先生の教え

「いいかい?ちゃんと告白!それから…いけそうなときはガンガン押すのがポイントだよ!その時が来たら…頑張ってね!」
その手の先生のあてにならないアドバイスを、今まで一度だって信用したことも実行したこともなかった。
大体女は誘わなくても寄ってきて勝手に足を開くし、ついでに余計な要求までしてくるから面倒でしょうがない。
玄人で適当に遊ぶのにも直に飽きた。
型どおりの反応と、型どおりの扱い。
そんな物にわざわざ金を払うくらいなら、イチャパラでも読んでるほうがずっとましだ。
女の柔らかい肌に己を埋めることは嫌いじゃないが、溺れるほどの快感を感じなかった。
本はいい。想像の中の女はいつも俺を俺としてだけ見て、優秀な目玉や階級におもねらず、俺を欲しいと望んだからその全てを与えてくれる。
我ながら末期だと思わなくもなかったが、慣れてしまえば面倒がなかった。
体だけが欲しいわけじゃない。そんな欲求はとっくに飼いならすことが出来ている。
ただ側にいて、俺とあることが当たり前である人。
そんな相手が欲しかったが、そんなものは夢物語だ。
…俺は欲しがるばかりで与えることなどできないのだから。
先生とその妻となった人は、互いに共にあることが当たり前で…二人で並び立つと、まるで円を描くように丸く温かなチャクラを感じた。
あんな風にいつか誰かと。
そう望むのをいつ諦めたのかも覚えていない。
それを覆したいと思うまで忘れていたいたのだから。
あの人の隣にありたいと、そう思った相手は同性で、おまけに健全すぎるほど健全で男らしい。
欲しいと、そう望むのが罪だ。
単純に納得した。
これは気の迷いにすべきことなのだと。
「カカシさん!こんばんは!これからお帰りですか?」
「あーはい。イルカ先生も?」
「へへ!今日はついてるんですよ!昼飯食うの遅くなったのにA定食が残ってたり、面倒な書類がいらなくなったり…」
「で、残業もなくなったってことね?」
「はい!」
それはもう爽やかに嬉しそうに笑うこの人の健全さを、最初は鬱陶しいとさえ思っていたのに。
こうして行き会えば食事を共にし、たまには部屋にも上がり込む中になるまでそう時間は掛からなかった。
居心地がいいのだ。離れたいと思わない所か、ずっと側にいたいいと思うほどに。
これが恋情なのかと言われれば首をひねるが、独占欲の凄まじさは自覚している。他の男でも女でも…この人に触れることが許せない。笑う先にいる相手を無意識に威嚇するほど不愉快だ。
友情であればここまでの感情は抱かない。…と思う。自分にもその感情があるのかさえ曖昧だが。
だからきっと、これは恋でいいのだろう。
何せ触れたいと、思う衝動を抑えられなくなってきているくらいなのだから。
「じゃ、どこがいい?」
「そうですねぇ…?そうだ!俺んちでどうですか?もらい物の美味い漬物が…」
小首をかしげて考え込んだ男が放った一言に、心臓が跳ねた。
…薄くなった理性が、獣欲に屈服するのではないかと恐れたからだ。
「んー?漬物…」
気の無い返事で誤魔化そうとしても、この男には通じない。
「カカシさん、好きでしょう?なす!これがまた美味いんです!」
あけっぴろげな笑顔に、今日も俺は屈服した。
「じゃ、酒は適当に買ってきましょ?」
「へへ!ビールかなー?でもやっぱりポン酒ですかね!焼酎でもいいかな!」
「ま、店で良さそうなのみつくろいますか?」
「そうですね!」
告白なんてとても出来そうにないのに、浮き足立つ心を抑えられない。
触れたい。触れて、それからその先は…。
笑えるくらい絶望的だ。健全なこの男の体だけを犯して、そうして得られるものなど決まっている。
侮蔑と、嘆きと、絶縁だ。
かといって上忍としての自制心などこの人の前では砂の城よりも脆い。
「どうしよっかなー?」
「迷いますねぇ!」
かみ合うようでかみ合っていない会話を交わして、気不味さなどおくびにも出さずに歩く。
まるで羽が生えたように軽い足取りが、隠しきれない内心を現しすぎていて自分でも空しいと思った。
*****
「好きです!」
「へ?」
酒は飲んだ。赤く染まる項に伸びそうになる手を叱咤して、赤く濡れた隙間に滑り込む透明な液体を見送りながら、今すぐそこを塞ぎたいと暴れる欲望を押さえ込んで。
酒浸りにした所で、耐性を付けすぎた体では、猛る下半身を弱らせることは出来ないのだが。
幸い、理性もソレは同じだ。…つまり、平常時でも薄すぎるそれは、もはや当てにならない。
だからこそ、さりげなく距離をとって、だが自然に酒を酌み交わすよう努力していた。
…はずだった。
「…びっくり、しましたよね…。でも知り合って、こうやって飲んでるうちに…なんつーか!カカシさん、カッコイイんですよ!顔もだけど!顔だけじゃなくて!中身が!強いしストイックだし、それなのにどっか後ろ向きでほっとけねぇし!…気付いたら惚れてました!」
