「だって、温めてくれそうに見えたから」 久しぶりに休日の爽やかな朝を台無しにした男が、少年のようにはにかみながら呟いたのは随分と前の話だ。 その日、週末だからと仕事を詰め込みすぎて帰ってきたのは御前様。 どうせ明日は休みだからと昼過ぎまでだって寝てやるつもりだったのに。 …帰ってくるなり大好きな風呂を楽しむのもそこそこに布団にもぐりこみ、やっと帰ってこられた布団にあっという間に眠りに落ちた所まではよかった。 だが、沈み込むように眠って…それから多分俺が眠れたのは1刻もなかった。 「んあ?」 いきなりぎゅうぎゅうと人に抱きつく物体があったからだ。 殺気はない。勿論気配もなかった。だがこう無遠慮に締め上げられて眠っていられるほど鈍くはない。 …正直己の失態には舌打ちすらこぼれた。いくら疲れていたとはいえ不審者の侵入を許してしまったのは事実だから。 だが、程なくして俺は自分を責めるのを止めた。 それ以上に叫びたいことが出来たからだ。 「わー!?わー!?なんで!」 近所迷惑とかそういうコトすら考えられなかった。 俺の懐に顔をうずめて…それからしっかり腰を抱え込んで眠りこけているのは、どうみても…暗部。 胸に当たるものがなんか硬いと思ったら、面をつけたまま寝ている。 そして、それ以外にも。 腰の辺りに押し付けられいてるごりっとしたものは、間違いなく同性の自分に心当たりのある物で、もっというなら寝起きにこんなコトされたら叫びださない方がおかしいと思う代物で…。 無駄にぴったりした服を身に着けている闖入者の股間は、薄いパジャマの俺の腰に微妙に生々しい感触を伝えてくる。 「んん…ヤダ」 当然引き剥がそうとしたのに、むずかる男は鼻に掛かった声で文句をいいながらしつこくくっ付いてきた。 そうすると、まあようするに…。 「ぎゃー!くっつけるなー!」 俺の悲鳴はその時もしっかり流されてしまったわけなんだが。 ***** 剥がしても剥がしてもくっついてくる暗部に業を煮やし、だが自身の疲労も限界に来ていた俺は、全てをあきらめて眠るコトにした。 温かい腕は正直悪くなかったが、押し付けられる物体に関しては許し難い。 …これがせめて女性なら…!いやそれじゃ別の意味で眠れないが。 とにかく闖入者のせいで眠りというよりまどろむくらがせいぜいで、眠った感じがしない。 だが男はしっかり惰眠を貪るコトに成功したようで、一方的に爽やかに目覚めの挨拶をしてきた。 「ん…おはよ」 家族…いや、百歩譲って飲みつぶれた同僚を泊めたとかなら分からないでもない挨拶だが、勝手に入り込んだそれも暗部なんかにこんなコト言われても! 「アンタ誰だ!…いや、その辺は別に詳しく知りたくない!とにかく出てけ!」 階級的にはおそらく上司にあたるのだが、一般の中忍の生活空間に不法侵入する任務なんてあるわけないから、これくらい言っても許されるはずだ。 …私生活にまで干渉される言われはない。 もしかして術か何かでおかしくなっているのなら、誰かが回収に来るだろうし一旦追い出すのは正常な判断だと思う。 ここまで言われれば流石に出て行くだろうと思ったが、相手は俺の予想の斜め上を行った。 止める隙もあらばこそ、眠る間も後生大事に身に着けていた面を外し、素顔をさらしたのだ。 行動の幼さからは想像できないほど綺麗に整った顔に、少年のようにはにかみ笑いを浮かべて。 「だって、温めてくれそうに見えたから」 意味が分からない。 呆然とする俺に、笑顔のままするりと抱きついて、男が嬉しそうに擦り付けてくる。 体を、もっというなら昨夜からくっつけられ続けた不愉快な物体込みで。 「そんなもん理由になるかー!」 涙が出てきたのは、差し込む朝日が目に染みたからで、この理解できない状況のせいじゃないと思いたかった。 ***** 殴ろうとしても巧みに絡み付いて俺の抵抗を防ぎ、甘える子どものようにしがみついてくる男のせいで、その日一日が無駄に終わった。 腹が減ったから帰れといえば俺も腹が減ったと膝に懐き、業を煮やして布団に入り込んだままの男を置いて飯を作れば、当然のように自分も食卓に座り込む。 …自分の分をくれとも言わず、ただにこにこと馬鹿みたいに笑って。腹が減ってないんだろうと無視を決め込めば、「いいなぁ。おいしそう」なんて寂しそうに言いやがるのだ。 …そんな状況で自分の分だけ食う勇気は俺にはなかった。 