海を展望出来るオープンテラスのあるカフェに入るとミルクティーとコーヒーを注文して、運ばれてきたのを機に口を開いた。
「刹那。お前さんに確認しておきたいことがある。」
「……」
少し机に乗り出して切り出してきたロックオンをじっと見つめて刹那は無言で先を促す。
「お前さんが女の子だってのは昨晩でよく分かった。」
「あぁ。」
「で、本題。」
「………」
「お前は…このまま男として貫くつもりか?」
「…俺が戦士でいる限り男として生活するつもりでいた。」
「…いた?」
刹那の意志の強さは瞳を見れば分かる。けれど、言葉が過去形になっているのに驚くと、赤い瞳がゆるりと揺れ動いた。
「昨夜…あんたに俺は女だと言われた…」
「…あぁ。」
「そして…女でも戦士になれるのだと言われて…どうしたらいいか分からなくなった…」
途端に俯き加減になって膝の上に乗せた手がきゅっと握り締められたのが見える。不安を払拭させたつもりでいたが、どうやらそう簡単なものではなかったようだ。それもそうか…とロックオンはちらりと宙を見上げる。今までずっと信じていた事を覆されると言うのはそう簡単に切り替えられるようなことではない。ましてや刹那のような年頃ならばなおの事。
見上げていた瞳を目の前の少女に戻して、完全に俯いてしまったその頭にぽんと手を乗せる。
「なぁ、刹那。…お前、なんて言われて育った?」
「…母さんに…俺は戦士だから『男』なんだと言われた。」
「それで?」
「体の作りが母さんと似てるのは俺が特別なんだと…でもこれは秘密だって言われた。母さんと俺だけの…秘密。」
頭を撫でて質問を重ねると返された答えにロックオンはいくつか予測を立てた。
刹那の母が言った言葉はきっと『刹那を守る』為の言葉だろう。戦場に立つ以上男でいる事を言い聞かせた意味、子供が不思議がるであろう体の違いに秘密だと釘を刺しておいたその意図。『戦場』という場所を想像する上で起こり得る事態を容易く思い浮かべると自然と眉間に皺がよった。
そのロックオンの変化に刹那が脅えたような表情を垣間見せて慌てて皺を伸ばすとくしゃりと撫で回す。
「違うぞ?刹那。別に怒ってるわけじゃないんだ。」
「…そう…なのか?」
「あぁ。」
ふっと微笑みを浮かべれば目に見えて刹那の肩から力が抜けていく。苦笑を浮かべてもう一度撫でると頭から手を離した。
「事情は分かった。お前の母さんがどうしてそう言ったかも…まぁ、だいたいの理由が分かる。」
「…分かるのか?」
「あぁ。お前さんが知るにはもうちょい大人になってからのがいいだろうけど。」
「大人になったら…教えてくれるのか?」
「お前が望むならな。」
「…ん。」
素直に頷く刹那に淡い微笑みを浮かべて少し冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。持ち上げたカップをソーサーに戻すと少々厳しい表情を作った。
「で、だ。刹那。お前はどうしたい?今まで通り生活したい?」
「…せめて…この戦いが終わるまでは…今のままがいい…」
少し困ったような表情の刹那にロックオンは瞳を細めた。それは予想していた答えだったからだ。
「そうか…でもな、刹那。それは今のお前を見てるとかなり難しいことだ。」
「…無理…なのか?」
きっと母親との約束を守りたいという思いもあるのだろう、絶望を映し始める瞳にロックオンはゆっくりと顔を横に振る。
「違う。無理ではない。けれど、お前は『女である事を隠せてない。』」
きょとりと瞬きを繰り返す刹那に苦笑を浮かべてテーブルに両肘を付き刹那に顔を近づけた。ぐっと近づいた距離に刹那は動かずにいる。
「発育不良だったのが改善されてきてるのはいいことなんだが…刹那の体は…『女』のラインが出始めている。」
「…ライン?」
「そ、ミス・スメラギやクリスとかフェルトみたいな丸みが出てきてんの。」
「……胸?」
俯いて少しは自覚があったのだろう、自分の両手をぺたりと胸に当てて首を傾げている。その幼い仕草に思わず頬を赤くしてしまった。
「〜ッ…」
慌てて口元を手で伏せて隠すと頷いて肯定を示してやった。今着ているのはゆったりとした厚手のシャツだからいいものの、昨夜のような薄いものを着ていればその手の下の膨らみはすぐに分かってしまう。それは順調に、本来の姿を取り戻し成長している証拠ではあるのだが、『現時点』では少々まずい。気を取り直して言い聞かせるように言葉を繋げる。
