誕生日、祝うだけならいいのにな…。(あくまで子イルカ)

爽やかとは言い難い目覚めだ。
今俺が横たわっている寝床は、そこそこいい布団で、野営ばかりで眠る時間さえないことがある任務詰めの日々を送ってきた俺の中では上等な部類に入る。
だが、問題はそこじゃない。
イルカがキラキラした瞳で、ドレス屋のパンフレットをチェックしていたときから嫌な予感はしていた。今度の任務先にあると言うそこに誘われても、全力で断った。
任務中に無駄な寄り道は基本的に好きじゃないし、そもそも俺はドレスは着ない!
…だから、本来ならアイツはしぶしぶながら諦める…のは無理でも、少なくとも俺抜きで品物を選んでくるはずだった。
あのクソジジィが突拍子もない命令を俺に下さなければ…。
思い出すと今でも腹が立つ。
イルカへの三代目の過保護ぶりというか…ダンディズム系を目指していると思しき謎の哲学や無駄なエロ情報ばかり与える明後日な英才教育に不安を覚えた俺は、こっちからあのジジイに説教かましてやりに行ったのだ。
まさか代わりとばかりに、任務依頼書を…しかも暗部としての俺に渡されるなんて夢にも思わずに。
…最初はよかった。
散々イルカの将来への問題点を列挙し、事細かに今後の対策と爺自身との共依存的な関係を即刻改めるようにと説教をかまし終え、俺としては少しでもイルカのまともな忍への道を開いたつもりだった。
だが、話を飄々とした顔で聞き流したあの爺は、話し終わって一息ついた俺に、当たり前の顔で任務依頼書を手渡した。
…うみのイルカ下忍の護衛任務…。
確かにそう書かれているその書類には、爺が狂ったとしか思えない任務内容が載っていた。
護衛中にあたっては護衛対象の希望を極力かなえること、護衛対象からの要請があった場合は必ずソレに従うこと、身体的ならびに精神的にも危険な行為から遠ざけること。
…つまり、俺にイルカの奴隷になれとばかりの内容だったわけだ。
流石の俺も取り繕うことが出来ず、本心を吐露してしまった。
「ボケたか爺?」
「…イルカがお誕生日プレゼントをおねだりしてくれたのなんて初めてなんじゃ!」
…そうか、ボケはボケでもジジ馬鹿の方か…!?
俺の説教なんか欠片も聞いていなかったらしく、爺はイルカがいかに可愛くおねだりしてきたかや、イルカが今までどんなに一人でがんばってきたかなどを涙ながらに語った。
ようするに、諸悪の根源がこんな状態じゃイルカの改善は見込めないというコトが良く分かった。
俺は当然そんな任務断るつもりだった。里抜け…まではいかなくても、多少の荒療治がこの孫…じゃないがまあその…イルカ大好き爺さんの脳みそには必要だと思ったからだ。
今まで一度もやったことなんか無い任務拒否も、イルカのためなら…。
だけど…。
「イルカの誕生日は…あの時以来祝ってやったことがなくてのう…。誕生日に一人で過ごさせたくなくて邸に呼んでもこようとせん。じゃからせめて今回は…!」
イルカにそんな殊勝なことがあるとは思えなかったが、俺の誕生日も一応…プレゼントが首輪とナース服とスペシャルらしい料理だったが…祝ってくれた。
どうやら相当家族(但し色々と問題あり)と仲が良かったらしいイルカにとっては、久しぶりに祝われたいと思うほど立ち直ったんだと思えなくもない。
だから俺は…。
「…護衛には、行きます。」
「おお!そうか!では早速!明日から…!」
「でもこっちの条件も飲んでもらいますよ!何でもいうコト聞くなんてお断りです!何かあったらどうする気だ!」
それでなくても突拍子もない行動ばかりのイルカが、ドレス屋でテンションが上がったらどうなるか…。
想像するだけでもぞっとする。
それでさらに言うコトを唯々諾々と従ってたら、へたすると本来の任務がめちゃくちゃになる。
ってちょっと待てよ?
