肉食獣のいる生活―猫暗部―

大したことの無い任務のはずだった。新人を一人だけ連れての研修もどきな暗殺任務。
だが、手際よくターゲットを片付けて帰還する途中で、護衛代わりに雇われていたらしい忍崩れたちに襲われた。
しかも…数が予想以上に多い。
一人なら簡単に片付けられる程度の敵だったが、部下を庇いながら戦っている内に囲まれて、部下が負傷してしまったのも痛い。
「隊長!これでは…!」
新人だから仕方がないが、うろたえているのが丸分かりだ。…これでは敵も調子付くかもしれない。
「撤退するよ!」
いいざま怪我をした部下に振り下ろされたクナイを受け止め、振り払う。ぐらついた敵忍の腹を蹴り飛ばし、 ついでに部下も後ろに投げ飛ばした。
「ちっ!」
思いっきり蹴り入れてやったけど、部下を投げる方を優先したせいか、それほど効いてないようだ。
「隊長!」
焦りの混じる声が聞こえるトコみると、部下は一応無事のようだ。すぐさま俺に飛んでくる手裏剣と刀をいなしながら、 指示を飛ばす。
「いいから…行け!」
庇いながらは流石にきついが、部下を失うわけには行かない。ココは大技で行くしかないだろう。…戦う気を無くすくらいの。
チャクラを込めると同時に、輝く手から鳥のさえずりが聞こえてくる。
「雷切!?くそっ!…!写輪眼か!」
「逃がすんじゃねぇぞ!報酬とりっぱぐれた分コイツらで…!」
こういう時に名が売れてることを苦々しく思う。あからさまに戦意が上がっているところを見るとコイツら賞金首狙い に切り替えたんだろうか。
「隊長!」
上ずった部下の声がすぐ側で聞こえて、とっさに俺は怒鳴った。
「まだここにいたのか!?早く…」
俺が指示を部下の状態を確認しようと視線をそちらに向けた瞬間…草むらから何かが俺に飛び掛ってきた。
「カカシさーん!!!」
「イルカ!?」
急に飛び掛られたせいでチャクラが霧散してしまったが、それよりも…なんでイルカがここにいるんだ!?
「ちょっ!イルカ!どうしてこんな所にいるの!?」
しがみ付いてカジカジと俺の首を齧る姿に驚いてか、敵忍たちも身動きせずに俺たちを凝視している。だが、ココは戦場。 イルカに何かあったら…!
大慌てでイルカの両脇に手を突っ込んで抱き上げたが、イルカは嬉しそうに俺を見つめた後、周りで警戒している敵忍たちを 一瞥して、不満げな顔をした。
「ねぇカカシさん!うるさいの邪魔だからやっつけていい?」
「え!?いや、敵だから!危ないでしょ!」
この様子だと今はすっかり猫なんだろうけど、まだ寒いからいつ人に戻るか分からない。
焦る俺の腕からスルリと…正に猫らしく抜け出したイルカは、一瞬にして視界から消えた。
「何だ!?アイツは!」
「木の葉の忍か!?」
そりゃあ敵も驚くだろう。いきなり戦闘中に飛び込んできて、戦ってる忍に抱きついて、挙句いきなり姿消せば…。
この隙を逃さず一人でもしとめようと身構えた俺に、敵忍も気付いたらしい。
「コイツ…!」
敵は血走った目で俺を睨みつけてくる。冷静さを失っているのはありがたい。コイツが仕掛けてくるのにあわせて潰そう。
そう思って身構えた時だった。
「まずは写輪眼…ぐぁ!」
「ひとりー。」
「な!さっきの…!うぐっ!」
「ふたりー!」
「ひっ!ひぃ!」
イルカだ!闇の中を見通す忍の目でも追いきれないくらいすばやい動きで、楽しそうに敵を狩っている。…一撃で。
姿の捉えられないイルカにバタバタと倒されていくのを見て、残った敵も、すっかり恐慌状態に陥った。
「ち、ちくしょぉおお!!!」
最後の一人になった敵が、悲鳴交じりの雄たけびを上げて暴れ始めた。
マズイ…!あんなふうに闇雲に武器を振り回して、もしもイルカが怪我でもしたら…!
