先輩―初恋の終わり―


今日も意味の分からないことを言うサイの相手で疲れきってしまった。隙見せるとキスだの何だのを狙うし、やたら体触ってくるし…。 ナルトたちと一緒にいるときはいたって普通に見えるんだけどね…。
こういう時こそ散歩でもしようと思って、フラフラと家を出てきたんだけど…。
気がついたら目の前に、イルカさんの家があった。無意識に癒しを求めてたのかもしれない。
先輩は今任務中だったはずだけど、油断は出来ない。もし僕がイルカさんの家の前に来たことだけでも知られたら…!
僕は慌ててもと来た道を引き返そうとした。でも…。
「あ!テンゾウさーん!いらっしゃい!」
「イ、イルカさん!」
どどどどど、どうしよう!?見つかっちゃったし、僕の名前呼んじゃってるし、止めないと…!だから、コレは不可抗力!先輩…ごめんなさい!
「テンゾウさん?」
急に振り返った僕を、イルカさんが不思議そうに見ている。
大きくなって、完全に成人男性の体格になったのに、相変わらずイルカさんは優しげで可愛らしくて、…守ってあげたくなる。
その黒く煌く瞳が、いつもまっすぐに先輩に向けられているのは知っているのに。
…っていうか、ソレは今関係なくて!
「こんにちは!そのーちょっと散歩してて通りがかっただけなので!コレで…」
どうにか取り繕ってイルカさんに頭を下げてさりげなーくその場を後にするつもりだったけど…僕の腕をイルカさんが掴んでいて離してくれない。
「あ、ごめんなさい!でも…テンゾウさん顔色悪いから…。俺でよかったら、ちょっと話だけでもしていきませんか?」
心配です!って、顔中に書いてあるようなイルカさんを置いていくことは…僕には出来なかった。
「えっと、その、…ちょっとだけ…。」
*****
目の前にはお茶とお茶菓子とイルカさん。
…もしばれたら確実に半殺し…いや、全殺しコース決定だ。
でも、優しく問いかけてくるイルカさんが、悲しい顔をするのがいやで…。僕は結局話をすることになってしまった。
「じゃあ、好きじゃない人に好きだって言われて、ちょっと困ってるんですね?」
「はあ、まあ、その…そんな感じで…。」
相手も根の者で、僕も暗部でしかも両方男だ。
…まさか名前を出すわけにも行かず、随所随所誤魔化して話したんだけど、断片的で分かりにくい僕の話を、イルカさんはじっくり聞いてくれた。
さすがあのわがまま大王の…奥さんだなぁ。それに、先生っていうのもうなずける。この包容力はぴったりだよね。…イルカさんが先生になりたいって 言い出したとき、先輩は激しく反対してたけど。
…半殺しになりかけながら説得するの手伝ってよかったよ!
イルカさんの入れてくれた美味しいお茶を飲みながら僕はそう思った。
「好きな人がいるって…幸せな気分になるから舞い上がっちゃってるのかな…?」
その内容はサイには当てはまらないと思うけど。僕は幸せに舞い上がってもあの表情のままのサイを想像してちょっとぞっとした。 実害がある分下手な怪談より恐ろしい。
それより…イルカさんをみてドキッとした。
僕に語りかけながらイルカさんがその時脳裏に描いたのは…間違いなく先輩だ。だって、瞳が違う。ずっと見てきた僕には分かる。
でも、どうなんだろう。僕にはサイの行動が分からない。イルカさんの言葉は信じたいけど…裏があるように思えてならないんだよね…。
僕はさりげなくイルカさんに事情を説明しようとした。
「あのー…その子が僕に付きまとってるのは、そういうんじゃなくて、きっと、珍しさとかだと思ううんです。まだ、その、若いので。」
ああ…説明しづらい!ダンゾウの手の者で、裏切りの可能性がありますとか、イルカさんには言えないし!