「明日!?」
「そうじゃ!ああ安心しろ。おぬしの分の任務はちゃんと他の者に振り替えておいた。」
「そういう問題じゃないだろうが!」
俺の叫びは執務室を振るわせるほど大きかったが、一応火影の座についた老人はしっかりちゃっかり老獪だった。
「では、任務報告を心待ちにしておる。行け。」
ただのジジ馬鹿から里を統べるものの威厳を一瞬にして取り戻した三代目に命令されれば、俺はソレに従うしかなかった。
「覚えてろよ…?クソ爺…!」
そう捨て台詞を残すくらいしか…。
*****
驚くべきコトは、上忍師すらも火影に丸め込まれているんじゃないかってことだ。
本来なら任務先でこんな自由時間を…それもドレス生地を買いに行くなんて真似に許可が下りるとは到底思えない。
それなのに、簡単な警備の任務を終えた後、スリーマンセルの仲間と別れてわざわざ宿を取り、それもドレス生地専門店にまで来る羽目になったのだ。
…こんなんで里は大丈夫なんだろうか…?
ショーウィンドウに飾られているドレスや生地はどれも美しい光沢を放っていたが、自分が着たいとは微塵も思えない。
「どうしてこんな所に来るはめになるんだ…!?」
俺は…確かに任務上必要なら変化でもトラップでも何でもやってきた。
…コレが任務だって事も分かってる。
だが、なぜ俺はこんなコトまでしなくちゃいけないんだ!
うっかり情に流されたことを深く後悔しても、よく磨かれた心中の扉をさっさと開けて入っていくイルカをとめることはできなかった。
入ってすぐに目に入ったのは大量の生地だった。
専門店なだけあって、壁の全部が棚になっていて、天井までぎっしりと生地が並べられている。それも、結構な広さの店中に。円形の店の中央には小物の類も並べられていて、お仕着せを見につけた男が、俺とイルカという普通こういう店に来そうにない人種へも穏やかな笑みを浮かべて会釈してくれる。
流石だプロだ。
だが、この際ソレは欠片も嬉しくない。ソコここにおいてあるマネキンに着せられているさまざまなドレスが、あのクリスマスの悪夢を甦らせ、冷や汗が沸いてきた。
「さー買うぞ!まずはやっぱりドレスの生地からだよな!」
相変わらず空気を読まないイルカは一人楽しそうにしている。
大事そうに手にも持ったカタログらしきモノには付箋が大量に付けられ、嬉しそうにページをめくっては、チェックに余念がない。
楽しそうなのはいい。だが、なぜ男で、忍で、しかも暗部の俺に…それも、女装させることに、どうしてそこまで執着するんだ!?訳が分からん!
「任務に拒否権はないがこんな任務より俺にできることは他にあるはずだ…!!!」
怪しまれるからと何故か女装を命じられたが、意地でも断り、なんとか普通の服で押し通すコトに成功したがだからってイルカのように楽しめる訳がない。
「赤はお気に召さないみたいだから夏らしく涼やかなブルーにしような!」
手馴れた様子で生地を選んでいるイルカは、ちゃくちゃくと俺のドレスの構想を練っている。
店の中で目立つのはマズイ。
ソレは良く分かっていたが、どうしても悪態をつかずにはいられなかった。
「なんでこんな所にこなきゃいけないんだ…!?」
どんなに美しい生地でも、自分にとっては無用の長物だ。
まさかドレス着て暗殺なんか…ときどきその手の任務もあるけど!でもあれは…任務だから…!それに俺はそういうのはやったことないぞ!…まあ実力からしてそんなことする必要なんてないからだけど。
「なんだ?腹減ったか?」
落ち込む俺の頭をもさもさとかきまぜながら心配そうにしているイルカは、端から見れば兄弟か友人にでもみえるんだろうか?
…その中身は犬扱いだけどな…!
「誰がだ!」
小声ながらもしっかり手を振り払った。
ぽかんとしているイルカは、何が起こってる分からないんだろう。ああ…せめて常識ある思考をもたせなくては…!
