―6―
「……で?」
「……はい……」
「あれから1時間は歩き回ってると思うんだが……
まだ着かないのか?」
「う……うん……もうちょっと……かな……」
「ほぉ……」
「あは……あはは……あはははは」
「……そっちの廊下はさっきも通ったぞ」
「ッう……」
ぎくしゃくと右へ曲がろうとする銀次に蛮が鋭く指摘を入れます。
自分の城の中で「実は迷いました」とは言い辛い銀次。なんとか自力で辿り着かねば、と思い進むものの、一向に辿り着けずにいました。早々に気付いていた蛮は胸ポケットから煙草を取り出しふかしつつも黙ってついて来ていたのです。
しかし同じ場所をぐるぐる回り続ける銀次に蛮が痺れを切らせました。
「じゃあこっち……」
「そこは2度目だ」
「……なんで……分かるの??」
「俺様が無駄に煙草を消費してると思うなよ?」
そう言って蛮が廊下の端を指差しました。そこには赤一色の絨毯ではあり得ない灰色っぽい白いものがあります。近付いてよく見ると煙草の灰でした。
「童話なんかじゃ石なんかを置いて行くんだが……
生憎と石は持ち合わせてないからな」
「だから煙草の灰を代わりに?」
「そ。最初は気が引けたんだけどな
迷子になるよりマシだろ」
「なんか……命がけ?」
「かもな」
「あ!ま……待って!」
苦笑を零しつつまだ灰が落ちていない廊下へと歩き出しました。その後を置いていかれまいと銀次が付いてきます。
「……結構あっちこっち灰が落ちてるね……」
「それだけお前があっちこっちと歩き回ったってこったろ?」
「うぅ……」
「もう一つ言ったら今持ってるので煙草が切れるとこだった」
「え!?」
廊下の端は角をじっと見つめてた銀次が驚いて顔を上げると胸ポケットに視線を走らせました。来た時は膨らんでいたポケットがいつの間にか平らになっています。
「ちなみに持ってた箱は新品だったりするんだなぁ……これが」
「……そ……そんなに……」
「ま、お前は案内しなきゃって事で
頭が一杯だったろうから仕方ねぇけど……」
そう言ってふわりと笑う蛮の横顔をじっと見つめました。最初に会った時はこんな笑顔を浮かべなかったので、まるで蛮の表情が刻一刻と変化するような錯覚に襲われます。
ずっと歩いていると曲がり角の無い廊下に出てきました。
「………」
「?……どうしたの?」
蛮がふと立ち止まりました。その視線は窓の外へと向けられています。
じっと見つめている様から、何を見ているのかと銀次もその視線を追うと中庭が見えました。
薄暗い中庭に一際目立つ赤がありました。それは蛮が初めてこの城を訪ねた時に見ていた大輪のバラ。
「……バラの数、減ってねぇか?」
「うん。少しずつ減っていくんだ」
悲しそうに言う銀次に蛮は少し驚きました。最初のあの態度から、銀次があのバラを好いてはいないとは分かっています。
しかしそれなら何故あのバラを刈ってしまわない?人に面と向かって大切なものだと言い張るのか?よくよく考えると蛮には銀次があのバラを好いていないであろう。という推測しか分かっていない事に気付きました。
「手入れする奴はいねぇのかよ?」
「うん。俺以外の皆はお城から出ようとしても何かの壁に阻まれちゃうんだ」
「お庭番とかもか?」
「お庭番はいるけど……
誰一人あのバラに近づける人がいないんだ」
「……お前を省いてって意味だな」
「……うん」
そこまで聞いてバラの数が減る理由は分かりました。けれどどこか腑に落ちません。
大事だというのなら自ら世話をすればいいだけのことですから。
蛮はその事を素直に聞いていいのか迷いました。そこまで深入りしてもよいのか、と。人は誰しも聞かれたくない事の一つや二つあるもので、蛮はそういった事を聞かれたり聞いたりするのは嫌いでした。
「手入れしてもね……無駄なんだ」
「はぁ?」
ぽつりと独り言じみた声に蛮は首を傾げました。
手入れをしても無駄。
生花なら手入れをして世話をしないとすぐに枯れてしまうので、無駄、というのはどう聞いてもおかしいのです。
「……見に行こうか」
そう呟くと銀次の腕が蛮の腰に回ります。そして抱き寄せて抱えると窓を開けて足を掛けました。次いで背中の羽根を広げます。
「ちょ……おい?」
「ちゃんとしがみ付いててね?」
そう告げると窓から飛び出しました。重力に従ってがくりと落ちて行きます。
―バサァッ……
「っ!」
翼が風を引き裂きました。途端に速度が緩まり、ふわりと地面に着地します。
開いた羽根を静かに戻し、銀次はふと腕の中を見ました。しっかりと首にしがみ付き、顔は肩口に埋められて見えません。着地したのに一向に動かない蛮を不思議に思って背中にも腕を回しました。そうして宥めるようにそっと背中を擦ります。
「蛮ちゃん?……着いたよ?」
「……!」
その声に反応して蛮が弾かれたように体を離します。
が、銀次の腕から離れた途端体が揺らぎました。足が縺れたようになり、がくりとその場に崩れ落ちそうな蛮を銀次が再び腕の中へと迎えます。
「大丈夫?」
「……」
小首を傾げて聞くとふいっと顔を背けてしまいました。バツの悪そうな表情です。よく見ると頬が微かに染まっていました。
「……もしかして腰抜けたとか言う?」
「……ぅ……」
「……本トに?」
「うっせーな!
