―4―

「ここが月の間……中に入ってお待ちください」
「……どうも」

 音もなく静かに扉が開けられました。鬼が出るか蛇が出るか……覚悟を決めて更に中へと歩こうと……

「あぁそうだ」
「あ?」
「コーヒーと紅茶どちらがいいですか?」
「はい?」

 扉の敷居を跨いだ所で突然声をかけられ思わず立ち止まります。声をかけた張本人の花月は、どこから出したのか白い長方形のメモを片手に鉛筆を構えていました。

「客人をもてなすのが僕らの仕事だからね」
「あ、あぁ……なるほど……んじゃ、コーヒー」
「ブレンドとキリマンジャロがありますが?」
「あ〜……ブレンドで」
「ミルクはいりますか?」
「いや、いらねぇ」
「ホットですか?アイスですか?」
「ホットの方……」
「かしこまりました」
「……細かいのな……」
「本当はコーヒーの種類があと2・3ほどあるんだけどね
 生憎……えーと……そう、豆を切らしてて……」
「へぇ」
「では……すぐお持ちします」

 そう言ってにっこり笑うと花月は再び空間に溶けていってしまいました。
 あとに残されたのは部屋の中に片足だけ入った蛮のみです。

「もてなすシーンなんかあったか?」

 首を傾げ立ち尽くすばかり。考えども答えは一向に浮かびそうにもなく、一先ず室内探索を開始します。
 扉を静かに閉めると、部屋の明かりが独りでに灯りました。壁につけられたいくつかの丸いランプ。よく見るとその中には青白く輝く丸い物体が浮いていました。

「なるほど……これが『月』ってわけか……」

 感嘆の溜息を漏らし、蛮は部屋の中を見回しました。飴色の丸いテーブルには同じタイプの手持ちランプが一つ置かれ、長いソファを照らし出しています。見るからにふかふかそうなソファは対面するように置かれていました。細く長い窓には厚手のカーテンが引かれて、部屋の中は全体的に薄暗くなっています。カーテンを少し捲って外を見てみると太陽は厚い雲の中へと姿を消し、ぼんやりとした光だけを残しています。窓の下には断崖絶壁が広がっていました。
 部屋の奥に入口とは別にもう一つ小さな扉がある他には、調度品の類は何も置かれていない殺風景な部屋です。

「約束通りだね……」
「!」

 声がした方を振り返るとバラを渡してくれた彼が立っていました。いつの間に来たのか?物音一つ立てずに現われた彼に蛮は驚きを隠せません。

「正直戻って来るとは思わなかった」
「約束させたのはそっちだろが」
「……それでも口約束だ。拘束する力は、ない」

 どこか寂しさを含んだその声に蛮は違和感を感じましたが、あえて何も言いませんでした。

「帰ったのならそのまま来なくても良かったのに……」
「まぁ……そういう考えもあるわな」
「……君の考えは違う?」
「俺はてめぇに見事なバラを貰った。たぶん……嫌っていようとも大切なバラをな」
「………」
「んな大事なもん貰っといて何も返さないのはフェアじゃねぇ」

 蛮の真っ直ぐな言葉と瞳に彼は釘付けになりました。まるで初めて出会った人種であるかのように不思議そうに……それでもどこか嬉しそうに見つめます。

「それで?」
「え?」
「バラと引き換えに俺様を手に入れてどうしたいわけ?」
「……分からない」
「……はぁ?」
「ただ……欲しかった」
「……」

 部屋を沈黙が支配しました。ただ二人の人が見詰め合っているだけ……

―コンコン……
「失礼します」

 軽いノックの後に開いた扉から入って来たのは二人の少女でした。カートを引き、黒い膝丈のメイド服に白いレースのエプロンとヘッドドレスをつけています。

「夏実でーす」
「レナです」
「……どうした、の?」
「蛮さんからコーヒーを頼まれました」
「え!頼んだの!?」
「あ、あぁ……糸巻きが聞いてきたから……」
「……うわぁ……」
「な、なんだよ?コーヒーっていやぁ波児の……」
「おまたせしましたVv」
「レナ特製ブレンドです☆」
「「ッッッ!!」」



―しばしお待ちください



―もうしばしお待ちください



「それでは失礼しましたー!」
「どうぞごゆっくりーVv」
「……………………大丈夫?」
「……なわけ……あるかッ……」

 少女の二人が出て行った後に残されたのはソファに突っ伏した蛮と傍らに立つ彼。例のレナブレンドを完飲し、あまりの吐き気と眩暈に負けそうになっている蛮を彼が覗き込みます。

「優しいね?ちゃんと全部飲んであげるなんて」
「………」

 ふわりと微笑む顔には不釣合いなどこか飢えた瞳に、蛮は魅入ってしまったように動けなくなりました。
しばし見詰め合った後、先に動いたのは彼の方でした。

「この部屋は君専用の部屋にするから好きに使っていいよ」
「……おい?」
「それとそっちのドアから隣の寝室に行けるから
 お風呂の場所は……」

 屈ませた上体を元に戻して部屋の説明を始めた彼に蛮は思わず声を上げました。

「おい!」
「うん?」
「監禁する気か?」
「んー……どっちかっていうと軟禁かな」

 少し首を傾げちょっと困った風な笑みを見せます。照れを含んだ笑みに蛮は脱力してしまいました。

「君を閉じ込めたなんて思ってないし、閉じ込めようとも思わない」
「?」
「君が側にいる……今はそれだけでいいんだ」
「……観賞用ってとこか?
 生憎とじっとするのは嫌いなんだ」
「じゃあ躰の隅々まで欲しいって言っていい?」
「ッ!?」
「……嘘だよ」
「……ってめ……」

 からかわれた事に気付き、蛮は思い切り睨み付けました。その瞳に臆する事なく彼は笑います。

「まずは一緒に昼ご飯食べない?」
「……」
「別に強制じゃないから来たくなかったら来なくてもいい
 君の好きにしていいよ」
「……けっ……」
「あ……と……自己紹介がまだだっけ
 俺… 天野銀次 」

 扉の所まで行って思い出したように振り返り、見せた表情はひまわりのような笑顔……

「どう呼んでも構わないから」

 そう言い残すと静かに扉から出ていきまいた。
 瞳に宿す寂しげな色にそぐわないほどの柔らかな笑顔。そのギャップを蛮は気になってしまいました。

―顔合わせたらとっとと帰ろうと思ったけど……
「……ちょっとの間ならいいか……」

 そう呟くと蛮は重たい体を起こし、身なりを整えると扉へと足を向けました。

―続く


収録後―
G:ばーんちゃーん!お疲れ……
―ゴツッ
G:ほえ?
B:…………(怒)
G:うあっ!蛮ちゃんなんでそんなとこに!?
B:……なんでもくそもあるかッ!!
 俺様が今まさに扉から出ようとしたらお前が先に開けたんだろッ!
 勢い良く!!
G:あ、そうだったんだ……
B:こんのボケッ!
G:んあッ!いたいよ〜……
B:当ったり前だアホ!
 もしこの俺様が傷物にでもなったら
 どうしてくれる!?
G:だーい丈夫!
B:あ?
G:その時は俺がちゃーんと面倒みるからVv
B:……ほぉ……ちゃんとねぇ?
G:もっちろん!躰の隅から隅までぜぇ〜んぶ診るよ♪(じゅるり……)
B:却下!!(青ざめ)

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