廊下を突き進み、いるだろうと目星をつけていた談話室に求めていた姿を見出した。ソファに身を沈めて本を読んでいるらしい。そっと音を立てずに近づいて背後に忍び寄るとソファの背もたれ越しに抱きついだ。

「お?」
「………」

 突然圧し掛かられた重みに驚いた声が上がったが聞かないフリをしてぎゅっと腕の力を強めた。

「どした?」
「……どうもしない。」

 肩口に顔を埋めて首を振る刹那にニールは手に持っていた本を横へ置いてその髪に指を絡める。一応問いかけてみたが予想通りのそっけない答えが返ってきた。長年ともにいたとはいえ、こんな風に自分からくっ付いてきた事はおろか、抱きつくなど前代未聞な出来事だ。

「どうもしないこたないだろ。珍しく甘えん坊か?」
「……」

 返されたのは沈黙だったが、それは肯定の沈黙だ。背後からしがみ付いている体を前へと導き抱き寄せて膝の上で横抱き状態にする。すると両手がするりと首に回り顔を埋めてきた。黒髪を優しく梳いて頬を摺り寄せてやるとますます体をくっつけようと小さくなる。

「刹那ー?」
「なんだ?」
「そんなにぴったりくっ付かれると何も出来ねぇんだけど。」
「……何もする必要はない。」
「や?んなこと言われてもだな…」
「あんたはただここにいてくれればいい。」

 なかば熱に浮かされたような声で囁かれるとニールはどうしようもなくなってしまった。背もたれに両腕を引っ掛けて天井を見上げると一つため息を溢す。

「……欲のないことで……」
「……そんなことない……」
「無欲だよ。いるだけでいいなんて。」
「充分だ。」
「そうはいうけどなぁ……」

 ニールがソファの背もたれに後頭部を押し付けて宙へと唸り声を上げ始めた。その様子に刹那は訝しげな気持ちになってくる。そっと顔を離してちらりと上目遣いに見上げると苦笑を浮かべるニールが目を合わせてくれた。

「……何故渋る?」
「俺としては足りない気分なの。」
「……足りない?」
「そ。」

 首を傾げると革手袋に包まれた指先が頬を擽る。思わず瞳を細めると反対側に唇を当てられた。

「もっと何かあるだろ?」
「……例えば?」
「手、繋いでとか。」
「……とか?」
「頭撫でて……名前呼んで……抱き締めて……キスして?」

 最後の言葉とともに額へ柔らかく口付けを施される。甘い笑みを浮かべる顔が覗き込んでくると、まるで催眠にかかったように瞳を伏せてしまう。すると時を待たずして唇を攫われた。離れていく熱にふわりと瞳を開けば今度は目尻に落ちてくる。それも羽根が触れるように擽るだけですぐに離れていってしまった。じっと見上げれば言葉を促す瞳に顔を反らしてその胸へ蹲った。

「……どうして……」
「うん?」
「……どうしてあんたはそんなに優しいんだ……」
「そりゃ刹那が愛しいから。」
「違う……誰にでも優しい……」

 僅かに泣いている響きを滲み出す声に思わず目を瞠った。そうして苦笑を滲ませる。

「……それはその頬の痕と関係ある?」
「!」

 つぅっと指を滑らせるとその肩がぴくりと跳ねる。ますます小さく縋りつく姿に小さくため息をついて頭を柔らかく撫でた。

「冷やしては来たんだろうけど……まだ赤いぜ?」
「大したことじゃない……」
「誰にやられた?」
「………」
「……っつってもやっぱ答えねぇわな。」

 予想はしていたが、その予想を全く裏切らなかった刹那に思わず笑いが漏れた。丸くなった体を両腕で包みなおして揺り籠みたいにゆっくりと小さく揺らしてみる。まるで泣いている子供をあやすようなその行動に刹那の瞳が緩やかに細められた。

「……あんたみないになりたい……」
「……どうして?」
「ニールなら……もっと傷つけずに伝えられる。」
「……そうだな。お前さんはその辺不器用だな。」
「………」
「……けど俺は別に優しいわけじゃないよ。」
「?そんなことはない。」
「あるの。お前さんが知らないだけだよ。」

 尚も紡ごうとした反論はその唇に封じられて声にはならなかった。

「お前さんは俺と違って相手の罪も自分の罪に替えてそいつを守ろうとしてる。」
「………」
「俺にゃ出来ねぇよ。」
「にぃ……」

 どこか辛そうな表情になったニールに刹那が驚いていると再び唇を塞がれてソファへと鎮められた。

 * * * * *

「あれ?こんなとこでどうした?」
「あ……ロックオンさん……」

 談話室のソファで少し無理をさせてしまったので、気を失ってしまった刹那を抱えて彼女の部屋まで運んだ。目が覚めたら喉が渇いているだろう、と飲み物のついでに何か軽く摘める物も用意するべく食堂へ向かっていた。すると食堂の入り口辺りでうろうろと落ち着かない様子の沙慈がいる。呼びかけてみると酷く困惑した表情を向けられた。

