スメラギの提案で女装をしたティエリアをみんなでチェックしていた。元から細いだけあって全く違和感なく女性に変わって見せた彼の姿に舌を巻く。

「うん!ばっちりよ!」
「アーデさん、とっても綺麗です!」
「これが教官殿とは。」
「見違えるね?」
「あまり嬉しくはないが……ありがとうと言っておく。」

 その言葉の通り、ティエリアの眉間には皺が刻まれていて、不機嫌であるといわんばかりの表情だった。まぁ、男が女装して嬉しいというのも可笑しな話かもしれないが……

「ところで……刹那はまだなのか?」
「そういえば……まだ来ないね。」
「んー……ネクタイに手間取ってるのかしら?」
「ネクタイ?刹那も女装じゃないんですか?」

 ティエリアが女装をしているからてっきり刹那も女装するのかと思っていて、ストレートに切りだすときょとりと不思議そうな眼で見つ返された。まずいことでも言ったのか?と思わず口元を引き攣らせるとスメラギが笑ってくれる。

「んー……刹那にもドレス着せさせたかったんだけどねー……」
「え!?セイエイさんにも女装をするつもりだったんですか!」
「……想像つかないなぁ……」
「だが刹那も華奢な方だから出来るかもしれない。」
「えー?そうですかぁ?」
「きっとクールビューティーに仕上がると思うのよね〜。ね、ロックオン?」
「え!?や、俺に振られても……」

 必死に想像力を働かせているミレイナや少し困惑気味のフェルト、意外に柔軟な思考を持っているティエリアに対してずいぶん楽しそうなスメラギに急に振られて思わず上擦ってしまった。潜入というから二人して会場内に入るものだとばかり思っていたので言ってみたのだが、何やら雲行きが怪しくなっている。

「退路を確保する為に1人は会場の外にいてもらわないと困るのよ。だから刹那には運転手として行ってもらうんだけど……」
「あぁ……なるほど。」
「もし中に入るようなら……こんな……感じ……かな?」

 そう言って取り出した端末に何やら打ち込みを始めて完成した映像をモニタに映し出す。

「ふわぁ!キレカッコイイです!!」
「ホント……綺麗……」
「確かに。これなら難なく紛れられるな。」
「ちょっと……大胆すぎやしませんか?」
「あらそう?これでも控えたんだけど……」

 鳩尾までゆったりと開く首回りに、大胆に開いたフロントには中央でリングによって繋がれたチューブブラがちらりと見え、長いフリルのスカートは、丈が膝上から後ろへ向かって斜めにトレーンが広がっている。開いているのが前だけかと思えば、背中も編上げの細い紐が一か所に集中して張り巡らされているだけでほとんど露出していた。ティエリアのように長い髪が背を覆っていないな、と思えば高い位置で纏め上げられている。華やかな髪飾りは一切ないが、刹那の癖の強い髪を長くすることでまるで巻いてあるような印象を受けた。さらに驚いたのが、思った以上の柳腰と、すらりと伸びる美脚、胸はティエリアのように付けるにしても違和感を全く感じない。
 まじまじと見つめて思わず「イける。」などと自分でも何がかわけの分からなくなる言葉を弾きだしてしまい慌てて手で払い落した。

「………顔赤いぜ?フェルト。」
「え!?うそ!」
「……もしかしてこれに惚れたとか?」
「そ、そんなことないよ!」

 ちらりと見下ろしたところにあるフェルトの横顔を見てみるとほんのり頬が赤く染まっているように見えた。すかさず突っ込んでみるとぱたぱたと手を振って見せるのだが、その頬は真っ赤に染まり図星であることを物語っている。そんなフェルトを見詰めてからもう一度写し出された刹那を見て……

−「刹那……お姉様……」
−「……フェルト……」
「ッ!!!」

 一瞬百合の花が咲き乱れた脳内にわたわたと挙動不審になってしまった。けれどみんな映像に夢中でそんなライルには気づいていないようだ。気まずげに視線を泳がせてほっと小さく息を吐き出す。
 一人、百面相を繰り広げるライルをこっそり盗み見てスメラギは内心大笑いをしていた。普段はクールにとりすませているのに、こんな風に取り乱すあたりは彼の兄、前のロックオンと似ている。変な酷似の仕方にますますおかしく思った。

「……それにしてもホント……遅いわね、刹那。」

 時間潰しも兼ねてホログラムを作ってみたのだが、そろそろ来そうな予感のしていた当人はいまだ現れない。ちょうど今くらいに来てくれたらこのホログラムを見せて着てほしいと強請ってみるのに、と、ちょっとした悪戯心も沸いていたのだ。

「……様子見てこようか?」

 今ここにいるメンバーで刹那の部屋に出向くのに一番無難なのは間違いなくライルだろう。たとえ着替え終わっていたとしても、スメラギの言う通りネクタイで手間取っているのならば手伝えるだろう。それにホログラムのドレスを色々いじり始めているミレイナを見る限りでもこのままここにいてはライルの脳内が妄想という名の暴走を起こしかねない。それらを踏まえて退室出来る手段を講じてみた。

