「カカシさん!お土産です!」 帰宅するなり俺に飛びつくように抱きついてきたイルカを抱きしめて、その感触を楽しむ。 …だが、今イルカは土産といった。 確か今日は一日中アカデミーだったはずだが、いつの間に任務に出たのだろうか? まあとにかく、期待に満ちた瞳をしているイルカを無視することはできない。 差し出された淡い桃色の小さな紙袋を手に取ると、中にはデフォルメされたやたら目がキラキラと大きい桃色のウサギらしい生き物がプリントされた缶が入っていた。 「…うさぎのクッキー?」 しかも、このウサギには見覚えがあった。 確かこのウサギの模様のついたハンカチをサクラがもっていたはずだ。 そう、確か何とかランドという所の…。 「同僚が遊園地に行ってきたから、そこのお土産物屋さんで買ったんだって言ってました!かわいいんですよ!」 「ふうん?」 なるほど。つまりイルカが任務に行ったのではなく、同僚からの土産物ということか。 ファンシーな代物を好むイルカには、ぴったりの土産物だろう。 喜ぶ顔を見るのは楽しい。…同時にそれが俺以外のせいだということに腹も立つのだが。 「ジェットコースターとかコーヒーカップとか…色々楽しかったって!」 「あー…色々あるのね」 「それにそれに…異国のお城みたいな所があるって!」 はしゃいだ様子で一生懸命同僚とやらの体験談を話してくれるイルカはそれはそれは可愛らしい。 確か前に行きたいと言っていたのを聞いたことがあった気がするが…この様子からして、イルカ自身は行ったことがないんじゃないだろうか? 「…そういえば俺も行ったことないな。任務以外は」 大名の娘の警護や、闇取引の現場を確保するためとか…そんな理由でしか遊園地になどいったことがない。 普通の子どもがそう言った所に遊びに行く年齢のときには、既に上忍になっていたというのもあるし、カカシと、それからイルカの年代は里の状況にそんな余裕はなかった。 イルカの語る話からすると、その同僚は自分の子どもと行ったのが初めてらしいから、押して知るべし。 それと、イルカがここまで瞳を輝かせて話してるってことは、恐らくイルカにとっては楽しいところなのだろう。 …カカシとしては、以前行ったときに人ごみと待機時間の長さに辟易した思い出しかないのだが。 「あ、お茶入れてきます!クッキーだからコーヒー?それとも紅茶かなぁ?」 「んー?新しいやつ試したいから俺が淹れてくる。ちょっとだけ待ってて?」 いそいそと台所へ向かおうとするイルカを呼びとめた。 今この家には貰い物の紅茶大量にある。最近イルカとの関係を周囲にアピールしていた甲斐あって、イルカのためにと変わった土産を押し付けてくる連中が増えたのだ。 それだけファンが多いということだから油断できないが、大半は元親バカ達からのものなので、危険性はそれほどない。 …せいぜい嫌がらせに甘いものを押し付けられるくらいだ。 ただ、カカシと関わったことでイルカを快く思わない者も不本意ながら増えてしまったので、一応確認はしなくてはならない。面倒な話だ。 「はい!ありがとうございます!楽しみだなぁ!」 紅茶と土産物のクッキーだけでここまでの喜びよう。 相変らずつましい生活に慣れていて、多くを望まないイルカらしい反応だ。 「…あんな顔して喜んで…行きたいんだろうな」 だからといって、イルカからは絶対にそんなことを言い出さないのは分かっている。 一緒にいるだけで幸せと、何処かの老夫婦のようなことを口にして…実際幸せそうではあるのだが、それでは自分が満足できない。 もっとイルカを喜ばせたい。大体イルカは望むものが少なすぎるのだ。サボテンが増えたとか、猫がお手を覚えたとか…その程度のことに驚くくらい喜んでいる。…だからこそ自分なんかを懐に入れてしまったのだろうが。 休みならなんとかなる。 最近復調してきて妨害工作に余念がない里長だが、イルカが喜ぶとなれば話は別だ。恐らく隙はある。 どうしてもとごねられたらツテを使って任務として依頼してもいい。 貰い物の紅茶の香りは流石に名の知れた高級品らしくすばらしい品質だ。 ま、当たり前か。