追いかけて

「さてと。追いかけないとね」
背後から恐ろしいセリフが聞こえてくる。
どうして、なぜ?
そんなセリフを何度零したことだろう?
分かっているのは逃げられる可能性が限りなく低いというコトだけ。
息を、気配を殺して必死で走る。
その後ろの気配がだんだんと近づいてくるのに恐怖しながら。
「…!」
足が止まった。いや、止められた。土中から突き出した手に俺の足首が捕らえられてしまったから。
速度を殺しそこなって、無様にも頭から倒れこんだ。
地面に落ちた血は、俺の鼻からこぼれた物だろう。
それでも、俺はあがいた。
「来るな…っ!」
掴まれた足を蹴り、それでも離れないその手を両手で引き剥がそうと必死になっていたら、俺の背後から越えたした。
「いやだね。」
「ひっ!」
背中に当たったのは俺の後ろに立っていた男の脚。
土中から突き出ていた手は消えて、今度は男の腕が俺の体を包み込んだ。
「逃げちゃ駄目でしょ?」
「いやだぁ…!もう、触るな…っ!」
怖い。怖い。怖い。
どうしてこんなことに?
忍としては甘いといわれることもあった。だが己の忍道に恥じる真似などしたことはない。
それなのに…何故か俺はこの銀髪の上忍に突然…。
「触るよ?当然でしょ?」
だってアンタ俺のなんだから。
その声を最後に、俺の意識は闇に落ちていった。
*****
ある日、アカデミーから帰る途中、それは舞い降りた。
「捕まえた。」
そう言って、気配もなく降り立った何ものかに唐突に拘束され、俺はそのまま連れ去られた。
次に目覚めた時にはすでに見知らぬ家の…それも鉄格子が嵌った窓しかない家の中で、ご丁寧に足かせまで嵌められていた。
気配を探っても欠片さえも感じ取れず、手にもチャクラの込められた細い糸が巻きつけられ印さえ組めない。
…最悪の場合には自害さえ考えた俺だったが、それすらも許されないとすぐに知るコトになった。
「うん。いいね。やっぱりアンタはココが似合う。」
「アンタ…何する気だ!?」
銀髪の暗部。…任務ならばまだいいが、この口ぶりは…!
「んー?アンタを俺のモノにする。」
「なんだ、それ…!?」
意味が分からない。実験施設でもないようだし、俺は男。こんなことをする理由は思い当たらなかった。
「あぶなっかしいじゃない?アンタ。弱いのにさ。」
「…。」
うかつにしゃべるより相手の出方を窺おうと黙っては見たが、俺のことを知っている相手なのは確実だ。
一人だけ思い当たる人物がいないでもなかったが、その人はこんなコトをする人じゃないはずだ。…そう、信じたかった。
「だんまり?ま、いいけどね。」
くすくす笑いと共に面を投げ捨てる男の顔を見るまでは。
「あ、そんな…!?」
「そ、アンタのナルトが尊敬するカカシ先生。びっくりした?…可愛い顔しちゃって。」
なぜ?上忍で…時期火影候補にも挙がるほどの人物がこんなことを?
「だ・か・ら。諦めなさいよ。」
無意識に拘束を外そうと動き続けていた指を握り締められた。
「なんで…何をする気なんだ…!?」
「んー?とりあえず閉じ込めて飯食わせて…慣れたら、そうだね。そのうち抱いてあげる。」
軽い口調。なんでもないように、俺の…望んでもいない未来を語った。
「な!?」
俺は男だ。女顔な訳でもない。戦場でも一度もその手の誘いがあったこともない。
どうして?
「あきらめなよ。皆に愛されるイルカせんせ?…アンタ、今日から俺のモノなんだからさ。」
目の前が真っ暗になった。
里がそんなコトを許すはずがなくても、俺を完璧に隠しとおせるだけの実力がこの人にはあるのだから。
「まずは、印をつけてあげたよ。」
そういって、トンと叩かれた胸もとには…赤い赤い…炎のような印が刻まれていた。
*****
食事は与えられた、俺を捕らえた男の手によって。
幸いにして排泄の自由は奪われていなかった。
作り付けの個室のユニットバスがあったから。
だが、鎖は長いが重く、歩くだけで足に傷を作った。
男はその傷を見ては、「ほら、アンタが勝手に動くからこうやって傷が出来る」そう言って笑った。
風呂も、男の手を借りないで入ることが出来ないようになっていた。
自分の手ではコックまで手が届かないのだ。
「アンタ風呂好きなんだってね?入れて上げようか?」
男はそういって哂い、俺が拒むと強制的に俺を風呂につけた。
…足かせをつけたまま。
