憩いの我が家に帰ったら、猫がベッドの上でえらそうに大の字になって寝ていた。 「もー態度でかいよねぇ?」 「んなぁ?なー!うぅー…!」 軽く顔をつついただけで不満げな声を上げて、いっちょ前に毛を逆立てて威嚇してくる。 「はいはい。ご飯にするよ?」 「なぁ!」 その言葉に反応して足に体を擦り付けてくる様は、現金だとしか言いようがない。 この黒猫の名はイルカ。元は中忍…だったらしい。 猫だからまだ耐えられるが、元に戻ってもこの性格だったら面倒だ。 そう思ってみても、ごろごろと喉を鳴らし、うにゃうにゃいいながら食事を頬張るのを見ていると、思わず頬が緩むのが止められないのだが。 「どうしようねぇ?」 「な?」 ひとしきり食べ終えて顔を洗っているのを捕まえても、警戒さえしない。抱き上げれば足をだらんとたらしたままだし、顔を覗き込めば昼間は糸のように細い瞳孔を日の暮れた今では真ん丸くして、きょとんとしているばかりだ。 えさに興奮しているのもあるだろうが、丸くきょろきょろと動く目は可愛らしく、全体的にも中々愛嬌のある顔だ。毛にうずもれても分かる鼻を横切る傷は、人になったら相当に目立つだろう。 今は愛らしい飼いならされた猫そのものだが、いつか人に戻る。…ハズなのだが。 「んなぁーおう!」 不満げなこの声は恐らく布団に入れろという催促だろう。 猫という名前どおり、この生き物はやたらと寝てばかりいる。 その上、遠慮というものを知らない。 「はいはい。風呂入ってくるまで待ってなさい」 「なぁー!」 布団に戻してやっても寝ようともせず、不満げな鳴き声を上げられてしまった。 家を出ている間は勝手に寝ているというのに、いる間は絶対に俺と一緒に寝ないと気がすまないらしい。 「あーあ。なんだかね」 今日も烏の行水になりそうだ。…元々そう長風呂じゃないが、風呂の扉の前でじーっと座って待っていられると何時も以上に気が急く。 ソレがいやじゃないのが一番の問題なのだが。 ***** 「お、寝てる寝てる!かーわいいなぁ!綺麗な銀色…!」 詳細が知らされていない上に、明らかに裏がありそうな任務だが、こんなに美しい生き物と過せるのなら悪くない。 見知らぬ家に放り込まれてもう2週間。 寝て起きると猫が傍らに寝ていて、猫がいないと、今度は自分が強烈な眠気に襲われてしまう。 眠っている間は、まるでこの傍らの猫が人になったかのように見事な銀髪の男に、甲斐甲斐しく世話を焼かれる夢ばかり見ている。 実際の所、この猫の面倒を見ているのは自分だというのに不思議だ。 …といっても、自分が起きている間はという注釈が付くのだが。 手間の掛からない猫で、触れられるのは嫌がらないが、あからさまに面倒くさそうな溜息をつく生意気さも持ち合わせている。 だがその高慢さが正に猫らしい。 美しくどこか孤独を楽しんでいるようにすら見えるこの生き物を、俺は以前から気にいっていた。 犬も勿論好きだ。愛嬌があって、全力で懐いてくれる彼らは俺の心を癒してくれる。 だが、猫…いや、この銀色の生き物は。 静かすぎるほど静かで、気配もなくただソコにいて、それなのに恐ろしいほどの存在感をはなつのだ。 今日のように月の出ている晩は特に、その冷たい光をはじいて、思わず息を飲むほど神秘的な空気を纏っているように見える。 「しっかし…退屈だなぁ?」 猫は夜中に起きだして餌をねだり、それ以外は勝手に部屋の中をうろついて過している。寝るときだけは俺の側でと決めているようだが、それも暖房を入れてもすこし肌寒いこの季節だからだけであるような気がしてならない。 本来なら、この猫は人を頼ったりせず、利用できるモノは利用して、己だけで生きているのだと。 「ああ、ごめんな?起こしたか。…もうちょっと、寝ような?」 布団を持ち上げると当然のような顔をして、自分の懐に収まっている。 だが決して甘えたりすることはない。 食事は俺から貰ってるくせに、媚びる姿など見たこともない。ただそうされるのが当たり前だと済ました顔でいるだけだ。 まあそういう所があるからこそ、この猫がより一層魅力的に思えてしまうのだが。 「この任務、いつまでなのかなぁ…」 このままでは、この猫を手放せなくなりそうだ。 ***** 「え?」 「あ?」 起きたら、目の前にいたのは猫じゃなくて人だった。 風呂上りにせかされてそのままベッドにもぐりこんだから、下着だけしか身に着けていないし、猫から人に戻った男も当然何も着ていない。 「え?あ?これって…!?これが、任務…!?」 