あの魔女、イルカのこと溺愛してるし。 ことある毎に差し入れだの土産だのを置いていくのは気に食わないが、イルカが喜ぶので止められないでいる。 カカシの土産にも大喜びしてくれるが、もっとイルカが欲しがっているものをあげたいと思った。 「あー…ばっかみたい」 要するに嫉妬だ。保護者面した連中より愛されている自信はあるが、あいつらよりイルカを喜ばせているという実感が欲しいのだ。 それなのに何をしても側にいるだけで幸せといわれてしまうと、もどかしい。 …もっと、求めてもらいたいなんて。 「カカシさん?お手伝いします!」 しっかりクッキーの缶を抱きしめたまま、とてとてと走り寄ってきたイルカのお陰で正気に返った。 「あ、大丈夫。今もってくから座ってて?」 悩んでいる間にも手が止まることはない自分にほっとしつつ、入れたての紅茶を運んだ。ミルクと砂糖も勿論セットだ。 「いい香り…!美味しそうですね!」 ほにゃりと笑うイルカに、なぜか妙に対抗心が湧くのを感じながら、心に誓った。 もっと…こんな些細なことだけじゃなくてもっと喜ばせてやるのだと。 「さ、食べよ?」 ご丁寧に個包装所かクッキー自体も桃色で、余りのファンシーさに食べるには抵抗があったが、イルカがそれはもう嬉しそうにほお張っているのでソレはそれと思うコトにした。 「美味しい…!…カカシさんも!はい!」 一口でも食べないとイルカに泣きそうな顔をされてしまうので、とりあえずかじったがやはり甘い。この甘ったるさでは全部食べるのは無理だろう。 一口だけ齧ったソレをイルカの口にそっと押し付けた。 「ん。ごめん。甘い。…残り、食べてもらえる?」 「あ!そうだった!はい!」 ぱくりと口に放り込んで、それからほにゃりと笑み崩れて…そしていきなり真っ赤に染まった。 今更だが俺の食べかけを貰ったことで照れているらしい。…確信犯なのは黙っておくコトにした。 ちょっと位動揺している方がいい。これから俺の計画に嵌ってもらわなければならないのだから。 「ありがと。…ねぇちょっとだけ俺の話聞いてくれる…?」 自分が聞いていても甘すぎる声。 その捨て身のおねだりに、瞳をとろんとさせたイルカがうなずいたのは言うまでもない。 ***** 最初は多少尻込みしていたが、俺が本気になって口説けばイルカもそれ以上拒めなかったらしい。それだけ俺は愛されていて、そしてそれだけ遊園地なんて所に夢を抱いてるのだろう。 老人は予想通りごねて迷惑極まりなかったがそんなことは予想していたので適当に切り抜けて休みも取った。 イルカがあれだけ喜んでいれば流石に陰険な里長も引き止め切れなかったようだ。 毎日毎日嬉しそうに話しているイルカを、イルカの同僚たちも温かい視線で見守ってくれたし、カカシの方も休みを取るに当たっては色々と迷惑をかけてくれた例の猫の責任者に押し付けたので問題はないだろう。あれでも一応上忍だし。 「えへへ!お出かけすっごく楽しみです!」 あの時、いつもの様に「カカシさんが大変だったらいやだから」と断られそうになったのだ。 遠慮深いというかなんというか…自分がイルカと同じ休みを取るのが難しいことを良く分かっているからこその発言だ。 ソレが今こうして一緒に出かけるのを楽しみにしているのをみると、説得してよかったとしみじみ思う。 今のイルカは俺の選んだラフな私服姿で、鼻傷さえなければ一般人に紛れ込める。 自分はというと服装自体はイルカにあわせてみたものの、マスク姿は多少…いや、明らかに違和感があるかもしれない。 だが、肝心のイルカが喜んでくれているから、その辺は大したことじゃないと思うコトにした。 「いこ?」 「はい!」 すっと手を差し出すと、迷わずその手を握り返して嬉しそうに笑っている。 今日はイルカをもっともっと喜ばせるのが目的だ。 当の本人は手を握るだけで喜んでしまっているが、まだまだ序の口。 「えへへ!」 自然と早まる互いの足のおかげで、きっと目的地まではあっという間だろう。 鼻傷を掻いて照れくさそうに微笑むイルカに、なぜか対抗心めいた物を感じながら、今日は何度でもこうやってイルカを喜ばせてやると決意したのだった。 ***** 「うわぁ!すごい!うさぎさんがいっぱいです!」 現地に着くなりイルカが一番反応したのは、激しくデフォルメされたウサギの着ぐるみだった。人間のような服を纏ったそれは、カカシの目から見ればやや気色悪くさえあるのだが、イルカにとっては嬉しくてたまらなかったようで、早速子どもに混じって握手なんかをしてもらっている。 イラッとしたが、そこはそれだ。いくらイルカでもアレは一応中身は人間だということは分かっているはずだし、イルカの妖精は自分だけなのだから、アレはただちょっとものめずらしさで構っているだけのはずだ。 だからこそ、楽しんでいるのだから邪魔はしないで置こうと思ったのだが…。 「カカシさんも!一緒に握手!」 ぴょんぴょん飛び跳ねるイルカの方が、どっしりとした桃色の着ぐるみよりもずっとウサギらしく見えたがその辺りはまあいい。 握手…というにはその毛の塊でしかないものに触れるだけだったが、イルカはそれでも満足げだ。 自分には理解できないが、イルカにはこの桃色の毛の塊が可愛らしいと思えるのだろう。 「一杯乗りましょうね!全部回れたらいいなぁ…!」 貧乏性というか、ものめずらしさにきょろきょろしていて、迷子になりそうで心配だ。 「ここ広いから、手、離さないでね?」 そう言っただけで真っ赤になったイルカを楽しめたから、出先は好調かもしれない。 さっきまできゃあきゃあ言っていたイルカが一気に静かになったのもありがたい。 流石に成人男子が騒いでいると人目を引くし、こんなに無防備だとどこで誰かに狙われないとも限らない。もしその辺の女なんかに目を付けられたら最悪だ。 それでなくても世間知らずで人を信じやすいのだから、危険は出来るだけ避けたい。 「えっと、すっごく楽しみです!」 「うん。そうね。…イルカと二人っきりだし」 そのセリフに周囲の空気がちょっと凍った気がしたが、イルカがこれ以上ないくらい驚いた顔で固まったのがかわいかったからいいコトにした。 幸いイルカが楽しめるように、チケットとやらは乗り放題の物にしてある。これから、イルカがどんなわがままを言ってきても絶対にかなえてやるつもりだ。 固まってしまったイルカの代わりに、適当な乗り物の元へ急ぐ俺の頭は、イルカを喜ばせることだけで一杯だった。 ***** 「すごい!すごいです!くるくる回る!」 「あーそうね」 コーヒーカップなんて、忍にとっては大したことの無い乗り物だ。…というか、そもそも動体視力も身体能力も常人とはかけ離れているのだから、感覚が狂うこともないはずなのだが、イルカはきゃあきゃあ歓声を上げては俺をちらりとみて笑み崩れいてる。 輝くようなその笑顔のほうが、こんな乗り物よりよっぽど心臓に響く。 さっきジェットコースターに乗ったときもそうだった。 乗る前から落ち着かないらしくて、「あ、あんな高さから落っこちてる…!」だの、「きゃーって…きゃーって言ってる…怖いのかなぁ…」などと終始ぶつぶつと他の客の様子を実況していた。 そして…客が悲鳴をあげるたびに俺の手をぎゅっと握ってくるのだ。それもぎゅっと眉を寄せて泣きそうな顔をしながら。 こんなチャンスはめったにない。 当然俺はジェットコースターに乗り込むまで、イルカが不安がったり動揺したりするのを楽しんでしまった。 乗っている最中は、忍の移動速度のほうが速いコトに気付いたのか楽しそうにしていたのだが…。 これでは本末転倒な気がしてきた。 イルカは…確かに楽しそうにしているが、自分の方が楽しみすぎているんじゃないだろうか? しかも当然だが遊園地をではなく、遊園地にはしゃぐイルカをだ。 これではマズイと思ってはいるのだが。 イルカはどんどん新たなものに挑戦し、その都度可愛いらしい様子を見せ付けてくるのだから、それを思わず見つめてしまうのを止められない。 ミラーハウスでは道に迷うことなく出口をすぐに見つけてしまったが、その間、イルカは鏡に俺が沢山映っていることを喜んでくるくる回ってみたり、自分も映っているコトに驚いてみたりと大忙しだったし、例のウサギのついた電車もどきでも、車掌のウサギもどきに大興奮だった。 