危なかった!背後から羽交い絞めにしている間中、心臓がバクバクして、あの中忍にも聞こえてしまうんじゃないかとずっと冷や汗をかいていた。 子犬のような瞳から、涙がこぼれそうなっているのを見ると、自分の胸が激しく鼓動を打った。 任務になど出さないで、ずっと里においておけばいいのに…。 …そう思いながら、カカシは用意してきた科白を口にしたが、その間中イルカという中忍の顔をしっかり観察してしまった。泣き顔もかわいい…ずっとこのまま、 離れないで側にいたい。 そこまで考えて、カカシは納得した。 そうか、これが惚れたってことなのか。 初めての経験だったが、わきあがる感情の強さのせいか、意外に冷静に己の変化を受け止められた。 こうなると、流石は人生の先輩と言わざるを得ない。カカシが自分で気づかなかった変化を、鳥も猿も気づいていたのだ。 …他人の感情に聡くなければ暗部失格だが、こうまで、自分が鈍いとは思っても見なかった。 だが、こんな気持ちは初めてなのだ。あの中忍のことを考えるだけでどきどきして、ずっと離したくなくなる。 気づいた以上は確実に自分のものにしてみせる。欲しいものを指をくわえてみているだけなんて俺の柄じゃない。 だが…それには助言が必要だろう。イルカを確実に手に入れるために、必要な情報がまだ欠けている。 男の抱き方は一応知っているが、男をどうやったら口説いたらいいのかまでは教本にも載っていなかった。もちろん実践などしたこともない。 …ここは、唯一の助言者たちとなりうる、猿と鳥に聞いてみるべきだろう。…おそらくすごい勢いで遊ばれるだろうが、失敗するわけには行かないのだ。 カカシは、イルカが天幕から飛び出していくのを見送り、悲壮な覚悟を胸に、部下たちの下へ急いだ。 **** 「そうかそうか!やっぱりな!」 したり顔でうなずく鳥は、思ったよりしつこく詳細を聞いてこない。 「そうですか。うん。ここだとちょっと難しいですが、プレゼントとかどうですかね?」 猿にいたっては、本気でアドバイスしてくれるようだ。…正直9割位はからかわれて終わりだろうと思っていたので、拍子抜けした。 だが、有用なアドバイスは無駄にできない。早速詳細を聞き取って覚える。ついでに、疑問に思ったことも聞いてみた。 「プレゼントって、何がいいのさ。…宝石とか、あとは…かんざしとか着物とかはやったことあるけど。」 中忍の男が何を欲しがるのかは想像もつかない。ずいぶん前から上忍をやっていて、それに疑問を持ったこともないが、こういう時は困りものだ。 「そりゃ、花町の女だろ。…中忍ったって娼妓でもないのにそんなもん送ったってよろこばねぇぞ多分。」 カカシの質問に、鳥があきれたように答えた。なら、どんなものがいいんだ? 「あ、花とかどうです?成り立て中忍なら、まだすれてないからいいかも。」 悩んだ雰囲気を感じ取ったのか、猿が丁寧にアドバイスしてくれた。 「花?」 だが、花といっても…何に使うんだ? 「忍相手に花はどうだろうな?」 鳥もその提案には疑問があるようだ。…本当に喜ばれるんだろうか…? 「だから、その中忍って話を聞く限りはまじめそうだし、きっと効果ありますって!髪の毛にさりげなく花を挿してあげるとか…。」 二人のもの言いたげな視線に臆することなく、猿は力強くそう主張した。 「ま、確かにな。」 鳥もその発言に説得力を感じたようだし、…とにかく試してみる価値はあるということだろう。 「花、この辺に咲いてるのでもいいのかな?」 流石にこんな山奥から町へ出て、花屋へ行くのはまずいだろう。 「できれば珍しいのがいいんでしょうけど。でも、気持ちだから、キレイなら何でもイイと思いますよ。ここにも探せばきれいな花ぐらいありますって!」 猿が励ますように俺の背中を叩く。花…そんなものは気をつけてみたこともないが、そんなに言うなら探してみよう。 「そうだ!心意気って奴が一番大事だぞ!とにかくお前が惚れたってんなら協力はおしまねぇ!なんでも言って来い!!!」 鳥も自分の胸をたたきながら、そう請け負ってくれた。…やるだけやってみよう。 「ありがと。」 ***** とにかくキレイな花とやらを手に入れなければ。朝一で探し回ったら、綺麗かどうかは分からないが、白くてあの中忍っぽい花を見つけた。 小さいのに香りがいいし、花びらが派手派手しくなくてかわいらしい。それに薬にもなる。どうせもらうんなら役に立つものの方が良いだろう。 「これで、いいのか…?」 経験のないことであるだけに、不安だが、…とにかく試してみなくては。 花がしおれてしまわない内にと、急いで陣に戻ってイルカを探した。今はまだ、普通の中忍たちと混じって、雑用をこなしているはずだ。 「ちょっと!これ、早く持ってってよ!」 「はい!あじさいさん!」 「これも!」 「はい!えーと?」 