説得を開始しようとした俺に、イルカは相変わらず素っ頓狂なことを言って慰め始めた。
「ああもちろん一枚目はだぞ?心配しなくてもお色直しはちゃんと…」
イルカは俺の肩をぽんと叩き、安心させるようににっこり微笑んで…だがその手に持った生地をすかさず俺の肩に乗せて顔映りを確認している。
「そんなもんいるかー!!!」
これだけ騒いでも眉一つ上げずに微笑んでいる店員がある意味恐ろしいと思った。
*****
ドレスは着ないと宣言したが、イルカは「まあまあ!そう照れるな!」なんていいながら生地と一緒に俺には良く分からないドレスの部品?らしきものと、それに加えて靴とバッグを買っていた。俺のサイズぴったりに見えたんだが、いつの間にサイズ調べやがったんだ!?
それにコレだけ買うと結構な値段だが、もしかしてココの代金も爺から出てるんじゃあるまいな?
…後で確認しなくては…!
予想していたような店舗をめちゃくちゃにするような暴走はなかったが、度重なるイルカの暴挙…俺はすっかり疲労しきっていた。
なにせ、候補の生地を持ってきてはいちいち俺の顔に合わせてみたり、小物と生地とを合わせて確認してみたりとやたら熱心だったからだ。
これが頼んでもいない俺のドレスになると思うと、ぞりぞりと精神を削られた。
…この熱意を修行に向ければあるいは…!
そう思ってなんとか怒鳴りだしそうになるのを押さえた。…ひくつく米神までは押さえ切れなかったが。
会計中に、例のやたら平常心を保ちすぎる店員と俺の体型について熱く議論を交わしつつ、カットがどうのラインがどうのとはなしていたのもまた恐ろしかった。
イルカはテンション上がりやすいからまあイイとして、さっきまで人形みたいに穏やかな笑顔が固定されてたのに目の色変わってたしな…あの店員。
因みにクマ様にも何か買ったらしいがその辺は確認しなかった。
どうせまた毛皮だろう。
「待たせたな!後は帰ってから仮縫いまでがんばるぞ!」
「あ、そ。…何度も言うが着ないからな…?」
「へへ!そうだな!とっておきだもんな!」
…ああ…無邪気に喜ぶ顔は普通の子どもと変わらないのに…!どうしてここまで異常な育ち方を…!?
返す返すもやはり環境が悪かったとしか言いようがない。あのエロ爺を初め、どうやら相当な性格をしていたらしい父親と、父親よりはまともそうだがとんでもないことはとんでもないらしい母親、そして不甲斐ないクマ。
俺がここまで苦労するのも当たり前なのかもしれない。
期限は迫っている。…ずっと一緒にはいられない。
俺は、暗部だから。
…だが、コイツを今野放しにすればどうなるか…!!!
想像しただけで恐ろしい。クマも任務があるし、爺はこれからどんどん劣化していくことを思うと危険極まりない。
いざとなったらあのジジイに交渉して…!
考え事に熱中するあまり、俺はイルカがボソボソと呟いていたコトに気付かなかった。
「…ホルターネックで決まりだな!やっぱり!スリッド深めで…!せくしーに!」
*****
それから宿に帰るまでやたら屋台だの何だので買った食い物を俺の口に押し込むイルカと戦いながらではあったが、割と素直に里に帰ってくる事が出来た。
何故かイルカが帰還を急いだからだが…。
この熱心さは任務中に寄り道してしまったことへの配慮ではなく、まず間違いなく、俺のドレスとクマの仮装を作るためだろう。
俺の腹具合だけはしきりに気にしていたが、普段なら異常に反応する毛深いおっさんに対しても無反応だった。
そして…今日もイルカは何かもそもそやっている。
「…いいか。俺は着ない。代わりにプレゼントは既に考えてある。…それでもいいなら好きにしろ。」
口をすっぱくしてこのセリフを繰り返しているんだが…。
「おうとも!ちゃんとすげぇ美しさに仕上げちゃうからな!」
…ああ…誰がイルカをこんな風に…!時間をさかのぼれるのならすぐさまソイツを吊るしあげてやるのに…!…ああでも、すでにイルカの母親が十分に吊るしてたみたいだが。
今どれだけ過去を嘆いても、結局俺が何とかするしかない!
こうなったらクマとの共闘体制をしっかり作っておきたいところだが、イルカ曰く任務が続いているらしい。
勝手に確認してるのは相当問題だが、それよりも、もしかしなくてもヤツは逃げたんじゃないだろうか?