俺の手を絶対に離さないし、いつも俺に向かって微笑んでくれるイルカ。 もういっそ割り切って、俺も楽しんでしまった方がイイ気がしてきた。 「すっごく楽しかったです!」 「そ、よかった」 さっきからずっと呼吸が早いままだ。そろそろ休憩を取らせた方がいいだろう。 倒れるのも心配だが、倒れてしまったイルカ相手に何かしでかしそうな自分の方が心配だ。 荒い呼吸に潤んだ瞳。はしゃぎすぎたせいで上気した肌と時折吐き出される小さな悲鳴は、イルカを抱いている時の切なげな吐息に良く似ていて、さっきから腰の辺りが落ち着かない。 我ながら即物的すぎる。…だが、どうせなら。 「もっと楽しんでからにしないとね?」 「え?」 「ね、そろそろなにか飲もうか?」 「そういえば…」 「あそこで何か売ってるみたいだし行ってみよう?」 「はい!うわぁ!すごいなぁ!」 屋根までウサギ型をした売店にも、イルカが歓声を上げている。 いちいち俺を煽り立てるのが上手過ぎるのに、計算なんて欠片もしていない。 だからこそ、きっとここまで夢中にさせられてるんだろうけど。 俺がコーヒー、イルカはいつも通りオレンジジュースを買って、ついでにイルカが目を奪われていたポップコーンも買った。樹脂性の入れ物が派手な桃色のウサギ型なのが気に入ったんだろう。俺が注文している間なら気付かないと思ったのか、じーっとソレを見ていたのだ。 あんまり一生懸命だったから、つい買ってしまった。イルカのことだから絶対に捨てて帰ったりしない以上、家に余計な物が増えるコトになるが、イルカが喜ぶなら構わない。ソレがそもそもの目的でもあるんだし。 あとは…名前を付けさえしないでくれればいいのだが。 最近は大体覚えたが、物が増えると名前も増えるのが正直ちょっと辛い。 「はい」 「え!でも!…カカシさんは?」 …そうきたか。 「俺はコーヒーが飲みたかったの。そっちは味見したいけど食べきれないから…イルカ、手伝ってくれる?」 「は、はい!」 イルカが気にするだろうから一応まだ温かく油っぽいそれを数個口に放り込んだが、元々こういったものが好きじゃないから、コーヒーで流し込んだ。 「ん。ありがと。残り食べられる?」 「はい!でもこんなに沢山…?カカシさんは足りたんですか?」 ちらちらとポップコーンを見ながら、それでも俺の方が心配らしい。 「味見だけのつもりだったから。思ったより多かったし。食べて?」 1個詰まんでイルカの口に放り込んでやった。途端にほわっと頬を緩ませている。サクサクと音を立ててしっかり味わっているのがまるで小動物のようだ。 「美味しい…!」 「残りも食べてね?多かったら持って帰るから無理はしなくていいけど」 「はい!美味しいからきっと大丈夫です!」 …言葉どおり、早速真剣にポップコーンを食べ始めた。 いつも通り零しながらもふもふと口いっぱいに詰め込んで、一杯になった頬が膨らんでいる。しかも、一生懸命に食べ過ぎて口の回りもべたべたにしているから、ペーパーで拭いたら、ぽわんとした瞳で俺を見上げてきた。 「ん?どうしたの?」 「へへ!…すっごくすっごく楽しいです!」 そういうイルカのほうがよっぽど可愛らしいと思うんだが。 なにせさっきから周囲の視線を感じる。勘違いじゃない証拠に、常人よりはるかに感度のいい耳が、イルカへの言葉を拾っているのだ。 かわいいなんて、言われなくても分かっている。当然だ。こんな人、絶対に他にいない。…いろんな意味でだが。 それにしても、自分のモノに感心をもたれるというのはここまで気分が悪いものだったのかと改めて驚いた。視線だけでも鬱陶しい。 「次。行こっか?」 「えっと!はい!」 べたべたの手に躊躇しているイルカの手を握って、周囲の視線を振り払うように足を速めた。 これは、俺のモノだと憤りながら。 ***** イルカが気にするので一旦手をあらわせて、それからどんどん休みなく次々新しい乗り物に乗り込んだ。 乗っている間は流石に周囲の視線もイルカにまで届かない。 だが、流石にイルカも息切れしてきたようだ。 