「私はあさがお!さっさと覚えなさいよ!」 「あ、はい!すみません!」 せっかく見つけ出したイルカが、何故か中忍の女2人に顎で使われている。確か一緒に派遣されてきた増援部隊の仲間だったようだが。 「じゃ、頼んだから!私たち忙しいの。」 言いたい放題言ったら、女たちはさっさとどこかへ行ってしまった。 「ちょっと!」 すかさず、イルカを引っ張り出した。 「あ、昨日の…。そうだ!明日ってもう今日なんですが、いつどこに行けばいいんですか?迎えに来るって…ひょっとして今ですか?!まだ仕事が…」 こちらが心配しているというのに、イルカはのんきな顔で、そうのたまった。一瞬いらだったが、そういえば、今日迎えに行くつもりだったなと思い出し、 そのままイルカを抱えて、人気のない陣の外れへ移動した。 「わ!あの!俺、まだ仕事…。」 「俺に命令されて他の仕事やってたっていえばいいでしょ?…ていうか、あの女たちなんなのよ。あんたと同じ部隊でしょ? 仕事もしないでどこいっちゃったのよ?」 「ああ、一緒に物資の仕分けをやってたんですが、ちょっと急に忙しくなったんだそうです。俺はまだ馴れてないから、説明するより、雑用片付けてって 言われました!」 ああ、騙されてるんだな。…物慣れないイルカの様子が格好の餌食に見えたんだろう。新人が入ると、それを試したりするのはよくあることだが、 普通は仕事を押し付けたりはしない。性質が悪そうだと、腹立たしく思ったが、その前に…。 「ほら、これ、やる。」 きっちりとくくられたイルカの髪にすっとさっき取ってきた花を指してやる。艶のある綺麗な黒髪をしているので、白い花が良く映える。…こうしてみると、 猿のアドバイスは馬鹿にならないな。 「えっと!なんでしょうか?コレが、試験ですか?」 イルカは急に連れてこられたことにも、髪の毛に何かされたことにも驚いているようだ。きょときょとしている様子が、カカシの胸の鼓動を早める。 …やっぱり、惚れてるんだ、俺。…こんな小動物に…。 「試験は、…あの中忍たちが忙しくなったって言ってる仕事が何か、確かめてくること。期限は明日ね。」 本当は、こんなことで、今回必要な能力をイルカが持っているか測れないのだが、それよりも、部隊の規律を守らない輩の排除が先だ。 …まあ、多少というか、かなり私情が混じっていることは確かだが。 「あ、はい!…でも、今回の任務って、トラップ…」 「明日の同じ時間に迎えに行く。…それまでに報告できるようにしといてね。」 この胸の鼓動が伝わってしまう前に、イルカの元から去りたい。慌てたカカシは、不思議がるイルカを残してその場を立ち去った。 ***** イルカの下を去ったその足で、カカシは中忍部隊の隊長の下へ向かった。 「ちょっと、あんたがここの隊長だよね?」 昨日、隊を率いていたのはこの女だったはずだ。 「はい。ユキツバキ、中忍です。…失礼ですが、何かありましたか?」 この女はそこそこ経験があるようだ。暗部相手に緊張しつつもちゃんと会話が成立している。 「あんたのとこの中忍、女で、ひよっこ中忍君と組んでるの二人。アレ、今何してる?」 「あの二人なら…確かうみの中忍と物資の整理を担当しているはずですが?」 質問にもちゃんと答えてきた。…だが、詰めが甘い。やはり確認に来て良かった。放っておけば、イルカが良い様に こき使われるのに気付かなかったかもしれない。 「ふーん。…急な用事ができたっていって、どっかいっちゃたみたいだけど?」 早速、脅しもこめて、あきれた口調で言ってやった。 「…!確認します。…ありがとうございます!」 慌ててはいるが、的確な判断は下せるようだ。礼まで言ってきた。 …あの女たちがはずれだっただけだな。コレは。 「…別に…。俺はそういうの好きじゃないだけ。仕事できないなら、里に帰しちゃってよね。別にこんなに人ではいらないし。アンタ、隊長でしょ?」 これなら、俺がでしゃばってこなくても、この女に後を任せればいいだろう。 「分かりました。…処罰は私が。」 「処罰はどうでもいいけど、任務の邪魔はしないようにしてね。」 「はい…。」 女はまだ緊張している様子だが、ソレはどうでもいい。それよりも… 「…あの、中忍君ってさ、…」 「え?あ、うみの中忍ですか?彼が何か?」 「いや、なんでもない。…あんまりのんきだったから。それだけ。」 何を聞くつもりだったんだ俺は! あんな目に合ってるのを見たからって、心配しすぎだ…! 「じゃ、あと頼んだから。」 カカシは逃げるようにその場を後にした。 ***** よく分からないとはいえ、とにかく試験の課題はもらったんだから、何とかしないといけないけど、物資の片付けが終わらないと何も出来ないよな…。 イルカは里から持ってきた物資と、以前からある物資を整理しようとしていた。