濡れ男 3



*****
こんなコトをされるなんて。
欠片も想像しなかったかといわれるとウソになるが、ココまで、いきなりとは…。
体はガタガタだ。震えが繰るような快楽を味合わされて、骨が溶けたように力が入らない。
痛みすら甘く感じる自分が、我ながら笑えたけれど。
確かに欲しいと思ってはいた。
俺も男だ。欲望を感じなかった訳じゃない。当然のように、手に入れるつもりはあった。
だから、少しずつ甘やかして、依存させて…いずれはそういうのもありかと思っていた。
詳しい知識もないし、今まで男を抱いたことも抱かれたこともなかったし、ただ男が無意識に甘えてくることだけで満足していたから、行動に出たりしなかったけれど。
でも、あの時。
晒された白い肌に、俺は簡単に欲情した。
気取られるのが分かっていても押さえきれず、平静を装った声も動揺が隠しきれなかった。
からかわれるくらいならいい。だが、男が俺の意図に気付いてこの遊びを止めるかもしれないことだけが怖かった。
…だから、男が誘われるように俺を押し倒し、その瞳に欲望を浮かべていた時は心底ホッとした。
のんきにそんなことをしていたら、何をされるかなんて考えもせずに。
羞恥心が先にたっても、惚れた相手に触れられて我慢できるほど枯れていない。
興奮の度合いを高めていく男が、うっとりするほど美しく、その手は残酷なまでに俺の感じる所を探し当て、追い詰めた。
いきなり入れられたときはその痛みと衝撃に涙がこぼれたけれど、こんなに執着されているコトにゾクゾクした。
萎えない性器に興奮したように、男が何度も夢中になって俺を貪る。
中を満たす熱に頭が真っ白になって、それでも止まらない行為に、歓喜した。
…快楽と、それからここまで男が執着しているコトに。
なれない行為に体は痛んだけれど、手に入るのならどっちでも良かった。あのクノイチのように暇つぶしのように扱われるのではなく、男自身気付かぬ内に俺を選び、手を伸ばしたのだから。
…ただ、それを知られるのが怖くて、快楽にも逆らえなくて…きっと式がこなければ、仕事も何もかも放って、行為に溺れていただろう。
男が握り締めた白い鳥が紙切れに変わり、その式が示す物が何だかわかるだけの理性は残っていたから、俺は男を任務に向かわせるつもりだった。
自分からはとても離れられない。力がはいらないというのもあるが、この俺に馴染みすぎるほど馴染むからだから離れ難かった。
まさか任務に中断されたことを八つ当たりするように、抱き潰されるとは思っていなかったが。
目が眩むような快感に意識を飛ばし、目覚めてみればぞんざいながらも後始末がされていて、本人の気配はなくても男の見せる執着を感じさせてくれた。
幸せな朝。…ただ、これからのことを考えると喜んでばかりもいられない。
あの人は、臆病だから。
甘く痛む体を何とか立ち上がらせて、仕事に向かった。
任務の内容も、上手くすれば耳に入るだろう。できれば確認しておきたい。
あと少し。…もう、逃がさない。
*****
…任務は、あっさり終わった。
熱が冷めたら少しは冷静になるだろうと思っていたが、結局取り付かれたように男のことばかり考えていた。
普段の馬鹿みたいに良く笑う顔と、何より昨夜のあの乱れた姿が、頭から離れなかった。
無造作に切って捨てたターゲットを捨てて、今すぐにでも戻りたい。
そう思ったとき、今更ながら気がついた。
これは、ただのゲームだったはずなのに、いつの間にか俺はあの男と離れ難くなっている。
俺を束縛しない所は気に入っていた。それに身体も想像以上に良かった。
だが、俺を侵食する男に、思うようにされるなんて願い下げだ。
遊びの終わりをいつにするか、そろそろ決めてしまうべきだろう。
大切な物などいらない。…また失うだけなのだから。
「帰ろ。」
でも、どこに?
