「うわぁ…すっご〜い…」
「ほんと〜?もう頑張っちゃった甲斐があったわぁん」
「「・・・・・」」

 骨格の厳つい巨乳な『ブルーローズ』と申し訳なさそうな表情の『ドラゴンキッド』を目の前に一人の少女が目を輝かせていた。
 イベント開始直後の舞台挨拶をする『クイーンレッド』の後ろに控えていただけで済んだ二人は舞台から降りるなりオネダリ上手な少女に捕まってしまった。『徹子』としては控室に引っ込むなり、会場の隅っこに寄って気配を隠していたかったのだが。隣に立つ『ドラゴンキッド』姿のイワンも微妙な表情だ。きっと真っ直ぐに見上げてくる琥珀の瞳に戸惑っているのだろう。

「あぁ〜あぁ…カメラ持って来てたら良かったぁ」
「(いや、持ってなくて良かったよ)」
「あら、写真が欲しいんだったらあたしのデータあげるわよ?」
「なッ!?」
「ホント!?!」
「あったり前じゃなぁい。他でもない『メイプル』ちゃんなんだから」
「やったぁ!お願いしまぁす」
「〜〜〜ッ」

 『クイーン』の提案にぱぁっと顔を輝かせた少女こと『メイプル』こと、楓の嬉しそうな顔に『徹子』は黙り込むしかなかった。そんな姿を見上げたイワンが憐れみの瞳を向けている。

「それじゃ、『徹子』ちゃん。『メイプル』ちゃんの為に何枚か撮りましょうねぇ〜?」
「…『メイプル』の為ってかあんたの楽しみの為じゃねぇの…?」
「ん〜…違うとは言い切れないわね」
「開き直りやがったか…」
「『徹子』殿!ファイト!」
「ファイトて………っつか…お前…その手の物は…」

 半ば引き摺られながら移動する中にイワンが下手なりの慰めを言ってくれる。けれど、ガッツポーズを決めるその手にどこから取り出したのか……一眼レフカメラが握られていた。思わず半目になって突っ込んでみると照れたような笑みが浮かべられる。

「こんなチャンス滅多とないので納めさせていただこうと…」
「納めなくていいっつの」
「いえいえ、目で見て記憶するだけでは足りませんし、こんなおいし…んんっ…珍しい現場は押さえておかないと」
「…あ〜…あ〜…もぉ、好きにしろぉい…」

 明らかに興奮気味なイワンの様子に『徹子』は白旗を振った。

「楽しそうだね?私も混ぜてくれるかな?」
「お。」
「…あ…」
「あらぁ」
「あ、お久しぶりでーす」

 適度にスペースの開いた場所まで引き摺られた『徹子』は腹を括ってヒーロー業の名残であるサービス精神で笑みを浮かべた。……ところに一人参入してきた男がいる。首からカメラをぶら下げ紙袋を携えた『オタク男子』さながらの風体になっているキースだ。

「よぉ。やっぱ来てたのか」
「あぁ、実は……君の着ているその衣装を着る予定だったんだよ」
「はぇ?これを??」
「そうなの。この子にって準備してたらサイズが合わなかったのよねぇ」
「夏のイベントで皆が楽しそうなので羨ましくてね?初めの一歩として立候補していたんだよ」
「だからってこの衣装を……お前もチャレンジャーだな…」
「…キースさんが『ブルーローズ』?」
「の、予定だった、のだよ。けれど……君の方が断然似合っているね」
「ハハハー…アリガトヨ。」

 屈託のない笑みで首を傾げた楓に説明をしているキースに『徹子』は苦笑いしっぱなしだった。

「ほらぁ…いつまでもそんな顔してないでビシッと決めなさぁい?ビシッと」
「あいよぉ〜…」

 逆らえばぶちゅっと唇を奪われそうな距離で両頬を包み込まれてマッサージでもするように揉みこまれる。何事も開き直りが肝心、とばかりに一つため息を零すとブルーローズ定番の完全ホールドを決めた。



