「あら。見事な夕日が出来上がってるわね?」
目の前が未だちかちかとフラッシュを繰り返してはいるものの移動になんら支障はないので朝食を摂りに来れば回りに人が集まってくる。目の前の席にトレイを持ってきたスメラギが頬をちょいちょいと突付きながらそんな事を言うから苦笑を浮かべた。
「えぇ、おかげで視界が涙で霞んでますよ。」
「出血がないだけマシなんじゃないかな?」
ちょいと肩を上げてそう答えれば右にアレルヤ、斜め向かいにティエリアがトレイを持ってやってきた。くすくすと笑うアレルヤに眉を寄せながら足元をころころと転がっている相棒を指差して口を尖らせる。
「それでもさ、ヘルメットの次はハロって酷くね?」
「自業自得なんじゃないですか?」
4年前と打って変わって集団活動に違和感なく溶け込むティエリアに感動を覚えていると、変わる事のない鋭さで言葉を返されてしまった。それに今度は微笑を含んだ悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いやぁ?俺は素直に答えただけなんだけどな。」
「それが自業自得だろ。」
持っているスプーンをくるりと回すと後ろにライルが腰を下ろしながらそんなことを言ってのける。呆れたと言わんばかりの声に再び苦笑が浮かんできた。同じ背格好の同じ色の髪を肩越しに見てからちらりと左へ視線を走らせれば2つほど席を開けてもくもくと食事を進めている刹那。その横顔は無表情に見えるが、恥ずかしいのを必死に隠しているという事をニールは知っている。その証拠にごく僅かだが瞳がこちらを伺うようにちろりと動いているのがわかった。
「ま、体調も良好そうだし、二人とも。二時間後に地上へ降りて。」
「「は?」」
突然ぽんと言ってのけるスメラギに横を向いたままだったニールと俯いたままだった顔を上げた刹那がぐるりと振り返る。そうして同音同語を同じタイミングで放っていた。
「物資の調達へ行くついでにデュナメスRの調整へ行ってきてほしいの。」
「デュナメスRはついでですか……」
ついでに、とくっつける内容が違うんじゃないかと突っ込めばスメラギは苦笑を浮かべて補足をしてくれる。
「うん、まぁ、どっちも大事なんだけど。製作に加わったイアンから今朝連絡が入ってね。微調整したいから出来たら本人を降ろしてくれって言われたのよ。」
「で?刹那は付き添いですか?」
「付き添いって訳じゃないんだけど。刹那も行った方がいいと思って。」
「俺が?」
ニールの言った付き添いという言葉に納得の色を示していた刹那だが、すっぱりと否定されてしまう。どうも物資調達というのは受け取る物の中に刹那が必要とするものがあるらしく、何なのかさっぱり思いつかず首を捻り始めた。
「制服が出来たのと、パイロットスーツの受け取り。早い方がいいでしょ?」
「あぁ。いつ何があるか分からない分、すぐに着れる方がいい。」
今でも窮屈なパイロットスーツではあるが、使用出来るのでダブルオーに乗る時はそれを半ば無理矢理着て出動している。現時点では危険な状態には陥っていないのだが、出来るならば早急に万全の体勢になりたいところだ。
ならば、直接受け取って少しでも早く着用出来る方がいいだろう、ということだ。制服の方はインナーのみだが、今はゆったりしていた私服の胸元をぱんぱんにしながら着用している。それでもスメラギにヌーブラを借りているのでまぁ、いいか。と言った具合になっているのだ。
精神衛生上大変よろしくない(特に最近帰還した男)服装には変わりないのでさっさと取りに行った方がいいとも思われる。それらもろもろの事情を兼ねた上でも一緒に出るほうがいいと言われてしまえば納得せざるを得ない。
「というわけで、食事が終わったら刹那は私の部屋、初代は弟さんの部屋へ行ってから降りてもらいます。」
ふむ、と納得していたところへまた疑問符を浮かべる事を言い遣う。出発しなくてはならないのに何故2人の部屋へ行かなくてはならないのか?