「……あの……」
「刹那なら部屋だぜ?」
「ッ……いや、その……」

 すぐ近くに着地して軽い調子で言葉を紡げば予想通り俯いてしまった。その様子に苦笑が浮かんでしまう。

「君はもっと器用な人間かと思ってたんだけどな。」

 相手はもう子供ではないと分かってはいるのだが、まるで怒られた子供のようで思わずその頭でぽんぽんと軽く手を跳ねてしまう。ちらりと上目遣いに見つめてきたから首を傾げて言葉を促した。

「……刹那から何か聴いたんですか?」
「なーんも?」
「え?」

 てっきり刹那から経緯を聞いたと思い込んでいたのだろう、素っ頓狂な表情で顔を上げる沙慈に笑みを向けながら食堂の中へと入っていく。完全に入る前に手招きをすれば一瞬迷いつつも付いてきた。

 * * * * *

 きっと頬を殴られてから冷やすことに専念していただろう刹那は夕飯を食べていないだろう、と軽く摘めるものを準備し始めた。そんなニールを少し離れたところから沙慈は何も言わずに黙って見ている。

「……刹那はさ、基本的に喋らないだろ?」
「………はい……」

 緩やかに語り出した声に俯き加減で相槌を打つ沙慈を横目に見ながら言葉を続けた。

「知らないんだよ、あいつ。」
「……え?」
「どの言葉を選べばいいか、とか。どう言えばいいかとか分からない。知っているのはただ戦うことだけでさ。」

 これなら食べるだろう、とりんごの皮を剥き始める。しゃりしゃり……と小気味のよい音を立てて皮が長細い帯に変わっていった。視線は器用に動かすナイフを見ているが、気配は沙慈の様子を伺っている。

「話し合うとか、触れ合うことで伝わるものとか……全く知らずに生きてきたんだ。」
「………」

 物心ついたころにはその小さな手に銃を握り、ナイフを握り、生き抜く為に戦争の中を走り続けてきた。言葉の届かない相手しかいない。だから、行動で示すしかなかった。自分は『生きていたい』のだと。

「だからさ。言葉ってのは圧倒的に足りないんだわ。それで行動でなんでもかんでも表そうとする癖がある。」
「……それは……なんとなく分かってました……」

 上がった顔が再び俯くのに苦笑を浮かべる。どうやらこの青年は刹那と友達としての付き合いをしてきていたらしい。それに相手のことをよく見ている。

「でも……」
「戦えって?」
「ッ!」
「やっぱり……そういう言い方したか……」
「……分かるんですか?」
「まぁねぇ。伊達に何年も一緒に過ごしちゃいねぇよ。」

 驚きに染まる顔に解説を加えればすぐに納得の色を見せる。けれど一緒に過ごしただけではきっとここまで分からないだろう。けれど分かってしまうのは己がいかに刹那を愛しているかだとニールは自負していた。

「君の気持ちも分からんでもないけどな……」
「……」
「でも刹那は殺せとは言ってねぇだろ?」
「……それでも……戦うっていうことは……」
「俺達と同じことしろってわけじゃねぇよ。」

 されても困るし。その言葉は飲み込んで剥き終えたりんごを皿に盛り付けていく。更なる困惑に突き落とされたような表情の沙慈をちらりと横目で見て己に対してため息をついた。

「君には君の戦いがあるだろ?」
「……たたかい?」
「たとえ大事な相手に呼びかけ手を伸ばすだけだとしても、立派な戦いだ。」
「………」

 シンクを片付け水と皿を手にニールは沙慈の前を横切っていく。彼はというとじっと足元を見つめたまま動かない。扉から出て行く間際にもう一度振り返る。

「あと刹那と話したかったら明日にしてくれ。」
「……え……?」
「さっき寝かしつけたとこなんだ。」

 微笑みを浮かべたはずなのだが、固まった沙慈の表情に普通の笑みを浮かべるのに失敗した事を知る。けれど気にすることなく廊下を歩いていった。

 * * * * *

「……にぃる?」
「あぁ、悪い。起こしたか?」

 部屋に戻るとベッドの上でのそりと刹那が上体を起こした。サイドテーブルへ皿と水を置いて気だるげに動くその体を支えながら腰を掛けると目尻にキスを落とす。

「大丈夫か?」
「あぁ……下半身の感覚がほとんどないくらいだ。」
「……大丈夫じゃねぇだろ、それ。」

 肯定をしておきながら続いた状況報告に苦笑を漏らした。楽なようにとベッドに乗り上げた自分の前に座りなおさせて凭れるように促せば素直に体を預けてくる。

「水分とついでにりんご持ってきたんだ。」
「……多い……」

 ほら、と目の前に持ってきた皿の上には推定3・4個分のりんごが乗っている。刹那のいつもの摂取量を考えればはるかに多いそれに首を傾げた。

「俺も食べるからいいんだよ。」

 くしゃりと頭を撫でられて皿を受け取るとニールは少し奥に置いてしまった水を取るのに体を捩っている。その様子を横目でみてもう一度りんごに視線を移すと口元が僅かに笑みを象った。

「……嘘つき……」

 ニールが果物の類を滅多に口にしない事は分かっている。つまり、この量を剥く間、誰かといたということだ。しかも何かしながらでないと落ち着かない相手。そこまで考え粗方の予想がついてしまった。
 ぽつりと囁いた言葉はニールには聞こえていない。それでも気にすることなく刹那は綺麗に盛り付けられたりんごを一切れ口に運んだ。


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