汝隣人を疑う勿れ

「えーっと…もし僕がログハウスを建てるならっと…」
こうして趣味のブログを始めたのは最近だ。
もともと設計の仕事をやってるから、いつも自分のパソコンに自分の考えた家の設計図とか、建てる時の条件なんかを記録してたんだけど、知り合いブログやってみたらって勧められて…。
それからちょっとずつこうやって毎日更新するようにしたら、見に来てくれる人がいて、結構楽しんでいる。
他の人のブログをみてると、いろんなことをやってる人がいて、僕も楽しい。
僕にブログを勧めてくれた人も、料理のレシピとか日常のふとした瞬間とかをアップしてて、それをみて、ちょっとした感想とかを送りあうのが最近の日課になっている。
それに、知らない人が見に来てくれて、コメントをもらえたりすると凄く嬉しい。
それでついつい更新頑張ろうと思っちゃうんだよね!
「あ、イルカさんだ!ふふ…。あれ?もう一件来てる…。」
今日も、知らない誰かが僕のブログにコメントを付けてくれたみたいだ。
僕はドキドキしながらコメント欄をクリックした。
そこには…。
<この寝室なら夜空を眺めながら出来て、いいですね。あなたはそういうの好きそうだし。いつか実現したいですね。>
と書いてあった。
「誰だろう?間違えたのかな…?それに、出来るって…何をしたいんだろう…?」
良く分からないけど、僕の記事を見てくれたってコトは確かみたいだから、一応知り合いの人のと一緒に返事しておいた。
<Sさん。コメントありがとうございます。満点の星空を見ながら眠るって、ロマンティックですよね!いつかこういう家に住めたらっていう理想なんですが…。共感してくださってありがとうございます。>
正直ちょっと気持ち悪かったんだけど、その時はそんなに気にしてなかったんだ。
*****
「あ、また来てる…!」
あの変わったコメントの主は、あれから毎日のように僕のブログにコメントを残していくようになった。
それも、ちょっと変なコメントばかりを。
「うわぁ…まただよ…!もうコメント禁止にしちゃおうか…!」
昨日アップした記事は、都会の別荘って設定で、週末だけ過ごす家を持てたら、趣味のスペースを多くとって、音楽でも聴きながら一人で静かに過ごせるような間取りにしたいって書いたんだけど…。
<防音がしっかりしてると、いくら声出しても安心ですね。一人で寂しい時間をすごさなくて済むように、しっかり鳴かせてあげます。>
…これ、どう考えても成人男性へのブログのコメントじゃないよね…。
プロフィールには顔こそ出してないけど、年齢と性別はしっかり書いてあるのに…!
今のところブログのコメントを承認制に切り替えて対応してるけど、毎度毎度こうじゃ僕も疲れてきた。
しかも、相手も同じ会社のレンタルブログで書いてて、コメントにリンクがあったんだよね。
どんな人だろうと思って見に行ったら、普通に黒一色で描かれた見事な風景画がアップされてたんだ。
てっきり所謂風俗系の人が、勧誘でも兼ねてそういうコトやってると思ってたから、びっくりした。
大胆なのに緻密な画風は、こんなことがなかったら、きっと毎日見に行ってた。
でも、こんなコメントばっかりよこす人のブログ見に行くのはちょっと怖い。
それに、年齢は書いてなかったけど、性別は男性ってなってたのも気にかかる。
もしかして、僕のことを女性と間違えてるんじゃないかなぁ…。
僕の文章はことさら男性らしく書いてる訳じゃないし、建築好きの女性がいないわけじゃないから、勘違いしたんだろう。
「今度こそ、ちゃんと分かってもらわないと…!」
だから、今日の返事はこう書いた。
<防音がしっかりしてるのは、音楽を聴くためです。それ以外の目的はありません。趣味に没頭するために一人でいる時間が作れるように考えた部屋ですから、他の人がいなくても寂しくありません。それに、僕は男性なので、こういったコメントには困惑しています。>
「これで、よしっと!」
きっと明日から変なコメントは来なくなるだろう。
その時はそう思っていた。
*****
「ええ!?また来てるよ!しつこいなぁ!」
ココまでしつこいのって、嫌がらせなんだろうかやっぱり。
<いつも一人で部屋にいるでしょう?今度から僕が側にいます。我慢しないで?>
既に記事の内容と掠りもしないコメント。中身はまるっきりストーカーそのものだし、何で僕の生活を知ってるんだ!?
「あてずっぽうだよね?そうだよね…!?」
流石に薄気味が悪くて、返事をしないまま放置することにしたんだけど…。

