クリスマスの変態



「…憩いの我が家…のはずなんだけどな…変態の巣でもあるんだよな…」
アカデミーのクラス会から、受付業務までとにかくしつこくしつこく俺を付回されて、ソレでなくても年末の忙しさで疲弊している俺は、更にぐったりしていた。
そんな中、やっとたどり着いた我が家…その玄関ドアの隙間から無駄に瞳を輝かせて俺を凝視してるのは変態だ。
…例の真っ赤な衣装に身を包んではいるが、なぜか下半身は裸。というか、ヤツがその身に纏っているのはサンタ服(上着)と帽子のみ。…つまりミニスカにも程がある丈のせいで、ヤツの上忍らしく鍛えられた野郎の足と無駄に立派な例のブツの先端までぶらぶらと視界にちらついて非常に不愉快だ。
もじもじと身をよじりながら、だが家の外には出てこないことを考えると、何がしかの仕掛けが家の中にあるか、家で待っていろという俺の言いつけを守っているつもり…なのかもしれない。
だがとにかく、視界の暴力もはなはだしいことこの上ない。
いっそこのまま踵を返して宿直室なりどこかの宿なりに逃げ込んでしまいたいがそうも行かない。そんなコトをすれば…ヤツが、確実に追ってくることが分かりきってからだ。
幸いというべきか、変態の目的ははっきりしている。
…俺を上に乗せるなどという破廉恥な行為を実行することだ。そもそも12月に入るかは入らないかのころから、延々と飽きずに懲りずにねっとりと執拗に…この異国の祭のアピールを欠かさず、変態的な妄想を垂れ流し続けていたわけだ。今更説得が無意味であることは身に染みている。
だからこそ、俺は必死で対策を考えた。いっそのことこっちがトナカイに変化して蹴り倒してやろうかとか、任務を入れようかとか…。
だが、その全てをシミュレーションしたというのに、俺の導き出した結果は…ヤツを食い止められないだろうと事だった。
「いっそ…鞭で一晩中トナカイの調教でもしてやろうか…」
今まで考えた中で比較的被害が少ないと思われる対策を呟いては見たものの、恐らく盛り上がった変態が暴走するだけで終わるだろう。
なぜかは知らないが、ヤツは相当俺を…その、乗せることに執着している。サンタの格好をするだけでも危険なのは明らかだ。
…こうなると、こんな日を作ってくれた異教の神にさえ文句を言いたくなってくる。こんな変態が暴走してるのをどうして止めてくれないんだと。
だが、俺がいくら喚こうが嘆こうが、ヤツが諦めるわけがない。
俺を視界に入れた途端股間でぶらぶらしていた物体が股間のありえない盛り上がりに変化してしまう過程を目撃してしまい、それはもう、非常にやる気が削がれているのだが。
なにせ…なんか、ずっとはぁはぁいってるし、目は血走ってるし、後ろでに何か隠してる物が恐ろしすぎる…!
だが、それでも…こんなヤツの好き勝手にはさせない!