男らしいにも程がある告白は、俺の頭が狂っていなければ、欲しくてたまらない人の口から発されている。
「え…!」
上忍だ。当然酒で顔など赤くなるはずもない。
酒は、単純にその馥郁たる香りと味を楽しむだけのものだ。
…つまり、今俺の顔が真っ赤な理由なんて、目の前でまるで決闘にでも臨むんじゃないかってくらい、真剣で鋭い表情の人にはバレバレなはずだ。
「好きです!あなたが。忍の一生なんてどれくらいある物かわかりませんが…これから先、俺と一緒に生きてくれませんか?ずっと!」
見事な攻めっぷりだった。
こっちが虚を突かれて怯んだ隙を見逃さず、ガンガン躊躇いなく自分の感情をぶつけてくる。
先生の言っていた言葉の意味が良く分かった。
…これで落ちないわけがない。
元々俺がこの人に惚れてたっていうのは、置いといて。
これだけ男前な告白をされたら、こっちだって…白状せざるを得ないだろう。
「俺も、好き。ずっと好きでした」
掠れた声に、カッコよすぎる告白をくれた人は、熟れたトマトよりずっと真っ赤に染まって、それから。
「…うぅ…」
「え?うそ!?大丈夫!?ねぇちょっと!イルカ先生!?」
ものの見事に意識を手放してくれたのだった。
*****
「え?あれ?なんだこれ?」
ぼんやりと開いた漆黒の瞳が俺を映している。
「覚えてます?自分が言ったこと」
「ふぇ?」
こりゃダメそうだ。
今はすっかり寝ぼけてるし、酒も入っていたから、もしかしなくてもそれこそ気の迷いってやつだったんだろう。
「…ご飯、しますね?」
倒れた人が心配で、布団に寝かしつけて…まあ、その隅っこにもぐりこんだことは勘弁してもらおう。
どうせ覚えていないのだから。
ガッカリしたような、ホッとしたような…。
そんな中途半端な感情を持て余しながら、台所の味噌汁でも温めようと立ち上がった。
「ええええ!?あー!?俺!言っちゃった!ついに!…へ、へんじ!?返事は!?うぉおおお!?何で覚えてないんだ俺!」
その背を追いかけてきた盛大な喚き声に、流石に耳を疑った。
「覚えてる、の?」
「だ、だって!ずっと、好きだったんです…。酒の勢い借りれば言えるかなって…でも返事覚えてないなんてー…どうせ振られるんならきっぱり振られた記憶があればー…せめて…」
ベッドの上でぐずぐずと身をよじって、落ち込みきっている。
つまり、これは…今度こそ俺がガンガン行く番だというコトだ。
「好きです。昨日も言ったけど、これからも何度だって言います。アナタが、好きだ」
「えええええええええ!?」
叫ぶなりがばっと布団から飛び出して、俺の胸倉を掴んで何か言おうとしているらしいんだけど、口をぱくぱくさせるばかりで、言葉の方は出てきそうにない。
だから、俺は自分の欲求に従った。
「ん…」
「んむ!?んー!?」
昨日散々美味しそうなところを見せつけてくれたぽってりした唇を、たっぷり味合わせてもらったのだ。
「ご飯、食べましょう?それから、俺の家よりここの方がアカデミーに近いけど、どっちに住むかは相談で。家事は…里にいる時は俺が、いないときはすみませんけどお願いします」、
「へ!?え!?でもそれって俺が得してばっかり…」
「ん。そんなことないでしょ?料理はそこそこだけど、多分掃除ってあんまりしたことないから、上手くないし、その分夜は一杯頑張るんで」
「それなら俺が掃除…って俺も上手くはないですが…って、夜…夜ぅ!?」
赤くなって、目を白黒させて、でも潤んでいて。
今がチャンスだから。…俺は畳み掛けるように言った。
「末永く宜しくお願いしますね?」
「は、はい!」
そっと仕掛けた誓いのキスは、慌てたイルカ先生のお陰でちょっと血の味がしたけれど…愛しい人を手にした今となっては、それすらもどこか甘く感じた。
*****

それから…俺は先生の教えは馬鹿に出来ないと学んだ。
お互い告白して、それからガンガンいった結果、現在、俺たちは里で知らぬものなどないバカップルと呼ばれているらしい。
…実は告白する前からある程度その手の噂はあったらしいのだが、ここまで広がるといっそそのまま火の国中所か世界中に広まってしまえとさえ思えてくる。
愛しい人と過す日々は甘く蕩けて濃厚で。
「だから言ったでしょう?」
そういってどこかで先生が誇らしげに笑った気がした。


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ド粗品先生の教えシリーズを書こうとしてたらなげぇ!?なんだこれ!?状態になったのでこっちに放置プレイしときます…。
…映画とアニメの影響か…!?
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