”A bolt from the blue.”
『青天の霹靂』
いつもと変わらない長閑な朝…小鳥が囀り、街中が眠りから目覚める。明るくなっていく町並みに、徐々に人が増えていった。
いつも通りの静かな朝…平和で…活気のある…ごくありふれた一日の始まりだ。
ただし…とある一室を除いて…
本日は土曜日、ということでいつもは学校に行っているメンバーも含めて全員がジムに集まっていた。会社も休みで、特に集合をする約束もしていないのだが、自然と集まっていた、という方が正しい。
この…『自然と』…というのもあまり言葉が適切ではないのだが…
それというのも…虎徹が女になってしまってから著しく低下した筋力を補う為に、休日祭日関係なく時間さえあればジムに来てバーチャルを使用したり、筋力の強化に励んだりとしており…そんな虎徹に付き合うように、一人、二人…とジムに来るようになった。
連携プレーが出来ないかと試してみたり模擬戦をしてみたり…といったことが中心となっているのだが…
午前中から集まったメンバーは今日の模擬戦の取り組みをどうするかと話し合ったり、トレーニングメニューの確認をしたり…と一箇所に集まっていた。
そんな中…まだ一人来ていないメンバーがいる…
とんでもなく珍しいことに…バーナビーだ。
彼はいつも、メンバーの誰よりも早く来ていて、集まりだす頃には準備運動を開始していたり…すでにメニューを開始していたりとしている。…というのも、相棒である虎徹が来ると、彼を急かす事に時間を割くことが多くなるので自身のメニューがおろそかになってしまいがちになるからだ。
けれど…今日は彼以外のメンバーが集まってしばらくしてからようやく姿を現した。寝坊とか…と思ったが、特に慌てた様子もなく…しかもまだ服装が私服のままだった。
そんな珍しいづくしの彼だが…フロアに入るともにメンバーを見渡して一目散に虎徹の元へと歩み寄ってきた。
「おぅ、おっはよー、ばにぃちゃ…ぅおわぁ!?」
「なっ!?何やってんの!バーナビー!!」
つかつかと早足に虎徹の前までくると…わしっ…と両手でその豊満な胸を揉みあげた。もちろん、虎徹は悲鳴を上げるし、偶然近くにいたカリーナも白目を剥く。さらにアントニオは口をあんぐりと開き、イワンは赤くなったり青くなったりと忙しい…そんな中でキースとホァンはきょとりと瞬くだけに終わり、ネイサンに至っては…あらぁ…の一言だった。
「………違う…」
「は???」
「全然…違う…」
「ち…違うってなに…っつか…バニー…あの…そろそろ、手、離して…」
「そ、そうだよ…バーナビーさん…セクハラしちゃってるよ?」
ぽつりと呟くバーナビーの声に…唐突過ぎた出来事にようやく事態を把握出来たホァンが恐る恐る声を掛ける。すると、彼はゆらり…と顔を上げると、しばらく虎徹をみつめた。…かと思えば徐に手を掴んで己の胸に押し当てる。
「え!?」
「今度は何!?」
「う?お?あ?????」
まったく意味の分からない行動を続けるバーナビーに回りはどうしたものか、と突っ込む言葉すら見つからなくなってきた。しかし、ある意味被害者である虎徹は…最初こそ目を白黒させて驚いていたが…次第にその表情が訝しげな色を帯びていく。終いには自ら感触を確かめるように撫で回していた。
「………虎徹??」
「ちょっとちょっと…何なのよ??」
「…あれ?バニー??」
「……………」
「どうしたの?タイガー」
バーナビーに加え虎徹の行動もおかしくなってきた。けれど当人は至って真面目な顔をしており…少々困惑気味な表情だった。何度も押し付けた手とバーナビーの顔を見比べしきりに首を傾げる。
「え?…だって…バニー…お前…これ…胸だよな?」