楽しそうなのは変わらないが、ちょっとぐったりしてきている。 …これでは意味がない。 「イルカ。ちょっと休む?」 丁度いいコトに、目の前にはレストランらしき所がある。…また桃色ウサギだらけなのはイルカにとっては嬉しいことだろう。 そう思ったのに。 「カカシさんが大丈夫なら、もっと色々遊びたいです…!全部、見て回りたいから…!」 どこか必死なその様子を不審に思ったが、イルカがそう望むのなら止めたくはない。 速度の速い乗り物ばかり乗っていたから、そろそろ穏やかなモノがいいだろう。 「ああ、これ、入ってみてないよね?」 入り口の地図に載っていた説明によると、これはそんなに激しい乗り物ではなさそうだ。むしろ中をゆっくりと見るようにできているというか…。 「え…!」 地図を指差す俺に、イルカがなぜか驚いた顔をした。 「行ってみようか。全部入ってみたいんでしょ?」 「は、はい!」 返ってきたのは素直な返事。だからてっきりまた遠慮しているのだと思ったのだ。 気付けなかった。…その声が僅かに震えていることなんて。 ***** その建物は見るからに偽者臭い洋館で、壁を伝う蔦まで人工のもので再現されているのに、帰ってソレが作り物めいた感じを強調していた。 だがとにかく、ここならそれほど疲れることもないだろう。 血液どころか物言わぬ躯や化け物染みた忍や…妖物さえ見慣れた身で、ホラーハウスなんてものを今更怖がるはずもない。 忍でなくてもこの程度のつくりならそう怖がるのもいないような気がする。 だが、俺は忘れていた。 イルカは、妖精を信じ、クマやジジイの適当なでまかせにも騙される…忍としては稀有な性格の持ち主だってことを。 ゴトゴト音を立てながら、馬車に似せた乗り物が流れてくる。シートは今までの乗り物のように硬くなくゆったりとしていて、休むにはぴったりに思えた。 窓のようなものはあるが、扉を閉めてしまえばほぼ密室になる所も気に入った。 照明は暗くしてあるんだろうが、当然自分にもイルカにも意味の無い程度でしかない。 さっさと乗り込んで、イルカをふかふかの座席に座らせた。 「眠かったら寄りかかっても…」 「は、はぃ…っ!」 その時にやっと気がついた。イルカの様子がおかしい。 手が小刻みに震えているし、顔色が悪いし、なにより目の焦点があってない。 「どうしたの!?具合でも…!?」 何とかしてやりたいが、すでに馬車は遅いながらも進み始めてしまっている。これでは戻ることも出来ない。 せめて仕込みの応急薬でもと懐を探ろうとした時、イルカがいきなりしがみ付いてきた。 「きゃー!でたー!」 なるほど、怖かったのか。 具合が悪いわけではないことにほっとした。ある意味イルカらしい反応だ。 よくよくみれば飛び交っている布切れを釣っているワイヤーも、照明を操作している職員も見えるというのに、ちゃんと視線を合わせるのが怖くて出来ないらしい。 今更ながら失敗を悟ったが、このまま姿を消せば遊園地がパニックになるだろう。 「大丈夫。俺がいるでしょ?それにコレ全部作り物…」 「うわぁ!と、とんできたー!」 駄目か。 「なら、しょうがない、よね?」 状態が状態だ。これは応急処置だ。 …決して自分の欲望を優先させたわけじゃない。 自分に自分でいい訳しながら、イルカの肩を抱き寄せた。 「イルカ…」 「カ、カカシさん…!うー…!」 怖くて顔を上げられないらしい。胸に顔をうずめて…僅かに湿った感触がするところを見ると恐らく涙と鼻水くらいは流しているんだろう。 「こっち向いて。俺を見て?」 「カカシ、さんを…?」 ぼんやりとした顔のイルカがきょとんとした瞳で俺を見る。 無防備で、無垢なその瞳で。 「…そ、俺だけ、見てて?」 焦点のあっていなかった瞳は俺だけに合わされ、ゆっくりと近づく自分の顔を映している。 しがみ付いていてくれたのは好都合だ。 座席にイルカを押し付けるのは簡単で、それからその唇を味わうまで当然の事ながら抵抗など一度もされなかった。 ソレをいいコトに舌を絡め、いつもなら忍服でぴっちりと覆われている胸元に手を滑らす。 