大体年齢差も犯罪だよ!それに僕はイルカさんみたいなかわいい奥さんが欲しいのに!あんなのは…。
僕がサイの事を思い出しながら、深いため息をつくと、イルカさんが頭をなでてくれた。
「でも、大事に思う相手がいるのって…幸せですよ?」
にっこり笑ってそう言ったイルカさんの瞳が、うっとりと細められていて…先輩が深く愛されてるんだと改めて実感した。
胸が痛い。分かってるのに。
…この思いは叶わないって。
「そうですね…。僕にも早くそんな相手が出来るといいな…。」
僕が笑ってそれを言えたのは、奇跡だったと思う。
*****
結局その後、心配そうに僕を見てくれているイルカさんに大丈夫だって言って、出てきた。
…流石にショックだなぁ…。気付かない振りしてても。僕は…。
歩く足元がちょっとよろよろしてて、乾いた笑いを浮かべて、我ながらこっけいだと思った。
「ヤマト隊長。」
…ああ…こんなときぐらい一人にして欲しいよ…。一人でなら、うちに帰って泣くことぐらいは出来るのに。
「悪いけど、今日は君と遊んでる余裕はないよ。サイ。」
「…失恋した時がねらい目だって言いますね。」
「相変わらず訳の分からない事を…!」
サイが、しっかりと僕の腕を掴んで真顔でそんな事を言う。
いつもの偽者くさい笑顔じゃないことにちょっと驚いたけど、言ってる内容はあんまり変わりない。
「ヤマト隊長。」
「…じゃあね!」
もうこれ以上だれとも話したくない。今日は…無理だ。
僕はさっさ腕を振り払うと、変わり身と煙玉を使って行方をくらますことにした。
「っ!」
サイの驚いたようなチャクラを感じたけど、後ろも振り向かずに僕は走った。
*****
「…撒けたかな?」
思わず結構本気で逃げちゃったけど、自宅に帰るのも危険だし…どうするか?
僕がそんな事を考えてたら、背後から声が聞こえた。
「ヤマト隊長。」
サイだ!撒き損なったのか!?
僕はとっさに印を組んだ。
「くっ!土遁!」
大穴を空けて中に落として、穴の入り口もふさいだ。…一応手加減はしてあるけど、すぐに追ってくるのは厳しいはず。
でもこの分だと、まだまだ追ってくる気だよね…?超獣偽画でも使われたら一瞬かもしれないんだし。
だからって負けるつもりはないけどね!
自宅の結界はだめでも、僕の秘密の部屋(自宅に何かあったとき用にちゃんと生活できるようにしてあるし、先輩に壊されないようにジオラマ とかもが沢山しまってある。)なら大丈夫なはず!
僕はさっさと行動を開始した。
*****
「ふぅ。追ってはきてないみたいかな?」
ココまで来るのに一応土遁とか木遁影分身とか…実戦さながらの逃げ方しちゃったからなぁ。でも、相手も根の者だし、コレくらいしないと危ないよね。
僕はそっと目の前の大木に向かって、印を組んだ。すぐに入り口が開いて、僕の秘密の…。
「あ、おかえりなさい。」
「何で、何でここにいるんだ!?」
また背後から、招かれざるものの声が届いた。
でも!ここは先輩にも教えてないし…どうやって…!?
僕があからさまに慌ててたら、サイが例の妙な笑顔のまま、僕の肩に手を伸ばしてきた。
「それなら、ココはヤマト隊長の気配が残ってたので。元々探索は得意ですから。」
「そんな…!」
追いつかれたって言うより、最初からココを張ってたってことか…!?
僕が呆然としてたら、いつの間にか勝手にサイが部屋に入ろうとしていた。
「こら!待ちなさい!」
慌てて追いかけて中に入ったら、入り口で僕の部屋を見回していた。
「ふーん。あっちの部屋と似てますね。布団も。」
「だからなんだい!イイから出て行きなさい!」
似てて当然だ!だって布団選んでくれたの、イルカさんだし!
ああもう!ソレでなくても落ち込んでるのに…今日はなんて日なんだ!
僕がサイを怒鳴りつけてるのに、本人は我が物顔でベッドに腰掛けて感触を確かめるように身体をゆらしている。
しかも…とんでもない事を言い出した。
「ヤマト隊長は処女ですか?」
にっこりと…この子にしては割りと自然な笑顔で言ってくれたが、内容があからさまにおかしいので、僕としたことが一瞬冷静さを失った。
「僕は男だふざけるな!」
イラついてたせいもあって、気がついたら怒鳴りつけてたけど、やっぱりサイは気にも留めなかった。
さっと僕の腕を掴んで、ベッドの上から上目遣いで見つめて、サイが、囁く。
「でも…初めてっぽいですよね?」
普段と違って…僅かに色を含んだ視線。時折任務中にこんな視線を向けられることも会ったけど、それは変化して時ぐらいだ。
相変わらず子のこの趣味は悪い。しかも、まとう空気も違っていて、何より子どもがするような顔じゃない。
それに…そんなコト誰がいうもんか!
「放しなさい!」
一瞬気を取られたけど、やられっぱなしでいる気はない。
効果は期待できないと知りながら、視線だけじゃなくて、殺気も混ぜながら恫喝してみた。
でも、結果的に意味はなかった。
「僕が上でもいいんですけど、ヤマト隊長が勃たないでしょう?それにやっぱり隊長が下の方が僕も楽しいし。」
にっこりと微笑んだサイは、そんな事を言いながら、僕の腕に絡みつくように抱きついてきた。 白すぎるくらい白い顔が、じわじわと僕の方に…! 「ふざけるな!」 上とか下とか…一体ナニ考えてるんだ!怒りのあまり、サイにつかまれたままの腕をひねって引いてやった。
投げ飛ばすくらいのつもりだったけど、手加減しすぎたのか、するっと避けられた。
それでも、サイから距離がとれたのでまだマシか…?とにかくこの子を追い出さないと…!
