「刹那・F・セイエイッ!」

…叫ぶ……叫ぶ……

「貴様が!いなかったからッ!」

彼がぶつける心の痛みをじっと受け止めていた…

「貴様のせいでッ彼がッ!!!」

何故ならそれは…自分が己に向けて叫びたかった言葉の数々だから…
だから…誰かに言って欲しかった…
ぶつけて欲しかった。

 * * * * *

「よ。」
「…ロックオン。」
「もう準備は出来たのか?」
「あぁ。あとはラッセの方だけだ。」
「そっか。」

 てっきり反対されるだろう地上行きは意外な事に受け入れられた。パイロットスーツに着替え廊下を移動していると、待っていたのだろう、壁に凭れたロックオンが迎えてくれる。すぐ隣まで行くと腕を掴まれて抱きしめられた。

「…あ〜ぁ…」
「?なんだ?」
「ちょっとだけ嫉妬してます。」
「何に?」
「ラッセに。刹那と二人きりとか…羨ましいなぁって。」

 少し拗ねたような表情で額を合わせ、そんな事を言うものだから思わず眉間に皺を寄せてしまう。

「バカか、あんたは。」
「んー?刹那バカの自覚はあるけど?」
「……バカ…」

 じろりと睨み付けてくる瞳は確かに鋭いのだが、その頬がほんのりと桜色に染まっているのをロックオンは見逃さなかった。宥めるように頬へと唇を寄せると背中へと腕を回される。

「…ニール…」
「……え?」
「俺は…必ず答えを見つけてくる。だから…帰ってきたら一番に聞いてほしい。」
「あぁ、もちろん。」

 腕の中から見上げて囁いたお願いは快諾してもらえた。その安堵から微笑みを浮かべるとまた頬へ口づけを落とされる。ほんの少しだけ離れると至近距離で碧の瞳がじっと覗き込んできた。何を言わんとしているのか読み取るとそっと瞳を閉じる。そっと触れた離れた唇を追いかけてもう一度重ね合わせると、しばらくの間熱を分け与えるように重ね合わせて今度こそ離れた。

「…なぁ、ソラン?」
「…ん?」
「まだ時間ある?」
「……そうだな…少し調整すると言っていたからまだ半時間は余裕がある。」
「そっか。」
「………なに?」
「んー…時間いっぱいまで独り占めしようと思って。」
「……じゃあ俺もニールを独り占めにする。」

 いつも言われっぱなしじゃないとでも言うように切り返した刹那に思わず口元を緩めてしまう。

「…あのさ。」
「今度は何だ?」
「お前さんが戻ってきたら…みんなに言おうか。」
「?…何を??」

 ずっと無言で互いの存在を堪能したいというのに、ロックオンは更に話し出すから思わず不機嫌な声を上げてしまった。それでも止めるつもりはない彼は話を続けてしまう。その結果何を言わんとしているのか、意図が読めずに首を傾げた。

「お前さんが、女ってこと。」
「…言ってどうするんだ?」
「みんなに祝福してもらおうと思って。」
「???」

 ますます先の見えない会話になり表情が曇ってきてしまう。それでも話の終着点を聞くべくじっと見つめると柔らかく髪を撫でられた。

「俺達の結婚をさ。」
「…けっこん?」
「そ。ソランが女の子だってことをみんなにカミングアウトして、俺達真剣に愛し合ってますって宣言して。トレミーのみんなに証人になってもらう。で、真っ白なドレスに包まれたお前さんとタキシードの俺とで盛大に結婚式挙げて…その後は二人で一緒に変化していく世界を見守るんだ。」
「………」
「…ど?」

 名案だろ?と瞳で尋ねられてしばらく考えてから小さく頷いた。彼の思い描く未来にはずっと自分が隣にいるのだという事を知り、喜びが満ちてくる。自分が幸せになるという事にまだ蟠りがあるが、彼と共に歩く未来にはきっと贖罪も存在している気がしているのだ。

「罪を…償う為の一歩…」
「…ソラン…」
「…そのためにも…」
「あぁ…その為にも…」
「戦い…」
「生き残る。」

 見つめ合った瞳は輝きを称え合い、ひかれる様にそっとキスを交わす。
 惜しむように…離れがたく感じる温もりをもったいぶるようにゆるりと離れて行く。まだ僅かな空間しか開いていない距離で瞳を交わす。そうしてもう一度近付くと…

