「どこいくの?」 呼び止められてしまった。 こんな時間にこんな所に誰かいるなんてついてない。 「…ちょっとそこまで」 アカデミー生だってもっとましな言い訳をするだろうに、どうしてこんなことをいっちゃんたんだか自分でもわからない。 これから大罪を犯そうって言うのに。 「ちょっとそこまでねぇ?…じゃ、俺も混ぜてよ」 でっかい釘を刺されたような気がした。 そりゃあ怪しまれるに決まってる。ここは一番見張りの手が届かない里の境だ。ここを、それこそちょっとそこまでいけば、俺は一瞬で木の葉の忍じゃなくなる。 俺は中忍だ。大して実力があるわけじゃない。 抜け忍として追われることになれば、それから先に待つのは破滅しかありえない。 ソレが分かっているのにふと思い立ってここへ来てみたら、どうしてもソコから先に進みたくなってしまったのだ。 人は弱い。知恵を手に入れた代償に、過去を忘れられないから、与えられた恐怖をずっと覚えている。 だから、あの子も傷つけられるのだ。 この里の境を抜けて半刻も走れば、あの子を傷つけた下種の下にいける。階級こそ上忍だが、あの日から道を外れ、酒に溺れ、薬に逃げ、鍛錬を怠り、あの子を傷つけいたぶることだけを生きがいにしてきたような男だ。中忍でさして実力の無い俺でも刺し違えることぐらいはできるだろう。 握り締めたクナイと札と、それからあの男を止めるために用意した禁術すれすれの術を記した巻物。 全て身に着けてもたいした量じゃないから、俺の意図は気づかれていないかも知れない。 だが、この男にはばれていると言う感覚は拭えなかった。 それにしても、見慣れない男だ。 受付にも時々入っているが、こんな銀髪の…しかも覆面をした男など見たことが無い。 外勤が長かったんだとしたら、恐らく戦忍。最悪の場合暗部かもしれない。 実戦で研ぎ澄まされた勘を持つ彼らを偽り、あの男を殺すことなど難しいどころの騒ぎではない。 だが、あの子に大怪我をさせた咎を、火影は問わないだろう。 どうでもイイと思っているからじゃないのは知っている。…巧妙に証拠を隠し、だが確実にあの幼い子どもに建設中の機材が倒れこむように仕組んだのだ。 そういう任務ばかり引き受けていたから、手の内は読めている。…そしてソレがどれだけ痕跡を残さない物であるかということも。 だからこそ、問えない。あの子のことを考えると、大事にしてあの男の罪を問いただすことこそが新たな火種になりかねないから。 そこまで計算し、かつほとぼりを冷ますように里から僅かに離れた所での長期任務を願い出た男が、里を出るときに言っていた言葉を聞いてしまった。 「しねばよかったのに」 吐き捨てるようなセリフを、そっくりそのまま叩きつけてやりたかった。 むしろ、実行してしまえばイイと。 「ねぇ?いかないの?」 思い出すだけで怒りに震える俺の肩を、見知らぬ男が叩いた。 そうだ。俺はこの境の向こう側に行きたい。だが、ソレがきっかけであの子を守れなくなることも分かっている。 「…やっぱり、やめておきます」 冷静になるべきだ。あの子は俺にたいしたこと無いなんていいながら、包帯まみれで笑って見せたのだから、帰ってちゃんと見ていてやらなくては。 思いとどまるチャンスをくれた見知らぬ男に感謝した。 復讐は無意味だとあの下種を糾弾しながら、どうしても許すことなど出来なかった。 結局は、俺も同じになるところだったのだ。 「んー?ざーんねん。今日はいい月夜なのにねぇ?」 空を見上げる男に釣られて視線をやると、確かに満月だ。 自分の思考にとらわれてそんなことにも気付かなかったが、どうりで妙に明るいはずだ。 こんな夜に里を抜けようだなんて、冷静さを欠くにも程がある。 「月、見られたから。もう帰ります。…ありがとう」 意味が分からなくても良かった。ただどうしても礼を言いたかっただけだったのに。 「どーいたしまして」 にっこり笑った男は、ごく自然に距離をつめてきて、驚くほど近くにその顔を寄せたと思ったら、唇をふさがれた。 「ふ…ぅ…!」 息も忘れて間近で輝く銀色を見つめていた。睫が長い。それに良く見ると両目の色が違っている。まるで飴玉みたいだ。 「そんなによかった?」 口づけを解かれても、しばらく気付かないほどその美しさに見ほれていたらしい。 「ぼーっとしてると攫われちゃうよ?」 からかうようなその口調に正気に返って、慌てて男から離れた。 「攫われるのは困るので、これにて失礼!」 瞬身の術まで使って逃げて、病室で腹を出して寝ている教え子の所までたどり着いてからやっと、全身の力が抜けてへたり込んだ。 どうやら、自分が思っているより緊張していたらしい。 「あー…馬鹿だったよな」 肌蹴た布団をかけなおしてやりながら、自分のとんでもない思い付きをとんでもない方法で止めてくれた男に、感謝と、ついでに今度あったらとりあえず鼻にねぎでも突っ込んで人を驚かせてくれた仕返しをしてやろうと思った。 ***** 朝が来て夜が来て、一日一日が過ぎていき、元々怪我の直りの早い教え子は、あっという間に駆けずり回って盛大にいたずらをしてくれるようになって、それからまたあっという間にまた騒ぎを起こして、今度はきっちり下忍にまでなった。 …そして。 「ついてきてくれたらこれ、アナタにやらせても良かったんだけど」 そんなことをいいながら、例の下種の生首なんて物騒な物を手土産に俺の家に訪れた男とは、気がついたら恋人なんて物になっていた。 人生、何が起こるかわからないものだ。 「意外性ナンバーワンって、意外と師弟で似るってことなのか…?」 同じ布団に包まってぬくもりを分け合うのは悪くないが、どうにも突拍子も無いこの男の求愛表現には度肝を抜かれてばかりだ。 「だったら、アンタもだねぇ?連帯責任?」 嬉しそうなその顔が、今でもなにか企んでいるように思えてならない。 「まあ、しょうがないかなぁ?」 ソレがいやなわけでもなければ、いまさら手放せるほど軽い思いじゃなくなっている。 「そうそ。しょうがないでしょ?ま、いずれ大化けしてくれるだろうし」 どうやら勘違いして自分の部下となったかつての教え子を誉める姿に、俺もこんな感じなんだろうなぁなんて思ったりした。 あれ以来、被害の軽減と勿論そっちの方が楽しいからという理由で、月夜の散歩は一緒にするコトにしている。 ********************************************************************************* 適当小話置いておく! 夜道は気をつけようね!という話? ではではー!ご感想つっこみなどお気軽にどうぞー!!! |