「………たれてんのか?」
「………そんなわけないじゃん…」

それは快晴続きだったはずの天気予報が外れて、窓をどしゃぶりの雨が叩き付ける朝だった。

「…だよな…たれてんなら頬がもっと柔らけぇもんな」
「ばんひゃんっ…引っ張りすぎ!」
「うん…とりあえず着ぐるみでもなさそうだな」
「どんな疑い方してるんだよ…蛮ちゃんは…」
「本当に心当たりはねぇのか?」
「ん〜…ない…と…思う…」
「しっかし…お前…髪の毛黒かったんだな」

今目の前にいる『銀次』は…一言で言うと『小さい』。たれているかというとそれはNoであって…(なぜならびちびちしないから)身長が縮んだ…というのが正しい。蛮の胸の下ほどまでしかないのだ。琥珀色の瞳は変わらないが、髪の色が黒かった。
これはつまり…
『銀次の時が遡った』
という事だろう。

「あ…うん…天子峰さんに拾われた時はまだ黒かったな
 金髪になったのは確か雷帝になってからだったと思う」
「へぇ…」
「……そんなに珍しい?」

髪の色に気付いてから銀次の説明を受ける間も、蛮はずっと銀次の髪の毛を弄っていた。ちょっと引っ張るように摘んでは光に当てて…と繰り返す。その表情はいかにも楽しんでいます、と言っていた。
訝しげに蛮を見上げる。

「んー?」
「だから…『珍しい?』」
「ん〜…そうだな…」
「…?」
「…珍しいっつーか可愛い」
「!?」

ほとんど呟くような言葉に銀次は首を傾げると、蛮からはおよそ聞く事はなかろうその単語を言われ、更には柔らかく微笑まれて銀次は心の底から驚いた。瞳を瞬かせて蛮の顔を食い入るように見つめる。
そんな銀次を他所に蛮は屈めてた上体を起こした。

「さて…どうすっかな…」
「ほえ?」
「波児んとこでコーヒー飲みたかったんだけど…」
「あ!俺も行く!」
「…よなぁ…」
「え?駄目なの??」
「いや…そうじゃなくて…」
「うん?」
「行くとしてもお前…服と靴…どうすんだよ?」
「あ!」

先程も確認した通り、今の銀次の身長は蛮の胸の下辺り。年齢としては小学校低学年くらいだろう。今現在着ているTシャツやハーフパンツはきっと…いや確実に引き摺ってしまうのではないか?(ウェストが合わなくて…)
しばらく沈黙が流れる。
銀次が小さく溜息をついて「諦める」と言おうとした時、蛮が大きな溜息を吐いた。

「蛮…ちゃん?」
「しゃあねぇな…ちょっと待ってろ」
「う…うん?」

一言そう言うと蛮はジャケットを掴んで玄関から出て行ってしまった。残された銀次はというと『?』マークを大量に浮かべている。

―1時間経過。
銀次がベットの脇に腰掛けて足をぶらぶらしていると再び玄関のドアが開く音がした。
それに反応して慌てて立ち上がると玄関へ走っていった。

「おかえり!蛮ちゃん!!」
「………」
「?蛮ちゃん?」
「…おう…」
「???何?」
「いや…別に」

そうは言うものの、蛮の顔がどう見ても笑いをこらえているように見えるのだ。
それにしても…

「蛮ちゃん…びしょ濡れだよ?」
「あぁ…出てから傘を忘れた事に気付いてな
 ほら」
「ぶっ!?」

蛮がジャケットを脱ぐと、いきなり銀次の顔に何かが当たった。感触からして紙袋。これは何かと問う前に、覚えのある香りが紙袋についていた。

「?マリーアさんの家に言ってたの??」
「まぁな…服着替えるからお前もそれに着替えとけ」
「?う…うん…」

そう言い残すと蛮は風呂場の方へと雫を落としながら消えていった。その後をしばらくぼんやりと見つめていたが、やがて腕の中にある紙袋に視線を移した。

―着替えろって事は…服なんだ
 わざわざ走ってまでマリーアさんのところにとりに行ってくれたのかな…

少し照れたような笑顔を浮かべ、銀次はさっそく着替える事にした。


「銀次ー?サイズはどうだー?」

ひょこっと寝室に顔を出すと丁度着替えが終わった所だったようで、こちらを振り返った。Tシャツとジーンズというラフな格好だ。蛮が頭のてっぺんからつま先まで眺めると、ズボンが長かったのか、2・3度ほど折り返してある。

「うん!ちょうどいい♪」
「じゃあマリーアの見立ては正しかったって事か」
「そうだね
 でも…すごいねマリーアさんの家…
 なんでもあるんだ」
「んにゃ…そりゃ俺が着てた服」
「えぇ!それじゃ蛮ちゃんのお下がり!?」

蛮が服の正体(笑)を話してやると銀次が驚きのあまりたれてしまった。
―ちっさくなってもたれるんだなぁ…
と感心していると、銀次がわなわなと震え出して急に自分の体をひしっと抱き締めた。顔の表情から察するに…
―ちっさい蛮ちゃんが着てたもの!
…といったところだろうか…

「…言っとくけど銀次…」
「ん??」

抱き締めるだけでは飽き足らず、座り込んでジーンズの膝に頬擦りをし始めた。

「俺がその服着てたの…12くらいだぞ?」
「!!?」

途端に銀次がぴしっと固まった。
なぜかって…今の銀次は小学校低学年…つまり7・8歳。その銀次がちょうどいいと言ったその服は蛮が12歳の時に着ていたというのだから…