「………人間誰しも胸は付いてるもんでしょ」
「や、そうじゃなくて…その………………まさか…」
「…そのまさかですよ…」
「失礼。」
「ちょっタイガァァァ!!?」
「ちょっと!何ファイヤー羨ましいことしちゃってんのよー!」
「…ネイサン…羨ましがることじゃないだろ…」
二人の間にしか分からないような会話に突っ込みを入れつつ様子を窺っていれば、ようやく手を離した虎徹が股上へと手を沿わせてしまった。いくら元男といえどさすがに失礼過ぎるし、公衆の面前でしていいことでもない。
けれど…虎徹の方はそれどころではなく…目の当たりにしてしまった現実に震える声をこぼす。
「ば…バニーちゃんのジュニアがない…」
「はぁ?」
「や…だから…その…下が間っ平らで上がぷくって…」
「意味分かんないわよっ」
「だっだからだなぁ…」
具体的に言おうにもどう言ったらいいものか分からず…曖昧な説明を繰り返していると、一応は冷静であるバーナビーが眼鏡を押し上げながら端的に告げた…
「僕の体が女になってるんです」
「へぇ…女に…」
「女に?」
「え?女…」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「「「「「えぇぇぇぇぇぇーっ!!!!???」」」」」」
バーナビーの端的かつ簡潔な説明に沈黙が走るが、すぐ綺麗に重なる絶叫によってかき消されてしまった。
「どういう事だい!?バーナビー君!!」
「分からないんですよ…朝起きたらこんな体になっていて…」
「朝起きたら…って…何か原因になるようなものは?」
「思い浮かばないんです…」
ようやく何が起きたのか理解出来たメンバーはあわあわと慌てふためくが…当事者のバーナビーが冷静な為に大騒ぎにならずにすんでいる。落ち着いて状況整理ついでに原因究明を…と話始めるが…ホァンがこてん、と首を傾げた。
「でも…バーナビーさん…いつもとどこも変わってないように見える…」
「あぁ〜…確かに…」
ぽつり…と呟いてしまった正直者ホァンの言葉にカリーナも思わず頷いてしまう。
二人の言う通り…女になった…というが、女性らしいラインが見当たらない。虎徹は「胸がある」とはいうが…いつものライダーズジャケットもインナーのTシャツも膨らみらしい膨らみがない。
すぐ横に立つ虎徹なんかは張り出した胸元に、ヒップ周りもサイズアップしたせいか元から細い腰がさらに細く見え…どこからどう見ても出るとこ出たナイスバディなお姉さんだった。そんな虎徹の変化に比べれば確かに『変わっていない』ように見えないこともない。
「いや、でも…確かに胸があったし…」
「…えぇ…あります…」
「そうなの?ちょっと失礼」
「…はい………」
「…あらぁ〜…可愛らしいちっぱいねぇ…」
「ネイサンッ!!!」
「なぁに?そんなに真っ赤になって…」
「言葉に表すな!見ろ!折紙なんてあまりの発言に『どろんでござる』しちまっただろ!」
「…卑猥だ…そして破廉恥だっ…」
「あら…ごめんなさぁい」
アントニオの指差す先はフロアの高い高い天井…そこにどうやってくっ付いているのか…イワンがべったりと張り付きピクリとも動かない。どうやら照れに照れてしまい、あまりの居たたまれなさに取った行動の結果…といったところだろうか…
「それにしても…タイガーとバーナビーさん…正反対って感じだねぇ」
「そういえば…そうね…」
「片やグラマー熟女…片やスレンダー美女…ホントどこまでもデコボココンビね?」
「好きでなったわけじゃねぇし…っつか…バニーちゃん、細すぎ。」
「おばさんこそ…質量があり過ぎです」
「うっせ。」
真横に並んで立つ二人は全くの正反対なタイプの女性で見ている方も見比べられて楽しかったりする。
