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                                弘人に謝らなきゃな。 
 怜は昨日の出発時の気乗りしていなかった自分を思い出し、微かに笑みを浮かべた。 
 ホテルに帰ると、昨日と同じようにシャワーで温まった後、途中で買ってきた缶ビールで二人は乾杯して、今はお互い二本目を開けたところだった。 
 弘人に誘われなければ、小樽に来る事も、コイツと出逢う事もなかったんだし。 
 同じ東京に住んでいても、巡り逢う機会がそうそうあったとは思えない。 
隣に座れ、と言ったのに、照れくさいのか直樹は向かい側のソファーに座っていた。濡れた髪をタオルで拭いている直樹を見詰めつつビールを口に運ぶ。 
 と、その時、携帯の着信音が鳴り始めた。自分が設定しているものだとすぐ気付き、ベッドに投げ出してあった携帯を、怜は手を伸ばして取り上げる。 
                              ――今日は誰かの事を思い出すと、何かそいつと繋がるものが出来ちまうみたいだな。 
 ディスプレイに表示された弘人の名前に苦笑し、通話ボタンを押す。 
 今日から両親が上京してきている筈で、今朝から一度も弘人からは連絡が来てなかったが、特に怜は気に留めていなかった。 
『お、まだ凍りついてなかったか。どう?無事に観光楽しんだ?』 
 開口一番憎まれ口を叩く、弘人の陽気な声が聞こえてくる。携帯の向こうで悪びれない笑顔を浮かべている様子が、目に浮かぶようだった。 
                              「当たり前だろ。しっかり堪能してきたよ。今日は、こっちで知り合った飛び切りの美人が一緒だったしな。って、イテッ!」 
 向かい側から足が伸び、思いっ切り脛を蹴られて怜は顔を顰める。 
                              「美人とか言うなよ」 
 女性を形容する言葉はお好きじゃないらしいな。 
 軽く怜を睨み付けていた直樹だったが、痛そうに脛を押さえ、わざと眉根を寄せたままの怜の形相に、まずいと思ったか、慌てて逃げようとする。怜はその腕を片手でがっちり掴まえた。電話口では、説明しろだの、絶対嘘だ、などと弘人が騒いでいる。それを尻目に、 
「じゃあ、学校でな」 
                               と、あっさり携帯を切り、ついでに電源も切ってしまう。 
                               まだ直樹は必死に逃げようともがいていたが、怜は易々と肩に抱き上げ、勢いよくベッドの上へと落とした。 
                              「勘弁して」 
 脇腹を盛大に擽られ、目に薄く涙すら浮かべながら肩を押す直樹の手を掴み、シーツに縫い付ける。そのまま身体ごと押さえ込んで覆い被さり、怜は二度目の口付けを奪った。目を瞑ってキスを受けた直樹は、いつしか抵抗を止めていた。 
                              「好いお仕置きだろ?」 
 直樹が答えるより先に、再度口付ける。 
                               怜が唇の間隙から舌を差し入れて存分に咥内を舐め回しただけで、腰の力が抜ける。バスローブの裾から滑らせた手で内股を撫でつつ、直樹の舌を自分の咥内へと誘い込んだ怜は、唇から漏れる甘い喘ぎを絡め取るようにキツくそれを吸った。互いの唾液が混ざる音と息遣いだけが、静かな部屋の空気を震わせていた。 
「濡れたままだと、また寒くなるよ」 
                               吐息を乱しつつ髪に指先を絡める直樹の唇を、怜の指がなぞる。 
「寒くなんかさせねぇよ」 
                               耳元で囁き、そのまま耳朶を含んで甘く吸う。怜の身体の下で直樹が身じろいだ。 
――可愛いな。 
                               少しの愛撫を加えるだけで反応する直樹の身体に、怜の欲情も煽られていく。焦らす様に内股を撫で続けていた手が、直樹の身体の中心へと辿り着き、既に下着の上からでもはっきりと存在を主張しているそれを、やわやわと揉みしだいた。 
「っ……ぁ……ッ!」 
                               ビクッ、と身を竦ませ、直樹が切なげな声を上げるのを聞きつつ下着を取り去り、バスローブの紐も解いて、一気にその裸身を露わにする。 
「……見るなよ」 
                               怜の全身を舐め回すように見る視線に堪えかね、身を縮こまらせる直樹の額に口付けを落とし、怜も自らの着衣を全て取り去った。 
「お前だって、見たいんだろ?」 