無言で差し出した飯と味噌汁と漬物だけの食事にも文句も言わず、上目遣いで「いいの?」なんて聞きやがるから、腹が立って「黙って食え!」なんていっちまったのも失敗だった。 飯を食った後も二度寝を決め込もうとした俺についてきて離れようとせず、寝てる間にいなくなるだろうと思ってたのに男も気持ち良さそうに寝始めてしまったし、それから昼飯でも同じことをして、それから…恐るべきコトに晩飯を食ってもまだいたのだ。コイツは。 溜まりきった疲労と理解不能な状況のせいで、もう何も考えたくなくて、とりあえず更に寝倒して…朝になったらいなくなっていた時の安堵感は口では言い表せない。 それと、なぜかよぎった不安感も。 だが、ことはこれだけで終わらなかった。 …つまりだ、俺はきっと、こいつに味を占めさせてしまったのだ。 そう、いつきても温かい寝床としょぼいながらも腹を満たす食糧がある場所として。 ***** 爽やかな朝だ。…そのはずだ。勝手に人の布団にもぐりこんで我が物顔に惰眠を貪り、人の腰を抱え込んで不愉快な物体を押し付けてくるヤツがいなければ。 「ちっ!またか!」 慣れはした。甚だ不本意だが、不法侵入も二桁を超えると達観せざるを得ない。 あれから何度追い出しただろう?だが勝手にやってきては惰眠を貪り、マーキングのように人にくっついて来るこの男は懲りることなくむしろ当然のようにいついてしまった。 ここに来る時はいつも獣の面を見につけてはいるが、面を気にしていたのも最初の時だけで、次からは無造作にほうってからベッドにもぐりこんで来る。そうして冷え切った体を俺で温めようとする。 何故こんなコトをするんだと聞けば、温めてくれそうに見えただの、イルカは温かいだのと要領を得ないことばかりが返ってきて、こっちが疲労させられている。 …だが、なんとなくうすうす事情に検討はついている。 体温調節など簡単にできるはずの忍が、ましてやその中でも人間離れした実力の持ち主であるほどの暗部がこんなにも冷え切っているのは…。 「イルカ?駄目。もうちょっと温かくして?」 ああもう!なんだってこんなのに目を付けられちまったんだろう? イヤだと思っても、面倒だと思っても…そう、どうあがいても俺はこういうのを見棄てることなんてできないのに。 イライラした。こんなわけの分からないことを続けていることにも、なんでこんなことをしでかしてるのか自覚してないことにも。 多分、限界だった。 そうじゃなきゃ、一応上司のふにゅふにゅと俺に懐く男を布団から引きずりだして、しかも寝ボケた顔をひっつかんで怒鳴りつけるなんて出来なかったはずだから。 「そんなに辛いなら暗部なんて止めちまえ!」 言った瞬間、思った以上にすっきりした。 気配の消し方こそ上忍らしかったが、日がな一日寝ているのは禄に動けないからだとすぐに気付いた。…いや、気付かされた。 あれだけ密着されていれば、俺程度でも相手がどんな状態かなんて分かる。弱弱しく体を流れるチャクラは、すぐにも消えそうに薄かった。 しがみ付くのは甘えてるのもあるだろうが、実際に体温の維持にさえ困るほどチャクラを使いすぎているせいだし、ぼんやりしてるのも意識すら保てないほど弱ってるせいだ。 つまりだ。全部コイツが馬鹿なせいなんだ。 「そんなになるまで戦うなんざ馬鹿のやることだろ!…アンタ強いんだろうけど、ちょっとは考えろ!そんなんじゃ…!そんなんじゃアンタすぐに…!」 その先は言えなかった。言いたくなかっただけじゃなくて…怖くて口が動かなかった。 理由なんて分からない時から懐かれて、縋られて、無防備な寝顔さらされたら…そんなことされたら、それが永遠に失われるかもしれないなんて、しかも簡単に一瞬で…ソレを知ることも出来ないなんて信じたくなかった。頭では分かっていても。 「それは、無理。だって俺しかできないんだもの。がんばらないと」 男はいつになく真面目な顔で、どこか誇らしげにそう呟いた。 …だから、殴った。 「うるせぇ!アンタがそんなになるまでやらなきゃならない程、木の葉は弱くねぇ!もっと頼れ!…俺だけなんかじゃなくて、いるだろう?仲間が!」 コイツの仲間が迎えに来ていたのも知っている。「頼みます」なんていいながら、悲しそうにこいつを見てた。 その理由をちゃんと分かってなんかいないだろう? 「すごいね。