「ロックオーン!刹那知らな…い……っス…か…?」

 今まさに触れ合おうとした瞬間に邪魔者が現れてしまった。
 三者三様に固まる空気。そこからいち早く動きだしたのは刹那だった。

「ッ!!!!!」

 思い切りロックオンを突き放して走り去ろうという魂胆だが、残念ながら微重力の中では僅かに機敏性が欠けてしまう。その為に突き放されても伸びてきた腕に捕まって結局その広い胸の中に閉じ込められてしまった。

「〜〜〜〜〜っ!」
「あ…のぉ…」

 じたばたともがく刹那と青ざめながらも頬を赤らめるという器用な顔をしたリヒティ。そんな中、ロックオンはとても穏やかな笑みを浮かべていた。…が…

「…リヒティ…?」
「ッはひ!!」

声は地獄の底から響いているかの如くとても低い…

「あとでちょーっと話がしたいなぁ?」
「りょっりょーかいであります!」
「俺と話すまで一っ言もしゃべらないって…約束出来る?」
「ももももももちろんであります!」
「んじゃあ… ま た 後 で 。」
「はっはい!」

 びしりと敬礼をするとウサギかネズミかと疑うほどの速さで廊下を曲がって行ってしまった。その後ろ姿を見送って刹那はそっと見上げる。

「…にぃる…?」
「あ〜ぁ…タイムリミットか…」

 がっくりと肩を落としたロックオンがその腕から刹那を解放する。それでも離し難くまだ手は握り締めたままだ。

「ソラン。」

 繋がれたままの手を握り返しているとそっと呼びかけられる。顔を上げると笑顔の彼が見下ろしていた。

「気をつけて…いってらっしゃい。」
「ん…いってきます。」

 ふわりと近づけられた顔に手を添えて今度こそ、とキスを交わした。

 * * * * *

 新たな力を駆使した戦いを終えて…
 ようやく手に入れた答えを抱き帰ってきた宇宙では仲間が危機を迎えていた。

 辿りついた宇宙空間の中で様々な残骸が浮いていた。その破片の中に見慣れた緑の色彩を見つける。慌ててモニターに映し出せば真っ黒な空間に放り出された彼の姿だ。
 見つけた瞬間…全身の血が凍りついた。

「頼むっ…間に合ってくれ…エクシアっ…!」

 グリッドを握りしめ、エクシアの腕を精一杯伸ばす。
 彼へと…その命へと…その……………

 ………たった一人の愛する人へと………

 届いて……
 届いてくれ……

 心の中で叫び、祈り続けながらエクシアを駆る。
 ただ一つの場所に向かって突き進む。届け!…と指を伸ばした先で…


 彼が光に包まれていく瞬間に囁いた言葉を…聞いた気がしたんだ…


「こんな世界で満足か?」

 弱々しくけれど鮮明に耳へ届いてくる彼の声。

「俺は…嫌だね…」

 モニターに小さく映し出される彼の姿…そっと動く指先…その先にあるのは青い地球…彼が変革を起したいと言っていた世界…
 一緒に…見守る世界…

 見えないはずの彼の顔が…微笑みを浮かべる…

 かき消される姿…埋め尽くされる音…
 残ったのは…


     …自分が上げた叫び声。

 * * * * *

 オレンジ色のハロを抱えて自室に篭った。
 自分が見ていない…彼の最後の決意を見る為にも。

「………仇を…討てたんだな…」

 彼が家族を失った引き金となる男。それが…彼が命を賭して戦った最後の敵だった。
 未来に残してはいけない男…その存在を撃って彼は宇宙に投げ出された。消える瞬間に…言葉を…心を残して…

「………………」

 真っ暗になったモニターをなおも見つめ続けた。もうなにも映していない真っ暗闇の中…刹那はそっと瞳を閉じて俯く。

 今刹那の手から零れ落ちたもの。
彼のいる未来…隣に存在する人…満ち溢れた温もり…

 今刹那の目の前に広がるもの
独りきりの未来…取り残された存在…置いていかれた絶望…

 今刹那に残されたもの。
自らの内に存在する彼の心…魂…命…

 そう…彼は…『刹那』を抱えて逝ってしまった。
残されたのは…大切に彼を抱え込んだ刹那の抜け殻だけ。

 ハロの接続を切って廊下を移動する。その先にまだ彼がいるような気がして…ただ、今、脳裏に浮かぶ場所だけを目指して移動していった。

「刹那…」

 そっと呼びかけてきたのはフェルトだった。みんなで手紙を書いているので刹那も誘おうと思っていたらしい。けれど…

「…相手がいない。」

 ぽつりと呟いた言葉にフェルトは悲しそうな表情を浮かべた。

「…寂しいね…」

 今にも泣きそうな顔のフェルトの肩を優しく叩いて通りすぎていく。寂しい…といわれたがその言葉に刹那はぴんときていない。なぜなら…

「…ロックオンの方が…寂しいだろう?」

 静かに横たわるデュナメスの淵に立ち、誰もいないコクピットを見下ろした。傷まみれの機体…それは彼が決して死に急いだわけではないと…僅かながらに刹那の心を癒してくれる。