                               口端を上げて笑う怜に耳を赤く染め、顔を横に向けてしまった直樹を再び組み敷く。直接触れ合った肌は吸い付くように馴染み、身体の芯が蕩けそうだった。 
                               脇腹を滑り、怜の手が直樹の中心を握り込む。指腹で先端を撫で擦っただけで、それは更に熱を増し、腰が跳ねた。反応を楽しむように手がゆっくりと上下し、滴り始めた蜜を塗り付けていく。思わず切なく直樹の喉が鳴ると手が外され、代わりに怜の硬く張り詰めているものが当てがわれた。裏筋を擦り合わせるように腰を揺らされれば、甘美な刺激が下肢から湧き上がり、より強い快感を欲し、ねだる様に直樹は自ら腰を押し付けてしまう。徐々に愛欲に溺れ、沈んでいく身体に、初めての紅い痕が標された。 
「俺を見初めたのはいつだったんだ?」 
                               鎖骨の上に付けた痕を舌先で舐め、怜が問う。 
「は……ぁっ……怜と、初めて逢った時か……らだよ」 
「へぇ……光栄だな」 
                               怜が身体を起こし、失われた体温を追う様に直樹が視線を彷徨わせる。 
「え?怜、待て……ッ!んッ……!」 
                               身体を下へと沈めた怜を見て意図を察すると、直樹は慌てて肩を掴んだが、そんな抗いはものともせず、内股に手を掛け足を大きく割らせると、怜は股間に顔を埋めて直樹を口に含んだ。 
                               男のものを咥えるのは無論初めてだったが、どうすれば快くなるかは十分知っている。形に沿って丹念に舌を這わせ、ゆるく吸い上げるだけで、手淫でとっくに張り詰めた直樹の昂ぶりからとめどなく蜜が溢れてくる。 
                               わざと聞かせるように水音を立てて蜜を吸う。 
                               直樹が羞恥に顔を両手で覆った。 
「隠すなよ。お前の感じてる顔、見せてくれよ。ほら、俺を見て……」 
                               少し強い口調で呟いて、屹立しているものに口付ける。ゆるゆると力なく手が下ろされるのを確認すると、根元まで深く咥え込み、濡れた咥内を貼り付かせるように唇を窄め、怜は頭を上下に振り始めた。 
                               緩急を付けて扱かれ、直樹は呆気なく昇り詰めていく。 
「く……んッ!怜、も……ヤバい。出……るッ!」 
                               爪先でシーツを捩り喉を仰け反らせる直樹の余裕無い声に目を上げ、咥内で脈打つように直樹が震えるのを感じると、怜はそれを口から抜き出し、手筒を作って扱き上げた。 
                               声にならない喘ぎを発すると共に、直樹の欲が吐き出される。 
「お前が達ク時の顔、色っぽいな」 
                               指にまとわり付いた白濁を舐める怜の姿に、荒い息を吐き出しながら目を伏せる。 
                               直樹のその仕草に、怜の口元に笑みが浮かぶ。 
                               迸った白濁を指で掬い、奥の窄まりを指先で擽る様に触れる。誘い込むようにヒクつくその箇所を時間を掛けて解し、再び白濁を掬うと、そのトロリとした滑りを借りて、指を中に深々と潜り込ませていった。 
「咥え慣れてるんだな」 
                               易々と指を迎え入れた窄まりに、つい意地の悪い口調で呟くと、唇を噛んで直樹が首を振る。 
「嘘吐くなよ。直樹は初めてじゃないんだろ?此処だけで十分感じれるくせに」 
                               指に絡み付く熱い秘肉を、指を曲げて容赦なく掻き回す。 
「んぁッ……!あッ……!」 
                               抗うように肩を掴んだ手に力が込められたが、甘い嬌声を上げて身悶える姿は、快い、と全身で訴えているようなものだった。 
                               自分にもひと目惚れしたくらいだ。もしかして、端整でいて何処かあどけない顔の裏に、惚れっぽくて淫乱な素顔を隠しているのではないだろうか。 
                               そんな思いが、不意に兆す。 
                               嫉妬なのか、征服欲にも似た烈しい感情が怜の中に影を落とした。 
                               直樹を責めるように、時を待たずして指の数が増やされる。 
