湯煙温泉変態慕情

「やっと着いたなー!」
「まあやれやれだ」
「…後ろは振り返るなよ」
「…朝からずっとだからな…いい加減学習したよ…」
「…とりあえず、部屋に入りましょう」
「そうですよね…」
主任を戦闘に俺の前を歩く同僚たちは、決して俺の方を…いや、俺たちのほうを見ようとはしない。
なぜなら、少しでも俺に視線を向けようものなら俺の背後にぴっちりと張り付いた変態が、強烈な殺気を放つからだ。
「貴様のせいで…!」
「温泉…た、楽しみですね…!!!邪魔なのはやっぱり排除…いや抹殺…!」
「ふざけんな!いいか!俺の同僚たちに手ぇ出してみろ!貴様は永久に俺に踏まれなくなるからな!」
「いやですー!そんなのだめぇ!!!…うぅ…!じゃ、じゃあ、我慢します…!イイ子にしてたら、目くるめく…!」
「貴様のせいで違う意味で眩暈がするわ!この駄犬が!」
「いやんもう!イルカ先生ったら…て・れ・や・さん!!!」
「しがみつくんじゃねぇ!」
…道中ずっとこの調子だ。ちっとも慰安にならない。
最初はこの変態を別部屋に閉じ込めてハウスと命じる予定だったのに、なんらかの悪辣な手段を使われたのか、同僚の一人が非常に変態に協力的な態度をとったので、已む無く!そう已む無く!…決して俺が望んだわけでもないのに、俺とヤツは同じ部屋だ。
それも、一番いい部屋に…。
本当ならそんないい部屋は、普段変態のせいで苦労ばっかりかけている主任にゆっくり休んでもらうために使う予定だったのに…!
駄々を捏ねる変態駄犬野郎に、主任が見せた穏やかな諦めの笑顔が今も頭から離れない。
「イルカ先生。彼のためにも我々のためにも、その方が安全です」って…!
…でも、そのせいで俺の危険は跳ね上がったんだけどな…。
まあそれでも、ただおとなしくヤツの毒牙に掛かる気は全くないので、後で色々と手を打つ予定だ。
股間に腰をすりつけて、ついでに尻に手を這わせ、俺のことを舐めたそうにしている駄犬の興奮具合は異常なほどだが、だからこそ隙が何処かにあるハズだ!
とりあえず蹴り飛ばして踏みつけてやりながら、俺は温泉をなんとしても堪能することを心に誓った。
*****
「ふぅ…」
荷物は、一応駄犬に命じて俺に割り当てられた部屋に運ばせた。
そのまま部屋にヤツと二人っきり…では当然危険すぎるので打ち合わせと称して大部屋に紛れ込むコトにも成功した。
だが…。
「な、なあ…頼むからソレ…!」
「気にするな。俺がいれば妙な真似はさせん!」
「後が怖いだろうが!ひっ!こ、こっち見てる…!」
「駄犬…おとなしくしてろ!」
「ああん!」
ぴったりと張り付いたままの変態は…先ほどから周囲を威嚇しまくりだ。
案内してくれた感じのいい物腰の柔らかい女将すら泥棒猫呼ばわりして幻術までかけようと…!
とりあえず待てと命じて止めるコトに成功したが…一般人相手になにやらかそうとしてるんだ!全く!
大体…!
「こんなに大勢いてわざわざ俺にちょっかいかけるようなのがいるわけないだろ!全員同僚で男なんだぞ!?」
くの一クラスの先生は元々数が少ない上に、今回は全員に辞退されてしまった。
…危険だからとさっさと逃げを打ったんじゃないかって言うのが大方の予想だが。
だからって全員が中止を決めようものなら、逆にこの変態が暴走しかねないと、主任が自分だけでも行くと言ってくれたせいで、同僚たちも一緒に来てくれている。
いい人なんだ…!厳しいけど優しいし、なにより教育に対する熱意が…!
それなのに、変態はどこまでも世迷いごとを垂れ流す。
「いいえ!こんなに沢山の間男どもにイルカ先生が蹂躙されるなんて…!」
…またか!?
「貴様のイカレタ脳みそはなんとかできないのか…!?」
埒が明かない。
こいつの脳内では自分以外の人間もすべて変態だということになってるんだろうな…。
大体、本当は行くはずだった宿もこの変態の手によって何故かグレードが上がってるし、やたらでかいのに貸しきりにしようとして止めるのに異常に苦労したし…!
