俺は…どこにいくのだろう?…
オレは…どこに向かうのだろう?…
…おれは…
…おれ…は…?
「…逝かないで…」
その声を最後に意識が真っ黒に溶けていった。
1:Who sings the Lullaby
「どうしてあなたはそうやっていつも一人で突っ走るんですか!」
「知らねぇよ!勝手に体が動くんだ!仕方ねぇだろ!」
今日も今日とて現場には賑やかな言い争いが響く。恒例となりつつあるのか、その言い合いに突っ込む人間はいなかった。
「おい、そろそろ引き上げるぞ?」
いつまででも続きそうな2人の言い争いにロックバイソンが水を差した。現場には警察も到着し、ヒーローTVの放送もとっくに終わっている。…付き合い…というわけではないが、何気なく待ってしまっていた面々も呆れ顔になっていた。
「いいじゃないの、放っておいたら。その内疲れて帰ってくるわよ」
「………」
「……むぅ…」
ひょいと肩を竦めて車へと歩いて行ってしまうファイアーエンブレムの一言に2人は押し黙ってしまう。ひとしきり言いたい事を言い合った所へ入れられた言葉に余計気まずくなった。無言になってしまうと、近くにいたバイソンも肩でため息を漏らして歩いていってしまう。
一人また一人…と帰っていってしまい…終いにはぽつりと二人残されてしまった。
「…乗ってください。」
「あぁ?」
「帰るからさっさと乗れって言ってるんですよ」
「……へいへい…」
マスクを上げていないので表情は分からない…が…明らかに不機嫌全開なその声音にタイガーは渋々と従った。…とはいえ…こちらも不機嫌全開に違いはないが…
バイクに跨るバーナビーの横…サイドカーにどさりと座り込む。腕組をして深く腰掛けるとほどなくして走り出した。
軽快に走り抜けるバイク…けれどその軽やかな走りとは正反対に…車上の二人は重苦しい沈黙を醸し出していた。
「………」
「……本当に…」
「あ?」
「一人で突っ走らないでください」
「…まぁだその事言ってんのかよ…」
「せめて僕が隣に行くまで待つくらいしてください」
「そぉねぇ?引き立て役が横にいた方が目立つだろうしねぇ〜?」
「…そんなこと言ってるんじゃありません」
「はぁ?じゃあどういう…」
怒り一色だった声が次第に拗ねたような色を持っていく。
何かまた機嫌を損ねたのか?と見上げようとしたが、それより先にバイクが近くの路地を曲がって行った。
「あれ?おい、バニー…この道じゃ会社に戻れないぞ?」
ふと顔を見上げてみるが、マスクの下の表情は伺えない。いつも以上に訳の分からない相棒にタイガーは首を傾げる。すると、ほどなくしてバイクが止まった。
「…バニー?」
おもむろにヘルメットを脱ぎだす彼に倣ってマスクを上げる。晒された顔がじっと静かな瞳を向けてきた。
「…傷つく姿を見たくないんです」
「…は…?」
「伸ばした手が届かずに…目の前で傷つく姿を見たくない…」
真摯に向けられる瞳と言葉にタイガーは言葉を詰まらせてしまった。バーナビーが何を言おうとしているのか…じっと考えをめぐらせ…相好を崩した。
「なぁに?おじさんの心配でもしてくれてんの?」
バーナビーを庇って怪我をしたのはそれほど前の話ではない。むしろつい最近の出来事…タイガー自身はなんてことないのだが…この若い相棒には違うらしい。自分が勝手に突っ込んでいった事を悩まなくても…といつもの軽い調子でにやり、と笑みを浮かべた。
「………」
「………んな顔すんなよ…」
いつもなら鋭く切り返してくるのに、バーナビーは何も言わなかった。それどころか、眉を顰め、今にも泣きそうな顔になってくる。
しょぼくれた彼にタイガーは苦笑を浮かべて腰を上げた。サイドカーの渕に座りなおして顔の位置が近くなった相棒の頭を引き寄せる。互いのパーツがごつりと当たる音も気にせず、涙を流さずに泣いているバーナビーを抱き込んでやった。
「俺のとってヒーローってのはさ…誰かを守る存在だ。その為に体を張る…このスタイルを変えるつもりはない」
「………」
「でもさ…その『誰か』の中にはバニーちゃんも含まれてるんだ」
「……え?」
「お前が危ない目に遭ってたら助けに行くし、守ってやりたい」
「………余計なお世話ですね…」
「またそんな冷たいことを…」
