―9―
蛮が再び駆け出した頃、中庭では勝敗が決まりつつありました。
サトリを駆使し始めた不動に銀次が完全に圧されているのです。多方向から電撃を放っても見切ってしまっている不動には傷一つ与えられません。逆に不動の攻撃が銀次の避ける方へと鋭く突きだされていました。
満身創痍の銀次がついに片膝をつきます。
「よくそこまでがんばったな……誉めてやるよ」
「……」
「だがお前じゃ全然足りねぇぜ……」
「……」
呟かれる不動の声に銀次は一切反応を示しませんでした。もうどうでもよくなってきたのです。蛮はきっとこんな自分を好きになる事など無い。元の姿に戻りたくともバラの花はあと一輪しか残っていない。その一輪ももうすぐ散ってしまうらしく、はらり……はらり……と花びらが落ちていきます。
「いい腕鳴らしになったぜ せめてもの礼に一息で逝かせてやる」
「……」
「安心しな……てめぇの後を美堂もすぐに追わせてやるよ」
「……蛮ちゃん…」
胸倉を掴むと銀次の体を高々と掲げ上げました。下に舌なめずりをする不動の顔が見えます。
―俺がいなくなったら……みんなの呪い……解けるかな?
ぽつり……と銀次の中でそんな考えが浮かんできました。城の中で出会うみんなはそんなに苦労はしていないと笑顔で答えてはくれるが、やはり最初は自分と同じ気持ちだったに違いない、と考えるようになっていました。城の中で自由に動き回れても、城外には一歩も出る事が出来ないでいるのもきっと苦痛ではないのだろうか?と銀次は思い詰めいたのです。
―だとしたら……俺はこのまま殺された方がいい……
「……!」
ぼんやりとしてきた意識に従って瞳を閉じかけた銀次の耳に声が聞こえます。名前を呼ばれたような気がして僅かに目を開きました。霞み始めた視界に誰かがいます。
今いる中庭に続く道を懸命に走ってくる姿が見えてきました。
「……美堂……」
近くで囁かれた名前に銀次の体が強張りました。その声に確かな狂喜を感じ取ったからです。視線を道から自分の下へと移すと、いかにも残虐な笑みを浮かべた不動の顔が見えました。彼もまた道の上を走ってくる影を見つめています。再び動いた唇から零れたのはやはり蛮の名前でした。
ぼやけた視界の中をこちらに向かって走ってくるのが蛮らしいのです。さきほどまでこの冷たい両腕で抱えていた彼の姿が銀次の脳裏に鮮明に浮かび上がってきました。
―俺がいなくなったら……蛮ちゃんはどうするのかな?
……こいつと……不動と……どこかに行っちゃうのかな?
……でも……さっき俺を殺したらすぐに追わせるって……
「!」
銀次の脳の中で何かが弾け飛びました。同時に思考が全て赤く塗りつぶされたように怒りが体を震わせ始めます。脳裏に結んだ蛮の姿に赤いペンキが流されたように、徐々に染まっていく光景が瞼に焼きつきました。
―こいつが……蛮ちゃんを殺すのか?……あの……蛮ちゃんを?
「……!銀次!!」
今度ははっきりと声が聞こえました。自分の名前を呼ぶ蛮の声です。意識を朦朧とさせているのだと思われているのか、返事を求めるように叫び続けています。
その声に勇気付けられたかのように銀次の腕がゆっくりと……力強く動きました。空を真っ直ぐに指さすと雷雲が渦巻いてきます。ごろごろと低い音をたてて雷の音が聞こえてきました。
その異常な天気に不動が空を仰ぎ見ました。自分の真上で渦巻く雷雲の所々に稲妻が走っています。そして自らが掲げ上げた男の手がしっかりと天を指したままである事にも気付きました。
「……なんの真似だ?」
「……なんかに……」
「?」
「お前なんかに……蛮ちゃんは渡さない」
俯き加減で髪に隠されていた表情がぱっと上げられました。その琥珀の瞳には先ほどまでの空虚な色は微塵もなく、何かを決意したように煌煌とした光を帯びていました。空気がざわりと震えます。それと供に周囲をプラズマが何個も弾け飛びました。
それらに気を取られていると見る間に銀次の傷が塞がっていきました。赤い液体を流す幾筋もの線が早送りの映像を見ているかの如く次々塞がります。
「ッ!!」
「っが……ぁ……」
その変化に危機感を感じた不動が振りかざしたままの爪を銀次の腹に深く食い込ませました。苦しげに吐き出された息とともに赤い液体が口から溢れ出します。顎を伝い流れた液体が不動の腕を伝って石の上に滴り落ちていきました。
「銀次ッ!!」
まだ距離があるのか必死に叫び来る蛮の声が遠くから響いてきました。
銀次の瞳が陰りだすと不動の口元にまた笑みが広がり始めます。食い込ませた爪を抜き去ろうと力を込めると不動は違和感に気付きました。
「ッなに?!」
「……つか……まえた……」
再び見上げると、そこには勝ち誇った表情を浮かべる銀次がいました。しっかりと腹に突き刺した腕を抱え込み、離すまいと掴んでいます。
にっこりと唇の端を持ち上げて笑みを象ります。それとともに上げられたままの手に光が灯っている事にも気付きました。周囲を激しくプラズマが弾けます。
「……蛮ちゃんは……俺のものだ……」
「くっ……離せ!」
「お前なんかに……絶対……渡さない!」
「銀次!?」
言葉を吐き出して銀次が歯を食いしばりました。同時に頭上が明るく輝きます。
次いで耳を弄する轟音が発せられました。あたり一面を真っ白に焼き尽くす光から顔を庇いつつ、蛮は吹き飛ばされまいと身を屈めて耐えていました。体を容赦無く叩きつけていく風が回りの木をへし折り、石畳を浮かせて通りすぎていきます。
どのくらいそうしていたでしょうか?