シャツっていうのは中々便利だ。簡単にその肌に触れることが出来る。 露になった胸元はすでにうす赤くそまっていて、緊張のためか赤くとがっていた胸の突起を指でつまむと、鼻に掛かった声でイルカが鳴いた。 「ふぁ…!」 このまま最後までしてしまいたい欲望を抑えるのが難しくなるくらいに。 「ね。もう怖くないでしょ?…俺がいる」 「はい…!」 安心しきった瞳は、快感で潤み、しみがついたままの腕も、無意識に摺り寄せられる足も誘っているようにしか見えない。 だが、ここは一般の娯楽施設。 下手に目立つわけには行かない。…この構造からして、一般人も似たようなことはしているんだろうが、流石にこんな所で最後までスルのは無理がある。 こんなに可愛くておいしそうなイルカが目の目にいるのだから、どうせならしっかり味わいたい。 幸い、木の葉に帰ることの出来る距離だが、イルカのためにホテルは既に押さえてある。 「ここ出たら…っと」 そこまで口にして踏みとどまった。 …連れ込んでイルカをいいようにしても、きっと怒らないだろう。 だが、イルカの全部見て回りたいという目的は達成できないままになる。 まだぼんやりしているイルカを抱き起こして、服を直してやりながら、何とかその気になっている下半身を収めようとしたのだが。 「ん…カカシさん…!」 切なげな声で名前を呼んで、ぎゅっと抱きついてこられて…理性はさっさと白旗を上げた。 イルカをこれ以上我慢させる方が苦痛だろうなんて免罪符を振りかざして。 「だよね…煽った責任は取るから」 …それから、イルカの乱れた呼吸と押し付けられる体温に耐え、出口にたどり着くまでの時間は永遠にさえ思えた。 ***** チェックインをどうやってしたのかすら記憶にない。 荷物を置くのもそこそこに、くったりと俺に体重を預けたイルカをベッドに押し倒した。 「カカシさん…」 抱きしめるだけでほわりと微笑み、俺に擦り寄ってくる。 「ごめんね…?もっと遊びたかったでしょ?」 素直すぎる体に火をつけたのは自分だ。 あの時、確かにイルカを落ち着かせるつもりだったが、下心がなかったなんて口が避けても言えない。 「違い、ます…!俺、カカシさんがいっぱい見られてるのがイヤだったんです…!」 「え?」 「だって、なんだかずっと見られてるから…!誰かに、カカシさんの正体がばれちゃったらって…!」 驚いたが、イルカらしい。俺のことを心配していたってことだから。 「なら、大丈夫。それに…」 見られてたのはイルカだし。自分のことは…まあ多少胡散臭そうな目で見られたりはしたが、イルカのように視線を引くほど気配を出していなかった。 「でも…でも…!カカシさんがどこかにいっちゃったらって…怖くなって…。それに、それだけじゃなくって…!」 必死で言い募る様子に、自分の胸の方が痛んだ。 「どこにも行かないって言ったでしょ?俺はイルカのなに?」 「俺の、妖精さん…」 「そう。それに…恋人でしょ?ああ、伴侶って言った方がいい?」 俺の言葉に、イルカが真っ黒な瞳一杯に涙を溜めて抱きついてきた。 「カカシさん。大好きです…!」 そのまま俺に口づけて、何度もしているのにいつも通り拙い手つきで、俺の服を脱がせようとしてくる。 「俺も、イルカが好き。イルカがそう思っててくれるなら、俺は誰よりも強くなれるから」 震えている手は止めないで、俺もイルカの服を脱がせた。 イルカを最後まで待てなくて結局自分のものは適当に脱ぎ捨ててしまったが。 イルカの下着はもう先走りで湿っていて、窮屈な服から開放されたモノはもう限界に近かった。 「…ぁっ!」 そそり立つそれに少し触れただけだったがイルカはビクンと背をしならせてふるふると体を震えさせている。焦らされて敏感になった身体は、もう収まりがつかないくらい追い詰められているのだろう。 「俺にも、触って?」 「ん…カカシさ…っ」 触れるというよりぶつかってくるに近かったが、イルカも一生懸命に俺を求めてくれている。 肩口に何度も唇を押し付けて、しがみ付いてくる腕は震えていても俺を離そうとしない。 