でも、翌日も、そのまた翌日も、コメントは届き続けた。

<肌、意外と白いんですね。ワイシャツばっかり着てますけど、あなたはカジュアルも似合いますよ?>
<毎日自炊しててエライなぁ…。いつか僕にも手料理を食べさせてくださいね?>
<昨日は随分帰りが遅かったですね。無理はしないで?心配してます。>

…薄気味悪いを通り越して、気持ち悪い。
書かれてる内容が全部あってるから、あてずっぽうじゃなくて僕の私生活をどこかから覗き見してるってことが確定した。
僕は男だけど、相手も男だ。
この場合警察に連絡しても何とかしてもらえるとは思えない。
そもそも単なるイタズラかもしれないんだし…。
でも、やっぱり気持ち悪い。どうしたらいいんだろう…!?
今日もコメントが着てるんじゃないかと思うと、パソコンを開くのが怖くて、デスクに座ったままぼーっとしてたら、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう?」
神経質になりすぎてると思うけど、こんなことがあると警戒せざるをえない。
僕は身長がそれなりに高いけど、相手がマッチョな変態男だったらどうなるかわからないし…。
僕はちょっとびくびくしながら、ドアスコープを覗いた。
そこには、見知らぬ若者が立っていた。
手にお蕎麦のパックを持ってるってことは…もしかして隣の空き部屋に引っ越してきたんだろうか。最近ちょっと物音がするなぁと思ってたけど…。
こんな子ども相手なら怖くないし、そもそも結構キレイな顔してるから、こんな子が僕みたいな男にストーカーする訳ないよね!
「すみませーん。隣に引っ越してきたものですが、どなたかいらっしゃいませんかー?」
「ああはい!すみません!」
僕が、その時ドアを開けなければ、結果は変わっていたのかもしれない。
ああでも…結局は…きっと同じだった。
だって彼が諦めるわけが無かったから。
*****
隣に越してきたサイという少年は、この春から美大に通うことになったので、大学に通いやすいココに引っ越してきたんだそうだ。
片付けに時間が掛かったせいで、ご挨拶が遅くなって申し訳ないとしきりに謝るサイを家に上げて、話を聞いたらそうやって話してくれた。
最初はちょっと変な対応しちゃったけど、それから、お互い一人暮らし同士だし、引っ越してきたばかりで寂しいのか、サイは頻繁に僕の家に遊びに来るようになった。
食事を作るのに馴れてなくて、僕にたかりに来てるのかもしれないけど、芸術的なセンスがあって、僕の設計の仕事にも理解を示してくれるサイと話すのは楽しかった。
一人暮らしが長かったから気付かなかったけど、僕は人恋しかったのかもしれない。
ブログのコメントはもう見ないようにして、楽しさの増えた生活に僕はうきうきしていた。
*****
「おかえりなさい。」
「ああ、うん。ただいま。」
最近、ほぼ毎日サイと朝食と夕食を一緒に食べてた。
そうしたら、作ってもらうのが悪いからと、サイが僕の部屋を掃除してくれるようになった。
僕としてはこんな子どもにたかるつもりはないし、ご飯を誰かと食べるのが楽しかったから別に構わなかったんだけど、しきりにすまながるサイに押されて、鍵を渡した。
僕はそんなにマメな方じゃないから、掃除なんか結構適当だったんだけど、サイが来てから雑然としてた部屋が割りときれいになって、ちょっと嬉しかったんだ。
まあ、一番うれしかったのは家に帰って誰かに迎えてもらえるってことだったんだけど…。
こんな生活してるんなら、この際ルームシェアでもいい気もするけど、サイは絵を描くから広いスペースが必要だろうし、集中する時は僕も一人になりたいから、こうやって行き来するのがぴったり合ってる。
今日も食事を済ませて、サイは自室に引き上げていった。
大学が始まる前なのに、課題みたいなものがあるらしい。
ああいうクリエイティブなことって、他人がどうこうできないからちょっと寂しいけど、応援を兼ねて夜食も持たせてあげた。
仕上がったら見せてくれるって言ってたから、楽しみだなぁ!
そう思いながら僕もPCの電源を入れた。
いつも通りSのコメントは無視して、他の人のコメントに返事を済ませた。
でも、今日は珍しく、メールが届いていた。
事務所のPCメールとは別の、僕個人のメールアドレスは、極限られた人にしか教えていないのに、送り主のアドレスに僕は見覚えがなかった。
「誰だろう?ボトルメールかスパムかな?」
たまにそういったメールは受け取ることがあったから、どうせたいしたものじゃないだろうと思っていた。
でも…。
「これ!?Sから!?」
<はじめてメールしてみました。コメントだと見てもらえないみたいなので。いつも、アナタを見ています。好きです。あなたをモデルにした作品が完成したので、送ります。では、また。>
添付ファイルはウイルス対策ソフトのフィルタに引っかかって表示されてないけど、確かに画像が添付されている。
開けない方が、いいんだろうか?でも、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。
そう思って、僕は恐る恐るその画像ファイルを開いた。
そこには…僕の絵があった。Sのタッチと同じ、黒だけで描かれた繊細で大胆で…でも美しいタッチの絵。
でも、ソコに描かれていたモノは…。
「はだかの、僕…!?」
まるで見てきたかの様なリアルさ、緻密さで描かれたその姿は間違いなく僕だった。
