―5―

「あ……本当に来てくれたんだ」
「そっちが来いっつったんだろが」
「そんな……強制はしてないよ」

食事の準備がされた居間に来ると、意外そうな声がかけられました。蛮の性格からして来るとは思わなかったようです。少し笑みが刻まれた顔を直視しないよう、蛮は適当な席に腰をかけました。机を挟んで斜め前の席…銀次はその一部始終を見て座ったのを確認すると、宙で手を振りました。
途端に空中から食器類が現れ蛮の前に並べられます。ふわりと温かい匂いがすると皿の中にスープが注がれました。蛮がスプーンを持ち上げるとふとその手が止まります。

「?どうしたの?」
「……お前さ……」
「うん?」
「それ……デザート用のスプーンじゃねぇ?」
「ほえ?」

向かいの席で先に食事し始めていた銀次は蛮と同じくスープに手をつけているわけなのですが、その手に握られたスプーンは蛮が使っているものとは違うもの。幾分か細長い丸を描くそれはスープ用のまん丸で少し幅の広いものではない。

「デザート用?」
「普通コース料理っていやぁ
並べられた食器を外から使っていくもんだろ?」
「そうなんだ」

納得したと言わんばかりの声音に蛮は軽く溜息を漏らしました。

「ん?じゃあこっちのフォークは使わないの?」
「……あのな……スープ飲むのにフォーク使うか?」
「……使わない」
「いるものだけ順番に使えばいいんだよ」
「……いるものだけ……」
「……頭から煙出てんぞ」

ぐるぐると考え始めた銀次の頭からもくもくと白い煙が立ち上がっています。それでも一先ずスープを完食するとスープ皿が取り除かれ、代わりに肉料理とフランスパンが現れました。
すると銀次がそのまま固まってしまいます。じっと料理と脇に置かれた食器を交互に睨めっこしていました。
その様子をしばらく見守っていた蛮ですが、再び頭から煙が立ち始めると溜息を漏らしてフォークとナイフを取り上げました。蛮の動作に銀次が気付くと少しの間見つめ、同じようにフォークとナイフを取ります。
銀次がフォークとナイフを持ったところで、蛮が厚い肉を一口サイズに切り食べて見せます。その綺麗な作業を見届けると、感嘆の色が銀次の顔に広がり自らも挑まん、と肉料理を睨みました。明らかに使い慣れていないギクシャクした動きで肉を切り分け、震える手で無事に口へと運び込みました。その際ちらりと蛮を盗み見れば表情が柔らかく微笑んでいて、銀次もつられて微笑み返します。

「ま、初めてにしちゃ上出来じゃねぇの」
「……えへへ」

 食器の端にナイフとフォークを置くと、湯気を立ち上がらせているフランスパンに手を伸ばしました。小さく千切ってバターを塗り口へと運びます。

「……やっぱりパンも食べ方ってあるんだ?」
「ん?……あぁそうだな
 丸齧りってのはマナー違反だ」
「……はは……」
「……今までそうしてたのか?」
「……いや……だって一人で食べてたし……」

 「執事とかいるだろう」と言いかけた蛮ですが、ふと止まりました。『主』と『使用人』が一緒に食事するというのは普通ない事だと気付いたからです。この部屋にも銀次の他に人一人いる気配はありません。これでは修正をしてもらえるはずもないのです。
 脳内整理が一通り終わったところで蛮は一つ溜息を付きました。

「??……なに?」

 何か気に障る事をしたかと銀次は引き攣った笑みを浮かべて首を傾げます。

「俺がここでやる事。決めた」
「え?」

 困惑の色を更に濃くした銀次が更に首を傾げます。その銀次の鼻先に指を突きつけてまるで挑戦するかのように言います。

「お前にマナーを叩き込んでやるよ」
「へ?」
「じっとしてんのは性に合わないっつったよな?」
「うん」
「だから俺に仕事をさせろ」
「え?でもお客さんだし……」
「だったら客扱いするな」
「そんな……強引な……」
「別に困るような事じゃないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「じゃあ決まり」

 蛮の強引な決断に銀次は唖然とするしかありませんでした。しかし雰囲気と声音から実行しない気はさらさらないようです。

「……もしかしてスパルタ?」
「いんや?今みたいに見様見真似させるつもりだけど」
「そう……それじゃ、お願いします」
「ん、任せとけ」

 互いに微笑みあう事で同意を示し、見様見真似のマナー講座は食事が済むまで続きました。

「ごちそうさま」
「……?ごち……そうさま??」
「……まさかそれも知らないとか言うのか?」
「……う……うん……」
―一体いつから教育を受けてないんだ?