その拙い仕草も、一生懸命さも、俺だけを求めてくれる瞳も…全てがカカシを凶暴な気分にさせる。 この真っ直ぐすぎる心も体も、その全てを奪い取りたい。 何のための旅行だったのかなんてもうどうでもイイと思ってしまった。 「欲しい?ねぇ。俺だけでしょ?」 「カカシさんだけ…でも、カカシさんは優しいし綺麗だし…だから皆に見られてて、それで急に胸が苦しくなったんです…!」 その甘い吐息交じりの告白に、心臓が止まるかと思った。 いつだって、誰かのことを優先するイルカ。 …それが、自分のために嫉妬してくれたのだ。 「俺なんていつもそうだけど?だって、俺だけのものでいて欲しいから。…そんなの、無理だって分かってるのにね…」 自嘲まじりに囁くと、それだけでイルカが腰を抜かしたように俺にもたれかかってきた。 感じ易すぎるイルカは、声だけでも限界を迎えてしまいそうだ。 「ちが…だって、カカシさんは里の上忍で…でも、でも…俺だけの妖精さんです…!俺だけの…!」 乱れた呼吸では言葉を紡ぐのも苦しそうだ。足だってがくがくと震えている。 それなのにそんな可愛いことを言いながら、俺の頭を抱え込むように抱きしめてくれた。 「ん。そうね。一生。俺がある限りずっと…俺はイルカのモノだ」 「俺も、俺がある限りはずっとずっと…出来ればその先もカカシさんのモノでいたい…!」 胸に響く言葉は、しっかり欲望にもつながる辺り、自分も即物的すぎる。 だが、ソレに抗う気などなかった。 「欲しい。イルカが」 「俺も、カカシさんが欲しいです…!」 イルカの声が耳に入るか入らないかの内に、イルカをシーツに押し付けていた。 その顔を驚きじゃなく喜びに染めたイルカに、理性なんてモノの存在を忘れてタダひたすらに貪ったことしか覚えていない。 ***** 結局、イルカが自力で立てなくなるくらいやり倒してしまった。 翌日も遊園地を見て回ろうと思えばできるようにプランを組んだが、全部無駄にしてしまったことになる。 己の自制心のなさに落ち込みはしたが、ホテルでルームサービスをとって、イルカと二人っきりで過ごすほうが、正直自分にとっては嬉しかった。 「すっごく楽しかったです!」 よろよろしているくせに、終始笑顔で俺だけを見ているイルカと、食って寝るだけの生活をするなんて最高だ。 「今度、また来ようね?」 当初の目的など欠片も果たせなかった自覚がある。今度こそはとイルカの笑顔に誓ったのだが。 「えっと…それもいいですけど、あ、あの!…一緒なら、どこでもいいんです!」 それが心からの言葉だと、今度のことで思い知ってしまった。 きっとそれは俺と同じだ。触れられる距離に二人っきりでいることを望むそれは…お互いだけを欲しいと望む独占欲。 純粋培養なイルカにもそれがあると知って、暗い喜びを覚えている。 「イルカ、今度は…どこに行く?今回はつき合せちゃったから、今度はイルカが考えて?」 そうすれば…きっとまたイルカは喜んで、それから俺を欲しがってくれるだろう。 「はい!んーっとんーっと…今はすぐ思いつかないけど…きっと絶対また!どこかにお出かけしましょうね!」 煌くような笑顔に、自分はきっとこれからも捕らえられたままだ。 イルカに求められる理由が妖精だからってだけじゃなくて、自分だけのってところが重要だってこともわかったし、イルカを喜ばせるって計画自体は微妙な結果だったが、得るものは大きかった。 …イルカが、俺だけを欲しがってくれたのだから。 今度こそ、きっと。 だが今回は。 「今日は一日、ここで一緒にいちゃいちゃしようね?」 「うぅ…は、はい…!」 俺を求めてくれるイルカと二人っきりの時間を堪能するコトにしたのだった。 ********************************************************************************* 妖精さんのニーズにお答えしたようなしないような…? 無駄に長いー…のでエロカット気味ー…。 何だか微妙ー…だがある意味いつも通り! nao様ー!こちらをご覧になっていらっしゃるかどうかわかりませぬが、ご指定があれいつでもどうぞー! |