掲示板:おまいら冬の祭典を実況しやがれ>>
−サブイベのスタッフ マジ勇者www
−またかwww
−今度は何事?
−青薔薇たんポーズを完璧にやってのけた(゜-^*)σ
−その周りでhshsしてる赤女王がヤバシ(´ρ`)
−龍子たんもなーwww
−爽やかメン混ざってるしwww
−青薔薇たんがノリノリで気になるwwwww
−龍子たんに交代中(*^-^)/\(^-^*)
−実況ktkr
−苦戦してるくさい
−歌舞伎ぽwwwww
−ぎこちなさすぎだろ龍子よwwwww
−折り紙コスのが良かったかもなーwww
−青薔薇たんが指導に入ったwwww
−何者?>青薔薇たん
−赤女王が連れてきたらしい
−さっきの黒髪OLか
−゚(∀) ゚ エッ?
−エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?
−( ; ゚д)ザワ(;゚д゚;)ザワ(д゚; )
−(ーー;).。oO(想像中)
−【審議中】 ( ´・ω) (´・ω・) (・ω・`) (ω・` )
−(ヾノ・∀・`)ナイナイ
−(ヾノ・ω・`)ムリムリ
−青薔薇たんはどうみてもメンズ
−コスメマジック万歳とか
−骨格が超男子
−でも腰細(゚ー゚*)。・:*:・ポワァァン
−美脚・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・ポワァァァン・・・
−女の敵゛(`ヘ´#)
−二人は英雄☆パートktkr
−百合乙
−やさい乙
−龍子の照れがぎざかわゆす(*´ェ`*)ポッ
−ノリの良い青薔薇たんギガントもゆ(〃ω〃)
−龍薔薇有だな
−薔薇龍ぢゃね?
−どっちもぷまい(゚∀゚)アヒャ






「(相変わらずだなぁ…)」

 イベントも終了時間が差し迫ってきた頃。スペースの中で梱包に移り始めた『マダム』はちらりと覗いた掲示板を見てため息を吐き出していた。
 本物嗜好な『マダム』……いや、バーナビーにとってコススペースというのは全く興味のない場所である。自分が発行したペラい本を買いに来るお嬢さん方の中でも、今日は虎コスに挑戦するんだ、と話しているのを小耳に挟んでいた。会計をしながらちらりと確認して己の愛する『虎』とかけ離れた容姿に、…ふ…、と重いため息を漏らしてしまう。
 もちろん、コス自体は嫌いではなく、楽しむ彼女達を温かく見守る気ではあるのだが。理想が『張本人』なだけに基準が高過ぎるのだ。

「すいません、ただいま戻りましたぁ」
「あ、おかえりなさい」
「おかえりなぁい!」

 人の波も出口に流れ始めた頃、コスフロアに送り出した売り子が戻って来た。何やら人がすごくて入場規制まで掛かってしまったらしく、連絡を受けた時彼女は列に並んでいたのだという。むしろコスイベントの方に人が流れがちになっていた為か、人が来るのもまばらになり大行列を成すまでもいかなかった。ので、満遍なくお客が来る状態になり一際忙しい、という感覚は全くないまま終わっていったのだ。
 そんな理由も手伝って、売り子の女の子にはそのまま並んでちゃんと楽しんで来るように伝え、『マダム』を含めた残りのメンバーで今日一日対応してしまった。

「ね、ね、どうだった?生のクイーンレッドは」
「ん、なんかね、なんかね!おしゃれ番長みたいな人だった」
「「へぇ〜」」

 ほとんど搬入した本は売れてしまったので片づけるものも少なく、売上も小まめに計算していた為に誤差はなかった。その為に、己の分担した仕事を片付けたメンバーから帰ってきた売り子の話の輪に混ざっていく。