そっちの方が重大な問題だ。それでなくて破壊力抜群のイルカを制御するのは並大抵のことじゃない。…って言うか、今まで一度も成功したことないからな…。
どうせなら犠牲者…いや生贄…もとい、協力者は多い方がいい。あのボケ老人が役に立たない以上、どうにかして人員をかき集めないと…!
パックンは…可哀相だしなぁ…。他の忍犬たちにいたっては、どうやらまた何か作ってもらったらしく嬉しそうに自慢しにきたくらいだから論外だ。
確かに可愛いマントは良く似合っていたが、くるくる回ってくれなくても…。どうしてイルカはこうやって周りを巻き込むのが上手いんだろうなぁ…。
間近に迫った決戦の日を前に、焦りばかりが募っていく。
のんきな様でいて、ものすごい速さで縫い合わされていくドレスに恐怖しながら…。
*****
クマは逃げたんだと結論付けるまでに時間は掛からなかった。
暗部の権限でヤツの予定を確認したところ、狙ったようにイルカの誕生日の夕方から任務が入っている。
ヤツのことだ。恐らく誕生日プレゼントだけ持って来て、任務までに時間がないことを理由に逃げおおせる気なんだろう。
…もちろんそうはさせない!
すぐさまヤツに割り当てられていた任務を俺自身で片付け、イルカとの時間を十分に取れるようにしてやった。
…まあ深夜から別の任務入れてやったから、せいぜいイルカの相手でくったくたになった身体でがんばるといい。
当然俺の任務は別にあるので相当ハードなスケジュールになった。…クマには感謝して欲しいくらいだ!だが、これもイルカ対策の一環。これ以上のことは望むまい。
捕らえるのは油断したクマがプレゼントもってのこのこ来てからでいいだろう。
そんなわけで、今俺の目の前には飛びっきりの笑顔で縫いあがったドレス片手にうきうきと俺を見つめているイルカがいるわけだ。
…任務に時間を取られ、イルカ対策に十分な時間を割けなかったことを後悔してもしきれない。
なぜかあの店では見なかったはずの妙にゴージャスな髪飾りやアクセサリーまで並べられていて、当の本人は俺とドレスを交互に見てはああでもないこうでもないと呟いている。
「おい…!それの出所はどこなんだ!?」
一番考えられるのは、また爺の所持品を失敬してきたか、クマから巻き上げたかだとは思うが、どうも不安だ。
…盗んだりはしないが、もしかしてもしかすると…どっかで金持ちの有閑マダムでも引っ掛けたんじゃないかと気が気じゃない。
何故かあの特定の年齢層に異常に受けがいいから、へたすると自覚せずに垂らしこんでる可能性があるからな…!
想像したくない。想像したくないのに…!
俺の頭は勝手に…有閑マダムのもとでモリモリ飯を食って怪しげな基地設営とクマの捕獲に勤しみ、俺のドレス作り没頭する引きこもりなイルカを想像して身震いした。
イルカは絶対にまっとうな忍になるんだ…!!!いや、させるんだ…!
恐ろしい想像を打ち消そうと修行メニューを考え始めた俺に、イルカはあっけらかんと応えてくれた。
「え?ああ、作った!…今日のカカシの化粧の乗り具合にもよるけど、やっぱりこっちの青い方がいいな!赤も捨て難いけど!」
「作った!?」
「研磨は…流石にまだ無理だけど、彫金なら任せとけ!いざって時に役に立つからって教わってあるからな!せんにゅうにんむ?にさいてき?で、あと、ひとなつっこさがポイントだってさ!」
「そうか…。で、だれに?」
「かあちゃん!あと、ちょっとだけとおちゃん!色あわせとかな!」
ちょっと不安だったが、一応イルカの両親はイルカの…危険な特性を見抜いてはいたようだ。主に把握していたのは母親の方だと思うが、まあいい。
忍は大抵なにかしらの職人業は習得してるのが多いからこれ以上突っ込むのは止めよう。…きりがない。
「で、何度も言うが、俺は着ないぞ?」
こんなに熱心だと断るのが悪い気がしてくる。…それが普通の要求ならだが。
「うん!まだ早いよな!…あ、ちょっとでてくるけど、飯は用意してあるからー!」
「え!あ!どこに!」
なんだ!?早いってのは俺に着せる気満々だってことはわかるけど…。
ちょっと出てくるって…!?