「イルカ!」
慌てて俺が呼ぶ声に答えたのは、イルカではなかった。
「隊長…!あ、あれ…!」
部下が指差す先には…茂みからきらりと輝く漆黒の瞳。瞳孔が大きく開き、イルカがすっかり興奮しているのが見て取れる。
とりあえず無事な様子にホッとしたが、それもまたすぐに見えなくなった。
それからすぐに、楽しそうなイルカの宣言が聞こえた。
「さーいごーのひとりっ!!!」
「う、うわあああああ!!!」
イルカの声に被る様に、さっきまで暴れていた敵忍が悲鳴をあげて倒れた。その背後では、イルカがにんまりと笑っている。 見える範囲では怪我もしていないようだ。
ホッと一息ついた俺に、早速イルカが飛びかかってきた。
「カカシさん!あのね!さっき鳥の声聞こえた!…夜なのに珍しいから食べようと思ったのに…聞こえなくなった! …逃げたのかなぁ?」
すりすりと頭を俺に擦りつけながら一生懸命報告してくれるイルカは…やっぱり最高にかわいい。どうやら千鳥を本物の鳥の さえずりと間違えたらしい。きょろきょろとあたりを見回している所をみると、まだ諦めていないみたいだ。
「ああ、さっきのはね、鳥じゃなくて術なの。」
俺がそう言うと、イルカは目を見開いて悲しそうな顔をした。
「ええ!…食べられないの…?うるさいのやっつけたら見つけられると思ったのに…。」
しょんぼりしながら俺の首をかじかじと齧るイルカは、…心底悔しそうだ。
もしかしてこの様子だと…?
「ね、イルカ。お腹減ってるの?」
イルカの頭をなでてやると気持ちよさそうに目を細めている。この顔を見ると…いつも幸せな気分になるが、もし空腹なら 被害を食い止める必要がある。…空腹時のイルカはより一層本能に支配されてしまうからだ。
俺の問いかけに、かわいらしく小首をかしげたイルカは、すぐさま元気一杯に答えてくれた。
「お腹…減ってるかも?でも、カカシさんが遅いからお迎え!」
「そっか…。」
ここ、木の葉から大分遠いんだけど…。
内心驚きながら、それでもごろごろと懐くイルカをなでてやっていると、震える声で部下が声を掛けてきた。
「あ、あのー…その、そちらは?」
おずおずと問いかけてくるのはまだイイとしても…何で木の陰から様子伺ってるんだ、お前は?
怪我の手当てもせずに放っといたのは悪いとは思ったが、その態度はあまりにも情けない。
…新人とはいえ一応は暗部のはずなのに…。
「イルカは俺の猫で、俺の恋人で、俺の番?」
ごろごろと懐きながら、怪しく瞳を輝かせ始めたイルカを腕から放さずに、それだけ言ってやった。
「そ、そうだったんですか。あ、あの、宜しくお願い致しま…」
僅かに安心したような声で俺のイルカに手を伸ばそうとした部下は…。
「カカシさんは俺の!触るな!」
思いっきりイルカに引っかかれていた。
「ひぃ!申し訳ありません!」
このままでは帰還もままならない。
引っかかれるなりものすごい速さで木陰に引っ込んで、うっとおしく様子を伺ってくる部下にため息をつきながら、 一応イルカの説得を始めてやることにした。
「イルカ。アレ一応俺の部下だから。それに今のはイルカに挨拶しようとしただけだよ?」
「だって!帰り遅かったからいっぱいカカシさんくっ付きたいのに!邪魔!」
どうやら説得は無駄に終わったようだ。
…ま、猫だしね。今…。
とりあえずはイルカのご機嫌を損ねないようにしないと。
「あのさ。歩けそう?手当てはした?」
俺が、怯えているのにじーっとこちらの様子を伺ってくる部下に聞いてやると、ものすごい勢いで返事が返ってきた。
「ははははははい!一応しました!あの、俺先に帰って…」
ここまで怯えすぎなのはどうかと思うけど…。まあ、そんなに深そうじゃなかったから大丈夫か?