その時。 「イルカ君。」 イルカたちの中忍部隊を率いてきたユキツバキ隊長が声を掛けてきた。 「あ、ユキ隊長!」 イルカは手に持っていた荷物を下ろし、急いで敬礼した。 「ツバキでいいわ。…あの二人は?」 イルカの挨拶を片手で制し、質問された。 焦った様子であたりを見回すたびに、括られた柔らかそうな髪がさらさらと風に靡く。…でも何をそんなに急いでるんだろう? 「え?あー…何か急用ができたからって、…そうだ!あの!急用ってなんですか?俺!下っ端だけど、体力だけはあるんです!手伝わせてください!!!」 試験のこともあるけど、それよりこんなに焦ってるってことは、きっと大変なことが起こったんだろう。…手伝わないと! 慌てるイルカを尻目に、隊長はため息をつきながら髪の毛を掻き揚げて、言った。 「急用…ね。…そんなに急ぐ仕事なんて指示した覚えないんだけど…。」 「ええ!でも、さっき。」 確かに急ぎの仕事が入ったっていってたけど!?…聞き間違えだったとか???目を白黒させるイルカをみて、隊長が心配そうな顔をしている。 「…イルカ君。なんでもかんでも人の言うことを信じちゃ駄目よ?…みんなが正しいことを言うとは限らない。悲しいことだけどね。それに… 貴方は忍びでしょう?少しは疑うことを覚えなさい。」 ひよっこの俺にも隊長は優しい。…でも…もしかすると本当に急な仕事が入ったのかもしれないし…。 「はい…。でも、もしかすると…」 間違いで疑われてはかわいそうだと、俺が他の仕事をしている二人を探してくるように言おうとした。 「これ、終わらせないといけないわね。…今、あの二人、探してくるから。」 隊長は俺の話しをさえぎってしまった。そしてそのままさっと身を翻そうとしたが…。 「いらないよー。はい、コレ。」 「あ!さっきの!」 いつの間にかさっきの暗部が、二人をどさっと俺たちの前に落とした。…ざっと見る限りでは怪我はなさそうだけど、ぜんぜん動く気配がない。 もしかして…気絶してる? 「ありがとうございます。…どこで?」 隊長は驚いているイルカのことなど気にもせずに、暗部と話している。 さすがベテラン。コレくらいのことでは動じないんだな!俺はさっきから落ち着きなくびっくりしてばっかりだよ…。 イルカは己の慌て具合に落ち込みながらも、暗部が口を開くのを待った。 「んー。俺たちの天幕。…邪魔だから持ってかえって。」 隊長の質問に、さっきの暗部は面倒くさそうに答えた。 …やっぱり…ちょっと怖いかも…。怒ってるのかな?でも暗部のところに物資を運ぶ予定なんてなかったんじゃないかな?もしかして間違えたのか? イルカがよっぽど不思議そうな顔をしていたのか、暗部がちょっとイルカの方をみて笑ったようだ。顔はみえないが、そんな気配が感じられた。 …どーせぺーぺーだよ!!!悪かったな!!! 「はい。イルカ君。ちょっとの間一人で頑張ってて。この娘達何とかしてくるから。」 怒っているイルカのことなど隊長にとってもどうでもよかったようで、さっさと一人を肩に担ぎ、もう一人の襟首を掴むと、軽々とどこかへ連れて行ってしまった。 …何なんだ…?全然わけがわからない…。 隊長が立ち去った後もその場に残る暗部に怯えつつも、そういえば、試験の課題ってコレだったんだと思い出したイルカは、腕組みしている暗部におそるおそる話しかけた。 「あの、任務じゃなかったって…。」 これ以外のことはわからなかったんだけど、…事情もよくわからないから、ひょっとすると別の任務があったのかな…俺みたいに。 「あ、わかったのね。じゃ、ごーかく!明日から俺と鍛錬ね。」 不安そうに聞くイルカの様子を、またおもしろそうに見ていた暗部が、イルカのの心配をよそにあっけらかんと言った。 …合格か。良かった…!でも… 「鍛錬!?」 鍛錬って言っても、今もう任務中なんだけど!?一体どうしろと…?しかも暗部の人といっしょって…実力に差がありすぎる!!! イルカはまた慌てた。 「まだ使いもんになんないでしょ?」 「確かにそうですけど!!!でも…。」 「じゃ、また迎えに来るから。…アンタは仕事、頑張りなさいね。」 一方的にまくし立てると、また暗部はかき消すようにイルカの前から消えてしまった。 どうしたらいいんだ…誰かに説明して欲しい…。三代目…ちょっと恨んじゃうかもしれません…。 とにかく、命令なんだから、しょうがない…あとで隊長に何があったか聞こう。 イルカはいっぺんに起こった訳のわからない状態に、実戦の厳しさを感じながら物資の整理に戻ったのだった。 ********************************************************************************* 悪がき風味なカカシ君と天然風味のイルカ中忍…のつもりですが…。 |