口についた言葉に動揺しながら、里に急いだ。
一番帰りたいと…戻りたいと思う所に向かおうとする足を叱咤しながら。
*****
任務がすぐに終わるものだと知って安堵した。立て続けの任務など、いくら上忍で元暗部といえど負担が大きいから。
だが、次の心配は当たってしまった。
帰って、こないのだ。
案の定、逃げ出したのだと想像がついた。
あんなに夢中になって、それから熱が冷めても残る執着に驚いたに違いない。
ばかなひと。欲しがりなくせに。
あの人だけに向ける笑顔も、抱きしめる手も、愛も…欲しいものをぜんぶあげたんだから、離れられなくなるなんて当たり前なのに。
俺なんかに手を出した時点で気付くべきだったんだ。もう逃げられないと。…ソコまで執着してしまったんだから。
自分が変えられてしまったことに気付いて、今更ながら逃げ出して…でもきっともう他の女に手を出すことも出来ないだろう。
あんなに必死になって俺を求めて、それで逃げられるなんて思う方が間違っている。
閨の技術に自身など欠片もないが、あんな表情をされたらいくらなんだって演技じゃないのは分かる。
男が逃げ出す場所の想像もついた。
どこか里になじみきれずにいて、帰る場所を自ら逃げ出した…そんな男が向かう先なんて決まっている
任務だ。
幸い俺は受付勤務を兼任しているし、俺の元生徒の上忍師。
チャンスはナルトが作ってくれた。
「なぁイルカ先生。カカシ先生が最近変なんだってばよ…。なんかさ、なんかさ…疲れてるって言うか…!最近任務ばっかりだし、最初は怒ってたけど何か変なんだってばよ!なにやってんのかわかんねぇかなぁ…。」
不安そうな顔。子どもにこんな顔させてふらふら外を飛び回っているのか。
怒りと、それから、そんなにまで意識しているのにまだ自覚していないコトに呆れた。
「分かった。調べてみる。そんなに情けない顔するんじゃないぞ?きっと何とかするから!」
「そ、そんな顔してねぇってばよ!…でも、カカシ先生…また任務に行くって…。」
「ああ、大丈夫。そんなにフラフラした先生じゃ困るもんな?俺が何とかするから、お前はちゃんと任務と修行、さぼるんじゃねぇぞ!」
「おう!」
ぱあっと顔を輝かせたナルトの頭を撫でてやる。目を細めて素直に嬉しそうにしているナルトと違って、拗ねた大きな子どもは素直になれないでどこかで泣いているかもしれない。
それだけならまだいいが、無茶でもしていたら…。
すぐに任務予定表を調べた。
心配は当たっていた。馬鹿みたいに任務ばかりが入っている。俺が手に入れられるのは通常の任務ばかりだから、もしかすると更に暗部がらみの任務までこなしているのかもしれない。それに、全てが高ランクだ。
階級やその強さから言って、不思議ではない。だが、こんなにびっちり任務を入れて、それも無自覚に俺のことで不安定になっている状態でこなせるはずがない。
ナルトが言っていた次の任務も、当然のようにAランクだった。…それも単独の。
こんな無茶、いつか絶対に無理が出る。それがこの任務じゃないとどうしていえる?
「捕まえてやる…!」
三代目に直談判でもなんでもして、絶対に男を…ならされはじめた自分に恐怖して逃げた男に、説教の一つでもして…それから逃げようなんて二度と思えないくらい甘やかして、叱って、大切にしてやるのだ。
大体にして、俺も男だ。逃げられれば追いたくなる。ましてそれが欲しいと思った相手ならなおさら。
決意をこめて、俺は三代目の執務室に向かった。
*****
「雨か…。」
敵は殲滅した。…ついでに、自分のチャクラも殆ど使い果たしてしまった。
森の中を散開する敵を片っ端から狩り、最後の一人を始末する段になって、自分のミスに気がついた。
思ったより消耗していたらしい。揺らぐ視界を誤魔化しながら、襲い掛かってきた敵を消すことは出来た。そこから僅かに走ったところで力尽きてしまったけれど。
雨の勢いは激しく、木を背にして、びしょ濡れの地面にへたりこんだ俺の体にも容赦なく降り注ぐ。
忍服も髪も滴る水で色を変え、力なく投げ出された手足にも跳ねる泥と水でぐしょぐしょだ。
早く里に式を飛ばすか、身を隠して回復を待つべきだと分かっているのに、何故か気力が湧いてこない。
…里に帰ればまたあの男を捜してしまう。
あの日からあの家に帰ることはできなかったが、里にいれば必ずどこかにあの男がいるから…。里にいると気がつけば視線を彷徨わせ、あの括られた犬の尻尾のような毛を探している自分がいる。