「ちょっと留守にするねー!」
「こら待て!…ちっ!」
テンションが高いイルカの移動速度はすさまじかった。
一瞬。そう、一瞬目を話した隙に、既にイルカの姿は消えていた。
被害が広がることを思えば早めに捕まえた方がいいかもしれない。
だが、イルカは間違いなく戻ってくる。
…俺にドレスを着せるために…!
ならばこの隙に迎撃体勢を整えなければならない。
すぐさま俺は忍犬を放ってクマを捕らえに行かせたんだが…。
イルカの用意していった飯を食い、やきもきしながら報告を待った。
時間的にもすでに夕方に近い時間だ。
イルカは…律儀に弁当まで用意していった所を見ると、最初から時間が掛かることは予想できたが、クマが未だに捕まらないのはおかしい。
もしかするとあのクマ野郎は挨拶なしに任務に発ったんだろうか?
怒りのあまりクマを拷問する方法を百通りほど考えた頃、家の扉ががたんと大きな音を立てて開いた。
このチャクラは…!
「イルカ?」
「ただいまー!遅くなってゴメンな?大猟…じゃなくて、肉…でもなくて、アスマ兄ちゃん拾ってきた!」
俺の下に飛び込んできたのはイルカだった。
その傍らには…どうやって捕まえてきたのか縛り上げられて毛皮スーツを纏ったクマが転がされている。
…忍犬たちもわらわらついてきた所を見ると、イルカの暴挙を止めなかったんだろう。
時間が掛かった理由がわかった。…おそらくクマは捕縛されて丁寧に毛皮を着せられて、ついでに引きずり回されたんだろう。
「役立たずが…!」
思わず足元に転がるクマを蹴ってみたが、反応がない。
白目をむいてこの間とはまた違った毛皮を着込んだクマは…それでもやっぱりクマにしか見えなかった。
毛皮の色が白っぽかったり、胸元の毛を妙に強調するデザイン辺りがこだわりなのかもしれないが。
まあとにかく、どうやら戦力としては期待できないようだ。とりあえず回復する可能性に賭けて、拘束をほどいてやるくらいしか出来ないだろう。
…無駄に毛ばっかり生やしやがってこのクマが…!!!
「待たせたな!ちゃんと綺麗にしちゃうからな!」
「そっちは待ってない!その前に…イルカ!クマを離してやりなさい!」
どうしてこう俺を女装させることへのこだわりが…!
んとか説得しようとし始めた俺に、イルカがもじもじと身体をよじってみせた。
「どうした?…具合でも悪いのか!?」
イルカはいつも元気だ。…風邪引いて熱出しててもその元気さはあまりかわらない。
ってことは…相当具合悪いんじゃないだろうな!?
毎晩毎晩夜なべしてよくわからんドレスだの小物だの自作して、しかも任務にも行ってたんだから体調を崩してもおかしくない。
朝は元気そうだったのに…!
慌てふためく俺に、イルカははにかむように笑った。
「うん。…なんかちょっと…お祝いすんの久しぶりだなぁって思ったら。ちょっと…へへ!」
…こんなイルカは始めて見た。
子どもらしく祝われることを照れくさそうにしながら喜んで…!
そう、だよな。本当なら…こういうことは親とかが一緒に祝ってくれるはずだ。
俺は、父さんが忙しくて、俺も忙しくて、そもそも行事とかそういうものに関する興味が乏しい人だったから祝われたことなんかろくになかったけど。
…イルカには、まだまだそういうコトが必要だ。まともに育ってもらうためにも。
「イルカ。お前にはちゃんとプレゼ…」
「じゃ、早速このステキドレスを着てもらうぜ!」
「着ないっていってるだろうが!」
「えー?照れるなよ!おれすっごく楽しみにしてたんだぞ?ソレはもう丹精込めて準備したから安心して任せてくれ!」
…キラキラした瞳、そして俺の腕をぎゅっと握って見上げてくる。
いや、だがコイツはクマをこんな目に合わせた…!
