4年ぶりの出会いは『最悪』以外のなにでもなかった。
「食事を持ってきた。」
「………」
何もない小さな部屋に閉じ込められた沙慈の元を訪れたのは支給された制服に身を包んだ刹那だ。
アロウズの動きを掴み、向かった先にいたのは戦争とは程遠い場所で暮らしていた沙慈・クロスロードだった。彼はもちろんカタロンの人間ではないし、アロウズに命を狙われるような人物でもない。どうやら己の夢に向かって突き進んでいたところを今回の事態に巻き込まれたようだ。一先ず保護してはきたが、トレミーの中を一般の人間に好き勝手うろつかれても困るという事で軟禁という状況になっている。どこか安全な場所に降りれるならすぐに解放してやれるのだが……現状では叶わなかった。
食事を運びがてら少し誤解もあると判断した刹那は、4年前。彼の言う無差別殺人を犯したガンダムについての説明をするべくデータを持ってきた。これを見せたところで彼の心が晴れるわけではないが、真実を知って欲しかったという刹那の願いもあった。
モニタに映し出された紅いガンダムに視線を落したまま黙り込んでしまった沙慈の横顔を見ながら刹那はしばし考え込んだ。トレミーにいる限り沙慈が『彼』と出会わない可能性はゼロとは言い切れない。それによって引き起こされる諸々の混乱を想定して話を切り出すことにした。
「……お前に……話しておくことがある。」
「………まだ何かあるのか?」
「ロックオン、を覚えているか?」
「……君と一緒にいた男の人?」
「あぁ。」
「……もしかして……彼も?」
「ガンダムマイスターだ。」
突然切り出した男の話に訝しげな表情をしていたが、刹那と関わりがあるという次点であらかた想定は出来ていたらしい。その顔が更なる苦痛に歪められた。
「誤解するな。それのパイロットではない。」
「……じゃあ何を言いたいんだ?彼と今もうまくいってるとでも?あぁ、もしかして婚約したとでも言うのかい?」
「違う。」
沙慈にはロックオンと刹那が恋人としてお付き合いしていた事を知られている。知られるきっかけは沙慈の恋人であるルイスの鋭い勘によるものではあるが、ロックオン自身もオープンにしていた。当時はCBのメンバーに話すことは出来ないし、彼自身、誰かに話したかったというのもあったかもしれない。そんな経緯から、沙慈は唯一、ロックオンと刹那が付き合っていた事、刹那が実は女の子であることの両方を知る人間だった。
その為、『ロックオン』について沙慈にはいくつか話さなくてはならない。脾肉げな反応を見せる彼をじっと見つめながら刹那はそっと口を開く。
「お前の知っている『ロックオン』はいない、ということを知っておいてもらいたい。」
「?……どういうこと?先日迎えに行ったんだろ?」
「あぁ。けれどお前が『会ったロックオン』ではない。」
「……なに……言ってるの?」
刹那の言葉が足りない話し方は相変わらずだった。沙慈もその事は分かっているのだが、あまりに足りなさ過ぎて刹那の言いたい事がまったく伝わっていない。こんな時彼がいてくれたらうまくフォローをしてくれるのだろうが……
「……ちょうどいい……」
「え?」
開けたままだったドアを振り返った刹那がぽつりと呟いた。首を傾げていると廊下に上体を突き出した刹那が誰かに向って手を掲げているようだ。しばらく見つめているとその相手が視界に入ってきた。
「!」
「わり、ちょっと……って……取り込み中?」
「いや、構わない。どうした?」
「あぁ、シミュレーションしようと思ったんだけど、ハロが見当たらなくてさ。」
刹那の横に現れた人物は緑のパイロットスーツに身を包んだ、『ロックオン』だった。ミルクティーブラウンの髪の色も、切れ長な碧い瞳も、精悍な顔立ちもはっきり覚えている面影とまるで変わらない。しかし僅かに距離のある二人の立ち位置に違和感を覚える。記憶にある男性は刹那が不機嫌そうな顔をするのもお構いなしに、その肩に、細腰に腕を回して抱き込むように体を寄り添わせていたように思う。ぼんやりと見つめる間にも二人の会話は続けられた。
「ハロ?さっき一緒にシミュレーションしていたのだろう?」
「えぇ、まぁ……教官殿にみっちりしごかれながらね。」
「それでなぜ探している?」
「教官殿の練習から解放されてコーヒーを飲みがてら休憩に行ってさ。すぐ戻るからって待ってもらったんだけど……」
「……戻るといなかったのか?」
「そんな感じ。」
ひょいと苦笑を浮かべて肩を竦める表情もやはり記憶にある顔と同じだった。なのになぜか刹那の対応が違うように見える。無表情なのは変わりないのだがどこか柔らかさを持っていた以前と違い、今は全くの無表情といってもいい。どうしてだろう?と疑問が更に降り積もる。沙慈の目から見てても刹那はロックオンに対して心を開いている節を感じていたのだ。
「格納庫からハロを連れだせるとしたら……イアンかミレイナか。あとフェルトも仲がいいから聞いてみるといい。」
「フェルト……ね……」
「あんたの気持ちも分からないでもないが、余計なことはしていないだろうな?」
「信用ないねぇ……同じことは2度もしませんよ。」
「……ならいい。」
やり取りを聞けば聞くほどに刹那の対応が固い。むしろ他人行儀すぎる。ますます困惑していると、くるりと振り返られてびくりと体を跳ねさせてしまった。
「刹那の友達?」
「え?……あ……」
「知り合いだ。」
「う……うん……」
「知り合いねぇ……」
突然話を振られてうろたえていると刹那があっさりと答えてくれた。今はもう『ご近所』ではないことを思うとどう言えばいいか困ってしまったし、『友達』というのもどうなのだろう?とうっかり考え込んでいたので刹那の言葉は正直助かる。けれど少し淋しさも感じてしまってぐるぐると廻る思考にうまく話せないでいた。すると『ロックオン』が意味ありげな笑みを浮かべる。
