「ルルーシュ殿下」
「……はい」
「今回、なんの為に私が一緒にいるのか分かっておられますか?」
「……私の護衛……」
「そうです。約束しましたね?一人で出歩かないと。
護衛を務めるはずの私がいない間に外出されて、その先で何か事件が起きたらどうしますか?もし襲われたらどうしますか?
いくら護身術を教えたとはいえ、相手が素手や刃物を使うような相手なら有効ですが。銃器を持った相手ではなんの役にも立たないのは分かるでしょう?仮にラクシャータが殿下に発信機を渡していたとしても。非公式で来ている今回は、政府や警察の援助を要請する為の手続きに膨大な時間がかかるのです。
またナイトメアも持ってきていない。すぐに駆けつけることは出来ません。分かってますね?」
「……」
「何か起こってからでは、殿下が傷ついてからでは遅いのです。分かってますね?」
「……分かってる……」
「本当に?」
「分かってる」
それは聞いているだけで息の詰まるような話だった。枢木の放つオーラが周辺の空気を凍てつかせているから余計に。座っている彼も俯き加減になったまま微動だにしていない。ふと枢木の視線がラクシャータさんへと向けられた。
「殿下は一度決めるとなんとしてでも実行に移す方ですからね。ラクシャータも苦肉の策で渡したのでしょう?」
「ごめんねぇ?」
「いいです。貴女では殿下を止められそうにないでしょうから。それに無事に帰ってきたのだから今回は処罰なしです」
「ありがとぉ」
「ただし、次はありません」
「はぁい」
次はない、か。学園で見る彼とはまったく違う。これが軍の顔ってことなのかしら?
「では、もう一つお聞きします。」
「……」
「私をこの学園に通うように進めたのはこうして一人で外出する機会を作る為ですか?」
「違う!」
「違うのですか?」
「違う。お前には……年齢相応の生活もして欲しかったから……」
「……分かりました。このことはもうお聞きしません」
「………」
彼が膝に置いた手をぎゅっと握り締めるのが見えた。どうやらこの質問は本当に心外だったらしい。
けれど約束を破ったのならばそう思われても仕方がない。
だからか、必要以上のことは言わずに黙している、そんな雰囲気。無駄に言い訳を並べるよりはずっと潔く見えるけど……下手したら誤解を招く時もあると思う。
けれど、彼の性格をよく知っているのだろう、枢木はあっさりと引いた。あまり表情は変わらなかったけど、本人もあまりこの質問はしたくなかったように見える。
少し近づいて彼の前に膝まづいた。
「……焦る気持ちは分かります。ですが、私も同じ気持ちであることを忘れないでいただきたい」
「……ごめん」
「もう……置いていかないでください」
「……うん」
こくりと頷いた彼の顔をじっとしばらく見つめた後、枢木はふわりとした笑顔に戻った。その表情をみて彼もふっと表情を弛ませる。次いで強張っていた肩から力が抜けたようだった。
ついでに言うなら私の肩からも力が抜けた。雰囲気に飲み込まれて何故だか私まで気を張ってたみたい。
「今度したら陛下とシュナイゼル殿下に報告して首都から一切の外出禁止にしてもらいますからね」
「それは……嫌だ……」
「なら今後一切このようなことのなさらないでください」
「うん、分かった」
ちょっと拗ねたような返事の仕方に少し笑った枢木は彼の右足を見下ろす。そこへ腕を伸ばすとささっと足を椅子の上に抱え込んでしまった。
ん?何してンの?
「……こら」
「……………」
「そんな顔してもダメ」
「ばっバカ!触るな!!」
「罰だよ。ほら、大人しくして」
「さっき説教したじゃないか!」
「それはそれ。これはこれ」
「〜〜〜〜〜〜ッ」
問答無用で右足を掴んだ枢木はすぽっと靴を脱がせると足首を少し回させた。途端に彼は上体を捻って背もたれに縋りつく。声にならない声を上げて。よぉっく見てみるとその足首は真っ赤に腫れていた。
「そんなに痛いのならやせ我慢して立ってないで早く湿布貼るなりすればいいのに」
「うる……さい……ッ!」
「全く……どこで躓いて捻ってきたんだい?」
躓いて……って……まさか!!!
