"Men should have courage, and women charm."
『男は度胸、女は愛嬌』



『さぁ〜あ…今日の犯人はぁ…銀行強盗だぁ!現在、中央通りをトラックで暴走中だぞぉ!』

 白昼堂々と行われる犯罪にマリオの実況中継が付け加えられ…一種の喜劇のようだ。もちろん現場の人間である警察も、犯人も…カーチェイスに巻き込まれる一般の人間にとってもそんな楽しいものではないし、命がけの闘争劇を繰り広げているだけである。

『さ〜ぁ…誰が来るかなぁ???…おっとぉ…一番乗りで現れたのは…ファイヤーエンブレムぅ〜!!!スポーツカーに乗って犯行グループのトラックに急接近だぁ!!!』

 暴走するトラックを避けて左右に避ける一般車両の間を紅いスポーツカーが駆け抜ける。運転席でハンドルを握るのは燃えるような紅いヒーロースーツに身を包んだファイヤーエンブレム自身。トラックの斜め後ろに車を乗り付けて片手を滑らかに動かすと生み出した炎でタイヤを焼き切ってしまう。
途端にバランスを崩したトラックが反対車線へと逸れていく。順調に流れる車の流れ目がけて突っ込んでいったトラックは…

『反対車線へと暴走するトラックはぁ…西海岸の猛牛戦車が受け止めるうぅ!』

 ロックバイソンがその体を張って受け止める。しかし、それと同時に犯行グループはトラックから飛び降りて人の多い繁華街へと逃げだした。

『しかしまだ諦めない犯行グループはトラックを乗り捨てて街中に逃走を始めたぁ!こぉれはまずい…市民のみなさんの中に紛れ込まれると確保がしにくくなるぞぉ〜』

 マリオの実況通り、人の多い繁華街に駆けこんだ犯行グループは人を押し、掻き分けて逃走していく。見失わないようにカメラが必死の追跡をする中、2人が道をそれて裏道へと駆け寄った。けれどその行く手を阻むように街灯の上から飛び降りてきたドラゴンキッドが立ちはだかる。

『きたぁ!ドラゴンキッドだぁ!』

 どうにか逃げ果せ様とする2人はドラゴンキッドに対して躊躇もなく引き金を引く。けれども放たれた銃弾はすべて避けられ、突然吹き荒れた風がその手に握る散弾銃を細切れにしてしまった。

『さらにキングオブヒーロー、スカイハイも合流!!丸腰になった2人をドラゴンキッドがあっさり縛り上げてしまったぞぉ…おや?また2人違うルートから逃走を始めたようだぁ!』

 また2人道を反れて駆け抜ける…その行く先にあるのは地下鉄の入り口。地下へもぐられるとカメラの追跡が困難になってしまう。

『お〜っと!ここで駆けつけたのはニューヒーロー、バーナビー・ブルックス・Jrだぁ!バイクに乗って颯爽と登場!』

 路地を抜けて地下鉄の入り口を白いバイクで塞いだのは赤い装甲のヒーロースーツを身に纏ったバーナビーだ。彼の登場に駆け寄っていた犯罪者も思わず足踏みする。

『いつもの…おや?1人だけ??相棒のワイルドタイガーの姿が見えないぞぉ??』

 画面に映し出されたバイクの上ではひょい、と肩を竦めるバーナビーの姿。いつもは横にサイドカーがあって正義の壊し屋、ワイルドタイガーが乗っているのだが…今日はそのサイドカーごと姿が見えない。

『もしや先日の事件で怪我をしたのかぁ?おっとそうこうしている間に別のグループだった4人がまったく違う方向へ向かって猛ダッシュだぁ!行き先は…港かぁ!?』

 尻ごみをした犯行グループの2人をあっさり片付けたバーナビーは顔を上げる。マリオの実況ではあと4人もいるらしい。今片づけた2人を縛り上げて早々に向かわねば…と思っている間にも新たな実況が叫ばれる。

『おっとまずいっ!橋も越えてモーターボートは目の前だ!しかも?…おや?何をしているんだ?何か投げ…て…コレは…ダイナマイトだ!橋を壊して邪魔者を来ないようにしようって算段か!?』

 バイクにまたがりながら近くのビルにある大型モニタを見上げると、橋の上に立つ犯行グループの1人が大きく腕を振り上げて火の点いたダイナマイトを放り投げている。あんなものが爆発したらまず間違いなくあの橋は木端微塵だ。

『やっばーい!橋が爆破されるーッ!!!…お?ダイナマイトが一瞬にして消えた?…となると…おーっといたいたぁ…折り紙サイクロンがしっかり回収。そのまま川に落として…爆破阻止に成功だぁ!』