おじさん泣いちゃうー…などと茶化した声とは裏腹に抱き込んでくれる両腕はしっかりと回され、スーツ越しにも彼の存在、体温が顕著に感じ取られる。そしてそれらが…自分を酷く落ち着かせていることにバーナビーは苦笑をもらした。
少し前ならば煩わしいといって振り払っていただろう…それなのに今は与えられる温もりを手放すことが嫌だと思う。
けれど………いつまでもこうして『守られている』わけにはいかない。
それは『ヒーロー』として以前の…『一人の男』としてのプライド…
「お?」
突然胸元をぐっと押しやられる。その動きに腕を緩めると、覇気を失っていた緑の瞳がきらりと光った。
「分かりました。」
「へ?」
「おじさんに守られる必要のない程に強くなってみせましょう」
「…は、ぁ…?」
「そしておじさんが守られる側になるようにしてやりますよ」
「…………ほぉ〜お…そうきたか…」
上から目線の挑戦状。いつもの調子が出てきたバーナビーにタイガーはにやりと笑う。
「若造が言ってくれるねぇ?」
「えぇ。若いんですからまだまだ成長出来ますよ」
「ふぅん…でも経験値が浅いバニーちゃんに守られるほどおじさん年老いてないから」
「どうだか…」
「おい。」
嫌みまで言えるようになれば十分だ。
突っ込みの言葉を綺麗にスルーしてヘルメットを被り直したバーナビーにひょいと肩を竦めてシートに座りなおした。
* * * * *
帰社してスーツを脱いだ後…いつもの如く上司のお小言を聞いて始末書を仕上げた頃には、もう外は暗闇に包まれていた。深くため息を吐き出している所にタイミング良く着信メロディが鳴り出す。
「…うぃ〜っス」
『よぉ。』
モニタに闘牛の画像が出たので…誰か…などは分かりきっている。それなりの遅い時間であることもあって何の用だ?…と首を捻った。
『まだ仕事中か?』
「いんや、ようやく開放されたから、これから帰るとこ。」
『そうか、丁度良かった。今皆で飲んでいるんだが…来ないか?』
「お、マジで?どこだ?牛角か?」
『あぁ。いつもの店舗の座敷にいる』
「おっけぇ〜い♪」
アントニオの声の向こうに聞こえる賑やかな話し声に誘われるがまま返事を返した。ついでに重くなった足取りも軽くなり今にもスキップをしそうなくらいだ。通信を切った携帯をポケットにしまい込むと帽子を被り直して夜道を歩き出した。
「…うん?」
明るい繁華街に向かう途中、道端に花束が置かれている光景に気が付いた。歩行速度を緩めながら見つめたその場所は虎徹の記憶にも刻まれている。
「………そうか…今日だっけ…」
そこは虎徹がヒーローになるずっと前…脱獄した凶悪犯が奪取したバスを炎上させた場所だ。多くの一般人を巻き込んだその事件は、道端に小さな慰霊碑を建て今尚故人を弔う人によって美しく保たれている。20年は経っただろうに…事件の起こった日付けにはこうやって供えられる花が後を絶たない。
足の向きを変えると供えられた花の前へと歩いていく。
いくつもの花束に混じって小さなぬいぐるみも供えられ、小さな子供の為のものだとすぐに分かった。
切なさに瞳を眇めていると、自分に向けられる視線に気付く。
「…?…」
ふと顔を上げれば路地の曲がり角から顔を覗かせる少女がいる。楓よりも幼い容姿と時間帯から迷子になったのかもしれない…と考えると少女の元へと近づく。
「どうした?」
「………」
少女の目の前まで来ると視線を合わせるように屈みこんだ。すると人見知りをしているのか両腕に抱えたテディベアに少しだけ顔を埋めて上目遣いにじっと見つめ返してくる。その愛らしい様に人懐っこい笑みを浮かべて首を傾げた。
「1人で来たのか?」
「………」
「じゃあ、ママと一緒だった?」
「………」
真っ直ぐに瞳を見つめて聞いてみると、おずおずと横に首を振った。続けざまに違う質問をすると、こちらには頷いて見せる。どうやら予想は当たっているようだ。
「家は…分かる?」
「………」
今度はふるふると横に振られる。少女はテディベア以外には何も持っておらず、住所や名前の分かるものは一切ない。
「うん?」
警察に連れて行った方がいいか…と思ったが、少女の小さな指が暗闇の路地を指差した。しばしその行動の意味を考え込んだが、ふと思いついて少女へと向き直った。