「なんでライルの部屋へ行かなくちゃならないんだ?」
「兄さんは私服持ってないし、刹那だっていつもの服装じゃまずいだろ。」
「なぜだ?」
「この前の潜入で顔割れちゃったんでしょ?」
「……そういえば……」
「というわけで、早めに来なさいね。」
「「了解」」
快く承諾の言葉を発したが、仕方なく、とか嫌々といった音がふんだんに含まれていた。
* * * * * * *
立て襟にバックルの付いた黒のフィールドジャケットは体のラインをすっきりと見せ、深緑をした細身のカーゴパンツはサスペンダーがぶら下がっている。ジャケットのデザインに合わせたバックル付きのコンバットブーツが歩く度に重厚そうな靴音を立てていた。いつもは無造作に垂らしていた髪を後ろに撫でつけ動きをつけてある。手にはいつも通りの皮手袋をしているが特に浮く事もない。
「よし、こんなもんかな。」
「なんか随分決めてくれてんのな?」
「まぁねぇ……多少の変装くらいはしないとな。」
髪をいじり終って満足したのか、ライルは満面の笑みを浮かべてニールの全身を見つめて一つ頷いた。ようやく開放されたニールはというと姿見に映し出された己の姿を興味津々で覗き込んでいる。ぐっと顔を近づけてみたり引いてくるりと後ろを向いてみたりとしているニールに、引き出しを漁っていたライルが細いフレームのカラーサングラスを胸のポケットに差し込んだ。
「俺はいつものでも良かったんだがな……」
「ダメダメ。兄さんのファッションセンスはハッキリ言って悪いから…俺としてはちゃんとコーディネート出来て良かったよ。」
「悪かったな……センスなくて……」
「いや?あと10年もすれば丁度いいんだけどね?」
「それってつまりはオッサン臭いってことか?」
「別に?そうは言ってないけど?」
「言ったも同然だろうが……」
むすっとした表情を作るニールにライルは取り合わず時計を確認して部屋から出るように促してきた。二人して廊下を進んでいると、不意にライルが振り返る。
「これ、買出しメモ。」
「買出しメモって……そんなに色々あ……る……」
「感謝してくれよ〜?今の時期逃したらこんな事出来ないんだからさぁ。」
メモだと言って渡されたのは、『メモ』というよりは『スケジュール』といった方が正しいであろう文字がずらりと並んでいて…『調達物』ではなく、どこのどんな店に行くかが書かれていた。これは寧ろ、『買出し』ではなく一般で言うところの『デート』というやつでは?と思わず首を傾げるとライルが事も無げに言ってのける。
「……つまり……刹那と楽しんでこい、と?」
「そ。ここんとこ働きづめの刹那にご褒美ってやつ。」
「……あぁ……ね……」
「?なんだよ?乗り気じゃねぇのな?」
「だって……なぁ?」
どうも浮かない表情をしたままのニールにライルが首を傾げれば苦笑を返された。無言で説明を求めれば少々重たいため息が吐き出される。
「あの刹那と……デートになんのかね?」
「ならねぇの?4年前にもしてたんだろ?」
「4年前は……ほら……」
「なに?」
「刹那はまだまだ発育不良のガキんちょだったから……」
「あぁ、らしいな。」
「うん。だから並んで歩いてても親子扱いされてさ……」
「……あぁ……」
今でさえあの男よりも男前な性格だ。それが4年前の誰が見ても少年でしかなかった頃を想像すればどう想像しようが、仲の良い兄弟、もしくは親子。しかも恋人同士で言われて一番辛いのは親子の方だろう。いくら歳が離れているとは言え、親子扱いは両者ともにダメージが大きいに決まっている。俯いてしまったニールから思わず視線を外してしまうライルだった。
* * * * *
地上に降りるのに、途中までプトレマイオスで連れて行ってくれる、との事で搬入口近くの廊下で待機していた。その間に先ほど渡されたメモと別でライルに渡されたメモの内容を粗方頭の中に記憶させ、新たにスメラギからのメモを渡されて内容を確認すると頭を抱え悩み出していた。
