「よく……無事だったな、刹那。」

 それは久しぶりに見る仲間の顔だった。

 * * * * *

 窮地を救ってくれたガンダムはティエリアが搭乗するガンダムセラフィムだと教えてもらった。別れた頃よりも表情が豊かになり、微笑みを向けてくれている。刹那の居ない間に残ったメンバーでプトレマイオスを修理し、再編成へと向けて活動をしていたらしい。フェルトやラッセの無事を聞き、イアンも娘とともに加わっていた。
 新たに作成したらしい制服の話やロールアウト前のガンダムの話をして、この4年間のお互いの話をそれとなくしていった。刹那にも制服が配給されるとのことだが、急成長をした為にサイズの変更が必要となり少し時間がかかることになった。その間に刹那は欠けた仲間を迎えに行くと言い出す。もちろん反対はされなかった。

「我々の戦力も装備もまだ完全ではない。無茶はするな。」
「あぁ、分かっている。」

 人の心配をするティエリアに驚きつつも、何故だかその言い回しが他の人間に重なることに小さく笑が漏れる。きっと彼の中にもあの男が生きているのだな、と刹那は嬉しく思った。

「それから……」
「?まだ何かあるのか?」

 だいたいの動きを打ち合わせた後、更に言葉が続いていた。民間機の出発時間を照らし合わせるとそろそろ出発しなくては一本遅らせなくてはならなくなってしまう。

「ラグランジュにも寄ってくれ。」
「ラグランジュへ?」
「あぁ、制服もパイロットスーツも早急に作ってもらうからあの二人と接触を計る間に仕上がると思う。」
「なるほど。」
「ついでに見てもらいたいものもある。」

 どこか苦しげな言い方に刹那は首を傾げた。何に対しても冷静沈着なティエリアにしてはとても珍しいな、と思ったのだ。すっと差し出されたのは写真だった。

「?……これは?」
「トレミーの修理の際に……ロックオンの部屋の整理もしたんだ。」
「……あぁ。」

 トレミーにはもちろんマイスター及び乗組員の個室が存在していた。つまり居なくなった仲間。彼の部屋もあったのだ。きっと彼らの持ち物を整理するのは辛かっただろう、と察しながらも、そういえばフェルトがクリスのバレッタを着けていたな、とふと思い出した。仲の良かった彼女達の事だ。おそらくフェルトは居なくなったクリスの分まで戦い、生き抜くのだという決意のもとに着けているのだと憶測できた。
 渡された写真を見るとそれはステンレスのような面を持つスーツケースなるものだ。施錠出来るタイプのもので、横に小さな鍵が置かれているのできっとこの鞄のものだろう。

「ロックオンの鞄なのか?」
「そうだ。中身の確認の為にも見つかった鍵を使ったが、二重ロックのものだった。そこでハロに頼んでみたが……」
「……開かなかった……?」

 それは……まさか……といった響きの声だった。あのハロに開く事の出来ないものなどないと思っていたからだ。けれどはっきり頷くティエリアに真実なのだと思い知らされる。驚きに満ちたままに視線を写真へと戻した。

「少し語弊がある。」
「え?」
「開く為の許可がない。」
「……だとしたら……これを開く事は出来ない。」

 ロックオン自身の許可が必要なものならば、同じ彼でなければ許可を出す事は不可能だ。けれど彼の人はもう存在していない。中に何が入っているか分からないという口ぶりからさすがにこじ開けたりというのは気が引けただろう。それでなくとも、彼の持ち物だったのだから傷つけたくないというのも理由に含まれるかもしれない。

「いいや、許可は刹那が持っている。」
「……なに?」
「ハロによると……その鞄のロックは刹那の網膜と刹那自身だということだった。」
「……俺自身?」
「おそらく……ロックオンが君に何か残したのではないか?」
「………」

 あまりにも想定外な事態に刹那は写真の中の鞄へと視線を落とす。彼はいつも最小限の荷物を肩から下げるような鞄に纏めていた。けれどそこに写し出された鞄は七泊出来るほどの大型であり刹那自身にはまったく見覚えのないものだ。
 一体何が入っているのか、と訝しげな気持ちで一杯になりながらしばらく眺め続けていた。

 * * * * *

地上に降りた刹那がまず向かったのはアイルランドだった。
クラシカルな十字架の立ち並ぶ一角に足を進めると、途中で購入した花束を捧げる。じっと見つめる視線の先に刻まれた文字。『ディランディ』。彼の本名。ファミリーネーム。

「……ロックオン……ここにいるのか?……それとも……宇宙にいるのか?」

 静かに降り注ぐ雨の中刹那は呟いた。彼の居なくなった今、己の進む道を示すのは己のみなのだ。もう……手を取って導いてくれる存在はいない。その事実を胸に刻み、それでも彼の言葉を聞きたくてここに来た。
 返ってこないと分かりきっている問いを溢す。

「俺は……あんたと一緒に戦いたい……共に……戦ってくれるか?」

 そっと膝を折って冷えた墓標に額を押し当てる。

「……ニール……」

 先日酒場で垣間見た男は彼と酷似していた。双子なのだから当たり前ではあるのかもしれないが……刹那には歴然と感じる違いに安堵のため息と絶望のため息を吐き出した。
 自分のやろうとしている事は間違いかもしれない……いや……正解などないかもしれない。
 けれど……小さな画面の中で毅然とした表情のマリナが映し出されている。