「すごいな……」 
                               三本目の指を咥え込ませたところで怜は低く呟き、収縮する狭窄な内壁が自身を締め付けている様を想像し、厭らしく息を呑んだ。 
「指だけでイきそうだな。でも、もう俺も限界だ」 
                               指を引き抜き、代わりに硬く屹立した己を熱く潤んだ秘裂へと当てがい、グッと先端を押し込む。さすがに指とは違い、直樹の狭いその場所は、怜をすぐには受け入れてくれない。埋め込んだ己を強く締め付けられ、怜は顔を歪ませた。 
「もっと……力、抜けるか?」 
                               優しく囁くと宥める様に胸を撫で、熟れた小さな果実を口に含んで舌先で転がしていく。その間も浅い箇所で腰を小刻みに動かし、内壁を蹂躙して、己の形に慣れさせていった。 
「ァ……ッ、はぁ……ッ!」 
                               快感に濡れた声と共に身体が解かれた一瞬に、怜は己を全て深々と埋め込む。 
「さと……しっ!く……ァッ!」 
                               最奥まで貫かれ、大きく身体をしならせた直樹の身体を押さえ込むように体重を掛けると、媚肉で熱く溶かされていく感覚に堪え切れず、程なくして怜は抽送を始めた。最初はゆっくり中を味わうように。徐々に強く腰を打ち付けていく。欲望のままに中を貪っていく怜の背中に、しがみ付くように直樹の腕が回され、その口からは甘い悲鳴が幾度となく迸った。 
                               達するのはほぼ同時だった。 
「くッ……!出すぞ……ッ」 
                               脳芯まで駆け昇るような快感に目を眇め、最奥を力強く突き上げてから僅かに腰を引き、怜は己を脈打たせながら欲望を中に吐き出す。 
「んぁあ……ァッ!」 
                               蕩けた媚肉に注ぎ込まれた熱に、直樹の背中が捩れた。 
                               その全てを怜に開き、乱れる肢体を愛しく見詰め、怜が直樹の昂ぶりを幾度か素早く扱き上げただけで、直樹は達した。 
 
                               雪も止んだのか、カーテンの隙間から月明かりが射している。 
                               満ち足りた気分で、怜は腕の中に抱き締めた直樹の髪を梳くように撫でていた。 
                               直樹は先ほどから身じろぎ一つしないで怜に身体を預けていたが、起きているのは気配で分かった。 
                               つと、直樹が指を上げ、怜の胸の飾りを摘んで弄ぶ。 
「……悪戯すると、もう一度襲うぞ」 
                               怜の言葉に動きが止まり、やがてそろそろと手が下ろされる。 
                               それでもよかったのにな。 
                               怜はクス、と小さな声を立てて笑った。 
                               直樹が顔を上げ、視線が絡み合う。 
                               暫く二人は見詰め合っていたが、ゆっくり直樹が口を開いた。 
「怜、ごめん。俺、嘘吐いてた。……最初の夜、寝たフリしてた。本当のところ、とても寝るような余裕は無かったんだ」 
                               思わず再び怜は笑い、優しく頬にキスする。 
                               あの、挑発するような仕草も全部計算していたなら、コイツも結構したたかだな。 
「いいよ、別に。実際すげぇ暖かかったからな」 
「それに……」 
                               困ったように笑い、もう一度口を開きかけた直樹を、怜は遮る。 
「日中も随分歩き回ったし、疲れただろ?明日はほとんど帰るだけだけど、そろそろ寝ようぜ」 
                               何かを迷うように視線が揺れたが、直樹は小さく頷いた。 
「あっという間だったな。旅行するなら一週間位時間が取れる時にしたい、ってつくづく思ったよ。戻ったら、またお互い別々の生活だな」 
                               溜め息混じりに言う怜の言葉に、直樹が俯いていた顔を上げた。 
「帰ったら現実か…。まぁ、逃避したいほど悪い生活じゃねぇけど、今日一日夢みたいだっただけに、何か帰るのが実感ないな」 