猫のときと変わらずどことなく愛嬌のある顔を驚きで一杯にして、男が顔を赤くしたり青くしたりして戸惑っている。 俺も、驚いた。 いつかはとこうなるとわかっていたのに、なぜかあの猫がずっと俺の側にいてくれると思いこんでいたから。 「あー…うん。とりあえず、服とか」 「え?わー!?なんで!?」 この慌てっぷりは猫のときそっくりだ。一度粗いものをしている最中に足元にまとわりついてきて、こぼれた水にこっちの方が驚くほど飛び上がってふぎゃふぎゃと文句を言ってたっけ。 この分じゃ猫のときの記憶はないんだろう。 「アンタ猫だったしね」 「アンタこそー!絶対猫だっただろ!態度がそっくりだ!見た目もそっくりだし!」 「は?」 …そういえば、どうして俺は任務内容を断片的にしか覚えていない? 何故この男は俺を猫と呼ぶんだ? 疑問の答えは男が知っていた。 「任務はちょっと特殊な猫の世話だって言われて、毎日…ごはん上げてたし、毛だってすいてやったし、撫でさせてくれたけど嫌な顔されたりしてたんだ!綺麗な毛並みも…雰囲気もそのままだし…!」 そうだ。なぜか餌の減りが妙に早いと思っていたのだ。 それは…もしかしなくても。 「えーっと…これって、一応新薬の試験だったはずなんだけど。聞いてない?」 俺も大したことを教えられていないが、中忍の耐性を調べるとか何とか…。 「知らない…です。あの猫…もう、いないのか…」 がっくりと肩を落として、自分の格好すら忘れて落ち込んでいるのを見ると慰めたくもなる。…ソレと同時に、奇妙な苛立ちも湧き上がってきた。 「ねぇ。猫、好きなの?」 「猫、好きですよ。あの猫、凄く凄く綺麗だったから」 恨みがましく見られても、こっちも何も知らなかったんだが…。 だが、そうか。俺はこの男から見ると綺麗なのか。 素直すぎる感想は、うっかり零されたものだろう。 この男こそ、猫のときと変わっていない。慌てものででも素直で…ちょっとおっちょこちょいな所までそっくりだ。 「んー?アンタはやんちゃだったよ。それにすっごくかわいかった」 「は!?そんなことは…!…あ、でも…!?」 どうやら男には心当たりがあるらしい。 「イルカはおいたが好きだったもんねぇ?」 その表情があんまりにも猫そっくりだったから、ついその顎に手を伸ばしてしまった。 普段ならうっとりと目を細めてすりすりとこすり付けてきたのだが…今は人だというのを忘れていた。 「え!?あ…!」 目を見開いて驚く顔は、イルカが人だったのだと俺に理解させてくれた。 それなのに、俺はその顔にあっさり欲情した。 側にいて欲しかったのは猫のはずだ。…だが、そこはそれほど重要じゃないんじゃなかったらしい。 「決めた」 「は?何をですか?」 「アンタ、猫飼わない?」 「え?」 「俺がアンタを飼ってもいいけど、そういうのアンタは嫌がりそうだから」 「飼う!?ってアンタもうヒトじゃないか!」 怒鳴り声の大きさは、迷っている証拠だ。ゆらゆらと動揺を隠しきれていない瞳が揺れている。 期待と、理性の間で。 「そこって、重要?猫、一匹くらいならいいんじゃない?」 「うぅぅぅぅぅ…!」 イルカは低く唸りながら頭を抱えている。そんな…忍にしてはどうかと思う態度の中忍一人落とすのに、俺は馬鹿みたいに必死になっているのにソレが楽しい。 ならば、迷う必要はないはずだ。 「ね、俺を飼って?」 「俺が飼うのは猫!猫ですから!」 半分裏返ったその声は、俺の勝利を教えてくれた。 ***** 猫なんだからと何くれとなく世話を焼かれる生活は、癖になりそうなほど心地良い。 「でもどっかいったら駄目ですよ?もう飼い猫なんですから」 膝に懐いて寝ていると、決まって猫のときより甘えただとぼやかれるが、その声が嬉しそうなのを知っているから止める気はない。 「そ。俺はイルカの飼い猫だから、ちゃーんと一生面倒見てね?」 熟れたトマトみたいに赤いイルカがおいしそうだから、そろそろ俺も猫らしくおいたをしてもいいだろうか? そんなことを考えながら、もうしばらくはこの生活を堪能するのもいいかもしれないなんて、猫らしく自堕落な考えに浸る俺もいる。 「あーあ。なんでこんななのにこんなに好きなんだろうなぁ…」 そんな呟きが俺楽しませてくれるから。 ********************************************************************************* 猫の日だってばよ!ってことで、適当小話ー! 意味不明だが、とにかくまにあったってばよ!!! ご感想つっこみなどお気軽にどうぞー!!! |