「…あいつは…人一倍寂しがり屋なんだ…」

 いつも…いつだって自分に構い倒していた男の姿を思い浮かべて…小さく笑みが浮かんでくる。あまりにべたべたとくっつくので、鬱陶しいと一喝したこともあったがまるで小さな子供のように拗ねるからすぐに許してしまった記憶もあった。そんな温かな思い出ばかりが蘇ってくるのに…心はどこまでも冷めている。
 コクピットの上にそっとハロを差し出す。

「お前は…そばにいてやってくれ…」

 手から離れたハロは、目を点滅させながら静かにデュナメスの中へと吸い込まれていった。

 * * * * *

ロックオン…

みんなを守りたい…あんたの力を貸してくれ。
やつらを撃ち落したいんだ。

ロックオン…

世界の歪みを見つけた。
これを撃破すればあんたと目指した世界が開ける。

ロックオン…

俺は戦い抜いてみせる。
エクシアと一緒に戦う音があんたへの弔いだと信じているから。

ロックオン…

みんな…消えていってしまう…
他のマイスターも無事かどうか分からなくなった…
…だから…

ロックオン…

みんなを守ってくれ。


…ロックオン…

……ロックオン……

………ニール………

 宇宙空間を漂うエクシアのコクピットの中で浅く繰り返す呼吸の音だけが聞こえる。誰かが呼ぶ声がして指先がピクリと跳ねた。

「…にぃる…」

 うっすらと開いた瞳に青く輝く地球が広がり、太陽の光が降り注ぐ。暗く…どこまでも遠く広がる宇宙…彼はきっとここにいる…だから…

「これが…あんたにささげる…鎮魂歌だ…」

 唇が自然と孤を描き、頬を涙が伝い流れる。そっと閉じる瞳の中で手を差し伸べる姿を見た気がした。


 * * * * *

「いらっしゃいませ。」

 開いたガラス戸の向こうから明るい女性の声がかけられる。店の雰囲気とはかけ離れたオーラを纏いながらも特に気に留めず掛けたままだったゴーグルを下げた。声を掛けてくれた女性がいるカウンターへと足を向けてポケットから小さな箱を取り出す。

「いかがなさいましたか?」
「…サイズが合わなくなってしまったんだが…」
「サイズの調整ですね。指のサイズはどれくらいでしょうか?」
「左の薬指のサイズにしたいんだ。」

 そっと左手を差し出すとサイズのサンプルを取り出していくつか合わせてくれる。そうして丁度いいサイズを見つけると大きさをメモに書き記した。

「ペアリングですか?」
「…あぁ、そんなところだ。」
「とても大事な指輪なんですね。」
「世界に一つしかないからな。」
「まぁ。」

 軽く会話を弾ませたあと彼女は少し頬を染めて奥へと下がってしまった。きっと刹那が女性だとは気付いていないのだろう。それというのも刹那自身がいままでとなんら変わりない格好をしているからなおさらなのかも知れないが。


 指輪の調整はほどなくして仕上がり、刹那は店を後にした。近くに止めていたジープに乗り、街から出て行く。小高い丘の上まで移動して停車すると、先ほど出来たばかりの指輪を取りだした。

「………」

 もらった当時よりも長くなった指…全く変わらない指輪はいつのまにか指に入らなくなってしまっていた。それに気づいてサイズの調整をしてもらったのだが…

「……こんなに細かったか…?」

 指輪が前にもまして細く見える。サイズの調整をしたから…というだけではないようだ。その変化はまさしく刹那の成長の証でもあるのだから。
 定位置である左の薬指に差し込むと左手を高く翳す。きらりと光るアクアマリンはあの日の輝きを持ったままだ。角度によって蒼にも碧にも反射する石を眺めてそっと手袋を嵌めた。

「………行こう、ロックオン。」

 ゴーグルを着け直してハンドルを握るとどこまでも続くような道を走り抜けて行った。


10/11/17 脱稿
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