距離をとりながら、術のタイミングを計る。いっそのこと木遁で閉じ込めてしまってから、どこか遠くにそのまま捨ててきたいくらいだ。
…いくらなんでもソレはまずいだろうからやらないけど。
僕が明らかに臨戦態勢をとっているというのに、サイは余裕すら感じさせる笑みを浮かべたまま、いつもしょっているカバンを床に下ろした。
「隊長はパワーファイタータイプじゃないですもんね。どっちかって言うと。」
珍しくちょっと楽しそうに…感情を感じさせる話し方。
…何をたくらんでるか分からない。
「確かにね。でも、ソレは君も一緒だろう?…術なら僕に分がある。さっさと諦めたらどうだい?」
何しろ僕とこの子じゃ経験が違う。なんだかんだイイながら僕は暗部生活が長いし、訓練も…先輩がじきじきに任務に関係ないものまで…。 思い出したらちょっと暗い気分になってきた。
…それは今関係ない。とにかく現状の打破が先決だ。
サイへの警戒は解かずに、この部屋に設置してあるトラップ(主に対先輩用。ちなみにイルカさん<直筆イタズラは駄目!>張り紙が出てくるのもある。) を作動させようかどうしようか迷ってたら、サイの方から話しかけてきた。
「僕は…割とオールマイティな方なんです。だってホラ、いろいろ出来ないと生き残れないので。だから…」
いきなり。そういきなり距離をつめられた。腕をとられて投げられて…。気がついたらベッドの上に転がっていた。
僕としたことが…!
「くっ!」
腕を振りほどこうとしたけど、僕より細い腕してるくせに、びくともしない。
…今までのは…演技だったのか!?
「サクラほどじゃないけど、鍛えてあります。」
ニコニコしながら僕の上に四つんばいになったサイに、両腕をしっかり捕らえられてしまった。
…チャクラを使ってないのに当たり負けした…!これだけ体格差があるのに!?
「放しなさい!冗談はココまでだ!」
何だってこんな子どもに!
サイを蹴りつけようとしたけど、いつの間にか僕の腰に乗っかられてて、当たらない。しかも、腕の方はしびれさえ感じる。
…印を組ませないつもりか…!?
関節技まで覚えてるってことは、体術も結構こなすってことか。根の出身者を侮りすぎた…!
「それは、イヤです。落ち込んでいるんでしょう?今。あの人に振られて。っていっても最初っから脈ナシですけどね。」
「…振られたわけじゃないよ…最初からあの人は先輩の…」
サイのセリフは正直堪えた。…イルカさんは…先輩のだ。ずっとずっと…僕が出会う前から。どんなに可愛くても。どんなに…欲しいと思っても。
だから、僕の思いが届かないのは分かってたんだ。
それでも…ショックだったってだけ…。
多分僕は情けない顔をしてたんだろう。…調子に乗ったサイが僕のベストに手をかけてきた。
「だから、僕が慰めてあげます。」
なんていいながら、薄笑いを浮かべて。
でも、僕だって意地があるんだ!
「…いらないよ!自分で解決できるからね!」
サイに腕を押さえられてたからって、術を使う方法がないわけじゃない。
…仕込んであった種に術をかけて、サイを跳ね飛ばしてやった。
「なるほど。そうきましたか。」
するりと身を返して、着地したサイに、僕は言ってやった。
「僕は…もう帰るから君も帰りなさい。まだやるって言うのなら、今日は悪いけど手加減できないよ?」
イルカさんのことは確かにショックだったけど…こんなことで戦えなくなるほど、僕は甘い世界に生きてきたわけじゃない。
イライラをぶつけちゃってる部分もあるかもしれないけどね…。
「かまいませんよ。隊長は僕と寝たら…ほだされてくれそうだから。」
…一応警告したのに、サイにとっては想定の範囲内だったようだ。余裕ぶった笑みを浮かべて印を組み始めている。
「何を根拠に言ってるのか知らないけど、大概にして欲しいね!」
あの印は…多分…!