「かあちゃんととちゃんもさ!一緒にいた時はちゃんとおめかしして祝ってくれたんだ!」
ああ…駄目だ…こんなコト言われても負けたらドレスを…!
「イ、イルカ?そのだな、俺は男…」
「久しぶりだからすっげぇ嬉しい!えへへ!」
無邪気な笑顔と照れくさそうに鼻傷を掻く仕草に、胸が締め付けられた。
こんな幼子が庇護を失って…そして今、やっと祝ってもらうことを受け入れられるくらいまで立ち直ったのに、不甲斐ないクマと爺のせいで、俺以外に祝ってやれる者はいないのだ。
「ちょっと、だけだからな…。」
あれ?俺今…!!!
「やったぜ!!!ひゃほう!!!今すぐ用意するぜ!!!…まあ実は全部昨日から準備万端だけどな!!!」
勝手に口をついた言葉に、イルカはパッと顔を輝かせてものすごい速さでドレスを取り出してきた。
ついでに恐らく化粧道具と思しきものたちも。
「け、化粧はしないぞ!ドレスだけだ!」
ドレスは…まだ我慢できる。本来なら耐えられんが、今日はコイツの誕生日。
譲歩…できるはずだ。
だが化粧は…!そういえばコイツ出会い頭に人を犬扱いして、しかも勝手に化粧してあろうことか暗部装束をおおっぴらに外で干しやがったんだよな…。
イルカは…ナニをしでかすか分からない。
自分が許容できる範囲以上のことをしでかそうとしたら、絶対に拒否してやる!
ドレス片手にじわじわと距離をつめてくるイルカを睨み返すと、にっこり笑って腕を組んで…。
「うんうん!素材で勝負か!カカシならソレもうなずけるぜ!!!さっすが超絶大俳優かつよくわかんないけどすごいカカシ!!!」
「ちがうわー!!!」
どうして…その妄想を捨ててくれないんだ!何度も言うが俺は俳優じゃなくて…泣く子も黙る暗部だって言うのに…!
俺の怒りなどどこ吹く風で、イルカはいそいそと俺の手に謎の物体を貼り付けようとしている。
「ネイルはするよね?」
「しない!」
…その後も、ぶーぶー言うイルカとの戦いは続いたが、何とか俺はドレスを着るだけという防衛線を守りぬくことが出来た。
宝石なんてつける意味が分からん!石の出所は結局どこなんだ…!
苦悩は尽きないが、この屈辱極まりない格好を出来るだけ早く何とかするためにも、つつがなく誕生日の祝いを済ませなくてはならない。
ドレスを着せられている間中、ラインがどうの、色映りがどうの、シルエットが最高だの、やっぱり俺の目に狂いはなかっただの…さっぱり訳のわからんことを言われ続けて大分消耗した。
これ以上時間をかけたら俺がもたない。
クマはその間ひっくり返ったままで何の役にも立たなかった。
ということは、やはり俺は一人で最後まで戦わなければならない。
「ごちそうたっぷりあるからなー!」
にこやかでテンションが高くいつナニをしでかすかわからないイルカを前に、俺は再度気合を入れなおした。
…早くこの妙な格好から開放されるために。
*****
飯は、相変わらず凄く美味い。
…誕生日なのに何故か自ら料理するコトにこだわったイルカが丹精込めて仕上げた食事は、いつも通り…いや、いつもより数段凝っていて、更に美味しい。
クマはもう放置だ。毛皮着たまま椅子に括りつけられていようが、口に食い物ねじ込まれながら助けを求めてこようが放置だ。
「んがっ!この箒頭…!覚えて…もが!」
「さ、アスマ兄ちゃんも食って食って!俺特製!ステキバースデーディナースペシャルエクセレントだぜ!!!」
「ほどほどにな。」
俺はさっき散々ねじ込まれた後だから、冷静に楽しめる。
ずっと気絶してたクマが悪い。
ドレスはノースリーブで光沢のある深い青だった。見ている分には美しい。
だが…足がすーすーする。何故か異常に深いスリットが入っているからだ。
しかも俺が暗部服ばかり着ているからか、「こういうカットがお気に入りなんだよな!ちゃあんと分かってるって!」などと嬉しそうにイルカが強調したように、ノースリーブ。
深く考えると叫びだしたくなるのでこれ以上は考えないコトにする。
…そろそろ食事も終盤だ。クマが再度白眼むき始めてるし、大量にあったオードブルだのサラダだのステーキだの温野菜だのも殆ど全部片付いた。
もう、いいだろう。…俺がこれ以上耐え切れない。
「イルカ。」
「おう!最高に綺麗だぞ…!!!」
「うっとりするな!…あー…プレゼントだ。誕生日、おめでとう。」
イルカに必要なモノは常識だが、ソレは流石にプレゼントできない。
ならば実用的なものがいいだろうと、用意したプレゼントは業物のクナイと手入れするための砥石と忍術書…但し野外食用植物など料理の本がメインだが…にした。
イルカにそっとそれなりの大きさの箱を手渡すと、瞳をこれまでにないくらい大きく見開いて驚いてみせた。
「俺…!そっか!プレゼント…!ドレス着てくれたからないんだと思った!」
「…ドレスはいらんがプレゼントはする。いいから開けてみなさい。」
…どこをさがせば誕生日プレゼントが女装な子どもがいるって言うんだ!