重いそれに引きずられ、溺れそうになるのを救い上げては、「ほら、素直にいうコト聞けばよかったでしょ」そういって男は笑い続けた。
まるで、全ては俺の罪だとでも言いたげに。
…そんな状況でも、俺は逃げることを常に考えていた。
出口は見あたらない。チャクラも練れない。だが、ここが里のどこかだと言うのは分かっていた。男が任務に行く時、式は僅かに開いた鉄格子の隙間から飛び込んでくるから。
式が飛ばされてくるということは、勝手に里を抜け出しているような真似はしていないということだ。そんなことをすれば術者にばれてしまう。
この場合里長に。
だから、俺は…じっくりと機を窺った。
徐々に男の手が俺の体を這うようになったのにも耐え、ひたすら逃げ道を探した。
「まだあきらめてないの?無駄なのにねぇ?」
そういって笑いながら下着すら身に着けない俺の体を弄り回す男から瞳を閉じることで逃げながら。
…チャンスは意外と早くやってきた。
男が任務で呼び出された。そして、その隙に俺は鉄格子の嵌った窓から逃げ出したのだ。
変化して。
男が俺の指を戒めても、俺はアカデミー教師だ。
…印を結ぶのは指だけじゃない。文献で一度読んだきりだったから時間は掛かったが、何とか口で印を結び、俺は逃げた。
チャクラで結ばれた糸も足かせも俺の変化でほどけて落ちて、自由になった手で幻術を組みながらひたすら走った。
久しぶりに自由になった足は強張り、息はすぐに切れた。
だが予想通り、閉じ込められた家は里のはずれではあるものの、木の葉の里の中だった。
だから、俺は…逃げ切れる。そう思ったんだ。
逃げ出してすぐ男の声が追いかけてくるまでは。
*****
「意外と色々できるんだねぇ?アンタ。でも、駄目でしょ?逃げるなんて。それ着いてるから無理だけどね?」
怯えているなんて認めたくなかった。…それでも、震える手足が、にじむ視界が、勝手に乱れる呼吸が…全てが、俺がこの男を恐れているのだと教えてくれた。
「ぃやだ…なんで…!」
俺が何をした?男が言ったことなど欠片も理解できない。
自由を奪われて当然だという言葉など。
…耐えて耐えて…それでも限界は来てしまった。
壊れたように泣きじゃくる俺に、男は困ったような情けない声を出した。
「だって…アンタに何かあったら俺が困るじゃない。愛してるのに。」
俺の頬撫でる手はたどたどしく、こぼれる涙に触れるとまるで熱いモノでも触ったかのように慌てて引っ込める。
「なんだよ、それ!」
意味が分からない。最初から最後まで。
「弱いくせにナルト庇って大怪我するし、あの日だってアンタを狙ってる頭の悪い奴らにもホコホコ着いていきそうになるし…もうさ。だったら俺が飼ってれば安全でしょ?」
そういえば、あの日…この男に捕らわれたあの日。
あまり良く知らない忍びから飲みに誘われていた。職務上の事を理由にされて気が重かったが、確かにそのままだったら俺はソコに行っていたはずだ。
言ってるコトはめちゃくちゃだが、俺を守ろうとした…らしい。
それに…。
「あ、愛ぃ!?」
「そ。だってさ。アンタ…危なっかしくて目が離せなくて…だからさ、俺のモノにしないと安心できないんだもん。」
それの何処が愛なんだ!
叫ぼうとした口にそっと触れて、眉を下げる男のせいで、俺の口はそれ以上の言葉をつむげなかった。
「ねぇ。何で泣くの?」
泣きそうな声。…泣きたいのはこっちだっていうのに!
震える手が俺に伸ばされては、おずおずと引っ込められて、男が心底しょげて、戸惑っているのが良く分かった。
「…とりあえず、アンタ一回殴らせろ!」
常識というものとは無縁で生きているらしいこの男を思いっきり殴って…それから…それからのことはとりあえず説教してから考えよう。
振り上げた拳を見事に受けて、不思議そうな顔をしている男を、腹立たしいのに可愛いなんて思った時点で俺の負けだろうけど。
愛なんて、そんな言葉一つでほだされる俺はただの馬鹿だけど。
…それでも、この馬鹿だけど一生懸命な子どもの面倒を見てみようと思った。

それこそ、俺の方こそ、危なっかしくて目が離せないから。


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暑いのでいじめっ子もどきをそっと置いておきます…。
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