「でねでね!女連れとか掲示板に書かれてたけど…やっぱりメンズ狩してらしたのっ」
「ホントに!?」
「どんなメンズだった!?やっぱりマッチョ系??」
「写真は!?写メとか撮ってないの??!」
「ちゃぁんと撮ってきたよ〜」

 じゃじゃ〜ん!と大げさな効果音を付けながら彼女が取り出したのはコンパクトカメラ。最近のデジカメは一昔前の一眼を凌駕するほどの性能にあがってきているので、彼女としてはコンパクトカメラでも大満足のようだ。

「これ〜。」
「やだうっそ!超カッコ可愛いじゃないっ!」
「あ〜ん…生で拝みたかったぁ〜」
「でしょ〜!もうさっすがクイーンのお手付きってだけあってサービス精神も満点でね〜」
「え!?何このショット!?!」
「合成じゃないわよね?!」
「もっちろ〜ん!身長差なんて頭一個は余裕でありそうなのにひょおいよ!ひょおいっ!」

 再生画面を輪になって取り囲む彼女達のテンションはますますヒートアップしていく。
 こうなると興味がなくても気になってしまうのが人間というものだ。

「『マダム』、見てみませんか?」
「…え?」
「『クイーン』は写真NGって言ってたけど顔半分隠して一緒に撮ってくれたんです」
「それは…また…心の広い方ですね…」

 うずうずとする内心を見抜かれたのかと一瞬焦ってしまったが、純粋に勧めてくれていたようだ。片付けも残すは机の上のみになったのでごくごく自然に輪の中へと加わった。

「ちょっと画面が小さくて見にくいかもですけど…」

 そう言って見せてくれたのはモニタいっぱいに映る彼女と他3人の男性だった。いや……男性、という表現は可笑しいかもしれない。何せ、3人の内二人は女装をしているし、顔を半分手で隠している1人はパッと見ただけで判断の付く『オネェ属性』の人間だ。売り子の彼女を真ん中に3人が満面の笑みで取り囲んでいるのだが、画面両端にちゃっかり写り込む二人分のピースサインも非常に楽しげだ。
 画像を覗きこんだバーナビーは一度軽く流し見る様にして見て、はた、と止まると食い入る様に凝視した。

「…こ…れ…」
「すごいでしょう?『マダム』!男の人なのにこの腰の細さと綺麗な足のライン!胸は『クイーン』お手製の似非乳らしいんですけど…なんだか馴染んでてびっくりするのなんの」
「『マダム』?」
「え?…あぁ…ごめんなさい…あまりに似合っていたので…」
「ですよねー!」
「…ふふふ…」

 花を飛び散らさんばかりのハイテンションでコスゾーンでの話をしている彼女を余所にバーナビーは軽く恍惚状態に入っていた。今しがた見せてもらった画像を頭の中に何度も再生して焼き付ける。

「(…コスプレもありだな…)」

 ちなみに同じ画像ではないが…本日のコススタッフはもれなくイベント告知ページに掲載されることになっている。なのでコスイベントでこのメンバーに合わなかったメンバー……『部長』と『部下』、『ロゼ』はこの数時間後に椅子から転げ落ちたり絶叫したりとすることになったのだ。
 某『兄』は見た瞬間……違和感がなさ過ぎてキモイ…と言っていたらしい。それから『張子の龍』の売り子はとても羨ましそうにしていたそうだ。

「あ〜…楽しかった♪」
「…パパは超ぐったりしてますがね…」

 ハコバンの中、仲良し家族は今日一日を存分に楽しんだ娘のテンションにほっこりしていた。とはいえ、後部座席に座る『徹子』は未だに窮屈な思いを強いられたままだ。背凭れにぐったりと凭れかかり履きなれない靴を早々に脱ぎ捨てている。
 そんな『徹子』を助手席から振り返る楓は小さく首を傾げた。