「それにしても…元ハンサム…その服装はないわね」
「え?」
「いくら見た目は今までと変わりないっていっても…もうちょっと可愛い服装があるわよねぇ」
ネイサンの苦笑交じりの指摘に首を傾げる。その隣で虎徹がバーナビーの頭の上から足の先までじっくり見つめてきた。
「…そうだよなぁ…いくら出るとこ出てなくても…いつもと同じ服装じゃなぁ…」
「…おばさん…今、何気に失礼な事いいましたね?」
「ん?そお??」
「…後で覚えておいてください…」
「んな目くじら立てることじゃねぇだろに」
「これでも気にしてるんですよ」
「へぇ?」
ぎゅっと眉間に皺を寄せて眼鏡のブリッジを押し上げると…ぎろり…と蛙を睨む蛇のごとく…鋭い視線を走らせた。
「何故おばさんにはあって僕にはないんだろうってね」
「ん〜と…胸とか尻?」
「…もうちょっと違う言い方しろよ…」
「この僕がおばさんより劣っているなんて…信じられない…」
「こういうのって勝ち負けとかあんのか?」
「や…ボクに聞かれても…」
「私はどちらも魅力的だと思うがね?」
「さっすがキング。心が広い」
「…どうせ僕は心が狭いですよ…」
「っだ!んな落ち込むなって!」
元々沈みがちだったオーラが更に沈んでしまう。うっかり追い打ちをかけてしまった虎徹が必死に宥めようとするも効果が見られない。それもまぁ…仕方ないだろう…比較対象者に宥められても浮上するとは思えないのだから…
「…ん〜…」
「お?どうしたブルーローズ?」
「…ちょっと…」
顎に指を当て考え込んでいたカリーナが徐に虎徹の腰を掴んだ。そのまま何か確かめるように険しい表情のまま上へ下へと体をなぞっている。
「…あの〜…くすぐったいんだけど…」
「…うん…バーナビー」
「…はい?」
何か調べたい事が終わったらしく、あっさり虎徹から手を離すと今度はバーナビーへと移っていく。バーナビーに対しても同じように腰をわしっと掴むと同じようになぞり始めた。
「なぁに?何かあるの?」
「うん…やっぱり…」
「何ですか?」
「バーナビー…あんた…寸胴なんだわ」
一頻り触って納得した、とばかりのカリーナの顔に瞬いていると…ズバリといった風に告げられた。一瞬にして広がる沈黙…
「…ぶっ…」
「…おばさん?」
「わ、わりっ」
思わず噴き出した虎徹に射殺さんばかりの鋭い視線を浴びせてため息を吐き出す。そして自分の体を見下ろすと腰のあたりに手を当てた。
「…寸胴…ですか…」
「あぁ〜…そうねぇ…」
「くびれがないもんね?」
「・・・」
「キッドちゃん…あまり素直に言い過ぎちゃダメよ?」
「うん?」
何気に呟かれたのだろうけれど…むしろ的を得過ぎてバーナビーの心をズタズタに引き裂いている。無意識故の結果だが…余計に性質がわるかった。女子3人(?)組の分析が終わるとキースが何か思いついたように手を打つ。
「スカートを履いたらいいんじゃないかな?」
「は?」
「いきなり何を言いだしてんだ?」
「ほら、すぐ近くに膨らんだものがあると絞まって見えるだろう?」
「あ、なるほど。」
「ん〜…あたしは反対ねぇ」
「むむ?どうしてだい?ネイサン」
「だって元ハンサムは足技が得意なのよ?ヒーロースーツじゃない時でも戦うことだってあるんだから…それこそ破廉恥な事になるじゃない」
「…うむ…それもそうだな」
「あ、じゃあショートパンツがいいんじゃない?タイガーの試着の時にあったやつ」
「そうね…ブーツだし、美脚っぽいし。出すべきなんじゃない?絶対領域」
「それから…そうねぇ…そのサイズだったらスポーツブラの方が良さそうね」
「え?ちゃんとしたカップのがいいんじゃないの?」