結局、この宿の全館を貸しきるのではなく、本館より部屋数が少ない別棟を貸しきることで話をつけるまでに俺は色々と何かを犠牲にするはめに…!
何で俺がコイツの変態プレイに朝まで…いや、止めよう。思い出したら負けだ。
金はコイツが出すんだ。これ以上何も考えたくない。
「で、だ。まず宴会だろ?そんでかくし芸は…」
何食わぬ顔で宴会の打ち合わせを再開しようとしたが、同僚たちは一様に強張った表情で計画表を差し出してきた。
「…そ、そうだな…とりあえず。これ。…お前の席は一番上座だ。はたけ上忍とセットでな。それと、お前の周囲には俺たちは座らない。衝立も検討してる」
「なんだよそれ!」
俺は…皆で飲んでわいわい騒ぐのが好きなのに!殆ど病原菌扱いじゃないか!
…まあ、この変態はソレと大して差がないって言うか、むしろソレよりたちが悪いっていうか…!だが!俺にも楽しむ権利はあるハズだ!1年に1回なんだぞ!慰安旅行!
愕然としている俺の肩を、変態がニコニコ笑いながらぎゅっと抱き寄せた。
「良かったですね!イルカ先生!間男どもは勇ましい俺に恐れをなしてイルカ先生のステキなお尻をヨダレをたらして眺めるくらいしか出来ないみたいですよ!うふふ!」
自信満々且つしたり顔で…この駄犬が!
「だまれ!」
苛立ちを思いっきりぶつけるべく、ヤツの腹を踏んでやったが…。
「ああん!」
当然の事ながらヤツを喜ばせるだけで終わった。
「…かくし芸はやるぞ!」
去年は腹芸だった。今年は火影様のモノマネという手も考えた。
だが今年は…水遁つかった水芸でも披露しようと思っている。
…下手に仮装でもしようものなら、変態を刺激しかねないからな。
「…そ、うだよな…お前だって慰安旅行なのに…」
「…被害は、出したくないけど…そうだよな…」
「術とか…そういうの使えば…」
慰安旅行なのに部屋の空気はまるでお通夜のように暗く澱んでいる。
「イルカせんせ!俺のかくし芸は…」
「貴様はだまって見てろ!邪魔したら追い出すからな!脱ぐな!」
「そんな…俺だけに、見、見つめられたいだなんて…!勿論どこもかしこも俺の愛の視線で余すことなく…!」
「抱きつくなー!!!気色わりぃものはさっさとしまえ!!!」
「ああん!イルカ先生!!!もっとぉ…!!!」
…先は長い。まだ、こんなコトでへこたれるわけには行かない!
視線を逸らす同僚に囲まれて変態を踏みつけながら、空しさが心に隙間風を吹かす。
それでも…絶対に大浴場を堪能する計画は捨てない!
ちょっと所でなく涙がこぼれそうになったのなんて気のせいだと己に言い聞かせながら、俺は己の綿密な計画を実行に移すために気合を入れなおしたのだった。
*****
「ふぅ…!まさに奇跡だな…!!!」
俺は今、温泉に浸かっている。それも、大浴場を貸しきりだ!
変態を…俺の自らの手で駆逐するコトに成功したのだ!
と言っても、術や体術では残念ながら力及ばない。
…変態のくせに里切っての上忍だからな。いろんな意味で納得はしがたいが。
何であれだけ修行したのに手も足も出ないのか納得できん!
だがまあつまり、残る手段は…そう。絡め手だ!
この宿をヤツが取ると聞いたとき、すぐさま俺は情報収集に奔走した。
勿論、ヤツの暴走を食い止めるためにもっとも成功率の高い計画を立てるためだ。
何もしなければヤツに貪られるだけ貪られて、延々と変態行為を強いられるだけに終わることは目に見えていた。だからこそ、成功確率が低いと分かっていて、あがくことを止められなかったのだ。
同僚たちも脅されている可能性があったから、俺一人で全てを手配するはめになったが、俺は諦めなかった。
孤独な戦い…だが、そこで掴んだ情報は俺に一条の光を与えてくれた。
ヤツが以前警護したせいで、一方的にやたら気に入られているとある大名もこの温泉に立ち寄ることになっていたのだ!
ヤツは他の忍相手にならデカイ面ができるかもしれない。なにせ火影様すら何故かたらしこまれているからな!