「そんなに?」
「んー…慣れないものだらけの状況は…パパにゃ厳しいよ…」
「ふーん」

 家から履いてきたローヒールの靴に比べ、ブルーローズはピンヒールを着用している為にバランスを取るべく普段使わないような筋肉を酷使してしまっていた。
 これは明日間違いなく筋肉痛だな……と小さくため息を吐き出していると、未だに興奮冷めやらぬ楓が楽しそうに話し始める。

「あのね、村正おじさん」
「ん?」
「実はね、今度のイベントで、間に会えば…って言われたんだけど…コスデビューすることにしたの」
「なにぃ!?」

 すっかり抜けがらになっていたはずの『徹子』が勢いよく飛び起きた。

「パ、パ、パパは許しませんからねぇ!?あんな破廉恥な衣装!!」
「えー?破廉恥じゃないよ」
「どう見ても破廉恥だろ!胸元も背中もがっつり開いてるし、足だって!」

 肌色タイツがあるとはいえ、うら若き乙女である娘がするような格好じゃありません、と必死に良い連ねる『徹子』を座席越しに見つめていた楓は、ぽむ、と手を打つ。

「…ストップ、お父さん。勘違いしてる」
「はぇ??」
「あたしがするのは…『ワイルドタイガー』だからね」
「…わいるど…タイガー?」
「そ!」

 訂正を入れて出して来られた名前に目が点になる。そんな父(中身)の様子を余所に楓は楽しげに語り始めた。

「確かにブルーローズさんみたいな綺麗で大人な衣装とか憧れるけどね?
 ドラゴンキッドみたいな動きやすくて異国風なのも憧れるし
 ポーズとかだと折紙サイクロンなんて楽しそうかな」
「…お、ぅ…」
「スカイハイもロングコートで格好いいなって思うよ
 ファイヤーエンブレムとかロックバイソンは…出来ないからちょっと残念かな」

 娘の口から語られる憧れや希望を唖然と聞き続ける。ただただ楽しげな横顔を見ていると、ちょっと照れたような笑みに変わった。

「でもね?一番好きなのは、『ワイルドタイガー』だもん」
「!」
「だから、初めてのコスは『ワイルドタイガー』!絶対譲らないんだから!」
「か…かえでぇ〜!」
「運転手の横で暴れるな。」
「あうぅ…」

 余りの感激に楓を抱きしめようとしたのだが、横からにゅっと伸びてきた逞しい手に顔面を押さえられて出来なかった。ちょっと残念な気分に浸りながら大人しく座り直す。ついでに一つ提案を思い付いた。

「あ、じゃあパパがバーナビーする!」
「だぁめ。」
「えぇ!?」
「先約が入ってまぁす」
「えぇ〜…兄ちゃんとか?」
「そんなわけないだろう」
「すかい…じゃなかった…キースさんだよ」
「キースぅ?」
「一度ワイルドタイガーを堂々とお姫様抱っこしたかったんだ、って」
「…嫌がらせかあの野郎」

 脳裏に屈託なく笑う青年を浮かべて毒づいてしまう。『徹子』…いや、『ワイルドタイガー』としてはお姫様抱っこは事故以外の何でもないのだ。それを「したかった」と言われるとなんだか無性に腹が立つ。口を尖らせつつも、楓が楽しいならそれが一番……と割り切ることにした。

「えー…じゃあ…どうしようかな…」
「『徹子』さんは衣装あるから心配ないじゃない」
「へ?」
「ブルーローズ!またしてくれるでしょ?」
「どえぇ!?」
「イワンさんもドラゴンキッドで参加してくれるって言ってたし」
「いやいやいや!もうブルーローズになるのは勘弁!」
「えー…じゃあ、いいよ?キースさんとイワンさんとで楽しんでくるから。お父さんは村正おじさんと店番ね?」
「そ、そ、そ…ッ!」
「二つに一つだ。選べ、虎徹」
「うぅぅぅううぅうぅぅぅ〜〜〜…」

 『徹子』、もとい、虎徹の葛藤は自宅に帰ってからも続いたそうだ。


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