「スザク、何、考えてる?」
「何、って、君のことだけど。」
「いや、そうじゃなくて…や、そうなのか…いや、でも…」
「…大丈夫?」
「それを聞くくらいなら今の状況をなんとかしてくれ。」
前にもこんなことがあった気がする。頭の隅でそう考えながらもどう対処していいのやら、まったく分からないままだ。
―何がどうなってこうなった?
背中に変な汗をかきながらルルーシュはただ目の前の男を凝視していた。なんの効果もないだろうが、体の前で両手を挙げ僅かな空間を確保しておく。でないと、壁と目の前の男、スザクに挟まれてしまう気がしてならない。
それは放課後の出来事だった。
いつも通り、生徒会室に向かう途中にスザクが遅いながら登校してきた。今日の授業のノートを見せてほしい、だの、体育は何をやった、だの。他愛もない会話をしながら二人、廊下を歩いていた。生徒は各自の所属する部活動に励んでいて人気はまるでない。遠くに人の声を聞きながら交わされる会話。その合間で互いに笑い合った。
多分その直後。
スザクの手が頬に触れ、顎を捉えた。何事かと瞬いている内に唇が重ねられ、壁とスザクの間に閉じ込められてしまったのだ。
「なんとかって…なんで?」
「なんで?って聞くか?普通。」
「え?だって、嫌?」
「嫌??」
質問を質問で返すようなやり取りが延々続くように思えたが、最後に重ねられた、質問にルルーシュは考え込んでしまった。
「ルルーシュはいつも感情より思考を優先させるよね?でもたまには感情を優先させてよ」
「…感情…を?」
「うん。今の状態は嫌?」
―今の状態…
背には壁、目の前にはスザク。その間に挟まれている。スザクの両手が左右の壁に付いていて、ある種の檻のように感じる。
それで、この状態は嫌かどうか。
端的に考えれば…
「…嫌じゃない…」
「良かった」
素直に答えるとスザクがとても嬉しそうに笑った。なんだかこっちまで嬉しいような感覚に陥る。
「じゃ、僕のことは嫌い?」
「嫌いじゃない」
「あ、即答してくれるんだ」
「即答じゃまずいのか?」
「いや、全然」
慌てて言い繕うと少し呆れたようなため息が零され、ふいと顔を背けられた。
「スザクのことは、嫌いだなんて微塵も思っていない。むしろ、好きだし、いとおしいと…」
ルルーシュの言葉がぷつりて切れる。そして何かに気付いたようで途端に顔を真っ赤に染めた。
「僕のこと、いとおしい?」
「うっ…」
ここぞとばかりに聞けば後退りしたいような体勢になる。けれど壁に阻まれその距離に変化はない。代わりにスザクがじりっと寄ってきた。ルルーシュを刺激しないよう、暴れ出したりしないように慎重に。
「前にも言ったけど、俺はルルーシュを愛してる。男とかそんなの関係なく。」
「スザク…」
真剣な色を帯びていく瞳に飲み込まれたように体が動かない。
「この気持ちは七年前からずっと存在してる。今も変わらない。」
壁についた手をルルーシュの頬に滑らせた。その肌のきめ細かさにうっとりと瞳を眇る。
「俺の恋人になって?」
微笑みながらそんな風に聞いてきた。
「…ぁ…」
声を出すことが出来なかった。ルルーシュの心は歓喜に色付き、今にもスザクに抱きつきそうだ。なのに、それを引き止める声がある。
『ゼロ』としてのルルーシュ。
目の前にいる『男』は、戦場に行けば敵として立ちはだかる存在だ。
それでも、『ルルーシュ』を求めてくれる存在。いとおしいと思う存在であることに代わりはない。何度黒の騎士団に入ってくれたら、と考えたか分からない。
「…ちゅっ…」
「ッぅわ?!」
突然濡れた音が耳に届いたと共に目尻へ柔らかい感触が広がる。我に返ってその場所に手を当てると不機嫌そうな表情をしたスザクと目が合った。
「また感情を押しやってるでしょ?」
「あ…いや…その…」
狼狽えているとスザクの手がするりと胸に押し当てられた。途端に全身から汗が噴き出すくらい熱くなる。心臓が脈打つ音が今にも響いてきそうだ。
「ちゃんと…頭じゃなくて、ここで考えて?ここの言葉を聞かせて?」
―心も体もスザクを求めているのは分かる…じゃあ…『ゼロ』は?どうすればいい…?
「…あぁ。」
納得したような呟きがするりと口から零れた。次いでおかしさが込み上げて肩を震わせて笑い始めてしまう。その様子にスザクがきょとんと面食らっていた。
―あぁ、そうだな。今の俺は『ルルーシュ』であって『ゼロ』じゃない。
戦場で敵として出会ったとしても、躱せばいいじゃないのか?所詮スザクは『ゼロ』が俺であるとは知らないんだ。
ようやく笑いの衝動が落ち着きスザクを真っ直ぐに見つめる。
―ばれるつもりはない。上手くやってみせる。けれど、もしその時がきたら、終わりにすればいい。
支障が生まれるまで…そう…限られた期間の……恋人…それでいい…
ふわりと微笑んで胸の上の手に手を重ね合わせる。そっと持ち上げて唇を寄せれば指がぴくりと跳ねた。
―ほら…体はどうすればいいか知ってる…
「…ルルーシュ…」
指先に感じる柔らかな感触。それがルルーシュの唇であるというだけで体中が熱くなる。
−ルルが俺の指に口付けてるなんて…
伏せられた睫毛が僅かに震えてる。慣れた振りして実はすごく緊張と羞恥を感じているに違いない。
−可愛い…可愛いルル…俺だけのルルになって…
触れさせられている指をそのままに顔を少し近づけた。掴まれた手でその華奢な顎を捕らえて僅かに傾かせる。意図することに気付いたのかルルーシュが瞳を伏せ、それを合図にスザクが唇を重ね合わせた。
長く…永く続く口付けによって一つの契約が結ばれた。
それが…互いに傷つけあう結果になろうとは知らずに…
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