シュテルンビルドには冬になると、一部の市民がこぞって集まるイベント会場がある。春夏秋冬一度ずつ開催される大イベントがあるからだ。それも表だって大々的に宣伝されるようなイベントではなく…特殊な嗜好の持ち主が集まる『同人誌即売会』だ。
 近年では、同人誌のみではなく、フィギュアやグッズ、アクセサリーなど冊子にのみこだわらず、様々な表現を持って普段は隠し持っている『腐』と言われる欲望を満たしている。それ故に出店側も数多く、一日ではすべて見て回ることは叶わないだろう。

 そんな会場の一角。壁際のスペースで1人の女性が仁王立ちになっていた。
 黒のレザージャケットに膝丈のパンツにはベルトが何本か巻きつけられている。足はクモの巣を模した柄のタイツを履き、ミドルブーツを合わせてあった。くるくると緩やかなウェーブを描く髪はきりりと纏め上げられ、トップにポンパドールが作られている。化粧を施された顔も、目の周りにペーパータトゥーらしき模様が描き込まれていてアイパッチのようだ。
 普段の彼女を見てこの姿を見ても、果たして同じ人物であると気づけるかどうか……

「ふむ…さすがに会場内の熱気ったらないわね」

 いつもの姿からは全く想像できない格好をしているアニエス、こと『部長』はパンフレット片手に会場を見回した。ヒーローTVの視聴率がすこぶる良いように、目の前に広がるヒーロージャンルのお嬢様方も活気に満ちあふれている。ちらりと見たガラスが余りの熱気に曇っているほどだ。
 この会場から一歩出れば外は雪もちらつく冬真っ盛り。少しは暖房も入って入るだろうけれど、この差はすごいの一言だ。

「部長〜…ただいまで〜す」

 会場の地図とパンフレットのサークルカットを見比べていると、目の前の通路からよろよろと台車を押しながら一人の女性が近寄って来た。
 片方のサイドで纏めた髪は、アニエスのようにふわふわと弧を描いており、纏めた部分に大輪の華を模したコサージュが付けられている。詰め襟のボレロは袖が大きく開く姫袖の形をしており、レースのアームカバーが手の甲まで覆っていた。胸元が開いたコルセットタイプのビスチェの下からは黒のレースと濃紫のオーガンジーを重ねたロングスカートがふわりと広がり、足元はヒールの太い厚底のパンプスだ。彼女もアニエスと同じく……普段の姿からは全く結びつかない格好をしているが、メアリーに違いなかった。
 今回も夏の祭典時同様、印刷所からの直接搬入分が運ばれていなかったので自主的に取りに行っていたのだ。今回は去年一年と、今年の春までに発行した本の再録本を発行しており、加筆修正に加え、描き下ろしも掲載しているので一冊の本がかなりの厚さになっている。その為、箱の大きさがかなり大型になっていた。

「御苦労様。さ、作業にかかるわよ」

 台車をスペースの中に押し込むとさっそく箱を開封する。机の上に何冊か並べると、カバンの中から大型の封筒を取り出し一冊ずつ詰め込みだした。

「…それにしても…今回は再録本だからそんなに数はないと思ってたんだけど…」
「いえいえ、甘いですよ、部長」

 『部長』が詰め込み終わった封筒を受け取り、蓋を閉じていきながらメアリー…こと『部下』は鼻息荒く反論を開始する。

「たとえ再録本であろうと、描き下ろしがある時点で新刊と変わらないんですよ」
「…そ…そぉ?」
「しかも内容が久しぶりにスカイ節満載の甘々いちゃいちゃ。ぷまいです、部長!」
「…そう…ね…喜んでもらえるならいいか…」
「それに…今回は…ねぇ…」
「ん?」
「ほら…マーべリック事件ですよ…」

 それはつい最近に起きた事……絶大な支持を得ていたマーべリックによる大事件だ。犯罪者に仕立てられたワイルドタイガー、こと、虎徹の活躍によりマーべリック逮捕にまで漕ぎ着けた。しかしその直後、ワイルドタイガーが引退発表。すっかり下火になるかと思われたタイガー絡みのCPだが……