「そうね。お願いできる?」
「お任せあれ。」

 あっさり降りた許可にひらひらと手を振って颯爽と廊下へ出て行く。視界の端に捕らえたミニのチャイナドレスを着た刹那を脳裏に焼き付けてしまい思わずよろけてしまいながら部屋を目指した。

 * * * * *

「断る。」

 刹那の部屋に辿りつけば、スメラギの予想通りネクタイが上手く結べなくて手間取っていたようだ。なんとか自分で結ぼうと躍起になっている刹那をベッドに座りながら見つめていると、ズボンに包まれて尚細い足をちらりと見下ろし先ほど見たホログラムを脳裏に浮かべてしまう。ネクタイが大変なら運転手役またはエスコートを俺が引き受けるからドレスを着たらどうだ?とうっかり口にしてしまうと…たった一言で切り捨てられてしまった。

「………ですよね。」

 我ながらバカな質問をしてしまった、と苦笑いを浮かべて視線を泳がせた。
 普段のぴったりした制服のズボンを思い浮かべても刹那の美脚というのはなかなかのラインをしている、と思わずオヤジのような評価をつけてしまった。それゆえにスメラギが見せてくれたような裾からちらりと見える生足はなかなかにそそられるものがある。出てくる直前に垣間見たミニのチャイナでも充分にいかせられると思われる。それ以前に見せられたホログラムがあまりにも違和感がなかったので、着たらいいのに、から好みのお姉さん系クールビューティーに仕上がっていたからか、着て欲しいな、という願望にまで発展していた。頭の隅に浮かんだその言葉に自分で突っ込みを入れて冷静になれ、と念を込める。

−しっかりしろ!ライル・ディランディ!
「………」
−…刹那はどこをどう見ても男なんだって…
「………」
−いくらティエリア並みに細いっつってもれっきとした男であって…
「っ……」
−似合うとは限らないんだ。
「……ぃよし!」
「?どうした?」
「あ、や。なんもないです、はい。」

 思わず声に出して意気込んでしまい、刹那に不思議そうな顔で振り向かれる。慌ててフォローをするとやはり不思議そうに首を傾げるが無理矢理笑みを貼り付けていると何も聞かないでくれた。そしてふと目の前の刹那に意識を戻すと何やらネクタイの結び方が曖昧ならしく、手を右に回してみたり上に持ち上げてみたりとしていた。

「……ネクタイ結んだことないの?」
「……ない。……と言えばない。」
「何、その曖昧な答え。」
「いや……着けたことはあるが、その時は……その……ニールに結んでもらったから……」
「あぁ、ね。」
「なんとなく覚えている通りにしているのだが……」
「分からなくなった、と。」
「………」

 図星を突いたようでぐっと黙ってしまった刹那に笑みが浮かんでくる。すくっと立ちあがって刹那の前に移動するとその手からネクタイを絡め取った。

「それならそうと素直にいえばいいじゃん。」
「いや……その……」
「こちとら一時期商社マンだったんだから結び慣れてんだぜ?」
「……そう……か……」

 するすると器用に動く指が珍しいのか、それとも今度こそ覚えようとしているのか目の前で動く手をじっと見つめる刹那はとても幼く見える。ライルの中で『刹那』はスーパーヒーローのように何事も卒なくこなす人物というレッテルが貼られていた。しかしこんな姿を見せられると刹那もただの人間なんだと妙に親近感が湧いてしまう。

「おっし、出来上がり。」

 形を整え、立てた衿周りなどを綺麗に直していく。後ろ側にまで回る手に刹那の瞳が伏せられた。間近に見える顔は、瞳を開いた時よりもずっと幼く、思ったよりも長いまつ毛が頬に淡い陰影を作り出している。普段とは違う印象を与える顔に囚われながらも手を前に回してくると邪魔にならないように顎を上げてくれた。

「………」

 当然の仕種ではあるが、伏せたままの瞼と僅かに開いた唇がまるでキスを強請っているように見える。もちろんそんなわけないという事は分かっているのだが……

「……」

 自然と伸びる指を止める術はなかった。
 頬にかかった髪を掬いあげるとその肩がぴくりと小さく跳ねる。くすぐったさから僅かに眉間に寄せられた皺がゆっくりと戻っていくのを見ながら伏せた目尻へ親指を擦りつけた。ふるりと震えるまつ毛に瞳が開かれるのかと思ったが尚も閉じたままで、安堵にも似た小さいため息が一つ零れ落ちる。そのまま輪郭を撫で下ろすように移動して顎を捕らえると僅かに持ち上げて反らされる喉に視線がくぎ付けになった。

「……っ……」

 衿周りを確かめるように首との隙間に指を差し入れると小さく息を飲む声を聞こえる。もう一度聞きたくて態とゆっくり指を滑らせると、眉が切なげに寄せられて更に仰け反っていった。