 橋から少し離れた川辺に座り込む折り紙サイクロンをカメラが映し出す。すると彼は二本指を立ててVサインをして見せた。

『おっとっとぉ?犯行グループはどこに行ったぁ?…んー?…倉庫の影を抜けてぇ…先に見えるのは…やはりモーターボートの停泊場所だぁ!』
「やだ…ホントにこっち来たの?」
「だぁから来るっつっただろうに…」

 犯行グループが走り抜けている倉庫群の中の一つ…扉が開かれたままだった一棟の中に蛍光グリーンの装甲と青い半透明なパーツが小さなモニタの光に照らし出されていた。

「あら、どうしてそんなに自信満々なのよ?あのまま大通りで逃げてたかもしれないじゃない」
「んー…ないない。ロックバイソンとファイヤーエンブレムが確実に阻止するし。この辺の逃走経路っつったら地下鉄かここに限られるからな」
「だからここに来たのね」
「そゆこと。」

 大通りから反れて繁華街を逃走中…との実況を聞いたブルーローズがどこで待機しようかと迷っているところにタイガーがバイクで通りかかった。さすがに人のたくさんいるところで氷を放つわけにはいかず、待機するのに打ってつけのところがある、というタイガーの言葉を聞き入れてバイクの後ろに乗せてもらったわけだが…
 まさか本当に離れた場所にあるこの港に来るとは思っていなかった。
 これが経験の差…というやつだろうか…だったら何故いつもはあんなにドジを踏むのだろう…と考えて…今みたいに状況整理する前に動くからだな…とすぐに答えをはじき出してしまった。

「だいたい、どうしてバーナビーと一緒じゃないのよ?…私がおばさんと二人きりなんて…」
「しょーがねぇだろぉ?一緒に出るつもりが斉藤さんに捕まって微調整させられてたんだから…」
「微調整?…確かにちょっと…形は変わったけど?」
「詰めの甘い部分に気づいたんだとよ…開発者のこだわりってやつかな…俺にゃ理解できねぇけど…」
「…そのあたりは同意してあげる」
「あんがとさん。さて、そろそろお仕事ですよ、歌姫さん?」
「りょーかい。しっかり守ってよね?」
「わーかってるって…」
「それじゃ、また後で。」
「はいは〜い。」

 倉庫の暗がりで話し合っていた二人はバイクのエンジン音と共に二手に分かれた。氷を操り、宙へとすべり出て行くブルーローズの姿を見送ってタイガーは上げていたマスクを下ろす。止めておいたストッパーを蹴り上げるとグリップを握り締め、エンジンをふかせて倉庫の中から飛び出した。

『倉庫群を抜けて…ボートは目の前ッ!このまま逃げ切られるのかぁ!?』

 白熱するマリオの実況が響く中、突然、冷気が広がった。吐く息が一瞬にして白くなったと思えば、一面に氷が張り巡らされる。

『でたぁ〜!!ヒーロー界のスーパーアイドルッ!ブルーローズだぁ!』
「あなたの悪事を完全ホールド!」

 氷で出来たお立ち台の上で銃を両手にびしりと決めるブルーローズ…ボートの浮かぶ水辺はもちろん…倉庫の間にあった道も封鎖してしまっている。完全なる氷の檻が出来上がっていた。しかしまだまだ諦めない逃走者供はブルーローズへ向けて銃を構える。
 ………と…

「ッぅおりゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 怒号の叫び声とともにエンジンの唸る音を立てて蛍光グリーンをアクセントにしたバイクが飛び込んできた。氷の壁を乗り越えて宙を走るバイクはブルーローズが立つお立ち台のすぐ下へと着地した。

「おいこら!滅茶苦茶高いじゃねぇか!」
「何よ!このくらいしないとすぐに逃げられちゃうでしょ!?ちゃんと入ってこれるようにジャンプ台まで作ったんだから感謝しなさいよね!」
「けっ…言ってくれるぜ!!」

 バイクに乗っていたのはもちろんワイルドタイガー。車体を止めるなりお立ち台の上にいるブルーローズに文句を垂れている。

『おぉっと…ここで現れたのは正義の壊し屋ワイルド…タイガー……ん?…ワイルドタイガー???いつもとなんだか格好が違う気がするぞ??』

 実況のマリオが首を傾げるのは仕方がない。いつもの装甲とは形が大幅に変えられている。胸元をすっぽり覆っていた白い装甲はその面積を少なくして、代わりに肋骨を覆うような装甲がつけられ…その形はまるでタイガーのアイマスクのようだ。もちろんそこは今『おばさん』になってしまったタイガーの体のラインを包み隠さず…むしろ強調するように盛り上がっている。黒いアンダースーツで分かりにくいことは分かりにくいが…白い装甲で囲われているのでやはり強調されているようだ。
 メットのデザインはそのまま…腕と足を覆う装甲は少々シャープになったが形は変わっていなかった。