だが、大名相手ならあるいは…!
そう思って、大名がこの辺りを散策する時間帯に合わせて、俺もヤツを腰に貼り付けたままうろつくという羞恥プレイにも耐えたのだ。
他の温泉客の突き刺さるような視線が忘れられない…。
またヤツもソレを片っ端から威嚇するし…!
だが、俺は耐えた。その時が来るまで…!
結果…このすばらしい絶景を独り占めできているという訳だ!
大名がいつここを通るのかは分かっていたが、予定がずれ込むこともありうる。だからこそ、俺は緊張を押し隠し、慎重に気配を探った。
変態がやや俺の様子を怪しみ、また間男がどうのと抜かしていたが、大名は抜群のタイミングで予定通りに宿にたどり着いてくれた。
その姿を確認しても最初は俺にへばりついていた変態だったが、俺が小声で「里のためにならない行動を取るような夫はいらん」と呟くだけで、里切っての上忍らしい飄々とした姿を装うことにしたらしい。簡単なヤツだ。
大名に宴席に誘われた時は、「愛妻と一緒にみっちりと濃厚な時間を過ごすので…」などととんでもないことを言いかけたので足を思いっきり踏みつけてやらねばならなかったが。
結局、「失礼な真似をする気なら…俺は長期任務…」といいかけた時点で、一応ヤツは諾と答えていたので、俺は自分がその場で快哉を叫びそうになった。何とかソレを押さえて、受付を任されている中忍としての意地で、厳かに変態がちゃんと職務を果たすよう命じてやった。
…大名に連れて行かれるときに、まるで捨てられた子犬のような目でこちらを見つめてきたのがちょっと…いや、気のせいだ!胸が痛むなんて幻覚だ!
とにかく…俺にとっては貴重な憩いの時間を満喫しなければ!
「耐えてきた甲斐があったなぁ…!」
泉質も渓谷を一望できる景色のすばらしさも申し分ない!
ヤツは今頃大名の宴席に招待されているだろうから、後数時間は大丈夫なはず!
後は俺たちの宴会を堪能して、それから…ヤツに気付かれないようにどこかの布団部屋にでも紛れ込んでしまえばいい。
それでも逃げ切れる可能性は殆どないにしても、多少は…時間稼ぎになるはずだ。
温泉の湯気が俺の心を潤し、身体に染みこむように熱い湯が、ヤツを振り払うことで疲れきっている俺の身体を癒してくれる。
大浴場にある温泉は一通り入れたが、やはり最後に入ったこの露天風呂は最高だ!
「あー…気持ちいいなぁ…!」
手足を伸ばし、妙な視線にも晒されず、奇声や怪音に悩まされることもなく、何より貞操の安全が保障された温泉は、まるで天国のようにくつろげる夢の空間だ。
俺には長らく与えられなかった平穏の二文字がここまで俺に安心と安らぎを与えてくれるなんて…!
和みきっていた俺は、すっかり油断していた。
忘れていたのだ。…ヤツがそう簡単に俺との温泉を諦めるはずがないというコトを。
「さてと、そろそろ別の温泉に…」
ココにある温泉は全部入ってみたが、もう一巡してくるのも悪くない。
そう思ってほくほくと腰を上げると…背後に非常に不愉快な感触が…!?
「ああんもう!イ、イルカ先生ったら準備万端ですね…!!!」
ぬるついて硬く熱い感触のそれは、不本意ながら馴染みのある代物だ。
「貴様…もう…!?」
おかしい。あの大名は宴会好きで有名で、特にこの変態駄犬がお気に入りだ。以前警護の任務につけたときも、里に任務延長料金まで支払って、三日三晩宴席に付き合わせたと確かに報告書にあったのに…!
焦りのあまり振り払うことすら出来なかった。
ただ、背を伝う冷たい汗の感触が酷く、変態が不愉快な物体を擦りつける動きが鮮明すぎて恐ろしい。
後ろを振り返るまでもないだろう。こいつは、全裸だ。そして温泉に入っている俺も、当然…。
「うぎゃああああああああ!」
俺の悲鳴が渓谷中木霊し、後で聞いた所によると、同僚たちはソレを聞いて「ああやっぱり」と思ったんだそうだ。
わかってたんなら助けろよ!