そんな決意を胸に、結界が張ってあるかのごとく入るのに抵抗があった家の門から、そっと足を踏み入れたのだった。
…その途端。
「お帰りなさい!イルカせんせ!むしろ俺のサンタさん!恋人はサンタクロースって最高ですね…!!!まずは俺ですよね!それともご飯と一緒に俺ですか?それともやっぱりトナカイな俺?風呂で乗りますか?風呂と見せかけて今すぐ俺に乗りますか?やっぱりここは俺に乗りつつ咥えて…!」
「黙れ!」
ああ…予想通りか…。サンタの衣装なんか着てるから、最悪ヤツにやり倒されるだけかと思っていたが…この分だと例の薬物投与後の破廉恥行為を諦めている気配はない。
摺り寄せられる股間も、キラキラと輝く瞳も、上気した肌も…全てはヤツの変態行為への期待の現れだ。
「とりあえず…揉むんじゃねぇ!あとちゃんとした服を着ろ!」
もはや同性というより同じ生き物と思えなかったので、容赦なく晒されている股間目掛けてかなり本気で蹴りを放ったが、当然の如く変態はソレをするりと避けた。…そして…。
「ちゃ、ちゃんとした格好…!そうですよね!も、もっとこう…乗りやすい格好じゃないとだめですよね…!!!」
「なんでだー!?…って!早すぎる…!」
俺は危険物から目を離したりなんかしてないはずなのに…!既に、ヤツはトナカイだった。
頭に被った被り物はつぶらな瞳で大層可愛らしかったし、変態が子どものようにはしゃぐその表情も…無邪気で純粋に見えたが、その行動原理は邪さの塊なので溜息しか出ない。
しかもだ。ヤツの着ぐるみは全身を覆っているように見えて、股間がきっちりチャックになっている。その理由がすぐさま行為に及ぶためであるのは想像に難くなかった。
「さあ…!今すぐ乗ってください!!!」
両手を広げて今すぐ飛び込めとばかりに強調している変態を無視して、俺は最近のヤツとの攻防と年末の忙しさの相乗効果で疲れきった体を引きずりながら、洗面所へ急いだのだった。
…なにも、考えたくなかったとも言う。
*****
その後、顔を洗っている間にも背後からくっ付いて腰を擦り付けてきた変態を蹴り上げて追払い、タオルで顔を拭いている間にも背後ではぁはぁと息を荒げる鏡に映る変態から視線を逸らし、そのタオルを置いた瞬間、顔をうずめてはぁはぁ言ってるのも無視したが、洗面所を出てすぐなぜか正面に変態が立っていたので色々諦めた。
…ヤツは、この上なくヤル気だ。
そう、今俺の目の前に並んでいる異常に豪勢な料理を見てもソレが分かる。
「美味しい美味しいクリスマスディナーですよ…!!!」
そういって、食卓に並んでいる料理をせっせと給仕する変態は、ソレはもう嬉しそうだ。なぜかトナカイの衣装の上からタキシードを着込んでいるので、奇妙奇天烈極まりない格好になっているが、さっき俺が言ったちゃんとした格好を実行しているのかもしれないし、なにより一応股間が隠れているのでそれ以上の言及は避けた。
そんなコトより優先すべきことがあるしな。
「おい。駄犬」
「はぁい!俺の愛しの愛しの愛しのサンタさん!アナタのパートナーのトナカイでぇす!なんでもしちゃいます!勿論プレゼントは俺です!乗り放題!!!」
にじみ出る殺気にすら近い桃色のチャクラにおののいていても、股間の盛り上がりが更に激しさを増しているのに総毛だっていても…事態は全く改善されないので気合を入れて怒鳴りつけた。
「おい。…この料理になんか混ぜ込んでたりはしないだろうな…!?」
ヤツの事前の動向からして、確実にその辺を狙ってくるはずだ。そう思っていつも通り確認したが、ヤツはなぜか胸張って、言い切った。
「愛情たっぷりだけですー!美味しいですよー!イルカ先生の美味しさには到底及びませんけどね!あ、俺の暴れん坊の美味しさも後でたっぷり…!」
余計な変態的セリフはさておいて…この件に関してヤツは一度もウソを付いたことが無いので、とりあえずは信用するしかない。
腹は減っているし、食いもんがもったいないし、それに…なんかもう、一瞬どうでもいいような気が…!