「タイガーの素顔が公になっちゃったし…なにより…『あれ』がねぇ…」
「え?何かあったかしら?」
「タイガーのプライベート暴露話ですよ」
「あぁ、卵焼きね」
「あんなの聞かされたら…
 朝食を一緒に採ってるのかなぁ〜?とか…
 朝一緒に過ごすってことはお泊りしたんじゃ…とか…
 もしかして…前の晩にはあんなこんなそんな??…なぁんて!
 妄想広がりまくりですって!」
「えぇ、その辺は私も思った」
「でしょ!だ・か・ら!今までヒーロージャンルとか空虎に興味なかった人がずぼっと嵌まって買い漁らなくっちゃ!…ってなった所にこの再録本ですよ」
「あ〜…タイミングばっちりってこと?」
「はい!常連さん以外の通販がめきめき増えてます」

 何を隠そう……『部下』はこのサークルのサイト運営を受け持っている。そのサイトで通販も受け付けていて、今詰め込んでいるのが今回の通販希望者へ発送する分。自宅で封筒や宛名、令状の準備をすべて終わらせて会場内で空き時間を見つけて梱包しているのだ。

「おはようございまーす」
「はいはーい?あら」

 二人して座り込み次々に梱包をしていたら挨拶が聞こえてきた。黙々と作業していた手を止めて振り返れば…くるん…と綺麗な円を描くツーテールに薔薇の模様が入ったベルベットのロリータドレス。同じ布で作ったミニハットにはぐるりと一周小さい薔薇のコサージュが並んでいる。
 これほど薔薇尽くしになっても違和感のない人物など一人しかいない……

「『ロゼ』じゃない。今回も参加してたのね」

 『ロゼ』と呼ばれた彼女は仕事でも必ず顔を合わせるブルーローズ……ことカリーナだ。もともとオンリーイベントのみの参加だったが、今年の夏からこの大イベントにも参加することにしたらしい。

「はい。とはいえ…今回は島の端っこですけど…」

 そう言ってちらりと見たのは少し離れた位置にある島の端を見ると、彼女の友達だろう、スペースの設置及び飾り付けを開始していた。前回のように壁際ではない、とは言うが……その場所は間違いなく大手扱いであり、大差はない。

「このところ…ローズとタイガーの接触が全くなかったからかなぁ…」
「ん〜…関係ないと思いますけどねぇ…」
「そうねぇ…島の端っていっても壁際の向かいだから変わらないわよ」
「そうなんですか」

 オンリーばかりに参加していたのでこれほど大規模な会場の場合の配置目的が未だ掴めていないらしい『ロゼ』に『部長と部下』は肩を竦めてみせた。常連組でもある『部長と部下』の方は島の列に並んでいた頃もあるし、今のように最大手の一角と言われていても、新刊がない在庫ばかりの時は島の端になることがよくある。そんな話を聞いた『ロゼ』も自惚れてたんだ…と気恥しそうな表情になった。

「まぁ…タイガーが抜けてからCPにも少々の影響は出てるけど…『ローズ君』絡みのCPも幅が出てきたものね?」
「え?」
「あぁ…ですねぇ…キッドとのBLとかにょり紙とか…」
「…にょ…にょりがみ…」
「そうそう。最近のローズがやけに攻撃的で格好いいとかって囁かれ始めてて…」
「は…はぁ…」
「タイガーがいなくなった憂さ晴らしだとか言われてますね」
「…へ…へー…」

 ブルーローズでもあるカリーナは顔をひきつらせていた。当事者である本人としては『タイガー一筋』なのだが、逞しい想像力をお持ちのお嬢様方には色々な映り方をしているようだ。
 『憂さ晴らし』というのはあながち間違いではない。せっかく濡れ衣の疑惑も晴れ、事件も解決。今まで通り賑やかなタイガーと一緒にヒーローとして戦っていけるんだ、と思ってた矢先の引退発表。自分の恋を自覚してこれから!という時に。憂さの一つや二つ(実際は100を優に超えるだろうけれど…)晴らしたくもなるというものだ。
 そんな中。『ロゼ』はというと、相変わらず性別逆転の薔薇虎を貫いている。
 ……ぶっちゃけ……

 『引退』?何の話だい??