「ごめんなさい!あたしが無理に連れまわしたから!」
「え?……シュタットフェルトさん?」
私が慌てて近くに駆け寄ると枢木がきょとんとした表情で見上げてきた。
あ、こいつ。さては今まで私の存在に気付いてなかったな?
「何故君がここに?」
「……スカウトしてきた」
「へ?」
「ただ私は紅月カレンと聞いた」
「え?……だって彼女、僕と同じクラスのカレン・シュタットフェルトって……」
「……父方の名前だもの」
「じゃあ君も日本人なんだ。それで……何故ここに?」
「君の後任よぉ」
「後任?ってことは……」
「目的達成だ。戦闘能力も申し分ないしな」
「………とりあえず」
「いっつぅ!!!」
「はい、終了。着替えてきて」
丁寧に巻いていった包帯を最後にぎゅっと縛るとわざとらしい笑顔とともに足を開放した。彼はというと恨めしそうに睨みつけるとのそりと立ち上がって部屋から出て行った。その背中に「治るまでズボン禁止ね〜」とか叫んでいる。
……なんじゃそら?首を傾げつつじっと見ているとようやく振り向いてくれた。
「カレン、って呼んでも?」
「……どうぞ……」
「じゃあ、カレン。ルルーシュになんて言われた?というか……何があったのか教えてくれると助かるんだけど」
その顔は苦笑を浮かべてるけど……私はなんとなく分かる。心の中はきっと「何あったか洗いざらい吐いてくれるかな?」ってとこかしら。
……こいつ……そうとう黒いわね……
* * * * *
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
別に何もやましいこともないわけだし、彼と出会ってからここに来るまでのことを事細かに話した。立ち話もなんだから、と言ってリビングに移ってからではあるが。ご丁寧にお茶とお菓子まで出されたのはちょっと驚いたけど。どうやらさっきの彼が好きなので常備しているんだとか。
まぁとにかく、全部話し終えると枢木は深い深〜いため息を吐き出した。ついでに言うとラクシャータさんは大笑いをしている。
……何か変なこと言ったっけ?
「君……変な勧誘に引っかかりやすいだろ」
「失礼な!そんなことないわよ!」
「それにしてもぉ……殿下ってば相変わらず体力ないわねぇ」
「だから合気道を教えたんだ」
「あぁ……ねぇ〜」
ほら。こっちも同じ反応じゃない。というか……ちょっと気になってた事が……
「さっきのズボン禁止って何?」
「今日はまだゆったりめのズボンだけど。殿下は普段体にフィットする服を好んで着るからね。そんなの着てたら包帯替えたりしにくいでしょ?」
「あぁ、裾が捲りにくいものね。」
ん?そう言えば……さっきから単語にひっかかりが……
「あの……」
「うん?」
「殿下……って……あれ、何者?貴族?」
「あらあらぁ……あれ扱い」
「まぁ……貴族っていうのは近いかな」
「貴族にラウンズが付くの?」
「まさかぁ。殿下のお名前は『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』」
「……ブリタニア!?」
「そう。皇族。ちなみに皇女殿下」
「………皇女殿下ぁ!?!」
さらりと告げられたあまりの内容に開いた口がふさがらない。確かに細いだの軟弱だのって思ってたけど…だってあれはどう見ても……おと……
「なんだ、こっちに移動してたのか」
「あ、ごめん、伝えに行くの忘れてた」
「………」
あまりの衝撃に立ち上がった所にさっきまで男だった人間が入ってきた。その姿が現れた瞬間私の口は開いたまま。まさにこれ、同一人物?って感じ。
エスコートされながらこっちに来る姿はさっきとは全く変わってしまっている。
漆黒の髪の長さは腰より少し長いくらい。両サイドを持ち上げ後ろで括ってある。ちょうどシャーリーみたいな髪型。体のラインは女性特有の曲線を描いている。濃紺のワンピースはスクエアネックにパフスリーブの袖、きゅっと括れた腰からふわりと広がる膝丈のロングスカート。裾には控えめな黒のレースが縫いつけられていた。シンプルなデザインなのにどうしてこうも綺麗に着こなせているのかしら?
枢木が引いた椅子に腰掛けると私の視線に気付いたのか、ことん、と愛らしく首を傾げられた。
うっ……なに!?そのさっきまでとのギャップは!!!