思った以上に消耗している自分に不安がよぎったが…ヤツの好き放題にされる気など毛頭ない。気を取り直し、変態が差し出す丸焼きの鳥(中身の詰め物がまた美味い)や、ゼリーのような何かやら、たしかテリーヌとか言うものや、サラダやスープなどをガツガツ片っ端から平らげた。
カナッペを俺の口に差し出しながら執拗に自分の指を舐めているのは気に障ったが、ソレはもういつものことだと割り切って、ヤツの唾液つきの指でつままれた物はすぐさまヤツの口に突っ込んでやることで誤魔化した。
…ソレが原因でまた駄犬が「ああん!イルカ先生が俺に…!無理やりそんな…!で、でもおいし…!」などと悶えていたのがまた例えようもなく不愉快だったのだが。
まあとにかく、会話を出来るだけ避け、視線も合わせずに飯だけをがっついていたら、変態がそっと何かを差し出してきた。 「イルカせんせ。お酒もどうぞ!美味しいんですよー!うふふ!」
シャンパングラス…というものだったはずのその細長いグラスに注がれている、薄く黄金色に輝く酒は、確かに美味そうだった。漂う花のような香りからして、きっとまたやたらと高い酒なんだろう。
まあ、ヤツが買ってきた酒だ。俺の懐は痛まない。…懐のことを考えると己の立場などまで思考が及んでのた打ち回りたくなるので、それ以上考えるのはやめておくコトにした。
そうして…あきらめと葛藤と共に、その美味そうに輝く液体で満たされたグラスを手にとったとき…変態がごくりと唾を飲む音が響いた。
慌ててそっと変態の様子を確認すると、瞳がやけにキラキラしている。
俺が何か飲み込むときには良くある状態だが、それにしても怪しい。…手にとるだけとったが、駄犬に確認すべきだろう。
「貴様。…それに何か混入してるだろう…!?」
ソレはもはや確信だった。身の危険を察知する能力が低い忍など生き残れない。俺もこの駄犬ほどではないが、それなりに経験をつんだ忍だ。あからさまに嫌な予感がしたので、俺は己の勘に従って駄犬を脅しつけた。
「気持ちよくなるのになぁ…?でも…素のままがいいなんて、イルカ先生のロマンチストさん…!!!勿論それはもう目くるめく…!」
欠片も俺の怒りなど届いていないらしい変態は、その美味そうな酒を残念そうに引っ込めた。
どうやら1つめの罠回避できたが、油断はできない。ヤツにしては巧妙な手口だ。…それだけヤル気なんだろうが、このまま油断していると、地味な手段でじわじわ罠に嵌められそうだ。
とりあえずは、腹ごしらえが先だ。腹が減ってるとろくなことを考えないからな。
「駄犬。酒よこせ。薬物が入っていないのをな…」
「はぁい!酔ってとろんとろんのイルカ先生に…!」
世迷いごとを垂れ流し続ける変態に辟易しながら、俺はとにかく己の身の安全を出来るだけ確保するために作戦を練り続けたのだった。
…もちろん、飯はしっかり食いながら。
*****
締めのケーキまでしっかり平らげた。決戦への意欲は…なんとか回復した気がする。その原因が変態が作った料理だというのは酷く納得がいかないのだが。
だがとにかく、今後のことを考えねばならない。ヤツの興奮がピークに達するまでに抑制する方法が、今すぐにでも必要だ。
…布団に入るのはどうしても躊躇われたが、できれば風呂には入りたい。一晩寝なかったくらいでへこたれるほど弱くはないが、サンタの格好で生徒たちの相手をしたから結構な汗をかいてしまった。元々風呂好きだし、こんな日はコイツがいなければ温泉の元でも入れてゆっくりと寛ぎたいもんだが…。
だが変態があからさまに危険な状態だ。目を血走らせ、息を荒げ、あらぬ所を盛り上げて…ヤツにしては我慢できている方だろう。
まあ、ケツだの前だの胸だのをやたら触られはしたが、いつものことだ。
これなら風呂に入るべきかどうか躊躇してたら、ゆらりと変態が立ち上がった。
「お腹、落ち着きましたよね…?ふふふ…!さ、お風呂入ってきてくださいねー!ちゃあんと!イルカ先生の疲れを癒すための用意は出来てますから!」
怪しい。これも確実に罠だろう。ソレは分かりきっている。
「貴様は、どうするんだ?」
一番恐ろしいのは一緒に入るなどと言い出されることだ。…というか、十中八苦間違いなくそうとしか考えられないが、ヤツは俺の予想の斜め上を行くので探りを入れた。
「俺はぁ…!イルカ先生とのステキな夜のための準備が色々あるので!」
キラキラと瞳を輝かせた変態から、ろくでもない答えが返って来た。要するに何か企んでいるのは確かだ。
風呂に入っても入らなくてもソレは変わらないだろう。むしろこの様子からして風呂までは安全なんじゃないだろうか?