「俺は……戦う……」

 * * * * *

 スメラギの所へ行く前に刹那はラグランジュへと赴いた。ティエリアが言っていた鞄を見るためだ。
 彼の残したものだから中身を確かめて他のメンバーにも教えてやりたいと思ったのだ。施錠のキーとなるのは全て刹那だが、あの彼が個人を贔屓しすぎているというのも何か引っかかるものがある。何にせよ、問題の鞄を開いてみなければ答えが出せない。

「この部屋に全て置いてあります。何か持って行きたいものがあれば持って行ってください。」

 すでにティエリアから連絡が入っていたらしく、到着すると多くを語らずとも部屋を案内された。散っていった仲間の持ち物で回収できたものは全てこの部屋にあるのだという。ドアを開けてもらい、中へと入ると壁一面の棚に様々なものが置かれていた。時間の許す限りゆっくりしていけばいい、と言われてスタッフは通常業務へと戻っていく。
 静かに閉まった扉をしばらく見つめた後部屋の中を見回した。どうやらプライベート空間として造られた部屋のようでカメラの類は一切ないようだ。ガラスや鏡の類があればマジックミラーかと疑うところだが、それに該当しそうな物もないので完全な個室であると確信出来る。
 共に戦ってきたメンバーの遺品という事もあって見覚えのあるものも幾つかあった。
 ゆっくりと見て回り、ふと目に付いたのは花柄のポーチ。いつだったかクリスに借りた物だ。さらにモレノのであろうサングラス。リヒティが着ていた縞々の水着もあって思わず笑みが漏れた。順番に回っていると、見慣れた……懐かしいファーの付いたベスト。ティーシャツやジーンズ、手袋もある。どうやら着替えの替え一式が纏めて置いてあるようだ。そっと何枚か捲ってみると一際懐かしく感じる海水パンツが出てくる。本当に回収できたものを片っ端から保管していたのだな、と思わず笑が漏れてきた。

「……これか……」

 部屋の端に陣取っている大型トランク。写真で見せられたもので間違いない。鍵は紐に付けて括りつけられている。一先ず広い場所まで運び、すぐ傍に座り込むと鍵を確認した。とりあえず鍵を差し込んでみるとカチャリ、と小さな音がして、開いた金属部から小さなレンズが覗く。じっと見ていると小さな画像も出てきた。どうやら網膜の読み取りをするらしい。そっと瞳を近づけると細いライン状の光が目の上を通り過ぎる。

『網膜確認……データとの一致を確認……クリア……』

 刹那の網膜がロックの一つだと言っていたとおり、またカチリと鍵が開く音が聞こえる。これで開くのかと思えば画面上に新たな文字が浮かんできた。

『What is my name?』
「?……私の名前は何ですか?」

 そこで刹那は少し考えた。『ロックオン・ストラトス』ならば『刹那』でなくてもいい、という考えが浮かんだからだ。だが彼の本名といっても知っている人間は刹那の他に、フェルトもいる。『刹那である』理由を照らし合わせるとやはり本名か、と少し躊躇いながらも答えた。

「……ニール……ディランディ。」

 何故か酷く緊張しながらも紡いだ音に僅かな沈黙が訪れた。間違えたか?と心配になっていると鍵が開く音がする。ぱちくりと目を瞬かせていると鞄の蓋が僅かに持ち上がった。そろりと手を伸ばして押し開くと……

「………………抱き枕?」

 モスグリーンのさらりとした布地が目一杯に押し込められていた。チューブのような筒状で窮屈そうに曲げられている。呆気に取られながらもずるずると取り出してみるが、他には両手持ちの鍋が入りそうな立方体の箱が一つあるだけだ。まじまじと見比べて箱を取り出してみると特に鍵もなく、クロスがけにしたリボンだけ。すんなりと開きそうだな…と解いて蓋を開けてみると白い真珠と花が敷き詰められている。花はほとんど薔薇で…淡い空のような水色、深い藍色のような青色、新雪のような白色、ワインのような紅色と何色か入っていた。

「……何だ……?」

 その花々はまるで生花のように瑞々しく見えるが、どう考えても見た目の新鮮さを保つには年月が経過しすぎている。そっと指でなぞってみると花弁独特の柔らかさはなく、カサリ、と固い音がした。その中でも綺麗に大きさ順で並んでいる青い薔薇を摘み取ってみると、花の裏側に髪飾りのコームが付いている。一塊になったその薔薇の間にはパールが散らばり、白いレースも付いていた。ますます首を傾げて、思い切って箱から取り出す。

「ぅっわ!?」

 ぐっと引っ張り上げると、そのレースの先には同じように並んだ薔薇とパールの塊が付いていて振り子のように大きく揺れ動いてしまう。どこかにぶつけてしまいそうになるのを慌てて掴み取って難を逃れた。ふぅ……と小さくため息を吐き出してしまう。改めて取り出した花を見つめると、二つの塊の間をレースが繋いでいるらしい。コームからして髪に付けるものだというのは一目瞭然だが……
 おもむろに周りをきょろりと見回して、クリスが使っていたスタンドミラーを見つけた。その前まで移動すると手に持った飾りをカチューシャのように宛がってみる。すると白いトーションレースがくるりと回り、薔薇の飾りが両耳の裏にぴったりと当てはまった。

「……俺の髪飾り?」

 薔薇の色味をじっと見れば見るほどに自分が着用しているパイロットスーツの色に似ている。仮にそうだとして……

「……豪華過ぎないか?」

 つけているのも勿体無い気分がして外すと薔薇と真珠の細かな細工をしげしげと眺める。そこでふと箱の中身をもう一度覗き込んだ。さっきはあまり気にしなかったが箱の底面に布らしきものが確認できる。埋め尽くさんばかりの量がある花を丁寧に取り出して底に敷かれた布を広げてみた。


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