 という心境だ。所詮は二次製作。妄想の産物。妄想の世界なんだからなんでもありだ。しかも、タイガー引退のショックから徐々に立ち直りつつある彼女は……

 引退したタイガーをローズが養う(囲う)話も美味しいかも。

 ……と、なんとも逞しい妄想力を発揮し始めていた。

「あ、おはようございまーす!」

 そんな面々の所にまた一人新たに合流してきた。
 淡い金髪を華のヘアピンで纏め、チェック柄のワンピースを着ている。衿と袖周りにはふわふわと揺れるボアが使用されており、足元はロングブーツを合わせていて見るからに温かそうだ。

「あ、ホァンちゃん」

 大き目の箱を両手で抱えてきたのは『張子の龍』の売り子、ドラゴンキッドことホァン。ずっと僕っこを貫いていた彼女だが、このところ女の子らしい小物や、服装に目覚めたらしくこういった愛らしい格好をする事が増えていた。けれど、まだ慣れてはいないようであまりじっと見ていると恥ずかしそうに俯いてしまう。
 そんな動作にまた…ほわり…と癒されるのだが……

「あれ?一人ですか?」
「『撫子』は?スペースにいるの?」

 『撫子』というのは女の子に擬態した折紙サイクロン……ことイワンのことだ。ホァンが売り子をしているサークルの執筆者で、毎イベントごとに新刊を発行している大手所だ。

「うん、『撫子』さんは今日、スペースの方には来れないんだ」
「え?珍しいわね…いつも参加してるのに…」
「それがね…イベントのお手伝いに借り出されて…」
「「「イベントぉ???」」」

 ホァンの言葉に三人はますます首を傾げる。今日まで皆勤賞だった『撫子』不在ですら珍しいというのに『イベントの手伝い』という単語まで飛び出した。そんな三人を見上げてホァンは箱を置くと、カリーナの持っているパンフレットを借りて捲り出す。

「え〜と…これ。」
「うん?」
「え…?」
「…はぁ?」

 ホァンが指さしたのは、本日の小イベントのページだ。大きな会場をまるまる貸し切る同人誌即売会のサブイベントとして有名なのは『コスプレイベント』だ。各々自作、もしくはオーダーして購入した衣装に身を包み写真を撮ったり撮られたりする。もちろんそこにも『腐』の属性は浸透していて、『誰それと誰それがこんな絡みしてたら萌〜ッ!』というものを写真に納めているのだ。もちろん、嫌煙する人もいれば、その写真を見てさらなる萌を働かせる人もいる。
 現に、夏のイベントにて『空虎の伝道師が現れた』との情報からカメコに突っ走ったメアリーと突っ走らせたアニエスがここにいる。

 と、まぁ……そんなコスプレゾーンで本日、小規模なイベントがあるようだ。まじまじと広告を見てみると……

『コスプレ男子を応援し隊』

「………え?…どういう事?」
「ん〜…とねぇ…コスプレ人口比で男の人の割合が極端に低いらしくて…」
「あぁ…そうですねぇ…裁縫とかって…どうしても男の人はあまりしませんから…」
「コスプレ男子を盛り上げようって事ね…それで…『撫子』を?」
「うん。『男の娘』代表?って…言ってた」
「「「…あぁ…」」」

 ホァン自身が『男の娘』という意味をイマイチ理解していないらしく、首を傾げつつも話してくれた。一方聞かされた三人はというと、イワンにその手伝いをさせるのは確かに適任ではあるが……擬態能力を使っては意味がないのでは……と一抹の不安が思い浮かぶ。

「あ、そういえば…そこの島にピンバッチ職人がいたよ」
「ホント!?今回も参加してたんだ!」
「新作が幾つかあったみたい。ボクもチャームがすっごい気になってさぁ…」
「…えと…誰の話?」
「え?知らないの?」
「ピンバッチ職人よ?」
「店頭でも人気ありますよ?」
「…う…んん???」

 どうやらカリーナの狩り対象にはなかったようだ。店頭にも並んでいる、と言ってもぴんときていないらしい。

 * * * * *

 そんなメンバーの話題になっている『ピンバッチ職人』のスペースでは、一組の男女の間で少女がせっせと設置作業に勤しんでいる。横に立つ男も女も手伝っているのだが、おもむろに女性の方が深いため息を吐き出した。

「…ないわぁ…」
「もぉ…まだ言ってる」
「さっさと慣れろ」
「いや…こんなの慣れちゃまずいっしょ…」

 ぼやく声に両手を腰について頬を膨らませた少女こと、楓は呆れかえった表情になっている。その隣でやはり呆れた声を上げた男性、村正も黙々と手を動かし続けていた。
 一方……げんなりとした女性は自分の服装を見てまた一つため息を吐き出す。


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