「もしかして付き合ってたりなんかして?」
「えぇぇぇ!?」
ぴっと二人を指さして放たれた言葉に過剰なほど驚いてしまった。思わず上げてしまった大声に、しまったと口をばふっと両手で覆ってしまう。ちろりと見上げた先にはきょとりと瞬いている『ロックオン』の顔があった。
「あれ?冗談だったんだけど。」
「性質の悪い冗談だ。彼には婚約者がいる。」
「ありゃ、それは失礼を。」
「ぅ……あ……」
「それ以前の問題だ。」
「まぁねぇ……いくら冗談でも『男同士』で付き合ってる発言は酷かったわな?」
からからと笑う『ロックオン』に沙慈は視線が釘付けになってしまう。言葉の内容が色々と可笑しい。付き合っているのかという質問もそうだが…彼は今確かに『男同士』と言った。
「イアンとミレイナなら格納庫脇の整備室に籠ってプログラムの開発をしているかもしれない。」
「整備室ね。」
「そこにいなければ談話室を覗いてみろ。」
「さんきゅー。んじゃ、お邪魔さん。」
そう言い残して朗らかに笑い手を振って彼は去って行った。唖然としたままその残像を眺めるようにドアの方を見ていたが、刹那が振り返ったので現実に引き戻される。その変わらない無表情な顔を見つめてしばらく……ようやく声を絞り出した。
「……どう……して?」
色々と頭の中で整理してみるがいくつもの違和感と合致しない点が存在する。一瞬記憶喪失とか…とも考えたが信憑性がまったくない。説明を求めて刹那を見つめていると、腕組をし直した彼女がドアの縁に凭れ掛かり静かに口を開いた。
「お前の知っている『ロックオン』はもういない。」
「でも……今の……」
「別の人間だ。」
「ッ嘘だ!」
「嘘ではない。」
「嘘だ!まったく同じ人じゃないか!」
「いいや。全く違う。」
きっぱりと言い切る刹那が可笑しくなったのではないかという気持ちでいっぱいになってくる。相も変わらず無表情な顔を信じられない気持ちで見つめているとすっと視線を外してさっきの彼が行ってしまった方向へと向けられた。
「今の『ロックオン』は弟だ。」
「……おとうと……?」
「双子の……弟だと言っていた。」
そんなまさか……という気持ちとともに、双子ならばまったく同じ容姿をしていてもおかしくはないと納得もしてしまう。しかし、『出会ったことのあるロックオン』も『今出会ったロックオン』もマイスターで刹那と一緒にいる。なのになぜこんなに違和感が生じるのだろう?なによりも、『今出会ったロックオン』は刹那が『彼女』であることを知らないようだ。
「今、俺の体の事を知っている人間はいない。」
「……え?」
「例外として司令塔のスメラギと医務を受け持つ人間だけが知っていた。」
「でも……ロックオンさん……」
「あぁ。同じ任務に就いた時に知られたんだ。」
「……任務……」
「それ以外のみんなは俺を『男』だと思っている。いや……『男』として認識している。」
「………だから彼は……」
「知らないんだ。」
そこまで聞かされてようやく納得がいった。このトレミーに来た時も少しの違和感があった。ティエリアという人の接し方やラッセ、ミレイナ、フェルト、イアン…戦友の帰還というのは間違っていない。けれど握手や拳のぶつけ合いの仕方を見ていると女性に対する接し方ではなく男性に対するそれだったと今理解できた。それでも普通に受け入れている刹那に強い違和感を感じなかったのは『女であること』を知らせていないからだったのだ。
「女だって……言わないの?」
「知らせる必要がない。」
「必要って……」
「俺が俺であることに変わりはない。」
「……そう……だけどっ……」
「それに知らせたところで今まで通り戦うのに変わりはない。だから必要はない。」
刹那の言い分は正しいかもしれない。けれどどこか釈然としない心に沙慈はほぞを噛んだ。
俯いてしまった沙慈を見つめながら刹那は小さくため息をつく。
「……それに……もう俺が女であっても意味を持たない……」
「……え?」
聞こえるか聞こえないかの微量な声量で囁かれた言葉はどこか酷く淋しげに聞こえた。まるで置き去りにされた子供のように小さくうずくまる姿が重なって感じる。弾かれたように挙げた先にはやはり無表情な顔をした刹那がいた。けれどその瞳が一瞬揺らいだように見える。
「……せつ……」
「しばらく不自由ではあるが我慢してくれ。」
「……あ……」
「出来るだけ早くトレミーから降りれるように配慮する。」
声をかけようとしたが、刹那が踵を返す方が僅かに早かった。無意識に引き留めようとした手が宙に残される。ドアから片足が出たところで沙慈は意を決して呼び止めた。
「っ……刹那!」
「……なんだ?」
「その……ロックオン、さん……は……どこ、に?」
この呼び名は正しくないかもしれない。会ったことのない弟の方も『ロックオン』と示しているのならばこの呼び名はどうやら固有の人物を指すものではないようだ。けれど、『ロックオン』としか知らない『彼』をどう呼べばいいのか分からず、結局はこの呼び名を口にするしかないのだ。しかし、刹那ならばきっと……いや、絶対に伝わると確信を持って問いかける。
ただ……その答えを自分は知っているような気がする……その言いようのない怖れとともに聞かずにはいられなかった。
嫌な汗が背筋を伝い、震えそうになるが拳を握りしめることでどうにか耐える。じっと刹那の口が動くのを待ち続け……そっと開かれた瞬間僅かに身構えた。
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