※わんこロックオンに注意。※
「………ハロウィンか?」
「…だったらどれほど嬉しいか…」
それはなんの変哲もない朝…のはずだった。
マイスター内最年少の刹那と最年長のロックオンは互いにベッドの上に正座をして向かい合っている。いつ頃からか常になりつつある添い寝で就寝したのは昨夜。朝起きれば目の前にその人物がいるのは分かっていることだが…明らかにおかしい。
柔らかな波を描く髪の間から明らかに質の違う毛の束が見える。そっとつまみ上げてみればソレは耳らしく、耳、というが人の耳ではなく、髪の色に近い茶色の毛に覆われた…獣耳だ。その代わり、元々耳があったはずのところには何もない。さらには腰の辺りにふさふさしたしっぽと呼ばれる存在もあるようだ。そろりと指で突付いてみるとびくりと立ち上がり、重力に従うようにふわりと元のように下ろされる。今度はちらりと見上げると今度は耳の方をつついてみた。するとまるでその指を払うようにぴくぴくっと小刻みに動いてみせる。
「あの…刹那さん?くすぐったいんですけど。」
「え?…あ、すまない。」
その反応があまりに楽しくてつい没頭してしまった。乗り出すような体勢になっていたのを元に戻して居ずまいを正すとちらりと視線を投げかける。その先にあるロックオンの表情はとても気まずそうだ。
「…なぜこんなもの付けてるんだ?」
「いや、付けた覚えはない。」
「…何か拾い食いでも?」
「するわけないでしょーが。」
「ティエリアかモレノに何かもらったとか…」
「貰ったとしても食えるものは口に含みません。」
一頻り問答を繰り返した後、うーん…と2人して唸ってしまう。だがいつまでもこうしているわけにはいかない。ロックオンは一つ大きなため息をつくと重たい気分のままにベッドから降りていった。
「とりあえずモレノんとこ行くか。」
「…そうだな。」
* * * * *
「あら?ロックオンも?」
「はい?」
出来ればこんな姿見せたくないという心情と服が着られないという理由で頭からシーツを被って部屋から移動していればすれ違ったスメラギにそんなことを言われる。思わず足を止めれば彼女は首を傾げつつ医務室の方向を指差した。
「さっきアレルヤもシーツ頭から被って医務室に行ったから。何かあるの?」
「…えと…」
「ハロウィンの打ち合わせだ。」
「へぇ?そうなの?」
「あぁ、まぁ…サプライズにならなくなっちゃいましたけど…」
「ふぅ〜ん?」
「じゃ、またあとで〜」
完全に信じてないじと目なスメラギにロックオンは引き攣った笑みを浮かべた。シーツがずれないようにと握り直して刹那の背を押し進むように促して逃げるように医務室へと駆け込んだ。
「モレッ…のぉ???」
開口一番に助けてくれと告げるつもりが、先客がいた。さっきスメラギが言ったようにアレルヤが椅子に座っていて、その奥の壁に凭れているラッセもいた。そしてその異様な姿に思わず顎が落ちてしまう。
「お、ロックオンもか。これであと2人ほどかな。」
「はぁ?」
「どういうことだ?Dr.モレノ」
2人の頭にもロックオンと同じく人ではない耳が生えている。元の耳のある位置に何もないところを見る限り自分と同じ状態なのだろう。だが、耳の種類が違うようだ。涙目のアレルヤの頭には白い少し巻き気味の毛の束がふっさりと乗っている。ラッセはというと黒く短い毛で覆われた三角の耳がピンと立っており、尻尾も少し短い毛で覆われていて滑らかそうだ。
まじまじと観察していたロックオンに近づいてきたモノレはひょいとシーツを捲り上げるとそこにある『耳』を調べ始めた。
「ほう。ロックオンはゴールデンレトリバーか。イメージ通りだな。」
「あの…モレノ?」
「うん?あぁ、すまん。」
説明が欲しいと表情で訴えればようやく伝わったのか、診察台の上に座るように指示されて大人しく従った。
「まぁ…もう分かっているとは思うが、君達の耳の原因は私だ。」
「やっぱり…」
「解薬とかはないんですか?」
「あぁ、ないな。」
きっぱりと言い放たれてはもう項垂れるしかなかった。
実験の副産物ではあるが、何かに役立てたりは出来ないだろうかと実験に踏み出したという。データの上では遺伝子操作で何かしら体に症状が出るという事と、量によってその症状の度合いが比例する事は分かっていた。彼が言うにはターゲットを絞っていたらしいのだが、どうやって飲ませようか迷っていたところ、食堂で女性陣がお菓子を振舞っているのが目に付いたらしい。幾つか取り分けて薬を掛けたところで飲み物もいるな、と用意するのに離れていた間にそれらは跡形なく消えていたらしい。つまり誰かが食べてしまったのだろう。誰が、と聞こうにもこっそり作った薬がばれるのも嫌なので聞けず、結局翌日、つまり今日になって症状の出た人物に説明すればいいか、と軽く考えたそうな…