…風呂場を出た瞬間に変態が待ち構えている可能性は否定できないが。
まあ準備ってことは、薬物投与に関することだろうから、経口以外で考えられるのは吸引か経皮吸収か。となると、香水や蝋燭なんかも怪しい。…蝋燭なんて特に危険だ。気付かぬ内に吸引してしまうことが多いし、ヤツの場合は爛れたプレイに使用しそうでそっちも危惧すべきだろう。
「風呂、入る。…一人で入るから邪魔するなよ…?」
「はぁい!見つめますね!」
「見るんじゃねぇ!」
あまりにもいつも通りすぎる展開。毎度毎度風呂に入るたびにこうだったから、俺はその時決してしてはいけない愚行を犯したのだと気付かなかった。
そう、変態が素直すぎるということは、絶対に裏があるというコトだったのに。
*****
風呂場になぜか当然のようにぴったりと文字通り密着する勢いで着いてきた変態を脱衣所から蹴りだし、結界を張った。
…「ああん!イ、イルカ先生の足…!」等と喚く変態に光の速さで解術された上に、やはり扉の隙間から凝視されていた(しかも何故かチャックが開いていて、非常に見慣れた不愉快な物体がそそり立っていた)が、風呂場の様子を見る限りでは問題なさそうだ。
とにかく身の安全を一時的にしろ確保することが必要だ。
ヤツの股間が挟まることを狙って扉を強引に閉め、ひらりと避けた変態を追い出すコトに成功した。
「さてと。風呂、入るか」
ざっと体を洗ってからゆっくりと湯に浸っていると、緊張がほぐれたのか気持ちよくなってきた。
長湯は危険だと分かってはいたが、もうしばらくだけ…そう思いながら湯船で寛いでいたというのに。
「イルカせんせ…!今日もすばらしいお尻ですね…!」
なぜか湧いた。しかも湯船の中に。ソレも俺の背後に。
「うぎゃあああああ!ななななな!?なんだ!?いつの間に!?」
今までに無かった展開だ。こいつは命令すれば一応…そう、一応は引き下がっていたはずなのに!
結界は…気休めに過ぎないのは自覚していたが、イベント時のコイツは、変態度と共に危険度も跳ね上がることを忘れていた。すりすりと足の間にこすり付けられるそそり立ったものが、俺の警戒を最大レベルまで引き上げたが、被害はそれだけで終わらなかった。
「アナタのトナカイから…プ・レ・ゼ・ン・トでぇす!疲れがウソのように取れるステキな入浴剤…そして、ステキなせいぶ…」
「ふざけるなぁ!そんなもんいらん!」
俺の尻に絡み付いて揉みしだいていた手を振り払い、振り返りざまヤツの頭をなぎ払うつもりだったが、手が止まった。
ヤツは、トナカイだった。…ただし、頭部だけ。奇妙奇天烈な格好ではあるが、ヤツのクリスマスプレイへの異常な執着をひしひしと感じて背筋がぞっとする。
そもそもあのチャックの意味はなんだったんだと思いはしたが、そんなことより跳ね上がった危険性のほうが問題だ。
可愛らしいはずのデフォルメされたそのトナカイの着ぐるみ帽子は、いまやおどろおどろしい悪夢の象徴となりつつあった。
ヤツはヤル気でほぼ全裸。そして俺は全裸。
…勝負は非常に厳しいといわざるを得ない。
しかも、変態の手に握られている薬包紙に包まれた謎の粉末は、確実にヤツの予告していた…ろくでもない作用の薬物に間違いないだろう。
とにかくソレを何とか処分しなければならない。
「うふふ…!さ。ちょっと試してみましょうね!」
すかさず湯船から飛び出し、変態のわき腹を目掛けて拳を入れ、それをフェイントにヤツの左手に握られているソレを獲りにいったが、簡単に交された。
そして…もちろん揉まれた。どこをなんて答えられないような所も。
「この…変態がぁ!」
わなわなと怒りに震える拳で、容赦なく変態を追撃したが、風呂場の安定の悪い足場でも変態の動きが鈍ることはなく、そもそもが疲れきっていた俺だけがどんどんと消耗を強いられていく。
「イルカ先生のおしりがステキです…!」だの、「ああん!み、みえた…!」だの、「う、うなじが…!」だの、とにかく俺のケツだの足の間だのなんだのをじっとりねっとり見つめ、すかさず撫で触り、揉み、そして舐めながら騒ぐので、より一層疲労は色濃くなっていく。
呼吸を整えることさえ困難な状態。…そうして戦っている間に気がついた。なにかうっすらと花のように甘い香りが漂っているコトに。
「あ、大分こぼれちゃいました…お風呂に入れないと!」
「ちっ!」
変態ともみ合っている隙に、緩んだ包みから粉末が舞い散ったようだ。
このままでは薬が回ってしまう!
