したたかに酔っていた。
桜の舞い散るこの季節だけに許された無礼講のせいだ。
騒いで、食べて、飲んで…。
盛り上がった宴が一応の終わりを見せたのは、深夜といってもおかしくない時間だった。
三々五々散っていく仲間たちの足はどれも陽気にふらついていて。
当然、自分も疲れも吹っ飛ぶほど羽目を外した。
酒のもたらす酩酊感に浸りながら、気分良く公園を突っ切る。
この時期いつも通るこの帰り道には、今日仲間と騒いだアカデミーの裏山に生えている物ほど大きくはないが、一本だけ…それでも圧倒されるほど激しく咲き誇る桜があるのだ。
「きれーだなぁ…。」
正直、花見の時は桜よりも酒と…それに皆で騒ぐことに夢中になっていたが、ココは違う。一本だけの桜は、はかないのに何ものにも侵されることの無い潔癖さを感じさせて、ソレが咲き始めてから毎日のようにココを通った。
この時期は忙しくて、決まって帰るのが夜になるから、月明かりをはじいて輝かんばかりに咲き誇る桜を一人で眺めていても、不審がるような人間もいない。
今日は酔いも手伝って、魅入られたように桜の傍らで眺めていた。
舞い散る花弁が肩に落ちて、まるで桜にうずもれているかのようだ。
「桜、いいよな。やっぱり。」
このまま朝まで眺めていたい気もするが…どうにもさっきから生理的欲求が…。
「やっぱビール飲み過ぎたなぁ…。」
勧めて、勧められて。ソレこそ浴びるように飲んだ。…こうなるのは当然だ。
「うー…家まで。あ。そうだ!」
丁度桜の見えるところに公衆トイレがあるのを思い出した。
とるもとりあえず慌ててソコに駆け込んだ。
桜の花弁と香りを道ずれに。
*****
「ふー!すっきりした!」
個室と男性用便器しかない小さなトイレで溜まりきった水分を排泄し、ほっと一息つけた。
トイレに入る前は切羽詰った生理的欲求に集中していて気付かなかったが、用を足しながらでも桜の花が見えた。
トイレの屋根と壁の間に隙間があって、そこから桜が覗けるのだ。
「今日は、桜尽くしだな。」
気がつけば、また桜を眺めていた。
酒がまだ残る頭で、場所が場所名だけに長居は出来ないと思うのに、それでも桜から離れ難く…。
とりあえずは外に出てもう一度桜を眺めるつもりだった。
…手を洗おうと一歩踏み出した所で、何かに腕を引かれた。
何が起こったのか最初は分からなかった。
だが、今自分がいるのがトイレの個室だと気付くのに時間は掛からなかった。…自分が何ものかの腕に捕らわれているということも。
「桜が、好きなの?」
何ものかを誰何することもできず、そのささやきを後ろに聞いた。
低く静かな男の声。
強引な腕は淡々とした口調と裏腹に、腕を折り砕きそうなほど強く、抗うことを許さないとばかりに向けられた殺気で息が詰まる。
「あんた、だれだ。」
…後頭部に感じる硬質な感触とその特徴的な装束に見覚えがあった。…恐らく暗部。
答えが返らないと分かっていて、それでも聞いたのは…桜の見せる幻とでも思いたかったからだろうか。
僅かに漂う血の匂い。
…おそらくこの暗部は任務帰りだ。降り注ぐ桜のように血を浴びて、それに酔って、飲まれて。
そんな相手がこんな所でフラフラしている中忍を捕まえる理由なんて、ろくなものじゃないコトは想像できた。
「桜、俺は嫌いかなぁ…。」
呟くような独白。
その声に宿るのは、多分疲労とやるせなさで。
受付なんかにいるとこんな状態の相手に出くわすこともあるから良く知っている。
…それをぶつけられる相手がどんな目に合うのかも。
「そうですか。俺は好きですよ。」
それなのに、勝手に口が動いていた。
まるで桜を弁護するように。
全力で激しく咲き誇り、そして一斉に散る。
その潔さを傷つけられたくなかったのか。
…それともこの男を慰めたかったのかもしれない。
春なのに冷え切った腕のこの男を。
「じゃあさ、今日は桜にかどわかされたと思って諦めて?」
疑問系で聞いてはいるが、逃がすつもりなど無いのだろう。
無造作にベストを引き剥がし、下衣に手をかける男の意図などすぐに知れた。
「お好きにどうぞ。」
どうして受け入れてしまったのだろう?
慰み者になることを望んだことなど…想像すらしたことが無かったのに。
「ありがと。」
あとはただ、桜だけが。
激しい熱の記憶と共に焼きついた。