銀次は横にデカイ。

という事を立証してしまうのだ。その証拠に丈がとても長い。

「まん丸銀次Vv」
「ッッッ…」

今度は固まったところにヒビが入って音を立てて崩れ落ちた。本人なりに多少なりとも気にしていたようだ。
その光景をけけけ…と黒い角を生やして笑うと、再び玄関へと向かった。


「波児〜ブルマン一つとミックスジュースよろしく〜」

カランカランと音を立てて入って来たのは蛮。傘を持って蛮の首に腕を回している銀次を両腕で抱えていた。
が、『それ』が銀次であると分かる人間はそこにはいなかった。注文を受けた波児を含め、ウェイトレスの二人、常連の士度や休憩に立ち寄った花月までその異様な光景に固まってしまっていた。
笠立に濡れた傘を突っ込み、蛮が銀次を抱えたままBOX席に着く頃、ショック状態から逸早く抜けたのは夏実だった。

「あ…あの…蛮さん?」
「あ?なんだよ?」

席に座るべく銀次を下ろそうとしたが、銀次が一向に腕の力を緩めないので仕方なく抱えたまま座る。体をテーブルの方へ向けることは不可能だったので、ソファに横向きで座ることになった。
張り付いた銀次にこれと言って何も言わず、カウンター席の横に立つ夏実を見上げた。

「なんだよ?じゃなくてッ
 どうしたんですか?その子供…」

それは夏実のみの疑問ではなくその場にいる全員の一致した疑問だったようだ。誰一人として口を開かず、蛮の返答を待ち構えていた。

「これ?」
「そう…それ。」

これ…それ…完璧に物扱いをされているとは分かっていても銀次は何も言わない。みんなが驚くのは無理もないと分かっているから…

「これはな…」
―ごくり…

みんなが蛮の答えに生唾を飲む音が聞こえる。

「俺様の隠し子」
ぶぅーッ!!

あえてそっぽ向いていた士度が勢い良くコーヒーを波児目掛けて噴出した。波児はといえばたまたま広げていた新聞でその難を防ぐことが出来ている。とりあえず被害はカウンターのテーブルのみで済んだ。
が、みんなそれどころではなかった。

「かっ…隠し子だって!?」
「いつのまに作ったんですか!」
「相手は?相手は誰なんです??」
「銀次」

しれっという蛮にその場の全員が再び固まった。肩に顔を埋めている銀次が軽く溜息をつき、夏実の陰でレナが忙しくメモをとってはいたけれど…

「…ぎ…銀次なのか?」
「それ以外に誰がいるよ?」
「蛮さんと銀ちゃんのお子さん!?」
「ど…どっちが孕んだんだ??」
「…士度…生々しい…」
「うわぁ…蛮さんと銀ちゃんの子供…」

それぞれの反応に満足したらしく蛮が意地の悪い笑みを浮かべる。それを見逃さなかった波児は軽く溜息をついた。

「おい…蛮」
「あん?」
「そろそろ本当の事言え
 うちの看板娘が本気だと思っちまう」
「え!?嘘なんですか!」
「悪ぃ悪ぃ
 あんまりにも反応が楽しくてさ…」
「え?じゃあその子は美堂くんの子供じゃないんですか?」
「あのよぉ…普通に考えりゃ分かるだろ?
 こいつ…どう見ても7・8歳だろが
 18歳の俺様が作れるわけねぇだろ?」
「あ…そうか…」

さすがの花月もあまりの事に嘘だと気付けなかったらしい。その後ろで士度がほっと胸を撫で下ろしていた。

「え?じゃあその子は何?」
「………俺」
「『はーい天野銀次!たぶん8歳でーす!』だろ?」

有無も言わせず抱え上げてみんなに顔が見えるよう座らせる。みんなに顔を覗き込まれると、銀次照れたように笑った。その仕草はどう見ても銀次。

「…銀次さん!?」
「まじで銀次なのか!?」
「たれてないですよね??」
「それ…蛮ちゃんに言われたから…」
「え!どうしちゃったんですか!?
 髪の毛黒いですよ!??」

……………

「…レナにとって銀次=髪の毛金髪…ってわけか…」
「え?え?だって!」
「それ以前に身長が縮んだとか…」
「あ そう言えば」
「そ…そういえばッ…」

レナの一言に銀次ががーんッと効果音をつけてたれてしまった。
その姿にみんなの考えが一致した。
―たれられるんだ…



靴のない銀次を仕方なくまた両腕で抱えて蛮は街中を自分たちの寝蔵へと歩いていた。雨はもう止んでいたのでささなくてもいいが、道は濡れているのでそんな上を銀次に裸足で歩かせるわけにはいかない。
HONKY・TONKで散々『小さい銀次』を可愛がられた結果、銀次はげんなりとお疲れモードだった。
そんな銀次の表情を蛮は町のショーウィンドウのガラス越しに見て小さく笑った。
さっき玄関口でも思ったことなのだが…本当に犬ッころのように見えるのだ。それに『子供の頃の銀次』を抱いてるのがなんだか嬉しかった。無限城の…たぶん…VOLTSのメンバーですら知らないであろう、『子供の銀次』を蛮が独り占めしているように感じられるからだ。ちょっとした優越感がある。
―まぁ…銀次にとっちゃあんまり嬉しくないだろうけどな…
そう思って蛮は笑みを深める。銀次には見えないようにこっそりと…
そうしてまた別の考えに耽り始めた。

晩御飯は何にしようか…とか
久々に風呂へ一緒に入ってみるか…とか。

せっかくだからきっちり独り占めしてみよう…と考える蛮だった。

しかし…
その考えも夜、寝る頃にはかなりの後悔に変わってしまうのだが…
その話は…機会があればその時に…



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