「無理に寄せて上げても脇下とか擦れちゃうし…余計痛いでしょうからね」
「なぁるほどぉ」
なにやら盛り上がりを見せる女子組にうっすらと嫌な予感を感じ取る。ちらり…と虎徹を盗み見ればあまり良い印象を受けない笑みを浮かべていた。
「良かったなぁ?バニーちゃん」
「…何がですか…?」
「ちゃあんと服を選んでくれるってさ」
「……・・・!」
何の事を言っているんだ…と悩みかけたが…その答えはネイサンが携帯を取り出して颯爽と電話をかけ始めた事で解決してしまった。
「頑張ってバニーちゃん?」
「〜〜〜〜〜っ」
横でニヤニヤと笑う虎徹こと『おばさん』の追い討ちで…自分の身にこの後何が起こるのか察してしまったバーナビーは全身の血を引かせて絶句してしまったのだった。
* * * * *
「あらぁ…こっちも似合うじゃなぁい」
「ね、ね!こっちのレースもいいんじゃないかな?」
「あらホント。」
予想通り…女子組によるバーナビーの着せ替え大会が開催してしまった。ただし、今回は、前回の虎徹の時と違って最初からカリーナとホァンが同じ室内にいる上、虎徹まで入っている。
「ねぇ、ガーターとか入れても良くない?」
「いいわねぇ。タイガーちゃんがむっちり体型に清楚な服装してるから真逆にしてみたらいいかも…」
「んーということはぁ…スレンダー…の?」
「セクシー系ってことじゃない?」
「セクシィ系!?」
「有じゃなぁい?だってこの体型でプリティ目指したら幼くなっちゃうわよ」
どうもただ単に服を決めるだけではなく…服装の傾向までプロデュースしてくれるらしい。ありがたいような…迷惑なような…複雑な胸の内を一切打ち明けずに黙ってただただ早く終わる事だけを祈った。
「…ブーツ…ヒールだったらよかったのに」
「いいのよ、コンバットタイプで。あまりセクシーすぎると『誰か』さんみたいな『女王様』になっちゃうでしょ?」
「…なるほど…」
「…好きで着てるんじゃないもん…」
「分かってるわよぉ。ただこの金髪美女にさせたら『歩く卑猥物』になっちゃうからね」
ずばっと気持ちいいほどの言葉の切れ味に思わず眉間へ皺を寄せてしまいそうになる。そこに指を当てて揉み込む事でなんとか隠していると、すぐ近くで笑い声が漏れた。誰…なんて分かり切っている…最初の犠牲者だった虎徹だ。
「…ぷふ…卑猥物だって…」
「後で覚えておいてくださいよ?おばさん」
「やなこった。」
軽口を叩いている間にも数あるアイテムの中からネイサンがあれこれと選び抜いていく。選ばれたアイテムを手渡されたバーナビーの方ももう慣れたもので…ちゃくちゃくと着替えて行った。
「うん…そうねぇ…ホットパンツにして無骨なくらい太いベルトを巻いて…ジャケットはボレロタイプ…インナーは黒のまま…」
「「…ほぉほぉ…」」
「ほら。ウェストが締まって見えるでしょ?」
「おぉ〜…すっごーい!」
「色の効果って絶大ねぇ…」
完成図をお披露目、とばかりに少し離れた所に立たされたバーナビーの顔はやはりむっすりとしてはいるが…服装はさすが、と舌を巻くほどに似合っている。
上半身の…寸胴…とか…ちっぱい…とかを玉砕出来るほどに、すらりと長く伸びた足がとても魅力的だった。
「うん…しっかり筋肉がついてるけど…女性だからかしら…ムキムキってイメージはないわね」
「色白だからかも」
「あぁ〜…そうかもねぇ…」
ようやく解放される…と思ったが…甘かったようだ。完成試写会…といわんばかりに観賞が開始されてしまう。人に見られる事は慣れてはいるものの…さすがに足ばかり見つめられるのは…さすがのバーナビーでも落ち着かなかった。
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