クマの餌付け風景でちょっと戻りつつあった力が一気に抜けていくのを感じた。
そんな俺を他所に、イルカはすばらしい速度でプレゼントの包装を綺麗に開けていく。
手先は器用なんだから、絶対印だってもっと上手くなるはずだ!すべてはこれからだ!…そのはずだ…!
「おおおおおお!すっげぇ!!!沢山ある!料理の本にカッコイイクナイに砥石!…スペシャル返しか…!さっすがカカシ!やる時はやるな!」
…一応、喜んでいるらしい。
というか、飛び跳ね方からして相当嬉しかったようだ。
「あー…良かったな。」
コレで、祝いの会もお開きに出来る。
思わずがにまたになりながら、面倒くささを隠し切れずに言ってしまった。
もうこの際取り繕う気もしない。間違っても二度とこんな格好はしたくないからな…。
だが…。
「おお…!足チラか…!カカシはどこでも魅せるな…!!!」
とか言って明後日なことで喜ばれた。
もう、なんでもいいから早く開放してくれ…!
「イルカ、もうそろそろいいだろ。これ脱ぐぞ?」
「ああ、お色直しか!例の赤いのもいいけど、実は新作が…!」
「着ない!」
やっぱりか…!買ってた布はやたら大量にあったから、これからも警戒しないととんでもないことになる!
一応断ったことだしと、俺はさっさとドレスを脱ぎ捨てた。
「えー!もったいない!」
イルカはまだぎゃあぎゃあ文句を言っていたが、そんな物は無視だ!
「もう十分だろうが!」
誕生日のプレゼント分はもう十分着てやったはずだ!
すぐに着替えられるように用意しておいた暗部服を着ると、ものすごくホッとした。
丁度良くクマも気絶してたことだし、コレを知ってるのはイルカだけにとどめられたはず。…出歯亀しそうな爺はあとで探りいれとこう。
人心地がついて、ふと、思い出すことがあった。
「そういえばお前朝からどこ行ってきたんだ?」
クマを捕獲…にしては時間が掛かりすぎる。
なんでかイルカはクマの任務日程を把握してるから、こんな無駄なコトはしないはずだ。
まさか…じじいか…!?
「あ、うん。とおちゃんとかあちゃんに挨拶行ってきたんだ!」
「…そうか…。」
忘れていた。両親のところ…慰霊碑に行って来たんだろう。
一番に祝ってくれるはずの人たちのところに。
ソレなのに俺は…!
「カカシとアスマ兄ちゃんと元気に楽しく暮らしてるぜ!って言ってきた!」
あの災厄の日、イルカは一度全てを失った。
それなのに楽しそうに報告してくれるイルカは、ココまでたくましく生きてくれている。
胸が締め付けられるように痛んだ。
これからは俺が…だが、ソレも一時的なものでしかなくて…。
下忍でたくましいのに肝心な所が怪しいイルカを、もっとちゃんと生きていけるようにしてやらなくては…!