 蛮はその答えに溜息をついて頭を机の上に突っ伏します。頭をもぞっと動かし、じっと待ちつづける銀次の顔を見上げました。徐々に垂れ下がる眉に蛮がもう一度溜息をつくと……

「食事を作ってくれたやつに御礼を言うようなもんだ」
「御礼を?」
「野菜ならその辺りに植えときゃ勝手に実るだろうが……
 肉や魚なんかだと必ず誰か人の手で捕まえなきゃ食えないだろ?」
「……うん」
「しかも食材がそこにあったとしてもやはり誰かの手によってこの城に運び込まれる」
「うん」
「で……運び込まれただけで食えるか?」
「……運び込まれただけって事は生……だよね?
 それはちょっと……無理かな……」
「だろ?って事はそれらの食材をこうして料理にしてくれる奴もいる
 俺らが食うまでにそうやって色んな人が働いてるわけだ」
「……うん」
「だったらそいつらに感謝の気持ちを込めて礼を言うのは当然だろ」
「………そっか」

 いつの間にか忘れてしまっていた労わりの心を指摘され、銀次は俯いてしまいました。幼い頃はきちんと言えていたはず。一人ぼっちになってからは口数も減り心を閉ざしがちになるとともに、大切な言葉さえも忘れ去ってしまっていたのです。
 きっとそれを魔女のせいだと言って他人のせいにしてはいけない。そもそも魔女が来る前からこうなっていたのではないか?銀次は自らにそう問い掛けました。

―今からでもきっと遅くない。忘れた言葉と気持ちを取り戻せばいい……
「……ごちそうさま」

 銀次が深々と頭を下げ丁寧に言葉を紡ぐと、椅子の後ろに女性の姿が揺らめきました。蛮が目を見張っていると、彼女は体に巻きつけた布で涙を拭き嬉しそうにお辞儀をしてまた揺らいで消えていってしまいました。それとともに銀次が頭を上げます。

「?どうしたの?」
「……いんや」

 そう言って淡く笑みを浮かべる蛮に銀次は首を傾げます。
 銀次は気付かなかったが…きっと先ほどの彼女がこの城の食事を任されているのだろう。そう考えて蛮は笑みを深めました。
何 も教えてはくれない蛮に銀次はなおも首を傾げますが、やがてきりが無いと判断をし行動に出ました。椅子をひいて立ち上がると蛮の横へと来ます。

「ね……お城の中案内しようか?」

 期待半分、諦め半分といった表情で訪ねてくる銀次をじっと見上げます。
 この表情から察するに『少しでも長く二人でいたい』といったところでしょう。その言葉をストレートに言わない。……のではなく言えない銀次に蛮が苦笑を浮かべました。

「そうだな……でも……」
「……でも?」

 まだ続きそうな蛮の言葉に銀次はびくびくしています。断られるという考えが浮かんでいるのでしょう。

「書庫だけでいい」
「……本読むの、好きなんだ」
「まぁ好きっていやぁ好きだな」
「ふーん……でも俺どんな本があるか覚えてないけど……」
「行けばなんなりと探してみるさ」
「そっか」
「……もしかして本読まないとか言う?」
「……うぅん……読めないんだ」

 少し照れたような笑顔をしてさらっと言ってしまった銀次に蛮は溜息をつきました。本のほかには特に何もなさそうだが、一体彼はこの城でずっと何をしていたのだろうか?

「しゃーねぇな」
「う?」
「読み聞かせてやるよ」
「ホント!?」
「ホント。だからとっとと案内しやがれ」
「うん!まっかせて!」

 きらきらと笑顔を輝かせ、歩き始めた銀次に少し苦笑を漏らして蛮は後に付いていきました。

―続く

収録後―
G:ねねね蛮ちゃん!どんな話読んでくれるの??
B:そーだなぁ……
G:(どきどきわくわく)
B:東海道中膝栗●とか
G:く……くり??
B:奥N細道……M葉集……
G:……うん?
B:太宰●作品もいいな
G:……う??
B:あぁ夏目S石もよさそうだな
G:……千円札の人?
B:そうそう 名作『我輩はたれ銀である』
G:蛮ちゃん……いくらなんでもそれは俺にも分かるよ
B:でもいい感じだろ?
 『我輩はたれ銀である 骨はどこにもない』
G:……もういいって……

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