「俺には…まぁバレちまったから仕方ねぇけど…昨日みたいな服装してたら自分でばらしてるようなもんだ。」
「…しかし…服を持っていない。」
「…だよな。で、とりあえず、これは俺からのプレゼント。」
「?」
思った通りの答えと困ったような表情で上目遣いに見られながら、背中の影からさっきの店で買った服を手渡してやると少し首を傾げて中を覗き込んだ。
「丈の長いティーシャツ。だぼっとしたやつなら多少体のラインも隠せるだろ。」
「…いいのか?」
「いいの。んでだな。もう一個買っておいた方がいいと思うものがあるんだが…」
「これの他にか?」
「あぁ。」
正直言えばこんな会話をするのは多分に恥ずかしいものだが…仕方ないと腹を括る。本当ならもう少し前からだが、成長の遅れている刹那なら今頃だろう。スクールに通っていた頃の知識によれば、このくらいの時期になると胸が成長するにあたって痛むらしい。刹那にとって痛みを耐えるなど当然のことだと思っているかもしれないので痛もうがなんだろうがお構いなしかもしれない。だったらなおの事必要となるのはソレを守る為の下着だ。スポーツブラなんかなら守れるしサイズを少し小さいものにすれば押さえつけられて膨らみを隠せるかもしれない。そんな打算も加えて刹那に提案してみれば意外にもすんなりと頷いてくれた。
どうやら予想通り痛みを耐えていたとみえる。その我慢強さに呆れるやら感心するやら…苦笑を浮かべて頭を撫でてやるしかなかった。
即席の擬似人格を作り、簡単な設定を立てて刹那だけで買い物に行かせる。さすがにランジェリー店に一緒に入る勇気はなかった。しかし、心配になるし、と店の中が見える場所で見守っていることにする。
だが、刹那に付いてくれた店員がベテランなのだろうか、少し年配の女性で店の中に入って迷ったような表情をしている刹那にすぐ付いてくれてあれこれと話しかけているようだ。それに刹那も対応して見る限りスムーズにいっている。たまに刹那の視線がこちらをちらりと見る時があって首を傾げて見せれば、ふるふると振って店員の会話へ戻っていった。何か問題が発生しているようには見えないので特に動かずいると、選び終えたのだろう、店員とレジに向かっていった。
少しして紙袋を携えた刹那が店から出てくる。
「待たせた。」
「いや、構わないさ。で?」
「店員の女性が色々と教えてくれてスムーズにいった。」
「そりゃ良かった。んじゃ、帰るとするか。」
「了解。」
こっくりと頷く刹那の頭を撫でてやって帰路についた。
* * * * *
「ロックオン。」
「んー?なんだ?」
買い物から帰り食料を冷蔵庫や棚に収納していく間に、刹那には買ってきたアンダーを早速着用するように、と寝室へ送り込んだ。粗方片付けたところで寝室から刹那の声がする。振り向いてみれば寝室の扉から顔だけを出した刹那が少し困ったような表情を作っていた。
「どうした?」
「問題が発生した。」
「問題?」
「あぁ、この…」
「ッ!!?」
刹那の言葉で訝しげな表情を作ると説明をするのに見てもらった方が早いと判断したのだろう、寝室から出てくる。だが、その姿を見た瞬間ロックオンはシンクに思い切り腰をぶつけてしまっていた。次いで真っ赤になる顔を少しでも隠そうと手で口元を覆い隠す。
「?…ロックオン?」
そんな反応を不思議に感じたのか刹那が首を傾げた。何か言葉を返さないと余計におかしいがロックオンはそれどころではない。今目の前にいる刹那の格好は確実に自分を追い詰めているからだ。
そしてその追い詰めるように仕向けたのは間違いなく自分が選んだティーシャツにあった。
今まさしく刹那はそのティーシャツを着ているのだが、明らかにサイズのミスらしい。ずれた大きいティーシャツの襟ぐりからほっそりとした右肩が剥き出しになっていて、それを直してもなお鎖骨が全て剥き出しになっていた。袖は7分袖くらいになっており、裾は太ももの真ん中辺りまでしかない。その下は素足で何も履いていなかった。そのルックスはまるで『彼氏のティーシャツだけ着ている彼女』の構図のようで、あどけなさが強調されて可愛い。しかし…何故素足?…と若干混乱に突き落とされているロックオンは近くまで来た刹那の両肩に手を付く。
「おま…なんで…下、履いてないんだ?」
「?なぜって…袋にはこれしか入っていなかった。」
「あぁ…ねぇ…」