*****
「温泉プレイ…つ、ついに念願が叶った…!サイコーです…!!!」
逃げ遅れたのが致命的だった。
そう思った所で今俺に起こっていることは変わらない。
すっかりその気になった変態に恐ろしいほどの手際のよさで俺を拘束し、すぐさま淫らな行為を開始した。
温泉にじっくり浸かって温まった身体は、変態にも都合が良かったらしい。
「凄い…柔らかくて熱い…!す、すぐ入れますね…!」
なんてご機嫌にとんでもないセリフを吐き、言葉どおりすぐさまソレは実行された。
お陰で俺は後ろ手をとられたまま、不自然な姿勢で変態を受け入れている。
「んあっう…んっ!ふぁ…!」
露天風呂の岩に腹を押し付けられて、その冷たさに悲鳴をあげることもできなかった。
ただただ不本意ながら与えられる快感に声がこぼれ、響きわたる。
あまりにも情けなくて、涙が出そうだ。
「お、おんせんはじっくり浸かるもんだろうが…!」
全身が熱くてもどかしいなんて思いたくないのに…。
俺が後ろ手を取られているせいで、変態も上手く動けないらしい。
不安定な姿勢からの突き上げは、気持ちイイのにわだかまる熱を開放するにはまだ足りない。
吐き出させてしまえばコイツもおとなしく…ならないかもしれないか…少しはマシに…!
だが今は興奮しきってるからな…!くそっ!
「ああんもう!そんな顔しないで…?まだ終わらせたくないんです…!」
なんだとう!?焦らしてやがったのかコイツは!
「この、駄犬が…!うぁ…っ!」
苛立ちを視線に込めて、射る様な視線を後ろに向けると、何故か変態がいきなり激しく腰を使いだした。
「そ、その瞳が…俺をそんなに煽っちゃうなんて…我慢させちゃってたんですね…!!!今すぐ!全力で…!」
「あぁ!だ、だれも求めてねぇ!んぁ!や、ぁ…!」
「もうイルカせんせいったら…!サイコーです!!!本当はもっと温泉ならではのプレイが…!でもイルカ先生はそのままでも魅力的過ぎて…!」
ダメだ。変態はもはや理性…元々あるかどうかも怪しいが、とにかく今は全く持って人の話を聞いちゃいない。
「可愛い声、一杯出してくださいね…?俺、いっぱいいっぱいそれはもう溢れるほどの…!」
「だまれ!さ、さっさと…!」
抜け、と繋げるはずだった言葉は、変態の歓喜の声にかき消された。
「はぁい!じっくりねっとりしっかり…味わいましょうね…!!!」
「そ、そっちじゃねぇー!!!うぁ…あぁ!」
悲鳴すら打ち砕くほどの激しさで、変態が俺を貪りだし…。
ばしゃばしゃと…温泉で聞こえてはならないほどの激しい水音と、はぁはぁという変態の荒い呼吸と世迷いごとと、俺の口から勝手にこぼれる鼻に掛かった声が響き渡り…俺は短い平安が終わったことを理解せざるを得なかった。
*****
「あ、出てきた」
「…無事、じゃ…いや、なんでもない…!」
同僚たちが怯えている。そりゃそうだろう。今も変態は俺の背後にまとわり着いて周囲を威嚇している。
結局脱衣所でもしつこく変態に行為を強いられ、宴会までにもうほんの少ししか時間がない。
ヤツがどうやって宴席を抜け出してきたのか吐かせたいのはやまやまだが、今はとりあえず優先すべきことがある。
痛む腰と違和感を訴えるとある箇所に苛立ちながら、俺は駄犬に命令を下した。
「駄犬。牛乳買って来い」
温泉から上がったら牛乳だ。まあ冷たいお茶でもいいんだが、やっぱり牛乳の方がなんとなく贅沢な感じがするからな。
それに、確かこの温泉で売っているのは近くの牧場で絞りたての牛乳のはず。きっと美味いに違いない。美味い牛乳を楽しむことを思って、ちょっとだけ気分が浮上しかけたが…。
「た、足りなかったんですね…!今すぐ特濃の…!」
「そっちじゃねぇ!」
お約束どおり何を勘違いしたのか、変態は性懲りもなく浴衣の前を肌蹴ようとした。
当然、その浴衣の上から盛り上がりをが確認できる股間目掛けてケリを放ったが、よろけたソレが決まるはずもなく、変態は蕩けんばかりの笑顔を浮かべて悶えるばかりだ。
「ああん!イ、イルカ先生の生脚…サイコーです!!!」
「ちっ!いいか!普通の牛乳だ!とっとと買って来い!それとも貴様の白濁は売り物に出してやがるのか!俺のいない間に…」
浮気は十分別れる理由になる。いっそこれを言質にこのままヤツとの離婚を切り出してやろうかと思っていたが…。
「そんな…!俺の特濃ミルクはぜぇんぶイルカ先生専用です!溢れんばかりの全てをイルカ先生に注ぎ込むのが俺の使命…!あ、でも時々イルカ先生と離れていても夢で会っちゃったりするとうっかり漏れちゃうこともありますけどね!ほら!愛が溢れて…!」
切々とろくでもないことを涙目で訴えてくる。だが行動は欠片も可愛らしくない。腰に当たる物体が…!