漸く辺りがしずかになり、蛮はそろりと顔の前で交差していた腕を解きました。目の前にはまるで隕石が落ちてきたかのようなクレーターがぽっかりと開いています。半径10mはあるでしょうか?石畳も木もなんの差別もなく破壊し尽くされていました。
しかしそれよりも驚いたのはそこにあったバラの木でした。
「……無傷?」
クレーターのほぼ中央に位置する場所に回りの地形をまったく無視して木が一本浮かんでいました。よく見てみると木の表面に呪文の羅列が淡く光っています。
「!」
クレーターの中央で人の動く気配がしました。慌てて視線を走らせると一人立ち上がるところでした。まだ土煙の立ち込めている中央では、それが果たしてどちらなのか判断が出来ません。
しかしゆらりと立ち上がった人影の背に二枚の大きな羽根が現れました。
「……銀次?」
名前を呼ぶとまるで待っていたかのように翼が風をたたきます。ばさり……と音を立てると蛮の目の前に名前通りの人物が飛んできました。
ゆっくり着地をすると俯き加減だった顔を静かに上げました。揺らぐ瞳で蛮の姿を捉えるとやわらかく微笑みかけてきます。
「……蛮ちゃん……」
「銀っ……」
ともすれば掻き消えそうな声を吐き出すと銀次の体が大きく揺らぎました。倒れこんできた銀次を両腕で抱え、重力に従ってずるずると座り込んでしまいます。背中に回した手に少し力を込めて蛮は銀次を抱き寄せました。それに答えるように、弱々しく銀次の腕が蛮の背中へと回ります。
「……蛮ちゃん……だいじょうぶ?」
「……そりゃこっちのセリフだ」
「うん……そうだね」
くすくすと小さく笑い声を上げる銀次に蛮は少し安心をしました。両腕で銀次を抱えなおして胸元に埋められている金糸の髪を撫でます。
「……お疲れさん……」
「うん……ありがと……」
「それもこっちのセリフ」
「そうだね……でも言いたかったんだ」
「そっか……」
小さい子が甘えるように胸へ額を擦りつける銀次を好きなようにさせて、蛮はただじっとその体を抱き締めていました。
「ね……蛮ちゃん……教えて?」
「ん?なんだ?」
「大好きよりももっと大好きっていうの……なんて言ったらいいのかな?」
「もっと大好き?」
「うん……好き……って言葉じゃ足りないんだ……」
「んじゃ……愛してる?」
「そっかぁ……『愛してる』って言うんだ……」
「……あぁ……」
また小さく笑い始めた銀次の向こうにバラの木が見えました。一ヶ所だけ小さな赤が見えます。よくよく目を凝らして見てみると、それは最後の一輪のバラに残った花びらでした。
「……蛮ちゃん……」
「あ……あぁ……なんだ?」
「あのね……」
「おぅ……」
「……愛してるよ……」
その言葉が蛮の耳に届くと腕の中の体から力が抜け落ち、背中に絡み付いていた腕が滑り落ちていきました。蛮の腕の中でずるりと体が落ちていきます。その光景を蛮の瞳が写す事はなく、ただただ目の前のバラを写しこんでいました。
何故なら……蛮の目の前で最後の花びらが落ちていったからです。
―続く
―収録後
B:銀次……
G:うん?なぁに?蛮ちゃん
B:角が首に当たって痛ぇ……
G:え!?でも前に抱きついた時は何も言わなかったじゃん!
B:前は抱き付く時間が短かったからだ
G:Σうぅッ……んー……じゃあどうやって抱きついたらいいの?
B:そうだな……ここならどこにも当たらねぇな
G:う?………蛮ちゃんの心臓の音が聞こえる
B:生きてるからな
G:………蛮ちゃん……
B:あ?
G:……弄っちゃ……だめ?
B:主語を言わなかった事は誉めてやる
G:うん
B:けど実行に移したら即蛇の餌食だと思え
G:Σ(-□-;)
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