そんな自分がいやで、物置のようになっている自分の家に戻っても、眠ることさえ満足に出来なくて…苛立ちが募るばかりだった。
あの男のナニがそんなに気になるのか、自分でも納得のいく答えがだせずに、闇雲に男から身を隠した。
これは逃げだ。分かっている。
理由もなくあの男から逃げるのは、得体の知れない恐怖に苛まれているから。
自分が変わる。変えられてしまう。…それが忍にとってどれだけ恐ろしいことか。
「あーあ。」
身動きするのもキツイというのに、明らかに何ものかが近づいてくる。
それも、最も望まない人間が。
…雨を避けるものもなく、びしょぬれになったイルカが音もなく俺の前に立っていた。
「アンタ、いつも濡れてますね。」
ため息と共に呆れきったとばかりにそう言った。その顔によぎる安堵を見て取って、抗うのも馬鹿らしくなる。
今更だ。もう、きっと逃げられない。逃げようと思えない。
こんなに…捕われてしまったから。
「今日は、アンタもでしょ?」
こうやって、ちゃんと顔を見るのはあの日以来だ。
快楽に堕ちてただ喘ぎ、それに煽られた記憶が甦る。
…あの時見せた蕩けた瞳よりもずっと、今のイルカに欲情した。俺だけを見て、心配して、当たり前のように側にいる。きっと、これからも。
いつ消えるとも知れない曖昧な忍の生を、この男なら真正面から否定して、生き抜くと言い切りそうだ。それに、その約束を果たすために最後まであがくだろうと、根拠もなくそう思った。失うことを考えても仕方がない。もう逃げることなど出来ないのだから。
ピクリとも動かず、逃げようともしない俺を見て、男はどんな状態なのかすぐに分かったようだ。苦虫を噛み潰したような顔をして、スッと距離を詰めてきた。
「雨、凄いけど。まあいいか。」
そう言って俺に覆いかぶさるように乗りかかり、そのまま唇を合わせてきた。
あんなに触れて分かっていたつもりだったのに、この何処までも強欲で真っ直ぐな生き物も男だったと思い出した。
そういう意味で襲われても、今なら抵抗できないが、多分、これは…。
予想通り、男が触れた所から温かいものが流れ込み、疲弊した体を満たしていく。
「ふ…っ…これで、歩くくらいは出来るはずです。ほら、立って。」
流れ込んできたチャクラのお陰で、確かに体は大分回復した。こんなにチャクラを与えたら、男の方がきついだろうに。
確かに力の入らない人間には、兵糧丸よりもこの方法のほうが早く安全に回復させられるとはいえ、安全も確かめずにこんなコトをするなんて。
いや、むしろ別の意図があったのか。
こんなコトをされれば、我慢できなくなると知っていて、こんな真似をしたのかもしれない。
それなら…。
兵糧丸でを取り出して飲み込もうとしている男の腕を掴み、強引に引き寄せた。
「ヤダ。ああ、別の所は勃っちゃったけどね?」
「なっ!アンタ自分の状況分かってるんですか!?敵は!」
慌てふためく男を見るのは楽しい。それが俺を心配しているからだというのがたまらなく心地いい。
「片付けた。だから、もういいでしょ?」
ちょうどいいコトに、男が腰を下ろしているのは俺の上だ。びしょぬれのズボンがぴったりと体に張り付いて、体の線が良く分かる。腰を掴んで手を滑らせると、それだけでイルカは息をつめた。
「ん…っ!駄目って言っても、するんでしょうが!」
睨みつけてくる視線が心地いい。
自分を真っ直ぐに見る男は、赤い顔で俺の上で身をよじり、だがその手は俺の服にかかって、ぎこちなく前をくつろげている。
この貪欲さが、俺に向けられる欲望が欲しいから。
「するよ。だって、アンタも欲しいでしょ?」
イルカの色を帯びた瞳にそそのかされるままに、下肢を強引に剥いた。
「…あ!」
水で濡れて脱がせにくいズボンが太腿の途中で絡み、返ってイルカの自由を奪い取っている。
そのせいでバランスを崩したイルカが、俺に胸に頭を押し付けるように倒れこみんできた。
丁度尻を高く上げるような体勢だ。慌てて身を起そうとしたイルカを抱きこんで、晒された足の間に躊躇いなく指を進めた。
「…ぅあっ!」
「熱いね。」
指を食い締めるソコがどんな風に自分を包み込むか知っている。
背を逸らせて俺への欲望で猛るイルカのモノが、雨だけではない液体に濡れて光り、俺を欲しがっている教えてくれる。
「やりたいのは…アンタもだろ…っ!」
呻くような声。赤く染まる肌を涙と雨が飾り、イルカの手が僅かなためらいと共に俺の欲望に絡みついた。決して上手いとは言えないが、ムキになって手を動かしその強い視線で俺を射る。
…それがどれだけ俺を煽ると知っているんだろうか?