…コイツの妄想につきあうのはもうウンザリだ。宴会まで体力がもたない。
「牛乳だ!とっと買って…ひっ!」
命令を聞かない駄犬に怒鳴りつける前に、俺の頬に冷たい牛乳瓶が押し当てられた。
「はぁい!お待たせしました!ここの特産牛乳ですよー!!!ま、俺のに比べたら…!」
「だまれ!まずくなる!…んくんく…ぷはぁ!味はいいな。流石に」
変態にいちいち腹を立てるのも面倒だ。牛乳は…美味かったからイイんだ!
そうやって変態のせいで消耗した心と体と水分を癒していると、いつの間にか柱の影に鈴なりになっている同僚たちを発見した。
「悲鳴は凄かったけど、イルカは…一応無事っぽいよな…!?」
「じゃ、じゃあ宴会は同じ部屋か…!」
「アレがイルカ見てる!すっげー見てるよ…!なぁ、逃げないか!?」
「主任を見棄てる気か!」
「アレがイルカを凝視してんのはいつのものことだろうが!そりゃ表情が…アレだけど!今更だ!」
「そ、そうだよな…!」
怯えつつ必死で変態の様子を伺う同僚たちを見て、俺はいたたまれない気分になった。
ヤツのせいで、俺の…俺達貧乏な内勤中忍たちのちょっとした癒しの時間が台無しだ。
変に高級感のある宿のせいで、卓球台もなければ、金を入れてみるテレビもないし、宿のお茶も茶柱なんて絶対浮かない高級品。
俺たちのあの侘しさの中にも輝くささやかな幸せを返してくれ…!
これ以上いじましく励ましあう同僚たちの視線に晒されるのに耐えられなくなった俺は、俺が飲み終わった牛乳瓶を嘗め回しつつ、腰に張りつき、「イルカ先生…舐めたい…!」だのとうわごとを抜かす変態をけり倒し、宿の土産物屋に逃げ込んだのだった。
*****
「お土産…!こ、これなんてどうですか…!」
変態が握り締めている物はわざわざ確認しなかった。…この温泉地限定の瓶ビールのようだったが、目を血走らせているところからも、呼吸が荒いところからも、何故か股間が盛り上がったままなことからも、用途はきっと碌なもんじゃないことが予想できたからな。
「だまれ!」
「ああん!」
あまりにしつこいので変態を地面に転がしてやり、とりあえずしばらく踏みつけておとなしくさせてやった。
とっさにしてしまったことととはいえ、本当なら悲鳴の一つもあげられそうなものだが、店員は穏やかに微笑んでいるばかりで、そのプロフェッショナル具合には感謝した。
…もしかして、変態が何か仕込んでいる可能性も考えられたが、その辺は深く考えると不幸になりそうだったので気にしないコトにする。
それとも、係わり合いになりたくなかっただけか…。客観的に見れば痴話げんか…ソレも男同士…いや!考えたら負けだ!
「やっぱりまんじゅうだよなー…お世話になってる三代目と、あとは変態のせいで我慢してる7班と、面倒見てくれてるアスマ先生と…」
それに、留守番っていうか、逃げを打ったと思われる女性陣にも何かソレっぽい物を買っていこう。
三代目とかは饅頭がイイと思うけど、それより牧場スイーツとかいうのがあったから、女性陣とサクラそれを送った方がいいかもしれない。
それに、サスケは甘いものが苦手だから、こっちの山菜ふりかけとかもいいかもしれないな!