「…水遁。」
「くっ!木遁!木錠壁!」
ギリギリで術を防いで、ついでに僕のコレクションたちも守りきった。
…室内で術使うなんて…!!!僕のコレクションが壊れたらどうしてくれるんだ!…それに、イルカさんから貰ったものとかもここには隠してあるのに…。
「いい加減にして欲しいね!」
僕は次なる攻撃のために印をきった。
*****
争い始めて早数刻。ああは言ったものの、相手は一応子供で部下だ。
…最初はサイの実力に合わせて適当に排除するつもりだったけど、一向に諦めるそぶりのないしつこさと術と体術を織り交ぜたトリッキーな攻撃に、 僕もちょっと本気になりかけていた。
「木遁!四柱牢…」
こうなったらサイを閉じ込めてしまおうと、術を放とうとした瞬間…。背後からいきなり腕を掴まれた。
「俺がいない間にイルカと話すなんて…いい度胸してるじゃないの!?」
「せ、先輩!!!」
…殺される!!!
僕が先輩の殺気と、腕を壊されそうな力の篭った掴み方に、色々と覚悟したが…。
「あ、はたけ上忍。この間の写真ありがとうございます。」
何でサイがにこやかに話しかけてるんだ!しかも…写真!?
…次の瞬間、僕の疑問は、恐怖に変わった。
「あんなのでよかったらいくらでも上げるよ。ネガはイルカも写ってるから駄目だけど。」
先輩がそういって差し出したのは、イルカさんのアルバムから引っぺがしてきたと思しき僕が写りこんだ写真…。 僕は一応いまでも暗部なのに…写真好きなんだよな…イルカさん。
大体の事情は分かった。この場合不幸なことに。
…先輩!僕を売りましたね!?嫉妬がらみなんだろうけど…被害がしゃれにならないよ!
僕が恐ろしい事実に愕然としている間にも、怪しげな取引は続いている。
「ああ、それと、もしあるのなら、服を着ていないのも欲しいんですが。それと、子どものころのもあれば。」
「んー?あったかなぁ?」
先輩の懐から無造作に写真が取り出されてきて…ああ…アレ、ずいぶん昔のハロウィンの…。って!もしかして、全部この子に渡ってるのか!? しかも、さっきなんとなく流しちゃったけど、裸の写真なんて持ってるんですか!先輩!?いつのまに!?
僕が真っ青になりながら、どうやってこの危険な取引を止めるか考えていると、こっちをチラッと見た先輩が、サイの耳元で何かコソコソ話している。
コレは…もしかして絶体絶命!?このまま先輩の報復処置とかで僕の動きでも封じられたら…どうしよう!?
でも、僕の恐ろしい想像は幸い外れてくれた。
こそこそ何か取引してたらしい先輩とサイが、何かぼそぼそ言った後、先輩が外に出て行ってくれたからだ。
ちょっとホッとしてため息をついたんだけど…残ったサイは、こっちに向かってにっこり微笑んでこう言った。
「ヤマト隊長。あなたは警戒心が強い猫みたいですね。甘えたいのに素直になれないなら…僕が包んで差し上げますよ?」
これは…先輩直伝イチャパラ名台詞集か…?僕も何度か読んだ事あるけど…あれのどこがいいんだろう?ただ、やることやってるだけだし。 ストーリもあんまりだし。…どうせならもっとまともな恋愛小説を読めばいいのに。
…って。その前に…!
「だからいらないって言ってるだろう!大体断りもなくあんなことする君に…」
僕がサイのあまりにも酷すぎる言動を何とかしようとしたのに、途中で遮られた。
「じゃあ、キス。…してもいいですか?」
微妙に不安そうな表情を作ってはいるけど。…コレは多分先輩の入れ知恵だ。
「断る!いい加減あきらめなさい!」
ちっとも懲りてないじゃないか!どうしてこうなんだ!根じゃ、変な言葉遣いと変な用途の体術しか教えてないんじゃないだろうね!?
…根の教育現場を想像すると、ぞっとする。
鳥肌を立てながらも、サイへの説教を始めようとしてたんだけど…。
「一応断ったんだから、イイですよね。」
「わっ!んっー!」
いきなり僕の顔を掴んだサイに…またキスされてしまった…。
全然反省してないよこの子は!
「今日はココまで。…いつか最高に気持ちよくなりましょうね?一緒に。」
慌てるどころか放心する僕に、それだけ言い残すと、次の瞬間にはすでにサイの姿はなかった。
「…僕の…僕の平和な生活が…!!!」
イルカさんに言われたこととかを、ちょっとの間だけ忘れられたことだけは救いなんだろうか…?
でも…これから先輩の横流しを止めてもらいに行かないといけないし…。
…僕は地面に手を突いて、嘆くことしか出来なかった。

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因みにヤマト隊長は、写真以外にもいろんなものが横流しされていることを知りません。
何だか票が沢山入ったので調子こいてみましたよ。
…苦手な方はスルーでお願いします。

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