「イルカ。俺は、もっとお前にしてやりたいことがあるから、頑張ろうな…?」
「今度の夏に直接言うけどな!」
「だからそれはやめろって言ってるだろうが!!!」
ああ…やっぱり心配だ。
こんなに突拍子もないことばっかりやってたら、いずれしっぺ返しで酷い目に合う。
「うーん?そういうならちょっと考えてみるよ。カカシはテレやさんだもんな!」
「頼むから術の危険性をもっと学んでくれ…!」
ほぼ1年一緒にいてこの状態…道のりはきっと険しい。
気が遠くなりかけた俺に、イルカは握りこぶしを突き出して決意表明してくれた。
「俺さ!頑張って…すっごい忍になるぜ!」
「そうだな…がんばれよ?俺も、出来るだけ頑張るから…!」
こんなにヤル気はあるんだ。いつかきっと…せめてもう少しだけでもまともな忍に…!
「とりあえず目標は…とおちゃんだな!毛はアスマにいちゃんで!」
「アホかー!!!」
期限は延長決定だ。爺は放っといて…いやむしろ俺の部下でも誰でもいいから監視させて、イルカをきちんと真っ当な道に戻さないと…!
教育計画の見直しをしながら、爺との交渉を模索していた俺の方を、イルカがぽんと叩いた。
「カカシ。」
「なんだ?どうした?」
酷く穏やかな…まるで慈愛を湛えた様な笑みを浮かべて俺を見つめるイルカは、普段とまるで違って見えた。
一体どうしたんだ?
「お祝いしてくれてありがとう!」
そういって飛びつくように抱きついてきたイルカはまだ小さくて子どもの体温で…なぜか心臓の鼓動が早くなった。
「あ、ああ…。俺も、沢山祝ってもらったからな。気にするな。子どもは誕生日に祝われるのは当たり前なんだから。」
うろたえているのか?俺は。こんなコト今までなかったのに!
声にも顔にも隠しとおせる自分の実力に感謝した。
「へへ!じゃ、今度アスマ兄ちゃんから貰った焼き肉無料券で一杯食ってもさもさになろうな!!!」
「なるかー!!!」
やっぱりイルカはイルカだ。
肉と毛に関しては問題外だが、いつものイルカにほっとした。
さっきのは気の迷いか錯覚だろう。
にこやかに力強く宣言するイルカを怒鳴りつけ、こうして、叫び通しの一日はふけていった。
*****
「なぁカカシ。」
「どうした?」
布団に入ってぐったりしていたら、俺を洗い倒してご機嫌なはずのイルカがちょっとか細い声で背後から俺を呼んだ。
…やっと寝るところまで来たというのに、イルカはまだ何か俺にさせたいんだろうか?
へたばったクマを俺が代わってやったのと別の任務に追い出すまで苦労したと言うのに。
「俺さ、お祝いすっごく嬉しかったから、また来年もお祝いしような?」
「あ、…そう、だな。」
顔は見えなくても、どこか縋るような声。
「へへ!…今日はいっぱいぎゅーってしてやるからな!」
「俺は犬じゃないぞ…?…ま、いいけど。」
相変わらず人のことを犬扱いするのは迷惑だが、もそもそと布団に潜り込んでしがみ付いてくるイルカを追い出す気にはなれなかった。
多分、寂しいんだろうから。
…勝手に動悸がするのは俺の方の問題だし。
「俺、今日すごく楽しかった…」
「いいから、寝なさい。」
夜なべしてドレス作って、ご馳走も作って…まだ下忍で子どものイルカは疲れてるはずだ。
でも眠りたくないって言うのは想像がつく。楽しい時間が終わってしまうのが怖いんだろう。
「カカシー…ありがと。へへ!…おやすみー…。」
「ああ、おやすみ。」
それでも眠気に負けて、ことんと瞳を閉じたイルカは俺にしがみついたままで…相変わらず動悸はするし、か、かわいいとか…!
どうしたんだ俺は!?
イルカの将来のこと、今の自分の状態のこと…色々一気に押し寄せてくることで頭がいっぱいになって…悩み深い夜に寝付けない夜を過ごしたのだった。


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ギリギリ子イルカせーふ!
イルカてんてーのご生誕を祝して…!!!…また変な話を増やしてみました!
御意見ご感想などありましたらお気軽に拍手などからどうぞ…。

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