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「紅茶。ストレートでいい」
「了解」
内心たじたじの私を他所にほのぼのと会話を繰り広げている。執事のように一礼をすると枢木はキッチンへと向かった。それでも私は立ったまま……
「どうした?カレン」
「……男だと思ってた……」
「当然だろう?男として動いていたのだから」
「……皇女だって」
「あぁ。わざわざ言わなくても本国に帰ったら嫌でも分かるからいいかと思って」
「心の準備ってもんがいるでしょ!?」
私の必死の訴えは「そういうものか?」とまたも不思議そうに首を傾げるだけで終わらされてしまった。
あぁぁあぁあぁああぁあぁぁぁ……どこかずれてるわ。さすがは皇女だとでも言っておこうかしら?
思わず机に突っ伏してしまった前ではお茶を入れてきた枢木とそれをゆったり味わっている皇女、それに相変わらず香料が入った煙管を吹かしているラクシャータさん。とんでもなく穏やかな空間が広がっていた。
この時私は思いもしなかった。
目の前の空間に自分も入り、そうしてとんでもなく長い付き合いをこの三人としていくのだなんて……
* * * * *
ブリタニアの首都ペンドラゴン。そこに自然の象形をほぼ残し、数々の湖と森林を有した皇族が住まう宮殿がある。皇帝が滞在する本宮を中心に点々と離宮が存在していた。12星座にちなんだ名を付けられた離宮の一つアリエス宮はほかの離宮と違い、最も離れた場所にたたずんでいる。
さもありなん。そこに住まうは庶民の出でありながら、騎士、ナイトオブラウンズと地位を上げていき、果ては妃として召されたかの有名なマリアンヌ妃の宮だ。
「殿下ぁ!!」
普段から比較的に賑やかなその宮に朝から怒声が響いた。発した当人はぶつけるべき相手を起こすべく寝室へと猛ダッシュしている。普通ならばそんな不躾な行為は咎められるものだが、この宮では少し違った。どちらかと言うとそれは日常茶飯事の光景で、日によって人物が変わるくらいのもの。なので、その宮に仕える使用人も小さく笑いを漏らしたり呆れた顔をしていたりしている。
そんなことにも気づかず、ブリタニアの一般兵と同じデザインだが、色が濃灰色という珍しい軍服を纏った赤毛の少女は相変わらず廊下を突っ走っている。ロングブーツの踵がカツカツと硬質な音を立てながら目的の部屋まで辿り着くと勢い良く扉を開け放った。
「ルルーシュ殿下ぁ!!!」
その鬼のような形相たるや……彼女のここ1ヶ月ほどの活躍にちなんで囁かれ始めている異名に相応しい表情だ。
……が、その表情が途端にぽかんと間の抜けたものになってしまった。それもそのはず。開け放たれた扉の先にいる目標が普段と違う姿でいるからだ。
「あら、おはよう、カレン」
「は、お、おはようございます、マリアンヌ様」
「扉、閉めてくれる?」
「は、はい」
目標のすぐ傍で座っていたマリアンヌからおっとりと言われ、言われるがままに扉を閉めると、カレンは恐る恐ると言った雰囲気で振り返る。見つめた先にいる目標、ルルーシュがその不躾な視線に一層眉間へ皺を寄せた。
「……言いたい事があれば言えばいいだろう?」
「いや……その……」
「似合わないだろう?」
「全然」
「……即答か……」
「ほら〜。カレンも同じ意見じゃない!」
「……はぁぁぁぁぁぁ」
重たいため息とともに近くのソファへと突っ伏してしまったルルーシュは心の底から嫌だと言わんばかりの態度だ。
彼女はいつも黒を基調としたパンツスタイルを好んで着用している。足首まで届きそうなロングコートに白のスカーフ、濃紫のベスト、黒のロングパンツ。ボタンや装飾は金色を使用して、髪は特になにもせず後ろに流すか緩く一纏めにしている。その彼女が今ふんわりと広がるプリンセスラインのドレスを着ていた。
色が濃紺なのはどうやらマリアンヌの見立てらしい。彼女の好きな色だというのはこちらに来てから数日で良く分かった。
