先輩―敗れた告白―


今日は先輩が任務に出かけてて、その分、ナルトの事を全部押し付けられてしまった。
当然、やたら元気のいいナルトの相手で疲れきってふらふらしながら歩いてたら、アスマさんにあった。 今までもイルカさんの関係でちょくちょく会ってたけど、イルカさんが中忍になってからはそうしょっちゅうは会わなくなったから、 こうして会うのは結構久しぶりだ。まあ、時々は飲みにいってたんだけどね。
「こんにちは!アスマさん!」
僕は結構この人のことが気に入っている。包容力があって、口癖に反して凄く面倒見が良くて、先輩とは違う方向であこがれる。 イルカさんもアスマさんのことは信頼してて、そのせいで何度か先輩に抹殺されかかってるのに、そ れでも鷹揚に構えて今でも付き合いを続けている所なんかも尊敬しちゃうよね。
やっぱりイルカさんの周りにはすごい人が多いな…。
…そんな人にあんまり見苦しい所を見せたくなくて、さりげなくアスマさんの前から立ち去ろうとしたんだけど…。
「おう!テ…いや、今はヤマトか。ちょっと付き合えや!」
「え?」
肩を掴まれて、そのままつかまって、引きずられる様にして居酒屋に連れ込まれてしまった。
…そんな訳で、何故か今二人で酒を飲んでいるんだけど…。
僕が本日のお勧めの鯖の刺身をつまみ酒を飲んでいたら、いきなりアスマさんが話しかけてきた。
「で、どうなんだよ?」
ちょっと言い辛そうに、でも真剣な顔で聞いてくるアスマさんは、僕の誤魔化しには動じないだろう。
…この人のこういう所もすごいと思う。ちょっと見ただけで僕の様子がわかっちゃんたんだろう。
でも、今の状態は…やっぱり言いたくない。紅さんの尻に敷かれてるといっても、尊敬している人に相談できる内容でもないし…。 年下の男の子に襲われかかりましたなんて、笑い話にもならない。しかも裏があるかもしれないなんて…。
「どうなんだって…別に…。」
僕には、ソレしかいえなかった。
その様子に深いため息をついたアスマさんは、タバコを思いっきりふかしてからぽつりと言った。
「…おめぇも、なげぇよなぁ…こうなってから。」
「え?」
いつものアスマさんなら、黙って酒を飲んで、僕が愚痴るのを聞いてくれる。まあ、その後紅さんのノロケ交じりの愚痴になるんだけど。
…ソレなのに今回はやけに饒舌だ。
「あーんなちっちぇ時からずっとか…。イルカも…。カカシよりおめぇの方がまともそうなのにな。」
ちびちびと飲みながらしみじみ言うアスマさんは優しい目をしている。
…確かにそうだ。僕はきっと最初に会ったときから…。
だからといってどうにも出来ないのもわかってるんだけどね。
「イルカさんには先輩が…いますから。」
結局はそういうことだ。僕は多分…いや、絶対イルカさんのことが好きだ。無意識にそっくりな伴侶を求めるくらいには。
でも、先輩のことは尊敬してて、それに二人が一緒にいるのを見るのも大好きで…。だから、きっと一生僕は…。
思わず酒を煽ってみたけど、えらく苦く感じた。少しも酔えそうにない。
「…一回くらい言っちまえよ。カカシが任務のときにでも。」
肩を叩くアスマさんを適当に流すつもりだったのに、その瞳がソレを許さなかった。
まっすぐ真剣に、強い意思をこめたアスマさんの視線は、それ自体がまるで僕に言聞かせているようだ。
…今しかない。と。
「でも…ッ…それは…!」
僕は…半殺しくらいですむだろう。イルカさんもお仕置きされてしまうかもしれないが、先輩のことだから酷いことはしないはずだ。 精々夜に…。
そう、今までで、一度だけ…そういうイルカさんを見たことがある。といっても、最中だったわけじゃないけど。
先輩宛の伝令で、しかも一緒にすぐ里を出なくちゃいけなくて、家に行ったら結界が張ってあって。
僕が戸惑ってたら窓が開いてろくに服も着ていない先輩が顔を出して、「すぐ行く。待ってろ。」とだけ言った。
その一瞬だけ。窓の隙間からベッドの上のイルカさんが見えて。
…今でもソレを思い出して目を覚ます。
ドキドキして、苦しくて。
今までは自覚しないようにしてきたけどコレはきっと…恋情と嫉妬だ。
「おめぇは…一回思い切ったほうがいい。まあ、今じゃなくても…」
アスマさんの言葉が耳に入らないくらい、今も苦しい。自覚してなかったころからカカシ先輩とイルカさんを見て苦しくなることが 結構あった。
でも、もう…決着をつけなくちゃいけない。
僕は目の前の酒ビンの中身を一気にのみ干した。
「行ってきます。」
蹴るように席を立って、財布からお金を置いて、わき目もふらずに店から飛び出した。
「おい!どこ行くんだ!」
背中にアスマさんの焦ったような声が届いたけど、…他に何も考えられなかった。
行かなくちゃ。って。
*****
夜も遅いからもう寝ようとしてたのかもしれない。玄関のベルを押しても、しばらくイルカさんは出てこなかった。
しかも出てきたイルカさんがちょっと寝ぼけた目をしていて、それに反応した心臓が暴れだした。
でも、僕はもう決めたんだ。
「…イルカさん。好きです。大好きです。」
一瞬きょとんとした目をしたイルカさんは、すぐににっこり笑ってくれた。僕にとっては凄く残酷な言葉を言うために。
「俺も大好きです!いっつもカカシの側にいてくれて…。俺は着いて行けないから…。」
今日も先輩はいない。だから寂しいんだろう。いとおしそうに、でもちょっと悲しそうに微笑むイルカさんが誰のものか…知ってる。 きっと誰よりも。