変態が鼻歌交じりに残った粉末を湯船に投下している隙に、俺はすかさず脱衣所に逃げ込んだ。
早く逃げなくては…!
焦る俺の目に留まったのは、用意しておいた下着でもパジャマでもなく、サンタの衣装だった。…それも、ミニスカにも程がある…。
いやにあっさり逃げさせたと思ったら、これが目的だったらしい。以前にも似たような目に合ったが、こうなったら断固こんな服を着ることなんて拒否してやる!
乱暴にひっつかんだソレをゴミ箱に直行させた…はずだった。
「いやんもう!やっぱりサイズぴったりですね!ス・テ・キ…!!!こ、このちらりとのぞくイルカ先生の秘境が…!いやむしろ桃源郷!天国!極楽!」
洗面所の大振りな鏡には、相変らずトナカイ全裸男な変態が移りこんでいて…その前に、俺が立っている。…投げ捨てたはずの衣装を着込んだ俺が。
「うぎゃあああああ!」
脱ぎたい。そして太腿とケツを這うその手を振り払いたい。
風呂場で吸っちゃった甘い空気のせいでちょっとクラリとした気がしたが気合で誤魔化し、俺はその場から走り出していた。
*****
とにかくまともな服を求めて自室へ行ったのが間違いだった。
俺はすぐにそれを思い知らされることになった。
「あ…?」
全力疾走しただけにしては視界が奇妙に揺れ、足が地面に触れいてるはずなのにその感覚さえ遠く感じられた。
ヤバイ…!
そう思ったときには既に俺の体は床に倒れかかっていた。くず折れるように壁に手をついて支えたが、逃げようにもそれ以上動けそうに無い。走ったせいで早く薬が回ってしまったんだろう。解毒剤の方を先に探すべきだったと思っても後の祭り。
「駄、犬が…!」
不安と恐怖で足が震えた。…いや、ソレは薬のせいだったのかもしれない。
「きゃ!おいしそうなサンタさん…!トナカイがちゃああんと!介護しますからねぇ…!」
歪み始めた視界一杯にえらくご機嫌な変態全裸トナカイの笑顔が広がり…俺はもうこれ以上逃げられないことを覚悟せざるを得なかった。
******
「ささ…今すぐ気持ちよくなりましょうね…!!!」
気がつけば寝室のベッドの上に横たえられていた。
それはもう嬉しくてたまらないとばかりに、俺の太腿をねっとりと撫で回す変態は、下着さえまともに身に着けていいない足の間にも躊躇いなく手を伸ばした。
このままでは俺は…好き放題にされてしまうだろう。
だが、ヤツの誤算。…それは俺にはこの薬が強すぎて、興奮するどころか歩けさえしなくなったところだ。 「ん、…う…!」 感覚は鋭くなるというよりむしろ遠のき、呼吸すらゆっくりと途切れがちになり、むしろ苦しいくらいだ。…触られていることすら苦痛なほどに。
快感など拾えないほどのこの効果。…もしかしなくても、これは変態基準で調製された薬にちがいない。
中忍としては平均程度の耐性しか持たない俺の意識を、その薬効は飲み込み始めていた。
それなのに。…駄犬をののしる言葉すら吐き出せないその口に、変態は更に何か甘い液体を流し込んだ。
「イルカ先生のためにいっぱいいっぱいいっぱい…いーっぱいがんばって作ったんです…!一緒に気持ちよくなりなって欲しいから…の、乗ってください!」
拒むことが出来るほどの余力すらなく、俺はただ流し込まれるままにソレを受け入れた。
すぐにグラリ…と視界が歪んでいくのを感じたが、恐怖すら感じられないほど意識が薄れていった。
俺に出来るのは、揺らぐ視界の中の駄犬をぼんやりと見つめることだけ。
「せんせ?イルカせんせ?え?なんで?ウソ…!?」
胸の奥から競り上がる不快感に飲み込まれながら、その表情が俺の役立たずになりはじめた瞳のせいでなく、歪むのを見ていた。
焦りと、それから恐怖に変わっていく泣きそうな駄犬の表情。
それを最後に、俺の記憶は途切れている。
全裸トナカイを同じく全裸で見上げているなんて…もしこれが人生最後の記憶だとしたら、随分と間抜けなものだと思いながら。
*****
「イルカせんせ…イルカせんせ…!」
必死で俺の名を呼ぶ声にゆらゆらと眠りの中を漂っていた意識が、うっすらと浮上した。
いまだ残る僅かだが、奇妙な浮遊感。…これはもしかしなくても副作用だろう。
つまり、俺はどうやら助かったらしい。
怒鳴りつけるか、殴るか…戻り始めた思考と体の感覚に戸惑いながら駄犬をさがすと…。
涙と鼻水を盛大に零しながら俺にぴったりとくっ付いて泣きじゃくる変態の姿があった。
どうりで肩口が冷たいわけだ。駄犬の涙とヨダレと鼻水のせいで湿ったシーツが、ぺたりと張り付いていた。
そして、お約束どおりヤツは全裸だった。
…ヤツの認識の中で、介護といえば全裸と決まっているんだろうか?