腰の部分でかき集めるようにして大きくドレープの寄ったスカート。腰には紫の薔薇をモチーフにした装飾が付き、スカートの下には紫のシフォンが何枚も重ねられたペチコートが覗く。黒いレースの付いた詰襟の部分にも小さな紫色の薔薇のコサージュがついていて、二の腕までぴったりとした袖の先はふわりと広がる姫袖タイプだ。だが胸元は大きく大胆に開き白い肌を惜しげなくさらされていた。ついでに言うなら背中も。これもマリアンヌの好み。というか、ルルーシュ専用の好み。
この妃曰く、「せっかく綺麗に生まれて育ったのだから存分に活用させないと勿体ないでしょ?」だ。
「母様、髪飾りとアクセサリーを持ってきたのですけれど……」
「あぁ、もう入っても大丈夫よ」
「失礼しまーす」
後に続いた声は最初の声とは違っていた。どうやら二人いるらしい。
扉を開いて入って来たのはルルーシュの妹、ナナリーと、異母妹のユーフェミアだ。二人ともデザインは全く違うが、ピンクを基調としたドレスを纏っている。
「あら?カレンも来てらしたの?」
「あ、はい。ご機嫌麗しく……」
「堅苦しい挨拶はなしですよ?カレンさん」
「は……はい」
この宮にいる人達はどこかおかしい。それはブリタニアに来て数日で気が付いたことだ。他の宮の人間は全て皇族であることを笠に着て見下す態度が主だというのに。エリア11にいる貴族と違うところといえば階級ばかり重んじて人種差別がないといったところくらいだろうか。何故この宮だけおかしいかというと、きっと宮の主であるマリアンヌがそういった方針を取っているからだろう。庶民出なこともあってとても気さくであった。
二人が両手に抱えている小箱を床に広げあれやこれやと選んでいる輪にカレンも入ることになる。いや、入れられることになる。
「このドレスに合うものを選んできたつもりなのですが……」
「いっぱい選んでしまっていっぱい持ってきちゃいましたぁ」
「そうね、色もデザインも似合いそうなものばかりだものね?」
「カレンさん、どれがいいでしょう?」
「え?えー……そうですねぇ……ドレスに所々薔薇が付いてるから同じ薔薇を使った物の方がよいかと……」
「そうね!じゃあまず薔薇を使ったものだけ寄せて……」
「まぁ……それでもこんなにあるのねぇ」
「マリアンヌ様、薔薇の色、紫で合わせた方がいいと思いますぅ!」
「そうね!」
「……それでもかなりの数がありますわね」
「そういえば……髪型とかってどうするか決まってらっしゃいます?」
「そういえばまだだわ」
「一応髪型の参考になる雑誌も持って参りましたわ」
「あら!気が利くわね!」
「わたくし、ルルーシュには絶対アップにしてほしぃんです!」
「私も賛成です!」
「前に一度だけしてたのですけど、ルルーシュったらその日以来絶対してくれないのですもの」
「そうなのよぉ……あれは私も気に入っていたのに……」
「恥ずかしいから嫌だっておっしゃるんです、お姉様」
「勿体無いわぁ……」
「ホント……勿体ないですぅ……」
ふぅ……と三人してため息をついた。そこでようやくカレンは気付く。
「……あの……どうして殿下はドレスを?」
「え?三日後の叙任式の為に決まってるじゃない」
「叙任……式……」
「そうですわ、カレンさんを騎士に任命する叙任式」
「滅多にない正装の場ですもの、お姉様にはちゃんとドレスをお召しになってもらいたいんです」
「そうだったーッ!!!」
ついついアクセサリー類の周りに作られた輪に溶け込んでしまっていたカレンだが、当初の目的を思い出しがばりと立ち上がった。彼女がこの宮に来た本当の理由はルルーシュを飾り立てることではない。ぐるんっと勢い良くルルーシュへ向き直る。
「私、聞いてません!」
「……ふえ?」
「殿下の騎士に任命されただなんて!」
「……言わなかったか?」
「えぇ、これっぽっちも!だから今日キャメロット機関に行ったらラクシャータさん、ロイドさん、セシルさんに言われてびっくりしたんですから!しかも衣装渡されるし!!!」
「あぁ。服のサイズは知っているから当日渡すよりはいいかと思って」
「当日渡すだなんて考えてたんですか!?」
「うん。」
「うん、じゃっなーいっ!!!」
「だってそしたら断れないだろう?」
「断れないですけど!っつか断る気なんかさらっさらないですけど!!」
「でもお前のことだから考えさせてくださいとかいって先延ばしにしようとするだろう?」