『おや?タイガーについての情報が入ってきましたよ〜
 …何々?…おぉっとこれは…大変な事実が判明…
 ワイルドタイガーは先日捕らえた密輸組織の首謀者に掛けられた薬で女性になってしまったもよう!女体化ってやつだな!
 んん〜ん…御伽噺のような話だが…これは紛れもない事実のようだ…
 何より今の彼…いや彼女か?とにかく…ワイルドタイガーの姿が先日に比べてかなりスマートになっているからね!!!』

 なんとも説得力のない言葉…きっとマリオ自身も信じがたいのだろう…
 その心中…よ〜っく理解出来ます…
 ヒーロー中に苦笑いが広がる中、タイガーは両手の拳同士を打ちつけて気合を入れなおす。

「女だろうが何だろうが…俺は俺!ワイルドに吼えるぜ!!」

 言うなりまっすぐに突進していくワイルドタイガー…やはりその直線的な戦闘スタイルは変わらないのか…と、相手が銃を構えた瞬間ワイヤーが放たれた。そのまま引きずられるのか思いきや、ワイヤーの収納動作に連動してタイガーが宙を舞う。犯人の腕へと飛びつくと肩に手を乗せて飛び越え…

「ッうわぁ!?」

 掴み上げた腕を軸に体を一回転させられて地面へと沈められた。どしゃっという派手な音と顔面から落ちたことで気絶したであろう男を、タイガーはすぐ近くに屈み込んで様子を伺っている。

『おっと…これは…鮮やかな投げ技が繰り出されたぞぉ!』
「…よしよし…沈んだな…」

 頭をつんつん突いてみても何の反応も返ってこないことに頷くと左右から銃を構える音が聞こえた。即座に腕を交差してワイヤーで銃ごと巻き取れば勢い良く腕を左右に開く。そうすれば巻き取られた二人は互いの体へとダイブ…もれなく顔面衝突だ。

「ちょっとタイガー!一人逃げてるわよ!」
「あぁ!?」

 がつんっ…と鈍い音を立てた二人もしっかり気絶してるか確かめているとお立ち台の上からブルーローズの声が聞こえてきた。見上げれば指差しているのでその先へと視線を走らせる。すると氷の張った川の向こうへと逃げるべく、足を氷で滑らせながら必死に走っている男の姿があった。

「ったく…往生際の悪い…」

 すっく…と立ち上がると右腕を構える。

「逃がさねぇぜ!」

 真っ直ぐ犯人に向かって放たれたワイヤーは男を逃がすことなく綺麗に巻きついてくれた。その感触を確かめるようにワイヤーを引っ張るが、その場にとどめるのが精一杯だ。

「…んー…こういう事なんだな…」

 マスクの下で虎徹はため息を吐き出した。

「<少し…戦い方を考えた方がいいね>」
「うん?」

 女になってから初のヒーロースーツを試着している時に斉藤がぽつりと呟いた。スーツの方は当然…というか…さすが…というか…全く違う体形になったにも関わらず、彼は非常に動きやすいスーツを作り上げてくれた。
 伊藤から体型の測量数値を渡されただけだというのに…ここまでフィットしておきながらどこも苦しくない…というのは…虎徹にしては奇跡だと思える。
 そんな彼の口から零れた言葉。なんの脈絡もなく聞こえるその言葉に虎徹は首を傾げた。

「戦い方?」
「<うん…男と女の体の違いっていうのかな…筋力が著しく落ちてる…まぁ…女性の筋肉量は男性の8割程度しかないから仕方ないんだけどね。
 でも、いくら今まで通りに動けていたとしても…今までとは違う。
 そうだな…
 例えば犯罪者と取っ組み合いになんかになったら…どうする?>」
「ん?捻じ伏せる。」
「<そうだね。能力を使っている時ならそれも可能だろう。
 でもね?能力を使っていない時が問題なんだ>」
「…使ってない時…ってことは…普通の時か?」
「<そう。普通の時>」

 能力発動時…つまり…ハンドレットパワーを使用している時…その状態ならばたとえロボット相手だろうと余裕で勝てるだろう。
 しかし…使っていない時…その言葉に虎徹は考え込んだ。斉藤が今教えてくれた…筋肉量がいつもの8割しかない…という事実。それはつまり…