以前俺が倒れた時もこんな状況だったなと思いながら、自分の身体に意識をめぐらせた。
とりあえず、俺がちょっとしにかかっている間に変態に体を弄られたりした痕跡はない。
痛みもそうだが、コイツに散々やり倒されたときは、例の丸薬を呑まない限り異常な倦怠感ととある部分の違和感とで歩くのもおぼつかないからだ。
…そもそも目の前の物体の状態からして、それどころではなかったようだが。
「ご、ごめんなさい…!イルカせんせ、が…起きないから、俺、俺…!」
ぐずぐずとイイ年した上忍が、格下の俺を相手にそれはもう必死で謝っている。とんでもないことをしでかしたってことは、一応このずれた脳みその中でも理解できたらしい。
「ゴメンで済むか!この駄犬が!」
思いっきり振り下ろした拳は避けられもせず変態にきれいに決まった。ガツッといい音と共に、変態はベッドの上でぐしゃっとつぶれている。
…悪いと思って拳を受けたわけじゃなく、多分これは…俺が心配でそれ所じゃなかったと見た。
毎度のことながら、コイツのトラウマは根が深い。
「ごめんなさい…!こんなに効いちゃうなんて…!リラックス効果が…!」
何だか分からんが、ヤツが俺の抵抗を削ぐために利用した薬物が強すぎたんだろう。ブツブツと呟いている薬草の名は…俺の知る限りでは耳かき一杯でゾウを3日眠らせることだって出来る代物だった気がする。しぬことはないが、効果の強さからほぼ禁薬に近い扱いで、上忍でも限られたモノしか手に入れられないはずだ。…そう、例えば暗殺を専門とするような忍たちなら、これを手に入れることが出来るから、この変態なら持っていても不思議ではないだろう。
つまり、俺は、しにかかった…というより、どうやら眠りこけてしまったというのが正しいようだ。
他にも呟いていた薬草は、全て上忍レベルの効果の強いものばかりで、確かに疲労回復やリラックス効果のあるものもあったが、こいつは一歩間違えば俺がとんでもないことになっていたかもしれない可能性を欠片も理解していなかったんだと分かる。
俺が意識を失ったのは、後で飲まされた媚薬らしき液体との相互作用もあるにちがいない。
…結果的に眠りが冷めてきた今となっては、確かに妙に疲れが取れているからといって、危険な行為は看過できない。
「おい駄犬…!ソコへ直れ!」
「はい!」
「いいか、よーく聞け!」
しっかり犬座りをした駄犬に、俺は薬物投与の危険性について懇々と説教した。
曰く、ちゃんと相手の耐性を確認して調合しろから始まり、そもそもこんな行為に薬物を使うのは邪道だとか…それはもう散々しっかりがっつり説教した。
どうせろくに聞きもしないだろうと思ったが、珍しくしょぼくれた駄犬は涙を撒き散らしながら、「はい…!ごめんなさい…!」だの、「無事でよかった…!」だの、「イルカ先生の疲れが取れるようにって…こんなことになるなんて…!」だのとソレはもう情けないことこの上ない姿を晒してくれた。ぐずぐずと鼻をすする姿は、アカデミー生よりも酷く幼く見え…哀れですらあるその姿に、だんだんと怒りよりも呆れが先にたってきた。
反省は…一応しているようだし、常識が無さ過ぎるのはどうにもできない。…俺が、教育しない限り、名前だけが売れているこんな駄犬を矯正できるものはいないだろうから。
溜息は深く、懊悩もまた同じくらい深かった。
…でも、これはもう諦めるしかないだろう?