いくら俺様でもいきなり20階はあるだろう高さから降りられたら驚くに決まってんだろ!」
蛮の捲し立てるような言葉に銀次は一瞬呆気に取られました。そうしてみるみる内に頬が緩んでいきます。ついには再びそっぽ向いてしまっている蛮の肩に顔を埋め、必死に声を堪えながら笑い出してしまいました。
「ば……蛮ちゃん……」
「……んだよ?」
「……可愛い過ぎ……」
「はぁ?」
笑いを耐えながらかけられた言葉に蛮は「何を言い出すんだか」といった表情をしました。それでも一向に銀次の笑いは治まらず、まだ暫くはこのままだろうと判断してふと視線を横に投げて見ます。
……そこには真紅のバラが咲き誇っていました。
「……」
銀次の背中に回していた腕をそっとバラへと伸ばします。指先にしっとりとした生花独特の手触りがありました。……しかし……蛮はある事に気付きます。
「……浮いてる?」
木の根元をみると、前に来た時は雨で分かりませんでしたが、そこは全て滑らかな石畳が広がっていました。どこにも木が出てきた歪みもヒビも見当たりません。弱い風が走りバラの下を枯葉とともに通り過ぎていきました。
「……おかしなバラでしょ?」
「……あぁ……」
ぽつりと銀次が呟きました。笑いはようやく治まったようです。バラの花をなぞるように動く蛮の指先を一緒に見つめていました。そっと輪郭をなぞり、よく見えるように指先で持ち上げます。
「魔女がね、置いて行ったんだ」
「魔女?」
そう言われて蛮の脳裏にマリーアの話が思い浮かびました。今までどこかの暇人が作った単なる物語だと思っていましたが、目の前でそれらが現実に起こっているのです。
「このバラが全部散るまでに心の氷を溶かせば元に戻れるんだって……」
「……」
「俺だけなら別にこのままでもいいか……って思うんだけど……
お城の皆も巻き込んじゃったから……
……せめて皆だけでも元に戻せたらって思ったけど、何したらいいのか分からなくて……
結局……魔女が言ってた事をするしかないんだ」
鼓膜を震わせる悲しい響きの声に蛮はただただ黙って聞くだけしか出来ませんでした。他人に対しては非情に冷たく対応するのに、仲間に対してはどこか温かく、大切に接しているようです。
その大切な仲間が自分のせいで被害を受けてしまった事を酷く後悔しているようでした。
「……なるほどな。浮いてちゃ手入れのしようがない」
「……うん……」
「バラが全部散るまで……じゃあ……ここのバラがなくなったら……」
「タイムリミット……って事かな」
「……って事は……」
「皆あのまま。俺も。こんな姿のまま……」
「……そうか……」
少し沈んだ声で淡々と話す銀次に蛮は同情しました。それ以外にしてやれる事がないと思ったからです。
「……ほら……また一つ散っていく……」
「え?」
銀次の言葉に驚いていると、突然指の先でバラの花びらが零れ落ち始めました。まるで束ねていた糸がぷつりと切れてしまったかのようです。手の上を滑って落ちていく赤い花びらは地面に落ちる前にぱっと光を散らして消えてしまいました。
「……」
蛮はその様子をただ呆然と見詰めます。こんなに急に……これほどまでも呆気なく散ってしまった事に驚きが隠せないのでしょう。
ふと蛮はバラの木を見渡しました。それは思ったよりも広い範囲に広がっており、今まだ咲いている花の密集具合からきっと木全体が燃えるように真っ赤だったに違いありません。散る瞬間を予測出来た事からきっと銀次は初めずっとこのバラの木と睨めっこをしていたのでしょう。刻一刻と時間が過ぎ、何も出来ずに目の前で散っていくバラの花を……銀次はどういった想いで見ていたのでしょうか?
手の平に乗ったままの花びらが風に揺られて落ちていくのをじっと見つめていました。そうして地面に着く前にまた光を散らして消えてしまいます。
「……」
「……」
―ガアァァァンッ
「!?」
「なんだ!?」
急に大きな衝撃音が門の方から響いて来ました。次いで岩が転がる音もします。
「どこだぁ!美堂!!」
「不動!?」
―続く
―収録後
B:おいこら銀次
G:うん?
B:いつまでこうやってくっついてるつもりだ?
G:……うーん……
B:考えるな
G:いだッ!んもー……殴らないでよぉ
B:だったらとっとと離せっての
G:やだ
B:おい
G:だーってやっと蛮ちゃんに抱きつけたんだもん
もうちょっとくらいいいじゃん
B:いいわけあるか
M:とか言いながら振り払わないのが蛮の優しさよねぇ
B:だぁッ!?
G:あれぇ?マリーアさんいつの間に?
M:ねぇねぇところで銀ちゃん、どうやって飛んだのかな?
B:あ、そういやそうだ
今回は静電気使ってなかったみてぇだし……
それ以前に壁から結構離れてたよな
G:あれはね、縄アクションなのです!
M:縄?
B:それを言うならワイヤーアクションなんじゃねぇの?
G:はうッ!
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