「お互い様でしょ?」
笑って指を増やす俺に、イルカが噛み付くようにキスをした。
「も、黙れ…!」
「そうね。」
もう、言葉は要らない。
*****
三代目に交渉して、必要の無い伝令もどきの任務をもぎ取って、準備もそこそこに里を飛び出した。
あっさりと許可が下りたのは、三代目もあの男の様子を憂慮していたんだろう。そうまでして捕まえに行った先で、当の本人はぐったりと身を投げ出していた。
そのくせ、その瞳は拗ねたように俺を見て、迎えを待っていた子どものように甘えを含んで。
…やっとこの男を手に入れたのだと知った。
チャクラを分けてやったのは帰るためだというのに、手癖が悪い男にすぐさま別のコトに使われてしまった。
…煽るつもりがなかったかといわれたらウソになる。
びしょぬれで、やっと素直に俺を欲しがる男にほだされないはずがない。
結局外で…それも雨の中でコトに及んでしまった。
上に乗り上げたのは捕まえたという実感が欲しかったから。
だが失敗だった。散々突き上げられて体を支えられなくなっても、男が腰を掴んで揺さぶるせいで逃げることも出来ない。
「ふぁ…っ馬鹿、ぁ…無茶ばっかりしやがって…っ!」
「ふ…っ前も思ったけどさ、あんたエッチのときかわいいよね?」
そんなことばかり嬉しそうに告げる男は、卑猥な笑みを浮かべて熱心に腰を動かす。
「…っ!うるさい!さっきまでボロ雑巾みたいにへたばってたくせに…っ!」
見つけたときにはぐれた子どもみたいな顔してたくせに!
こんな所ばかり大人で、強引で…どうしてこんなのに惚れてしまったのか自分でも分からない。
ただ、俺を捕らえた瞳が、幸せそうに細められているのに胸が満たされるから。
…きっともう、手放せない。
「ま、そうだけど。でもアンタが拾ってくれるんでしょ?」
どうせまた自覚していないんだろう。こんな…自信ありげな口調のくせに、かすかな不安を漂わせる瞳に俺だけを写して、無自覚に愛を請う。
「…もう、逃げても無駄ですからね!」
捕まえたんだから、もう逃がさない。
それだけは言っておかなくてはと荒い呼吸に混ぜて零すと、男がにやりと笑った。
「逃げないよ。あんたも、逃がさないけど。」
自覚した途端に、露にする執着は、俺を高ぶらせる。
だが、こんな時に甘い顔ばかりしてやるのも癪だから…。
「さあ、アンタに、出来るんですか?」
挑発するように微笑んで濡れた髪をかき上げてやった。
柔らかい髪は最初に触ったときと同じように水気を含んで、指を伝う水が男の整った顔を伝い流れ落ちていく。
その、凄艶なまでの笑みを湛えた顔を。
「出来るでしょ?とりあえず、もう一度抱き潰されてみる?」
「あ、馬鹿…っ!」
強引に再開された行為に、すぐにまともな思考も理性も溶けてしまった。
二人してびしょぬれになって、こんな所で。…馬鹿みたいだ。
それなのに、愛しい男と溺れるように求め合うのは、どこか当然のように思えた。
*****
「晴れたね。」
「あー…そうですね。」
降り注ぐ日の光は暑いくらいで、そういえばもう夏だったのだと思いだした。
「帰りましょう。」
「そうね。」
この暑さだ。服の水気もそのうち飛んでくれるだろう。
まとわりつく湿った感触はとても気持ちいいとはいえなかったが。
男も適当に水気を絞って身に着けながら、笑っている。
「何ですか?もう!」
誰のせいでこんなコトになったと思ってるんだ!
「いや。あんたホントすごいよね?いっつも真面目そうなのにこんなことしちゃってさ。」
いつもの口の悪さで、思わせぶりに俺のうなじに手を滑らせる男は、妙に楽しげだ。からかう口調も、自分のせいで俺がここまでしたんだときっと分かってやっている。
「俺は欲しいモノは諦めない方なんです!だから、全部あんたのせいだ!」
こうやって確かめなくても、不安になんかなれないくらいいつか…この男を溺れさせてやる。
「そうだよね?アンタ俺のこと大好きだもん。」
こんな言葉だけで、男が笑うのなら。いつだって。
だって。
「アンタだって俺に…」
惚れてるだろうと続けるはずの言葉は、突然のキスに遮られた。
「…うん。惚れちゃったねぇ?だからさ、一緒にいて?」
蕩けるような瞳に俺をうつして、男はかわいい口調で甘えてくるが、やったコトは可愛らしくもなんともない。
「…とりあえず、今日は確実に一緒にいますよ。というか、アンタ、ホントに人のこと抱き潰しやがって…!」
全然動けないのだ。自分だって本調子じゃないくせにこんな無茶をして。
それなのに、男は俺を抱きしめて嬉しそうに続けた。
「帰ったら、風呂に入れてあげる。飯はまあ適当に。そしたら久しぶりにアンタの布団で寝かせてよ。」
「不埒な真似をしないなら。」
「それは約束できないけど。」
「アンタ、ホントに…。」
わがままで欲しがりな俺だけの可愛い男。
別人のように素直になって、ついでに調子に乗った男にため息をついて、抱きついたままの男にキスを返してやった。
一瞬驚いて、すぐ嬉しそうにぎゅっと抱き返された腕に、もうちょっとだけ甘えさせてやろうと思った。
びしょぬれになったまま、あと少しだけ二人だけで。

2へ

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