「…つまりあんたらは運がないということか。」
「…うぐ…」
「せっちゃぁん…」
「そんなはっきりと…」
説明をずっと一緒に聞いていた刹那がすぱっと切り落としてくれる。大の大人三人ががっくりと項垂れていると廊下の方が騒がしくなった。首を傾げあうとモレノが扉を開いてみたところ…
「やーんかわいい〜!」
「どうしたの?この犬?」
「リヒティの部屋から出てきて…」
「そういえば朝から見かけないわね?」
「こっそり犬を拾ってきたのがばれちゃうんじゃとかって隠れてるんじゃないですか〜?」
室内の沈黙とともに扉が静かに閉められる。
「…犬…って言ってましたね…」
「うむ。遠目ではあるがコーギーだったように思う。」
「もしかしなくとも…」
「…リヒティだろうな…」
「…抱き締めてるのってもしかして…」
「クリスだったよ。」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
ここで沈黙が繰り出されるのはお約束の状況に陥った瞬間の事を想像しているからだ…リヒティ犬はクリスにぎゅうぎゅう抱き締められてさぞかし幸せの絶頂に浸っているだろう。
「…これ…いつ戻るんですか?」
「1日くらいだと思うが…」
「…そのくらいには回収してあげるんですよね?」
「…できればな。」
「…してやってください。」
万が一にでもクリスが抱き締めて眠りたいなんて言い出したら間違いなく惨劇が繰り広げられる。その光景が頭に浮かぶだけでゾッとした悪寒が背筋を走った。そんな冷え切った部屋の空気を変えるべくロックオンが無理に話題を転換してきた。
「まぁ…一日くらいで戻るならなんとか凌げるかな…」
「そうだな。とりあえずロックオンは部屋に篭っておいた方がいいだろう。」
「え?俺だけ?」
「アレルヤとラッセは尻尾が小さいからな。何とか隠せるだろうが…お前のはどう見ても無理だろ。」
手術着を渡されながらあっさりと言われて首を傾げたが…頭はヘルメットなりを被れば何とかなるだろうが…びしっと指差された先にあるのはネックウォーマーさながらのふさふさとした長い尻尾。それに比べ、アレルヤもラッセもちんまりとしていて細い。
「そういやお前さんらのって何犬?」
「僕はマルチーズですよ。」
「…嬉しいか?」
「……あまり…自分の触っても楽しくないし…」
「…だよな。」
「俺のはドーベルマンだと言われた。」
「なるほどね…」
なんともイメージにぴったりではあるが…アレルヤは願望が混ざっているのでは?と思わず笑ってしまう。しかしなるほど…とロックオンは小さくため息をついた。
「確かに2人に比べて俺のはふっさふさ過ぎて収まらないわなぁ…」
「そういうことだ。刹那、ロックオンの世話をしてやってくれ。」
「?…何故俺が…」
「他のメンバーといてぽろっと言ってしまわない自信、あるか?」
「……ないな…」
「そういうこった。俺からほかには上手い具合に言っておいてやるからさっさと部屋に戻っておけ。」
「うぃ〜…」
「…了解した…」
* * * * *
「お、お帰り〜。悪いな、こんな事まで…」
「…構わない。」
「?どうかしたか?」
「別に。」
部屋に戻った二人は特に何をするでもなくごろごろとベッドに転がって読書に耽ったり、片や筋トレに励んだりとまったりとした時間を過ごしていた。きゅる…と小さな音に気付いて本から顔を上げると腹を押さえて顔を赤くしている刹那がいる。ふと時計を見上げると昼飯の時間になっていた。
ついつい本に没頭してしまっていた事に気付いて、気を遣ったのか何も言わなかった刹那の頭を撫でてやる。昼ごはんを食べに行くように勧めると少し考えたあと、運んでくる、とだけ言い残して部屋から出て行ってしまった。ぽかんとそれを見送って再び本の虫になっていれば程なくしてプレートを2つ持った刹那が帰ってきた。両手が塞がってはドアを開けられないだろうと思って扉の横で読んでいたのだが、読みは当たっていたようだ。扉の前まで来てどうしようか躊躇っている刹那を中のモニタから確認して開けたのだが、随分驚いた顔をされてしまった。
プレートを受け取って中へ入るように促せばどこかに視線を集中させていたが、すぐに戻ってしまったので追うことは出来なかった。
「…んー…?」
「どうかしたのか?ロックオン」
「うん…いや…?」
食事が済んだ頃くらいにロックオンが唸り出した。何か考え込むように口元に手を当ててきょろきょろとしていたかと思うと、じっと見つめて来る。訝しげにしていればプレートを床に下ろしてずいっと近づいてきた。