「そりゃここに来て2ヶ月弱なのに皇族付きの騎士として叙任式だなんて心の準備ってもんがいりますよ!!」
「それじゃ駄目だ。私は今すぐにでもお前に騎士になってもらいたい」
「膨れても駄目です!そのお言葉は光栄ですけどこっちの心境も少しは考えてくださいよぉ!」
これはいつものことだった。
このルルーシュという人間は、自分でどうでもいいと思ったことはとことん後回しにしてしまうところがある。要はカレンが自分の騎士になってくれたらいいのであって、叙任式自体ルルーシュにとってあまりしたくないものであるからしてこの扱い。慣れてきたとはいえ巻き込まれる側の身にもなって頂きたい。
そもそも『巻き込まれる』のに慣れるのはそう遅くはなかった。
* * * * *
「はい!?」
「だから、戦場に出る。行くぞ」
エリア11からルルーシュと共に本国へ来て、一日と経っていなかっただろう。軍人見習いでアリエス宮のマリアンヌの元へ修行という形を取ってブリタニアに来た彼女は部屋に荷物を運び入れるなりそんなことを言われた。
まだ、入国手続きと入居手続きしかしていないのに戦場へなど……
「え?でも私まだ書類にサインなんて……」
「軍人見習いとはいえ、お前の所属は一応キャメロットだ。書類も手続きもロイドに言っておけばすぐに用意してもらえる。サインなど戻ってからでもすればいい。」
「で……でも……」
伝える事は伝えたとでも言うようにさっさと歩き出してしまうルルーシュの背中を慌てて追いかける。横に並ぶといつもの高飛車な笑みで言葉を続けた。
「アリエス宮に入る為の口実で見習いで修行としているだけで、今お前に必要なのは現場慣れする事と確かな功績だ」
「は、ぁ……」
「それに今回行く戦場はすでに開戦している場所。助っ人として出向く」
「助っ人……」
「つまり今回の行動自体がイレギュラー。多少の承認遅れなど問題にならない」
「そういう……ものでしょうか?」
「あぁ。承認を待ってる間に事態が悪化しては元も子もないだろう?」
「まぁ……そうですけど。身、一つでいいんですか?」
「必要なものは全てラクシャータがアヴァロン艇で用意してくれているよ」
その言葉に偽りはなく、アヴァロンに二人が着くなり離陸した。控え室に向かうとラクシャータからパイロットスーツとマニュアルを手渡される。その横でルルーシュも着替えを渡され、戦場の現状を聞いていた。二人して各々簡易の更衣ボックスに入り着替えを済ませると今度は司令室へと移動する。その移動の間にもカレンはマニュアルを捲り続け、ルルーシュも現状報告のファイルを捲っていた。エレベーターに乗り込んだ所でカレンはちらりと彼女の姿を確認した。黒に金の装飾を施した燕尾のジャケットと白のスカーフに青いピンカフス。ただズボンではなく、タイトスカートとロングブーツになっているのはきっと捻った足が完治していないからスザクとの約束がまだ有効なのだろう。
そのスザクはというとエリア11から本国に帰る際に今から向かう戦場から出撃要請があったので途中で別れたのだ。ランスロットは本国から戦場へロイドが搬入させていると言っていたのであとはパイロットを待つばかりといったところか。
「……なるほど」
「?どうかなさったんですか?」
「スザクが出たのに戦況がひっくり返っていない理由が分かった」
「一体、何が?」
「こちら側の総司令が行方不明なのさ」
「えぇ!?」
「コーネリア姉上だからな。戦場に出ている時に何かしらイレギュラーが起きたのだろう」
「イレギュラー、ですか」
「大方地盤が崩れたか……割れたかしたのだろう。この地域は振動にあまり強くない」
「ですが……通信機とか……」
「エナジーフィラが尽きたか。どこかの割れ目に落ち込んでしまって気絶しているか……」
「ご無事……ですよね?」
「もちろんだ。姉上がこんなところで命を落とすわけがない」
「そう……ですか……」
そっけなく言い返す横顔を憮然とした気持ちでちらりと見たが、書類を持つ指が微かに震えていることに気が付いた。表面ではなんとでも言い繕っているが内心としてはとても心配なのだろう。根はとても優しい女性なのだ。
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