やっぱりイルカにしてよかった」 反省してるんだかしてないんだか分からないことを言いながら、赤くなった頬を気にも留めずに、男は俺に抱きついてきた。 欲しいものを買ってもらったばっかりの子どもみたいに嬉しそうに。 「お前は、もうちょっと…なんとかしろよ!なぁ、頼むから…!」 言葉が通じないのが辛い。また馬鹿やって転がり込んでくるならいい。 …でも、もうこなかったら? それが俺に飽きただけならいい。でもそれがもし…なんてずっと考えなきゃならなくなる。 もう二度と、大切な誰かを失うのなんてごめんだ。それが名前すら知らないこんなヤツでも。 「そうね。ああ泣かないで?でももっと泣いて?俺のために」 俺はその時には悲しいやら心配やら腹立たしいやらですっかり訳がわからなくなっていて、口をふさぐ暖かいものが男の唇だと理解した頃には頭の中が真っ白になっていた。 近づくその顔が、やっぱり綺麗だと思いながら。 ***** その時、もう立てないと思った。 任務に継ぐ任務でチャクラはもうすっかり使い果たして、里に帰りつけはしたが歩くことすら精一杯だったから、とある家の屋根の上で力尽きてしまった。 いっそこのままここで寝てしまおうかとか、でも流石に冬空の中で寝るのは寒いなぁなんて考えてた辺り、その時にはもう思考力も相当おかしくなってたんだろう。 もしかしたら死ぬかもしれない程度には弱っていたのに、そんなことすらどうでもイイと思っていた。 せめてもう少し温かい所に行きたくて、よろつきながら立とうとして…失敗した。 何とか着地は出来たが、他人の家のベランダに崩れ落ちるような状態で、ガラスに映る姿は自分で自分が笑えてくるほど滑稽だった。 夜も深いそこで俺を笑ってくれる人なんてどこにもいなかったけれど。 …でも、その向こうにはあったかそうな布団が見えて、それから…でっかい鼻傷を顔にくっ付けた男が、幸せそうに寝ていた。 ああ、もうちょっと頑張ればあそこで眠れる。 そんなことしたら流石にマズイとか、頭のどこかでは分かっていた。 でも同時に、きっとこの人なら大丈夫っていう、訳のわからない確信があった。だって、温めてくれそうに見えたんだ。 …その適当に投げ出された腕が。それからその温かそうな懐が。 もう立つのなんて無理だと思ったのに、ウソみたいに体が軽く感じた。 手が勝手に動いてちゃちな鍵を開けて、俺とあの暖かい場所を遮る窓を潜り抜けて、それから…やっと布団にもぐりこんだらたまらなく嬉しくなって抱きついた。 予想以上にそこは温かくて、当然の権利として抵抗した男の都合なんて考えルことも出来なくて必死でしがみ付いた。 絶対に出てやってやるもんか!ここは俺の場所だ! 男が疲れ果てて諦めたのを見て取ると、もっと温めてほしくてしつこくぴったりと体を寄せた。 じんわりと広がる熱と幸福感に眠気が襲い掛かってくる。 それに逆らう気さえ起こらずに、ぬくもりに甘えたまま瞳を閉じた。 …目が覚めて、流石にまずかった思うくらいには正常な判断力が戻っていた。 男は当然の事ながら怒っていたし、困惑してもいた。 だから今すぐ出て行くべきだと思ったのに、どうしてかあの場所が自分のものだという感覚が抜けてくれない。 自分がおかしいと知りながら、俺は男に甘えた。 …甘えさせてくれると分かっていた。だって普段ならまだしも俺は弱ってたんだから、男は俺を蹴りだすことだってできたのに、しがみ付くのを振り払うのと口で出てけっていうだけで、しかもそれにも躊躇いがあった。 そこに、付けこんだんだ。せめてその日一日だけでもと思って。 …だからこそ、馬鹿みたいに甘えたのに。 何度も何度も止めようと思って、それでもやっぱり疲れてくると気が付いたら男の懐にもぐりこんしまうのだ。まるでそこが俺のためだけの場所であるように。 困った顔も怒った顔も何度も見たし、時々酷く苦しそうな顔をしてるのだって知っていた。 でも全部見ないフリをした。知らん振りしてしがみ付けば許してくれるのが分かってたから。 部下たちも気付いていただろうに、俺の奇行を上層部に密告することも、俺に警告することもなく、ただ時折心配そうに俺と…それから男を見ていた。 それなのに、俺はその視線さえ鬱陶しいと思った。俺の場所を盗られるような気がして。 そうして…傍若無人な俺に、今日になって男がついに限界を迎えたらしい。 いつもの温かい腕はしっかり俺の頬を捕らえた。 