「…押し切られるか…」
「<…そうなるだろうね>」
「…んー…だからって…能力をガンガン使うわけにゃいかんもんなぁ…」
「<5分っていうタイムリミットがあるからね>」
「だよなー…ってことは…言う通り…戦闘スタイルを考えにゃならんのか…」
「<そうだね。だって嫌だろう?>」
「うん?」

 突然問いかけられる言葉に首を傾げる。すると彼はなんてことのない話のようにさらっととんでもないことを言ってのけた。

「<カメラの前で…集団に犯されるとか。>」
「うっわッ!冗談でもやめてくださいよ、斉藤さんッ!」
「<冗談で済めばいいけどね…>」
「むぅ〜…もしかしたら…現実になるかもしれないってことだよな…」
「<うん。>」

 全身に立った鳥肌を宥めるように両手で撫で摩りながらぞくっぞくっと幾度となく湧き上がる寒気と必死に戦っていた。
 しかし言われてみると…今の体でヒーローを続けるのはかなりのハイリスクであることを思い知った。
 ブルーローズやドラゴンキッドならば…たとえ押さえつけられたとしても、相手を凍らせるなり痺れさせるなりといった逃亡手段が可能である。
 けれど…
 体一つで戦うワイルドタイガーにしてみれば…屈辱的な結果しか思い浮かばない。

 …女って…危険過ぎ…

 思わずげっそりとしてしまう。

「<僕が出来ることとして…装甲に補助機能を搭載させる事くらいだ>」
「補助…って…ことは?」
「<生身で男と戦うに足りるだけの力を上乗せしてあげるってこと。>」
「いわゆる…武器ってやつですね。」
「<そういう事。>」
「…でもそれも取っ組み合いになったら意味がない、と…」

 くるっと一周回ってしまった思考に深いため息を吐き出すと斉藤も困ったような笑みを浮かべた。

「…となると接近戦は危ないって事だよな…」
「<だから、ワイヤーを鞭のように使ってみたりとか…>」
「あぁ…なるほど。」
「<後は…一発で沈められるといいけど…>」
「んー…急所を一撃で狙うのはなかなか難しいからなぁ…関節技と投げ技で対応って感じか…」
「<…大変になるね…>」
「あぁ…でも……力がセーブされて壊れるものが少なくなるかな…」

 どこか遠い場所を見つめる虎徹の腕を斉藤は優しく叩いてくれた。



 あれほど気をつけて…と思っていたのに…結局純粋な力勝負になってしまっている。
 現実は難しいなぁ…と苦笑を漏らすとワイヤーのリール部分に左手をかけた。
 ワイヤーの収納を強力に素早く戻す装置を付け足してくれたのも斉藤だ。おかげで新たな攻撃方法を生み出すことに成功している。

「…開発者様様…ってな?」

 にっと笑みを漏らすと位置を調節したリールのボタンに触れて体を僅かに浮かせる。すると巻き戻す動きに従ってタイガーの体がワイヤーを巻きつけた男の方へと飛ばされていった。

「!?」

 均衡していた力が突然なくなり前に倒れそうになるのを踏ん張った男は頭のすぐ後ろに気配を感じた。

「大人しく沈みな?」

 低く告げられた言葉とともに後頭部と首のすぐ下にずしっと重みが乗せられる。

「ッ!」

 前かがみになった男の背に接触する直前、タイガーはリールのボタン操作をしてぶつかる直前に巻き戻す操作をとめた。浮かぶ体…固まったままの男の姿…その頭と首のすぐ下に足を乗せて体重を乗せていく。そうすれば自然と自分の体重を受けた体は支えきれずに地面へと倒れ込んだ。
 痛そうな悲鳴が足の下から響いてくる…けれど、さきほどまでと違って気絶はしなかったらしい。蓑虫状態の男は痛みに蠢いているのか、それとも暴れようというのか…うごうごと動き回っていた。

『今日も事件はヒーローたちによって華麗に解決…っと…
 おやぁ?何やらワイルドタイガーが大騒ぎしているようだぞ?
 現場付近のブルーローズさーん!何があったんですかぁ?』

 タイガーが最後の一人を確保した事でヒーローTVは無事に終了…となるはずだったのだが…中空に飛んでいたカメラが蠢く男の横に腰を下ろしたタイガーを映し出していた。しばらくそうしていたかと思うと大げさに感じるほど身振り手振りで何やら叫んでいるらしい。
 そこから少し離れたところにはお立ち台から下りてきたブルーローズが呆れた顔で立っている。これはぜひともリポートをしてもらおう…とマリオは彼女に話しかけた。


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