どうやら袋にティーシャツしか入っていないのでそれ一枚で着るものだと勘違いしたらしい。これは追々訂正してやるか、としばし項垂れて問題とやらを尋ねることにした。
「で?ナニが問題だって?」
「ロックオンに言われた購入したものだが…」
「うん。何か不都合でもあったか?」
「普段は服で隠れるから構わないのだが…トレーニング中に見えると思うんだ。」
そう言われてふと筋トレ中の格好を思い浮かべる。トレーニング中の刹那はいつもズボンと上はタンクトップ一枚だったはずだ。となると今着用しているスポーツブラは肩に回る部分が背中でクロスするタイプのものなのでまる見えになるということ。いや、このタイプでなくてもスポーツブラは全て肩に幅が広かれ狭かれ布が使用されるはずだ。つまりどれを着用してもタンクトップから見えるということ。これではいくら形を隠せても意味がない。
「あ〜…まる見え状態だなぁ…」
常にトレーニング中は同じ格好だった刹那がいきなり服装を変えればそれはそれで怪しまれるだろう。それでなくとも、あのティエリアに見つかれば何を聞かれるか分かったものじゃない。
「何か別のもの探すしかないなぁ。」
「別のもの?」
「あぁ。ちょっとネットで調べないと難しいけど…」
「…そうか。」
顎に指を当ててじっと考えていると刹那の足がもじもじと動き出した。トイレを我慢、という様子ではない事は分かるがどうしたのだろう?と少し考えたがその答えはあっさりと出てきた。刹那は今素足な上に裸足なのだ。それでこの石畳の上に立っていればどうしたって冷えるだろう。なのに何も言わないのは我慢強い子供だから。苦笑を漏らしてロックオンは刹那の肩に腕を回した。
「?ロックオン?」
「とりあえず追々調べていくとして…」
「ッわ!?」
「お前さんはこれ以上ココに立ってちゃいけません。」
「なっ!?じ、自分で歩けるから下ろせ!」
「だぁめ。」
「ロックオン!」
ひょいと担ぎ上げてすたすたと寝室へ向かうと予想通りに刹那が暴れ出した。けれど何ともないように歩けてしまうのは、大人と子供、男と女の差。暴れる刹那を難なく運びベッドの上へと落とす。
「っう…ぷ!」
弾むスプリングに体勢を整えられずに転がる刹那の横へ座るとその小さな足をむんずと掴みとった。軽く指が回る足首を掴んで膝の上に乗せると冷えた指先を手の中に包み込んだ。
「こぉんなに冷たくして…我慢強いのもいいが、もっと自分を労われよ?」
「…ぅ…」
いつの間に外したのかロックオンが素手で冷たい足の指先を包み込む。温まるように全体を擦り上げ熱を分け与えるようにきゅっと包んだりした。片方が粗方温まると今度は逆の足を掴まれて同じようにされた。
いつもなら鬱陶しいと振り払う手は今とても心地よく頭の中もふわふわとしてくる。いくらか傾いた太陽の光に照らされた部屋は肌寒さは感じることなく、心地よい昼間の温かさが残っている。次第に重くなる瞼にどれくらいの間か戦っていたはずだが、いつの間にか睡魔に飲み込まれてしまった。
「……おいおい。」
ぽすんと音がしたと思って振り返れば刹那が穏やかな寝息とともにシーツの波に体を投げ出していた。その無防備さと表情のあどけなさに怒鳴る気も起こす気も削がれて首を項垂れてしまう。
しかし同時にロックオンは安心もしていた。
何故ならまたしても自分の首を絞めていることにさっき気付いたからだ。今刹那の両足を膝の上に乗せているため、太ももを半分覆っていたティーシャツの裾は付け根まで捲れ上がっているのだ。際どい位置まで上がってしまい露にされた足は昨夜見てしまった股上の割れ目を思い出させ、うっかり下腹部に熱を溜め込んでしまっていた。どうやって終わらせようかと考え込んでいる間に刹那が眠りに落ちてくれたのだ。
「………」
そっと足をベッドの上へと乗せて完全に夢の中へと旅立ってしまった刹那に掛け布団を掛けてやる。気配を消して顔の近くに立つと穏やかな呼気を繰り返す唇を見つめ、苦笑を漏らした。
「…おやすみ、お姫様…」
そう呟いて額に柔らかなキスを落とす。
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兄さんというよりお母さんになってきました。(笑)
…デフォルトですよね!!←
この2人のじゃれあいは和みます。
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