それなのに俺の胸を満たしたのは痛みよりも喜びで…。 だって、怒ってくれた。尊敬なんて殻越しに俺を見ないし、腫れ物みたいに扱うんでもなく、ただ馬鹿なことをした俺を叱ってくれた。 もう駄目だ。何度も諦めようと思ったのにできなかったんだから仕方ない。 諦めてもらおう。それから…ずっと俺の場所になってもらわなければ。 「お前は、もうちょっと…なんとかしろよ!なぁ、頼むから…!」 ああどうしよう?苦しそうな顔をしているのに、嬉しくてたまらなくて、それに別の欲望も抑えきれないほど強くなっていく。 「そうね。ああ泣かないで?でももっと泣いて?俺のために」 勝手なことばかり言う自分の口は、頭の中よりずっと素直にしたいことをしてくれた。 触れた唇は俺に熱をくれる。 この人は、やっぱりどこもかしこも温かい。 ぼんやりしたままなのをいいコトに、服をはいでそれからうんと優しくしようなんて自分勝手なことを思いながら肌を暴いていった。 熱く赤くなっていくその体を。 ***** 「なにやってんだ俺は…」 頭を抱え込む。痛いのは頭じゃないがその辺は深く考えたくない。 できるはずの抵抗すらしなかった。その理由もわからないのに。 相手は男で、俺も男で、そういうのがないわけじゃないのが忍とはいえ、俺はそんなこと想像すらしたことがなかったのに。 いつも通りにしがみ付く腕が、今日は温かい。 そうだ。いつもならもういなくなっている時間だ。勝手に押しかけてきても2日以上居続けたことはない。 任務があるからなのだと思っていたが、こいつなりに遠慮でもしていたんだろうか? …それにしても、我ながら馬鹿だ。 家に上がりこまれてそれから体にも入り込まれて…きっと心にもコイツの場所を作ってしまった。 もう泣けばいいのか喚けばいいのかさっぱりだ。腹は空いたが歩けるかどうかも疑問な状態で、ただ呆然とベッドでへたり込むことしかできない。 とりあえずコイツをベッドからたたき出すくらいは許されるだろうかと思っていたら、ぎゅっと腰を抱きこまれた。 「ねぇ。もうここは俺のだから、追い出さないでね?」 起きていたのか。 強気なんだか弱気なんだか訳が分からないが、どうやら言いたい事は分かった。 こいつなりにここにいたいと訴えている…らしい。 今更だ。俺ももうこんなことされても腹が立ったがどうこうしようとは思えないんだから、追い出せないに決まってる。 殴るとかできることはあったはずなのに、しなかった理由を考える方が恐ろしい。 「なら、出かけるときは予定を言え。それからお前の名前。…仮でいいから教えろ!」 本当はもっと言いたいことがあったはずだが、口をついて出たのはそれだけだった。 「カカシ。カカシが俺の名前。今日は任務ないけど、明日は任務で多分3日くらいいない。だから…待ってて?」 会話らしい会話が始めて成立した気がした。 名前も、一応呼べるし、もう他はイイ。 「一応言うけど、もう冷たくなくても家に上げてやるから無茶するなよ!あんまり無茶するようなら家から出さないからな!」 拾った犬っころみたいな扱いだが、やっぱり男は喜んで飛びついてきて、俺の相当に弱っていた腰に、更なるダメージを与えてくれた。 俺と男の関係が何なのかは未だに分からない。 あれから変わった事といえば、冷え切らないでも帰ってくるようになって、そのせいか、以前より消耗しきって帰ってくることが少なくなったこととか、寝るの意味が増えたことだろうか? 「ここ、俺のだよね?」 考え事をするたびにそう聞いてくる男…カカシは、勝手に上がりこんできたときより大分行儀が良くなったかもしれない。鍵をやったら玄関から入るようになったし。 「そうだな。だから勝手にいなくなるなよ?」 「いなくならないよ」 簡単にウソに変わる約束を今日もして、交じり合う関係をなんと呼ぶかなんて、俺は知らない。 とりあえず、冷え切ってるより温かい方がいいってことが分かるから。 …後はどうでもいいってことにしておく。多分、後もうしばらくは。 二つに増えた熱源同士が交じり合うのが気持ちイイってことだけに満足していたいから。 ********************************************************************************* 適当小話! えろがみさまはおりてこなかったよ! ご感想つっこみなどお気軽にどうぞー!!! |