色々と考えながら店内を物色していると、面白い物を見つけた。
民芸品コーナーにこけしがおいてあったのだ。
…それも、ナルトそっくりな。
「へぇ。面白い偶然もあるんだなぁ!」
温泉地には何故かこういうどう考えてもニーズのなさそうな土産物が置いてあるものだ。
それにしても…何故かひげがかかれているところとか、ナルトが笑っているときにそっくりな目の細め具合なんかに驚いていたら、背後からいきなり変態がソレを奪い取った。
「い、入れて欲しいんですね…!」
やっぱりか!
この駄犬は一応里切っての上忍で、こいつの脳内にはたしかに複雑な術式や戦術がぎっちりつまっているはずなのに、俺が見る限りでは変態妄想しか詰まっていないように思えてならない。
「アホか!店先で血迷いやがって…!単に俺はこれがナルトに似てるって…」
「こ、こんなのより俺の方が…!アイツのじゃ小さくて…」
言うに事欠いてなんて妄想しやがるんだコイツは!
朝っぱらからずっと継続している変態行為と周りへの申し訳なさも手伝って、腹の底から熱にも痛みにも似た怒りがこみ上げ、俺の頭は焼けたように熱くなった。
「黙れ…!ソコへ直れこの変態!!!」
「はぁい!な、なにされちゃうのかなぁ…!」
俺の怒りを他所に、邪な期待に満ち満ちた瞳を向ける変態は、どうせ俺の言葉なんか理解できないのが分かっていた。
それでも…俺は…!
「俺は…生徒のことをそんな目で見たことは一度もない!…それを…!く…っぅ…!」
言いたいことは山ほどあった。でも感極まって言葉でてこない。
…もう、これ以上は無理だ。
「アンタ…最低だ…!」
もうすぐ宴会だとか、こいつから逃げてもどうせすぐ変態的な手段で追いついてくるだろうとか…そんなことすら考えられなかった。
当然、後ろを振り返らずに駆け出した俺の腰に、変態はものすごい速さでへばりついてきた。
「まってぇ!いやですー!おいていかないで…!」
ぎゅうぎゅう抱きついて鼻水だの涙だのを俺の浴衣の…尻の部分にしみこませていく変態は、哀れすぎるほど哀れな声と瞳で、俺に哀願する。
何も…俺のことなんか何も分かっていないくせに!
「離せこの変態!お前なんか大嫌いだ!」
今まで、一度も言ったことのなかったセリフだ。
離せとか駄犬とか…それはもう散々罵詈雑言というか…単なる真実をぶつけてやってきたが、面と向かって大嫌いというのは初めてだ。
一瞬、手が緩んだ。ソレをいいコトに駆け出そうとしたが…。
今度は抱きしめられた。背中からぴったりとくっ付いて、まるで迷子の子どもが母親を見つけたときみたいに必死に。
「ダメ…。大嫌いでもダメです。離れない。離れられない」
その声が…普段のふざけた様子なんて欠片も混ざらない物で、振り返るのも怖くて、俺は…!
「うわぁあああああ!」
思わず、張り付いた変態に殴る蹴るの暴行を加えていた。
いつもの様にもだえることもなく、ただただソレを悲しそうに受け入れる変態に、すぐに我に返ったが…。
「お客様。ちょっとこちらへ」
…当然の如く、宿の職員に連れて行かれて、散々注意される羽目になったのだった。
その間も、俺の浴衣の袖を握ったまま一言も喋らずに、ぴったりとくっついていた変態と一緒に。
******
「だって…結婚したけどやっぱりイルカ先生の魅力にメロメロで、心配なんです…!皆きっと欲しがるから…!」
「好き、大好きです…!愛してる…!!!」
「離れません…絶対…!だって、イルカ先生以外なんていらないんです…!」
やっと口を開いたと思ったら、これだ。
壊れた蛇口のようにだらだらと泣き言を垂れ流し続け、涙を零しながら俺を…俺だけを見つめている。
「…うるせぇ…なっさけないかおしやがって…!」
「あ、ああん!」
おざなりに踏んでやると、ちょっと普段よりは控えめだが、一応もだえてみせた。ちょっとは元気が出たようだ。
コイツのせいで宴会は途中参加だし、あんまりにもコイツの様子がおかしいから同僚たちが慰めようとしたのにコイツの殺気で伸されるし、すぐに主任が気を利かせて別室を用意してくれちゃうしで散々だった。
…宴会は俺達抜きでそれなりに楽しめたみたいだからまだましなのかもしれないが、慰安旅行としては大失敗としか言いようがない。
それなのに、どうして俺はこの手を振り払えないんだろう?