そうして30分は経過しただろう、漸く通路の先にスメラギの姿が見えてきた。
「おっまたせ〜」
「お、きたきた。」
「随分時間かかった……な?」
うきうきと楽しそうな声でやってきたスメラギに振り返ればその僅か後ろに刹那がいた。……いたのだが……その姿を見てニールは開いた口が塞がらなくなってしまう。
フリルの付いた白いボレロ型ジャケットに紺色のスクエアネックで膝丈のワンピース。腰よりも少し高い位置には水色のリボンがふわりと揺れている。ひらひらとはためくスカートの裾からすらりと伸びる足には黒の細身ロングブーツが合わせられていた。髪には銀の透かし模様に青い石をあしらったヘアピンが止められ襟足ウィッグを着けているのだろう、肩から緩く巻いた黒い髪の束がいくつか伸びている。顔にもほんのりと化粧を施され、普段のクールさは鳴りを潜め華やかさが演出されていた。
「ど?渾身の作なんだけど。」
「へぇ〜……いぃじゃん。見間違えたぜ。」
得意満面なスメラギの横に立つ刹那をライルは無遠慮なくらいにじろじろと見つめている。その視線をなんとも思わないのか気にしていないのか、刹那はただじっと立っているだけだった。にこにこと笑いながら頭を軽く撫でるライルを見上げ刹那は憮然とした表情を作ってみせる。
「自分がどういう姿になっているのか分からない。」
「鏡見てねぇのか?」
「見る前に部屋から連れ出された。」
「……ミススメラギ……見せないのはまずくないですか?」
「だって見たら絶対脱いじゃうに決まってるじゃない。」
「そりゃそうでしょうけど……」
三人して会話を弾ませていると約1名静かなことに気が付いた。くるりと振り向けばぽかんと口を開けたまま固まっている。
「あら、静かね初代?」
「……やはりいつもの格好で……」
ぎしりと固まってしまったニールにスメラギが首を傾げれば、刹那はどう解釈したのか来た通路を戻ろうとしている。その腕を慌てて掴み引き戻した。
「え〜?フェルトとアニューにミレイナも頑張ってたのに?」
「ぅ……それは……」
「ほら、兄さん。いつまでも黙ってないで。」
「う、え、あ……」
ライルに肘で突付かれびくりと体を揺らしてしまったニールはバツの悪そうな表情で目を泳がせる。
「感想の一つでも言いなさいよ。せっかく頑張ったのに失礼じゃない。」
「あ、あぁ……その……」
「ロックオン?似合わないならはっきりそう言ってくれ。」
「い、いや……」
じっと見上げてくる刹那の瞳に更にアワアワとし始めたニールはなんとか言葉を紡ごうとしたが、それより先に刹那が言葉を発していた。
「……分かった。」
「へ?」
どこか硬い声にニールはぽかんとしてしまう。
「少し時間はかかるが着替えてくる。」
「ちょっ、待て!ダメだ!」
くるりと踵を返し今度こそ戻り始めてしまった刹那の腰に腕を回して行く手を阻止する。微重力の影響で簡単に浮いてしまう体を引き寄せると簡単に胸の中へと収まってしまった。その状態で見上げてくる刹那からふわりと甘い匂いが漂ってきて思わず生唾を飲み込んでしまう。そんなニールの心境など露知らぬ刹那は淡々と言葉を告げるのだ。
「放せ。動揺するほど見苦しいのだろう?すぐ着替えてくるから、それほど時間は取らない。」
「そうじゃなくて!だあぁ〜、もう!行ってきます!」
「「行ってらっしゃ〜い」」
「なっ、おい待て!ロックオン?!」
誤解を解く為の言葉が上手く出てこず、寧ろ外野のいる状態では更に発することも憚られ、強硬手段だとばかりに刹那の体を担ぎ上げて搬入口へと滑り込んだ。後ろから楽しそうに重なる声を聞かなかったことにして小型艇に刹那を押し込み自分も入り込むとバタンと音を立てて扉を閉めた。
「………」
「ロックオン?腕を放してくれ。」