「お母さんがいるのか?」
「………」
こくっと頷くと虎徹の手を掴んできた。きょとりと瞬いていると掴まれた手は小さな力に引っ張られる。
「…暗くて怖いから行けなかったのか…」
付いてきて欲しいと訴える動作にようやく少女が一人こんな場所にいる理由が分かった。確かにこの暗闇を一人で歩くのは恐ろしいだろう…掴まれた手を握り返して立ち上がる。誘導するように手を引く少女に従って歩き出した。
*****
「………」
「どうしたのぉ?憂い顔なんてしちゃって…」
「ね…ネイサン…」
ふと顔を上げて店の入り口を見ていると、さわ…っと胸元を撫でる手に顔が引き戻されてしまう。ピンク色のマニキュアを着けた節くれだった手は筋肉の感触を堪能するようにさわさわと撫で回してきた。
「憂い顔なんかしていない。それに…撫でまわすな」
「あぁん…もう…せっかく気持ちよかったのに…」
「…あんたはな…」
ぷっと頬を膨らませるネイサンにアントニオはげんなりとしていまった。男に体を撫で回されていい気などするはずがない。どちらかと言えば撫でまわす方が好きだ。…などと少し可笑しな方向に思考が逸れてしまい、慌てて元に戻した。
「それで?何か考えごと?」
「…あぁ…テツのやつが遅いと思ってな…」
「あぁ…そうねぇ…」
アントニオが虎徹と電話をしていたのは知っているし、内容を聞けるだけ聞いていると来るらしい会話のやり取りだった。
けれどその通話も切ってから数十分は経過しているだろう。アポロン本社からこの店までの道のりを考えてもさほど遠くはない。しかも虎徹の様子からすぐに駆けつける気でいるようだったのも分かっている。なのに彼は未だ到着していない。
さすがに心配にもなってきた。
「足に怪我はしてなかったしねぇ…」
「…寄り道…とはいってもこの時間帯だし…電話での調子を考えるとあり得ないしな…」
「…う〜ん…ハンサムちゃ〜ん?」
「?はい?」
少し離れた席でホァンとカリーナに挟まれながらキースの話を聞いているようで聞いていない青年に呼びかけた。キースで見えないがイワンもいるらしい。若者だらけで何の話をしていたのだろうか…
呼称を上げるとすぐに反応を返してきたから…さほど入り組んだ話はしていなかったようだ。
「タイガーちゃんって今日、体調悪い感じとかって…あったかしら?」
「いいえ、メディカルチェックも引っ掛かってませんし…もしそうだとしたら明日は槍が降るかと思いますが…」
「そうよねぇ…」
「ワイルド君がどうかしたのかい?」
少々本人には失礼なやり取りをしていると、キースがこてん、と首を傾げた。それにつられて他のメンバーも不思議そうな顔をし始める。
「こちらに来ると言ってからかなり経つんだが…一向に来なくてな…」
「…僕からも電話をかけてみましょうか?」
メンバーの中で一番賑やかで明るい男がいないと少々面白みの欠ける飲み会になってしまっていた。お調子者ではあるが、皆に好かれている分、姿がないと一様に心配されてしまう。
表だってはそういった雰囲気を装いはしないのだが、言ってから携帯を取り出すのがとても速かったバーナビーをネイサンは微笑ましく思う。
「………」
ボタンの操作をして耳に付けること数秒…何故か緊張感を走らせて見守る一同は沈黙を守っていた。けれど、バーナビーの表情が曇りだす。
「……出ないのか?」
「……えぇ…留守番電話にも繋がらない…」
一向に『CALL』の画面から切り替わらないモニタを見つめつつバーナビーがため息を吐きだした。仕方がないので一度通信を切ってしまう。
すると代わりとでもいうのか…リストバンドが鳴りだした。
「!」
「…出動要請…」
「準備に行かなくちゃ…」
「こんな夜中とか…迷惑しちゃうわ…」
「まぁ、悪人に昼も夜もないのだろうね」
「終わってからまた食べにきていい?」
「あぁ、店員に話しを通しておく。みんな、また後で」
それぞれにコール音を鳴らし席を立ちあがる。会社の人間とコンタクトを取りヒーロースーツを着用しに行かなくてはならないのだ。目配せをし、頷き合って彼らは別れた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
NEXT→
lullaby Menu
TOP