しかもうつぶせにベッドに横たわり視線だけ正面に向けた僕は、まるで見るものを誘うような婀娜っぽい表情をしていて… とても自分とは思えなかった。
「なんなんだ…!コレは…!?」
耐え切れなかった。
とっさにメールをゴミ箱に突っ込んで、PCを閉じて、それでも脳裏に残った僕の絵が頭から離れない。
誰かが、僕を見ている。…それも、かなり近くで。
PCを前に、僕は長いこと呆然と立ちすくんでいた。
*****
「どうしたんですか?テンゾウさん」
「ああ、なんでもないんだ。それよりサイ。もうすぐなんだろう。期限。」
「はい。テンゾウさんのお陰であと少しで描き上がりそうです。」
「ソレは良かった!頑張るんだよ!」
「はい。」
にっこりと微笑む少年は未来の希望に溢れている。
僕なんかの悩みでこれからの新生活を暗いものにしたくない。
いつもの様に朝食を済ませ、画材を買いに行くというサイを送り出し、僕も事務所に出勤した。
…そして、早めに仕事を切り上げて、帰りに電気街によって、盗聴器チェッカーと防犯カメラを買ってきた。
被害が僕だけならまだいいけど、相手は変質者だ。
同居とまでは行かないけど、頻繁に僕の部屋に出入りしてるサイに被害が及んだら困る。
まず防犯カメラを玄関に取り付けて、不審者が来ても分かるようにした。
それから、盗聴器のチェックもした。組み立て方が良く分からなくてもたついたけど、なんとかくみ上げることが出来た。
恐る恐るスイッチを入れて、部屋の中を歩いてみる。
でも、何の反応もなかった。
組み立て方が悪いんだろうか?それとも、盗聴器以外の方法で、僕の情報を集めてるんだろうか?
「くそっ!」
探しても見つからない監視者の痕跡に苛立ちを隠せない。
とりあえず、サイに見つかって怯えさせたくなかったから、盗聴器チェッカーはクローゼットの中にしまった。
「だれなんだ…。」
正直言って怖い。
意味が分からない執拗なコメント。
僕の裸の絵。
…これから、更にエスカレートしないとは限らない。
でもこんなことそう簡単に相談できないし…それに知り合いを巻き込みたくない。
僕は、落ち込んだ気分を誤魔化すように、夕食作りに集中した。
*****
「こんばんは。今日は早かったんですね?」
「ああ、うん。ちょっとね。今日の夕ご飯はパエリアだよ!」
「おいしそうな香りですね。」
「すぐ出来るから、手を洗っておいで。」
「はい。」
サイが手を洗っている間に、僕はサラダとチーズと生ハム、それにワインとアイスティーを並べた。
サイはまだ未成年だから、このところ我慢してたんだけど、こういう時はちょっと酒でも飲んで忘れたい。
「ああ、珍しいですね。ワインですか?テンゾウさんってお酒飲めるんですね。」
「ああ、うん。たまにね。さ、座って!できたての食べた方がおいしいからね!」
洗面所から出てきたサイがテーブルの上を見てちょっと驚いてたけど、適当に誤魔化した。
皿に持ったパエリアは、結構な速さでなくなっていく。
僕も久しぶりに飲んだお酒のせいか、食が進んだ。
「僕もいつかテンゾウさんとお酒飲めるようになりたいな。」
「そうだね。いつか一緒に飲もう!」
「約束ですよ?」
なんてたわいない会話を交わしながら、ちょっとだけ気分が上向いてきた。
今日はもう、ブログの更新もお休みして、さっさと寝てしまおう。
そう思ってたんだけど…。
「そうだ。課題、さっき完成したんです。」
「へえ!それはすごいなぁ!」
「食事が済んだら、ちょっと見ていただけませんか?テンゾウさんに一番に見てもらいたいから。」
「そうやって言って貰えるなんて光栄だね!是非見せてもらうよ!」
「じゃあ、後で…。」
やっぱり今日はいい日だ!サイの人生の第一歩を目の当たりに出来るんだし…。
僕は、僕の大切な日常を変質者なんかに壊させたりしないと、改めて決意した。
*****
食器を一緒に片付けて、僕は早速サイの家にお邪魔することになった。
サイと一緒に隣の部屋の扉を開くと、絵の具独特の匂いが漂ってくる。
「そういえば、テンゾウさんを僕の部屋にお呼びするのって初めてでしたね。散らかってるけど、すみません。」
「いやそんなコトはないよ!きれいに片付いてるじゃないか!」
僕は、謙遜するサイの言葉に笑顔で答えながら、部屋の中の家具の少なさに驚いていた。
キッチンにあるのは僅かなコップくらい。
しまってあるだけかもしれないけど、鍋すら見当たらない。リビングにも小さなテーブルだけがおいてある。
寝室の中に荷物を全部置いておく子なのかもしれないな。と、その時は思っていた。
「こっちが、アトリエ兼寝室です。間取りがテンゾウさん家と反対だから、丁度寝室同士がくっついてるんですよね。」
「ああ、ホントだ。」
言われて見れば、その通りだ、まあ、マンションの間取りなんかに通ったものになるのは当たり前なんだけど。でも、もしかして僕のイビキとか聞こえてなかったかな?心配になってきた。
部屋の扉の前で、僕はのんきにもそんなコトを考えていた。
まだ、その時は。
寝室に通されると、僕の背丈くらいある大きなキャンバスに、布がかけられていた。
横には小さなベッドがあって、床に敷かれた新聞紙の上には遣いきった絵の具や画材が散乱している。
確かにココだけ見ればちょっと片付いてない感じがする。
それだけ一生懸命なんだと思えばほほえましく思ったけど。
ちょっとドキッとすることに気付いた。