扉を後ろ手に立ち尽くしたままのニールは未だ腰に腕を絡めたままで弛む気配がない。なんとか放してもらおうと手を重ねるとぐるりと体を反転させられた。
「わっ!?」
向かい合えた瞬間にがばりと抱きしめられて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ぱちぱちと瞬きを繰り返すと視界の端にミルクティーブラウンの髪がふわりと揺れるのが見えた。
「どうしたんだ?ロックオン。気分でも悪いのか?」
「……違う……」
「じゃあ、なに……」
「刹那が可愛すぎるんだよ……」
「は?」
先ほどから様子のおかしいニールを気遣って背中にそっと手を回して摩ればますます強く抱き締められる。息苦しいとまではいかないが全く身動きが取れなくなった。気分が悪いのかと思って声を掛ければ意味不明な言葉が返される。疑問符を大量に飛ばして様子を伺っていると背中でするりと腕が滑って頭を持ち上げられると必然的に見詰め合うことになった。
「可愛すぎるから……」
情熱的な視線とうっとりした声でそう囁かれると不意に顔が近づいてくる。
「ん!?」
「……こうやって……抱きしめてキスをいっぱいしたくて我慢出来なくなってたんだ……」
「ろっく……お……」
不意打ちの口付けは互いの舌を絡めあうような濃厚なもので、力が抜け落ち崩れ落ちそうな体を必死に奮い立たせてニールの背に回した腕で縋りついた。一度では終わらなかった口付けは刹那をくらくらと酔わせてしまう。
『こちらブリッジ。応答してください。』
突然響いたフェルトの声に刹那の体がびくりと跳ねる。唇を重ねたままお互いの視線を絡めると、刹那の瞳が困惑に揺れ開放を要求している。それににっこりと瞳を細めたニールは自力で立つこともままならなくなった刹那の体を抱き上げてそのままシートに座ってしまう。
「……っろっく……」
「しぃ……」
僅かに離されると「黙って」と暗に言い渡されちゅっと軽いキスを施される。ニールの膝の上に横座りになりながら刹那は乱れた呼吸をなんとか治めようと体を委ねることにした。
「こちらロックオン。指示をいつでもどうぞ。」
『了解しました。これよりトレミー2は大気圏に突入します。衝撃に備えてベルトの着用をお願いします。』
「了解。」
音声通信を開いて淡々とやり取りを終わらせると刹那を膝に乗せたままベルトを着用してしまう。それに刹那も倣おうとすれば体に回された腕が許さない。それをぱちくりと凝視して見上げればまた唇を重ねられる。
「ッ……ちょ……」
「刹那はこのままでいいの。」
「しかし……ベルトを……」
「俺が代わりになるから大丈夫。」
「なっ」
目尻や頬にも唇を寄せられ擽ったくて身を捩っていれば、ニールの体を跨がされて向かい合わせに座らされる。正面から抱き合うように腰を引き寄せられれば少し下になったニールの顔がとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そうしている内に機体が傾くのを感じ取るとシートのない不安定さに目の前の体へ縋りつく。背中と腰に腕を回され、肩口に埋めた顔を僅かに持ち上げられると米神にキスを落とされた。じっと見上げていると額や目尻、頬とあちこち散らしてくる。擽ったくて身を捩れば更に密着するように抱き締められて耳の後ろや顎の下にまで唇を押し当ててきた。首筋に落とされそうになる唇を手で押さえて止めると驚いたような瞳がちらりと見上げてくる。
「するならこっちがいい……」
ニールの頬を両手で包み込み引き上げると少し開いた唇に己のそれを押し当てた。
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刹那だってちゅうは好きだとおもi(ry
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