*****
「またね?」
桜が…男が、去っていく。
公衆トイレの決して綺麗とは言えない床にへたり込んで、身動きも出来ない自分を置いて。
一瞬で気配は消えた。
振り返りもせずに出て行った男を、自分の身で少しは癒せたのだろうか?
身のうちに残された行為の残滓だけが、男との時間が幻ではないのだと訴える。
…なれない行為にきしむ身体も。
「桜は。綺麗だ。」
ぼんやりとずり下げられた下着を調え、ベストも拾った。
流石にそのまま身につける気にはならず、適当に丸めて抱えた。
痛みにふらつく身体で、家路をたどる。
こうして熱に浮かされたような顔でゆらゆらと歩く姿は、酔っぱらいのように見えるだろう。
…ただ桜吹雪に巻かれたと思えばいい。あるいは桜に酔ったとでも。
酒など疾うに抜けたはずなのに、ふわふわと地に足の着かない思考で、そう思った。
*****
「こし、いてぇ…」
体調ははっきり言って最悪だ。
あの後の記憶は定かではないが、洗濯機にはベストとアンダーが突っ込んであったから、多分風呂には入ったんだろう。
生来丈夫な自分にとっては、近年ありえないほどのだるさと腰とあらぬ所に走る鈍い痛み。
それ以外にも節々がぎしぎしときしんでいる所を見ると、熱でもあるのかもしれない。
「あー…寝てるか。」
元々花見は休日前夜だったから、洗濯も掃除も後回しにしてしまおう。
食事も、教師としては情けないこときわまりないが、いざとなったら兵糧丸がある。
「しょうがねぇよなぁ…」
だるい。痛い。…だがそれでも桜が、縋るようにして自分を抱いた男が嫌いになれない。
それ所か、これだけ酷い目に合わされたというのに、奇妙な満足感すらあるのだから、始末に終えない。
肌にわだかまる熱の余韻を手放したくないとさえ思う。
取り留めの無い思考は終わりを見せそうになかったから、這い出たばかりの布団にもぐり、ゆっくりと目を閉じて、もう一度眠ろうとした。
だが、それは妨げられた。
ドアが叩かれたのだ。
「誰だ…?」
教師なんて職業やってると、ある日突然生徒たちが尋ねてくることも珍しくないが、こんな日だけは静かに寝ていたい。
「ああもう!」
無視しようとさえ思ったが、来訪を知らせる合図は、もう一度耳に響いた。
…こうなっては諦めるほかなく、まるで鉛のように重い身体で、ゆっくりと玄関に向かった。
そのとき、扉に近づくに連れてうす甘い香りが徐々に強くなっていくことに気付いた。
「桜…?」
桜の記憶は生々しいのに、どこか不確かで。
幻の中にいるようなどこかぼんやりとしたまま、玄関にたった。
気配は、薄い。ある意味当然だ。
だが、まだ核心がもてない。
早鐘を打つ胸を何とか落ち着かせようと思いながら、ドアスコープを覗いた。
「桜。」
ドアスコープ一杯に広がるのはうす赤い桜の花。
「開けて。」
ああ、この声だ。昨日散々人を煽って、嬲って、…そうして置いていったのは。
震える手でドアの鍵を外して扉を開けた。
そこには、昨日の男が立っていた。
その身を包む服は普通の忍の物に変わっていたけれど、この気配と存在感は間違いようもなく。
「桜、折ってきたんですか?ダメでしょう?」
これは、昨日の桜だ。
揺さぶられて、身の内に含まされた熱に溺れる間中見つめていたあの桜の枝。
たしなめる声に甘えるよう声が続く。
「でも花盗人は罪にならないんでしょ?」
「桜は、ダメです。折るとそこから弱るから。」
あの激しい花は存外弱い。
だからこそ美しいのかもしれないが。
「へぇ?そうなの。でも、桜が好きなんでしょう?」
男は咎められたことなど気にもせず、悪びれなくその腕の中の桜を差し出す。
「ええ。」
桜は、好きだ。
ああ、でも…そうか。
「なら、俺のことも好きになって。」
大切そうに抱えられた桜に嫉妬した自分の返事など決まっていた。

…その日から、自分が酔うのは銀色の髪の男だけになった。

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桜小話雰囲気エロ編ってことで!
エロ風味バージョンも一応増やしましたがどうだろうか…?
ご意見ご感想などもしありましたら、お気軽に拍手などからどうぞ…!

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