今後の被害を食い止めるためには、俺のしつけが不可欠だってことだ。…今まで幾度と鳴く挑戦し、挫折してきたそれを、いっそうもうすっぱり諦めたいと思っていたのに。
駄犬の潤んで零れ落ちそうな瞳がソレを邪魔する。
…己の教師魂を密かにのろってしまったほどだ。
とにかく、手始めにしょぼくれた駄犬の頭をふんづかまえて、しっかりと視線を合わせた。
「いいか?お前は俺のなんだ?」
「魂の伴侶…!俺の永遠の片翼…!」
鼻水混じりにいつもの文句を言い終わる前に、俺はさっさと結論には入るコトにした。
「貴様は、俺の駄犬だな?つまり貴様はトナカイなんぞになれるはずが無い!一生犬だけやってろ!」
耳を引っ張ってその変態妄想だけでいっぱいになっていそうな脳にもきっちり届く大声で、命令した。
今後また妙な行為に出させないための警告…のはずだったんだが。
「はい…はい…!俺はイルカ先生だけの犬です…!愛してます!永遠に魂が滅びようとも!」
俺の懐目掛け飛びついてきた駄犬は、正に駄犬そのもので、ぎゅうぎゅうとしがみ付いて頭をすりつけ、しつけがなってないことこの上ない。
まあ、これで一応ヤツの上に乗せられるという破廉恥な羞恥プレイは免れたわけだし。
そう思って駄犬の頭をなでながら、もうちょっと説教してやろうとした時。
「俺、間違ってました…!お薬なんかじゃなくて…俺のテクで乗ってもらわなきゃいけなかったんですね…!」
満面の笑顔の駄犬が、そんな恐ろしいことを口にした。
「わかってねぇだろうが!」
もう一度その頭に一撃を加えようとしたが、その手はがしっと捕まれて、ねっとりと指の間まで舐められてしまった。
「そう…そんなテレやさんなイルカ先生が自らおねだりするくらいまで何度でも高みに連れて行きます…!俺のテクとこの…暴れん坊で!」
いつも通りの異常な行動に怯んだのと、輝くその瞳と、その潔いまでに明後日な決意に脱力して、うっかり隙を作ったのがいけなかった。
「俺、がんばりますね!だってご主人様に気持ちよくなって欲しいですから!」
ごく自然に圧し掛かってきた、一途にご主人様を慕う犬の瞳をした変態を、俺は止めそこなったのだ。
…事態を把握しきれていなかったとも言う。
*****



…それからのことは言うまでもないが…。
その翌日、俺には出勤する気力など欠片も残されていなかったことだけを考えても、クリスマスはまさに俗に言うくるしみますだったと思う。
乗った、かどうかは、不本意すぎるにも程がある変態の言葉どおり、記憶にすらのこらないくらい快感に溺れていたので曖昧だ。俺にとって喜ぶべきコトに。
…が、変態のご機嫌さからいって…!?
…恐ろしいのでそれ以上考えたくない。
俺のクリスマスプレゼントは…変態相手に物理的警戒を行うより、とにかく中忍や一般人の体力などを理解させるのが先だという教訓だったと思うコトにして…。
変態自作の巨大靴下に俺と一緒に収まって、しがみ付いて…「お互いがプレゼントってステキですね…!」などときゃあきゃあ騒いでソレはもう嬉しそうにしている変態への対処は、とりあえず考えないコトにしたのだった。


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とりあえずとちゅうまでー!
え、えろはいるよな?たぶん?
びみょうなのでかきなおすかもですがあげとく!おやすみなさぁい!
追記ー!オマケは途中の☆印からどうぞー!

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