床に落ちている絵の具が、全部黒い。

黒い絵の具は、あのSを思い出させる。偶然黒を沢山使う作品を書いてたってだけだろうけど、ちょっと嫌な記憶が甦ってしまった。
ソレを振り切るように、視線を床から引き剥がしてサイに向き直った。
「ほら、これです。」
僕の視線にちょっと得意げに笑ったサイが、一気に布を取り外すとソコには…。

「そんな…僕…!?」

目の前の絵は…あのSと全く同じタッチで描かれた僕だった。
ベッドに腰掛けた僕が片膝を立てて、そこに腕かけ、頭を乗せてこっちを見ている。
あの時送りつけられたのと構図が違うけど、やっぱりどこか蠱惑的な笑みを浮かべて、誘うような表情で。
黒一色の絵の具。
さっきいつもより早く僕が帰っていることに驚かなかった。
それに、僕のことを一番身近で見て良く知っているは…!
「コレが完成したから、やっと直接言えます。…好きです。テンゾウさん。ずっと…そばにいます。」
狂おしい瞳をして、サイが僕をゆっくりと抱きしめる。
…まるで離さないとでも言うように。
「僕は…!」
「もう、逃げられませんよ…?」
微笑むサイの笑顔にとらわれて、僕はどうしたらいいかわからなかった。
抱きしめる腕に怯えているのに、身動きすら出来ないでいた。

ただ…もう逃げられないんだというコトだけを感じながら…。


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湧いてしまったのでそっとおいときます。パラレルでサイヤマ。
なぜか…サイコホラー風味…。
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