きゅ…

 広い部屋の大きな壁に吊されたカレンダーには赤いバツ印が並んでいた。それは11月頃から開始され、時の感覚を忘れかけていた男によって付けられている。

きゅ…

 今日もまた1つ。
 12月になるとバツ印よりも先に丸印が付いていた。
 そもそもバツ印を付け始めたのもこの丸印の日を忘れない為。これは『彼の誕生日』。誰も祝う事のない『彼の誕生日』は自分にとって何よりも大切で…何せ自分が今のように『生きて』いるのも、生きる為に罰を与えてくれたのも『彼』がいたからだ。
 その彼は…自らの手で死の世界に送ったのだが…

きゅ…

 誰よりも憎んだ時期があった。

 けれども…

 誰よりも愛していたのも事実だった。
 嘘をつかれ、裏切られたと知った時は世界中が暗かった。けれど『彼』は何よりも鮮明で…殺したいと思ってもその鮮明さが失われることはない。きっと…彼こそが唯一の光だったのだ。

きゅ…

 バツ印が丸印の前日まで迫った日、男は遠く、想いを馳せた。



「…はぁ?」
「はぁ?…はないだろ?」
「言いたくもなるだろう?何考えてるんだ。」
「何ってごく単純な事だけど。」

 夕食後に各々入浴を済ませた二人が何をするともなしに並んでベッドに座っていた時だ。ふと前に考えていた事を彼に話したところ、「はぁ?」という返事が返ってきた。
 明日は軍の仕事もなく朝から学校へ通えると言えば、夕飯を一緒にどうかと誘われ、お決まりのコースと言わんばかりにお泊まりにまで発展してしまった。
 彼の部屋のクローゼットにはいつの間にか自分用の引き出しが出来ており、着替えが数セット入っている。学園の向かいにある大学にお世話になっている宿舎があるのだが、上司も上司の助手も口を揃えて「向こう側がいいって言ってるんなら甘えればいい」と言う。事実、他人を自分のテリトリー内に入れるのを極端に嫌う彼が引き出し一個までも提供してくれているのだから、「遠慮なく甘えろ」 ということなのだろう。

 とはいえ、普通の友達同士のお泊まりではないことは絶対に言えない。

 そんな『特別な仲』の彼を背中から両腕で抱き締めつつ話を続ける。

「単なる交換だよ?」
「生徒手帳の交換のどこが単なることなんだ?
「んー…大事なのは交換じゃないんだけど…」
「ますます意味が分からない。順を追って説明しろ。」

 むぅ〜…と唸りながら彼の肩に顎を乗せると、つい今しがたまで膝の上で捲られていた雑誌が脇へと追いやられる。どうやらちゃんと話を聞いてくれるらしい。

「順を追ってって…」
「お前は天然で突飛な発言が多いんだから何を考えているのか分からないんだ。」
「そうかな?」
「そうだ。で?何がしたいんだ?」

 言葉を促すように体重をかけてこられる。ついでに、腰へ回した手にそっと重ねられると観念せざるを得ない。

「笑わないでね?」
「勿体付けてないで…言ってみろ」
「うん…その………お揃いのものが欲しいなぁ…って…」
「………お揃い?」
「うん…お揃い…」
「………」
「………」

 彼のことだから「女々しくないか?」とか言って嫌がられそうだなぁ…と思っていたのだ。だから元からお揃いになるもので交換がしたかった。その結果が『生徒手帳の交換』だったのだ。我ながら乙女な発想だと思いつつも言葉数少なく白状すれば返ってきたのは沈黙。
 やっぱり呆れたか…と内心残念がっていると意外な言葉が続いた。

「例えば?」
「え!?例えば??…え…と…指輪とか…ネックレス…?」
「アクセサリーか?」
「あ、いや。常に持っておけるものがいいな…と…」
「お守りとかは?」
「それでもいいよ。」
「全く同じものか?」
「出来たら…それを見てお互いを思い浮かべられるのがいいな…」
「…なるほどな」
「…何かあるの?」
「あぁ…ちょっと…」

 どうも言葉の内容からこの考えに共感してくれているように聞こえる。首を傾げると腕を解くようにと軽く叩かれた。

「…何?」
「…これなんだ」

 腕を解くと彼が机の引き出しから雑誌の切り抜きを取り出してきた。元の位置に戻ってきたのでさっきのように抱き締めて、肩ごしに切り抜きを覗き込む。
 そこには色とりどりの石が載せられており、石の横に小さく説明書が添えてある。説明文を軽く読んでみるとそれはパワーストーンらしく、名前や石の効力など事細かに書かれていた。けれど、気になったのは別のことだ。

「…ルルーシュ?どうして…切り抜きを?」
「…別に…」
「ルルーシュ?」

 重ねて彼の名を呼べばそっぽ向いてしまう。けれども黒髪の隙間から覗き見える耳は朱色に染まっていた。
 思わず頬が弛む。

「似たようなこと、考えてた?」
「…悪いか…」
「まさか!すっごく嬉しい!」

 心の中を全身で表すように勢いつけて抱きつくと二人してベッドへと倒れ込んでしまった。スプリングが派手な音を立てて二人を受け止めると発せられるはずの怒鳴り声は互いの唇の中へ吸い込まれていった。


「スザクは翡翠だな。」
「翡翠?」
「瞳の色がそっくりだ。」
「そうかな…じゃあルルーシュはアメジストだね。」
「その横の黒耀石でいいんじゃないか?」
「ダーメ。髪の色も好きだけど、直接触れられない瞳の色がいい。」
「どうして触る触れないが基準になっているんだ?」
「だって瞳だけじゃない?口付け出来てないのってさ」
「…お前ッ…」
「ね?いい考えでしょ?」
「〜勝手にしろ」
「うん♪あ、ルルーシュもしてね?」
「…何を?」
「この石にさ。僕だと思って口付けてね」
「誰がするか!」


 あれは確か二人の誕生日の真ん中あたりだった。
 互いの瞳の色にこだわって、直接お店にまで行って選び抜いたのを今でも覚えている。
 彼の誕生日には日付が変わると同時に訪ねた。夢うつつの彼が玄関を開けてくれるのを待っている間に眺めていた石へキスをしていると、タイミングよく現れた彼が顔を真っ赤に染めていたのを思い出して小さく笑う。

 それはほんの2、3年前の事なのにとても懐かしく感じてしまった。

 そっとカレンダーの『5日』に付けた丸印をなぞっていく。

友情も喜びも慈しみも…
絶望も怒りも悲しみも…
そして…愛も…
彼に対して全ての感情を持ったと断言出来る。

 それに彼は…
親友で、家族で、恋人で、伴侶でありながら
たった一人の敵だった。

 そう。
彼は『全て』だった。
自分が『生きる為の全て』だったのだ。

 だから。
彼がいなくなった今でも想い続ける。

『この世に生まれてくれてありがとう』

 もう片方の手に握り締めた小さな紫色の石をゆっくりと口元まで運んでくると、石に向けてふわりと微笑みかけて口付けを落とした。

「ハッピーバースデー、ルルーシュ。」







「…ありがとう、スザク」

 呟いた男の手の平では翡翠が光を受けて輝いていた。


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