「好き。大好きです。嫌いだなんていわないで…!」
哀願の瞳が俺を捕らえ、とめどなく流れる涙が俺の胸をうずかせる。
油断なんかしちゃだめなのは身を持って知っているけど…!
でも、コイツは…コイツが沈んでるとうっとおしいからだ。ただそれだけだ!
もうとっくに乾いているのに、どこかしんなりとしているように見える無駄に逆立った毛をなでてやった。
俺に引っ付いたまましょぼくれた変態が、それに驚いたようにピクリと身体を震わせる。
「…駄犬。俺はお前のことは嫌いじゃない。さっきのは…お前も悪いが俺も言いすぎた。すまん」
「ご、ごめんなさいー!!!」
ぶつかるようにしがみ付いて、すりすりとモサモサの毛を擦り付けてくる。毛の感触はなかなかいい。まるで大型犬に懐かれているみたいだ。
俺の言葉で浮上したのか、心なしか頭の毛までぴんぴんと元気になった気がする。
…別の所まで、元気になったことまで否応なしに感じられたが。
「調子に乗るな!」
「ああん!」
なんでさっきあんなにやったのに、もうこんなにがちがちにして…!やっぱりコイツは変態だ!
「いいか!罰として貴様は今回の旅行中俺に如何わしい真似をすることは禁じる!」
「えぇ!?じゃ、じゃあ縛っちゃダメなんですか…!?」
「縛る以前の問題だー!!!」
どうして…どうしてコイツはこんなに復活が早いんだ!今気付いたが変態の懐から危険そうな物品が見え隠れしてるし…!
手に握られているのは温泉地ならではの怪しい土産物シリーズ…意味もなくシモネタに走った飴…!?
「でも正常位もいいですよね!新婚旅行みたいで…!」
そんなことをいいながら、ヤツは手に握り締めたものを手放そうとしない。
これは…今晩も戦いか…!?
手に持っていた飴を奪い取り、窓の外に思いっきり投げ捨てると共に、腰にへばりついてきた変態を踏んでやる。
「いやん!も、もっと…!足…生足…!足首…!見える…!」
不穏な発言が山盛りの喘ぎ声に耐えながら、俺は平穏な時間など訪れないことを痛感した。
******
結局、道具は使わせなかったが、何故か「ご奉仕します!」だの、「もっとイルカ先生に悦んでもらわないと…!」だの、「愛の証明が足りないから…!」などとむやみやたらと張り切る変態のせいで散々な目に合った。
それに、同僚たちにも迷惑をかけてしまったし…最悪だ。
ちなみに、その同僚たちだが、何があったのかわからないが、昨夜サービスだというやたら高い酒を飲みすぎて、全員飲みつぶれてしまったので俺たちだけでの出発だ。
出所が疑わしいが…まあ、被害を少なくするためにも妥当か…。
「俺、もっともっとがんばるんですー!愛は…戦いですよね!」
なぜかやたら気合を入れている駄犬は、初めて術を覚えたばかりの生徒のように瞳を輝かせている。
「うるさい!いいか、二度と貴様は慰安旅行に連れていかん!」
妙な薬物のせいでだるさは取れているが、精神的疲労は全く持って取れていない。
だが…。
「…イルカ先生…お家、一緒に帰ってくれますよね…?」
不安そうに瞳を潤ませる変態の哀れさといったら、びしょぬれの子猫並みだ。だから俺は、そんな駄犬を一応なでてやった。
…これ以上、暴走させたくないからだ。それだけだ。
そう自分に言い聞かせながら。
「えへへー!がんばります!もうイルカ先生の身も心も魂も…!」
「黙れ」
途端脂下がった駄犬を、苛立ちの思いっきり踏みつけてやったんだが…。
「うふふー!たまには喧嘩もいいですよね!分かり合うための第一歩です!」 等ともだえながら心底嬉しそうに言うので…。
「まあいい。いいか?これ以上邪魔をするなよ?」
「はぁい!」
相変らず返事だけはイイ変態を腰に貼り付けながら、俺は駄犬に買わせた皆への土産物を担いで家路を急いだのだった。
腰にへばりつく駄犬が…ちょっとだけいじましいなんて思った己を叱咤しながら。


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変態さん慰安旅行編だってばよ!
タイトルは適当です!中身はもっと適当です!適当に楽しんでやってください!
えー…一応!ご意見ご感想などお気軽にどうぞー!!!

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