                               そうだね、と呟く直樹の寂しげな表情に気付き、怜は頬に手を当てて顔を覗き込む。 
「連絡先位教えておけよ?お前の存在自体も夢でした、みたいなのは嫌だからな」 
                               頷いた直樹は、そのまま何も言わず昨夜と同じように布団に潜り込むと、怜の胸に頬を摺り寄せ、ゆっくり目を瞑った。 
                               一連の様子に若干違和感を感じたが、さして気には留めず、怜は直樹を腕の中に抱きくるめ、深い吐息を吐いて目を閉じた。心地良い疲労に睡魔はすぐ訪れ、直樹が怜の規則正しい寝息と鼓動に耳を澄ませながら、今晩も寝たふりをしている事に、怜は気付かなかったのだった。 
 
                               翌朝、直樹は居なくなっていた。 
                               早朝寒さに目が覚め、腕の中に直樹の温もりがないからだとわかると、怜はだるい身体を起こして部屋中視線を巡らせ探したが、直樹の姿はどこにもなかった。 
                               胸騒ぎを覚え慌てて飛び起きた怜は、改めて部屋を見回し、そこで初めて直樹の荷物が無い事に気付いた。 
                               着衣を急いで身に付け、ホテルを飛び出す。 
                               入り口からずっと雪の上に点々と残っている足跡が、直樹の物なのかは分からなかった。怜は小樽駅へと向かい掛けたが、そこで足を止め、力無く部屋へと引き返した。 
                               何でだよ。 
                               やり場の無い感情を抑えきれず、テーブルの上に置きっ放しになっていた空き缶を壁にぶつける。 
                               乾いた金属音が虚しく響き、余計に感情を昂ぶらせながら、ドサッとソファーに座り込む。怜の目が、もう一本の空き缶の横に置かれた、部屋に備え付けのメモ書きの上に止まった。 
『ありがとう。さようなら。 直樹』 
                               たったそれだけのメッセージを、怜は穴の開くほど見詰めた。 
                               さようなら――。直樹が怜に、好きだ、と告白したのはつい昨夜の事だ。心も身体も一つになったのに、何故急に別れを告げなければならないのだろう。 
                               考えれば考えるほど答えが出て来ない。 
                               男同士の関係を厭うなら、始めから告白などしないだろう。特に直樹の気に障るような事を言った覚えもない。 
                               覚えもない――本当にそうだろうか? 
                               怜は昨夜の事を懸命に思い出した。混乱した頭ではそれは困難な作業だったが、ふと、気に掛かる事がある。 
                               俺は、何て言った? 
                               眉根を寄せ、ガリッと指の関節を噛む。 
                               それぞれの生活――連絡先位――――。 
                               何か物言いたげだった直樹の顔が目に浮かんだ。 
                               もしかして、それか? 
                               怜はハッとしてソファーから立ち上がった。 
                               誤解されたのかも知れない。確かめなければならない。 
                               もう一度残されたメッセージに視線を落とす。 
                               しかし、直樹に会って確かめたくとも、住所は勿論、携帯の番号もアドレスも、何一つとして聞いていなかった。 
                               怜はやるせない思いで、頭を抱え込んだ。 
 
                              →続き 
                               
                               
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