だって、ずっとずっと…一番側で二人を見てきたから。
「僕は、先輩も尊敬してます。だから…これからも僕は先輩を。貴方を裏切らない。何かあっても、きっと守ります。あなた方二人を。」
痛い。すごく痛い。この間も苦しかったけどもっとずっと…。
…でも、コレで終わりに出来る。
「テンゾウさん…?」
不思議そうに見ているイルカさんが僕に伸ばしてきた手が届かない内に、僕は頭を下げた。
「夜分遅くにすみません!ちょっと酒が過ぎた様です!…失礼します!」
「え?お酒?大丈夫ですか?」
イルカさんの心配そうな声が聞こえたけど、頭だけ下げて、振り向かずに走った。
だって、こんな顔は見せられないから。
馬鹿みたいに全力で走って。それからずっと感じていた気配の方を振り返った。
「いるんだろ。…サイ。」
目の前に音もなく降り立ったのは…サイだ。多分ずっと、僕の醜態を見ていたんだろう。
…いまさらどうでもいいけどね。
ああ本当に…なんだかなにもかもがどうでもいいような気がしてきた。これから…きっと先輩の忍犬か何かがさっきのことを 報告しに行って、先輩が怒って、僕は半殺しにでもされて。
それで終わりだ。全部。この思いも。
自分が暗部でよかったと思った。きっと一晩寝れば顔に出さないでいることもできる。本当はどうあろうと誤魔化すことだけは覚えたから。
今はまだ…無理だけど。
「泣いて、いるんですね…。」
珍しく笑顔じゃないサイが、僕のにじんだ視界に入り込んきた。この子は肌が真っ白いから、月の光の下だとまるで光ってる みたいにみえる。
ちょっと先輩の光をはじく銀の髪を思い出して、胸の奥がきしんだ気がした。
「お望み通り、しっかり失恋したよ。だからって君にどうこうされるつもりはないけどね。」
いまさら涙を隠す気もしなくて、乱暴に袖で涙を拭ってから、自嘲をこめてサイに言ってやった。
どうせまた変な事を言い出すだろうと思っていたのに。
…サイは、静かに僕を抱きしめた。
「泣かないで下さい。」
「離せ。」
細くて白い腕は、やっぱり僕より小さい。でも力をこめて抱きしめられると、堪えていたはずの涙がまたこぼれそうになった。
ばかげてる。こんな子どもに縋ろうなんて。
「貴方が泣いていると、…苦しい。どうして?」
本気で不思議に思っているんだろう。自分の胸に手をやって、顔を苦痛にゆがめている。
こんな風に…この子が感情を感じさせる話し方をするのは初めてかもしれない。
「知らないよ。そんなこと…。」
驚きと、一瞬とはいえ子どもの腕に甘えてしまった自分が恥ずかしくて、口調が自然と荒くなる。そんな僕の頭をサイが引き寄せて、 抱きこんでしまった。
「酔わないくせに酒なんか飲んで…。」
サイはすんと鼻を鳴らして、咎めるような口調でつぶやいた。でも、抵抗する気も起きなくて…。
「イルカさんなら酔っ払うから…いいんだ。」
…僕はそれだけつぶやいた。確かに暗部にいて酒で酔っ払うってことはめったにない。…まあ紅さんとかと付き合えば別だけど。
だから…さっき飲んだのは、イルカさんが酔っ払いのたわごとにしてくれればイイと思っただけだっただけのこと。
でも、僕の言葉に反応したみたいに、腕の力が強くなった。
「他の男の話はいりません。」
他の男。ね。…この子の目はまだ覚めていないみたいだ。
…自分が弱ってるからってこの子に頼っちゃだめだ。まだ、こんなにも幼い子どもには。
まだ子どもだから…だから、きっとこの子は僕なんかを欲しいなんていえるんだ。
「君には関係ないだろ…?もう、帰ってくれ。」
温かさに甘えてしまいそうな自分が怖くて、出来るだけそっけなく聞こえる口調で言ってやった。
サイに効果があるかどうかは分からなかったけど。
多分、一人になったら馬鹿みたいに泣いてしまうだろう。いや、むしろ側に誰かがいる方が…。
でも、サイはいつも通り僕の言うことなんか聞かなかった。
「いやだ。あなたをおいていけない。…少しだけでいいから側にいさせてください。」
僕を捕まえたまま、零れた涙を掬い取る様に顔中を啄んで…。驚いて見上げたサイは、何故か泣きそうな顔をしていた。
ソレを見たら、動けなくなってしまった。こんなに悲しそうな顔を、僕のせいで。表情を作るのが苦手なこの子が。
結局、僕は静かに抱きしめられたままでいた。
でもそのうち、白っぽいくせに子どもらしくちょっと高い体温のサイから伝わってくる熱に何だか堪えてきたものが溶ける様に、 涙がこみ上げてきて。
気がついたら情けない声を上げて泣いていた。
「ああ…辛いって、こういうことなんですね…。」
イイ年してみっともなく涙を流して、ぐずぐず鼻をすすってる僕は、客観的に見ても酷い状態だっただろう。でも、サイはずっとそんな 僕を抱きしめたまま頭をなでてくれた。遠い昔、時々イルカさんにされたみたいに。
ずっとこみ上げる涙は止まらなくて、それでも離れないサイにしがみ付くように…。
僕は、泣き続けた。

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ちょっとテンゾウたん熱の高まりを感じたので増やしてみました。
年下に泣きつくヘタレアホの子テンゾウ。だがしかし!ソイツは狼だ!編?はまた今度。
…苦手な方はスルーでお願いします。

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