「……ぁ……」

 するりと滑って耳の後ろを擽るように撫で上げると、小さな吐息にも似た声が漏れた。指先から逃れるようにゆるりと逃げる顔に背筋がぞくりと震える。顎に指を絡めて上を向かせると誘い込むような赤い唇におのれのそれを重ね合わせた。

「ッ!?」

 当然驚いただろう、刹那の目が見開かれる。焦点が合わないほどの至近距離で見つめる紅い瞳はゆるりと潤んで見えた。その美しい色をじっと見つめていると押し退けようというのか、そっと胸に手が当てられる。力を込められる前にもう片方の腕を腰に回して体を更に密着させた。途端にびくりと跳ねる体を無視してもっと深く抱き込むとダメ押しのように首の後ろを鷲掴んで逃げられないようにと固定する。

「んっ……んぅ……っ」

 力加減が出来ていないだろう、強い抱擁に刹那が苦しげな表情を浮かべている。鼻にかかる吐息が劣情を煽ってきた。無意識であることは理解しているが、せっかく重ねた唇を離す気にもなれず、更に深く貪る様に口づけると胸元でぎゅっと握られた拳が小さく震えだす。息苦しさに強張っていた体から力が抜け出したのを見計らってそっと唇を解放した。

「っあ……はぁ……」

 解放されて慌てて空気を取り込むように開かれた唇から覗く舌が空気を取り込む度に蠢く様が艶めかしい。その光景に瞳を細めて再び顔を伏せた。

「っんぅ……」

 耳を擽る声に鼓動が速くなってくる。不意を突いて開いたままだった唇の中に舌をねじ込むと、柔らかくて熱い、濡れた感触に触れた。甘えるように擦り合わせて甘美な蜜を味わい始める。
 どのくらいそうしていただろう?震え逃げようと捩る舌を執拗に追いかけているとふと腕の中に感じる重みが増した。

「!」

 ぐらりと凭れかかる心地いい重みにはっと我に返った。絡めた舌をそっと解いてゆっくりと解放すると頬を赤く染めて息も絶え絶えなほどに上がっている刹那の顔が見える。一瞬にして血の気が引いていく感覚にぎしりと固まってしまった。

「は……ふ……っはぁ……」
「……せつ、な……」
「……らい、る?」

 ふわりと開かれた瞳が涙に潤み、己の顔を映し出している。その艶めかしさに一瞬くらりと眩暈が起りかけたが、目覚めた理性がこの後どうしようかと思考を忙しなく回し始めた。

「あ、あの……」
「?」
「く、ち……が。……さみしく……て。」

 あまりにも拙い言い訳にさらなる混乱を己で引き起こしてしまう。もっと何かあっただろう!と激しく突っ込んでいると刹那がゆっくり頷き、体を立て直した。唖然と見つめているとぐっと胸を押されて緩んだ腕から出て行ってしまう。

「……そうか。」

 次に零れた声ははっきりとした音を持ち、ゆっくりと上げられた顔は『いつもの刹那』だ。まるでついさっきまでの事は幻のように感じたが、身なりを整えている刹那の頬が上気したままだった。

 * * * * *

−……絆されている……

 廊下を移動しながら目の前を進む緑の制服を見上げる。頭の中ではしっかり別の人間だ、と識別しているのに、どうにも体がついてきていないようだ。首元で器用に動いていた指に、かつて同じようにネクタイを直してくれていた手を重ねてみていた。
 革の手袋を着けたままだというのに一度も止まる事なく結んでしまう手が記憶の中の手と重なり……続き作業のように首回りを整える動きまで全く同じだったからタイムスリップをしたように、夢見心地になっていた。
 整え終わったらネクタイだけでなく髪も整え、じっとしていたご褒美なのか、頬を擽る動きにまでシンクロしていく。顎を捕らえられ、上を向かされて、重なる柔らかな熱。それを感じ取った瞬間頭の中で警笛が鳴り響いた。

 見開いた先にあった碧の輝き。
 じっと射竦める瞳に「ダメだ。」と思った。
 この腕から逃れなくては、と腕を動かした時にはもう遅かった。
 力強い腕に抱きすくめられ、呼吸が止まるほどの抱擁を施される。
 上手く出来ない呼吸に体が痺れ出すと更に深く口づけられてしまった。
 頭の中で鳴り響く警笛になんとかしなくては、と思うのに……

 生理的に溢れる涙で滲んだ視界に映るのは己の心を捕らえて離さない愛しい色彩。

 脳裏に描く幻が甘く優しい拘束を施していく。口の中に侵入した熱がじんっと理性を痺れさせていった。与えられる熱に頭の芯がぼやけてきた時になってようやく解放される。
どうにか取り繕い普段通りに振舞ってはみたが…どう思われたのだろう?

−……あのままだったら一体どうなってたんだか……

 僅かに背筋に走る悪寒に気を引き締めねば……と強く誓い、皆の待つブリーフィングルームへと急いだ。


10/12/20 脱稿
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