「ッなに?!」
「…うん…やっぱり…」
「なにが!?」
首筋に顔を埋もれさせたかと思うと膝に乗せていたプレートをどかされて引き寄せられた。自然と膝立ちになるとますます深く抱き寄せられる。
「なんかイイ匂いするなぁ…って思ったら刹那だった。」
「はぁ?」
「さっきまではずっと一緒にいたから馴染んで分からなかったけど…今なら分かりやすいな。」
「一度部屋を出たからか?」
「んー…多分。」
すんすん、と鼻を擦り付けて匂いを楽しんでいるロックオンを成すがままにさせて気が済むまで放っておくことにした。どうせ何をいってもどうやってもこの拘束を解く事は出来そうにないのだから。いつまでかかるか分からないので首に腕を回して少しでも楽になるように凭れかかる。ほぼ全体重をかけているにも関わらずびくともしないのが少々腹立たしいが、そこは圧倒的な体格の差。今更苛立っても仕方ない。すぐ傍にある肩に顎を乗せているとふわりと目の前を通過したものに意識を奪われる。
「………ロックオン。」
「うんー?」
しばし見つめていたのだが、ふとある事に気付いてロックオンに確かめてみようと試みた。
「……嬉しいのか?」
「へ?なんで?」
「尻尾が揺れている。」
「………。」
「あ、止まった…垂れてしまったぞ?」
「……〜ッ」
「丸くなって震え出した…」
「あの…せっちゃん…お願いだから実況中継しないで…」
「?なぜだ?」
尻尾がぴるぴると震えているのをじっと見つめているとロックオン自身も震えているようだ。抱きつく腕の力が僅かに強くなったようにも感じる。なぜだろう?と素直に聞けばため息が吐き出されたのが分かった。
「なぜっておまえ…」
「何か支障があるのか?」
「支障っつーか…恥ずかしいだろ…」
「…恥ずかしい?」
「…大の大人が…好きな子独り占めして嬉しいってどうよ?」
どうやら大人の矜持として許せなかったらしい。しかもそれが相手に筒抜け状態で恥ずかしいのだということだろう。そんな事を推測しながら刹那はぐっと腕を伸ばして指先で漸くそのふさふさの尻尾に触れることが出来た。
「…俺は嬉しい。」
「へ?」
「いつもロックオンはポーカーフェイスで大人の顔をしてるから…こういう方法ではあっても…心の中を知れて…嬉しい。」
指先でさわさわと触れてくる刹那にロックオンはきょとりとしてしまった。年齢差、経験の差は仕方ないと思ってはいてもこうしてどこかで崩されるのはロックオンとしては羞恥に悶えるものだが、刹那にとっては近く感じて嬉しいのだろうか。ふと想像してみる。常に無表情だった刹那が時折ふわりと笑ったり、あどけない表情で眠っていたり…そっけない態度のくせに寝る時なんかは擦り寄ってきたりなんかする。そこまで考えてふむ、と頷いた。確かに嬉しい…と答えを出して相変わらず指を動かしている刹那に意識を戻した。
「刹那?俺の尻尾がどんな動きしてても何も言わないなら思う存分触っていいぞ?」
「…いいのか?」
「実況中継はなし、でな?」
「分かった。」
覗き込んだ顔がきらきらと輝いて見えて、こちらまで微笑みが漏れてくる。とはいえ、後ろに回りこまれてはこちらが手持ち無沙汰になってしまうので尻尾を出来るだけ前に回してきて膝の上に寝そべるようにさせた。これなら刹那は尻尾を触れるしロックオンも刹那を撫でることが出来る。刹那も刹那で満足しているのか何も言わずに尻尾を撫でていた。
「そんなに気持ちいいもんか?」
「あぁ。温かくてふかふかして…飽きない…」
「ふぅん…」
「イヤなのか?」
「いやっつうか…」
「え?」
不思議そうに尋ねるロックオンに素直に答えるとどこか憮然とした返事が聞こえてきた。彼にしては珍しい声音に見上げればにっこり笑った顔で突然横に転がされる。膝の上から強制的に下ろされてぱちりと目を開けば間近に青緑の煌く瞳が見えた。
「じゃれつくならこっちにして欲しいなぁ…って思って。」
「こっちって…」
「こっち。」
ちゅっと音を立てて唇を軽く吸われると何を言わんとしているのかすぐに分かってしまった。頬に朱が挿しつつもじろりと見上げてくる瞳にやんわりと微笑みを浮かべてやる。
「…万年発情期か…あんたは。」
「少なくとも今は獣ですから?」
「獣でなくてもするくせに。」
「もちろん。目の前に愛しい子がいれば盛るでしょ。」
「………」
「………」
「………」
「……イヤなら止めるけど。」
「………好きにすればいい…」
ぷいっと背いてしまったいとし子に口付けを落として柔らかく微笑むのだった。
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