なら当座はイルカの状態の方が問題だ。
「ね、イルカ。お家帰ってからにしない?」
さっきから俺の身体に頭を擦りつけながら、誘う様に触れてくるイルカを見ているとこっちの理性も危うい。 だからといってココでやるのは流石にマズイ。なにせまだ敵がいる可能性もあるし、イルカは止めをさしていないようなのだ。 …敵が復活してまたイルカを興奮させてしまうような事態は避けたい。
何とかしようとイルカの頭をたっぷりなでて、言い聞かせてはみたのだが…。
「ヤダ。」
やはり…一一蹴されてしまった…。焦れた様に俺の服を剥ごうとするイルカの瞳は、妖しく揺れていて扇情的で…。 うっかりそのまま押し倒しそうになったが、背後で後輩がごくりと息を飲む音に正気に返った。
…このままでは、ココで始められてしまう…!
「く…っ!ごめんねイルカ!」
自分がイルカの誘いのってココで襲ってしまう前にと、俺は慌ててイルカを抱き上げた。
「やう!抱っこ?」
いきなり引き剥がされて驚いたような顔をしたイルカを見ると、その気になってしまっている部分がしきりに開放を 訴えてきたが何とか堪えた。
「そう。抱っこ。帰ろうね。急いで!」
「はあい!」
抱き上げられたことが嬉しかったのか、俺に触れていられるのが嬉しかったのか分からないが、ごろごろ言いながら俺に しがみ付いてくるイルカを抱きしめて、俺は駆け出した。
「行くよ!」
一応部下にも声を掛けたが、後ろを振り返る余裕なんかない。
チャクラが付いてきてるから大丈夫だろう。
そう決め込んで俺は里に向かって全力疾走したのだった。
*****
「お帰りなさいカカシさん!!!」
ああ…今日もイルカは猫だ…。今日ばっかりは喜べない…。
「…ごめんねイルカ…。コレ、着てくれる…?」
俺が差し出したものの匂いをかぎながら、イルカが小首をかしげている。
「?この服?あ!この間狩りの邪魔したのも着てた!カカシさんも!」
ばしばしと畳まれた服を叩きながら、やや興奮気味のイルカは…とてもかわいらしい。
ああ…こんなこと絶対させたくなかったのに…!!!
「…任務にね、一緒に行って来いって言われちゃったのよ…。できる?」
それも、普段猫飼育担当者とセットで行っている様なのじゃなくて、暗部の任務だ。
…イルカにできるとは思えない。
能力的にも技術的にも問題ないが、イルカの本能まっしぐらな行動は、暗部の任務を遂行するには無理があるように 思えてならない。
「任務!カカシさんと!楽しみ!!!」
服を広げて大喜びしているイルカを見ると、和むことは和んだが、やはり不安が拭いきれない。
「…はぁ…。がんばろうね。とりあえず持ってくのは、ねこじゃらしと…あとまたたびかなぁ?」
色々持っていっていざとなったらイルカに使おう。
そう思いながら俺がまたたびをしまってあるたんすに手を伸ばすと、イルカががばっとその腕にしがみ付いてきた。
「またたび!欲しい!」
何度この顔に負けたことか…!目を合わせたら負けだ…!
俺は出来る限りイルカの瞳から視線をそらしながら、結界に閉じ込めたままのまたたびをすばやくしまいこんだ。
「任務が終わったらね?」
何とか笑顔を取り繕ってみたけど…イルカは俺の懐のまたたびを凝視している。
「頑張る!一杯頑張る!」
あ、ヨダレちょっと垂らしてる…かわいいなぁ…もう!ほんとにまたたび好きなんだから…!
そんな天真爛漫なイルカの様子を見ていると腹の底からため息がでる。
「…心配だなぁ…。」
「今強いから大丈夫!カカシさんもいるし!」
あー…自信満々だなぁ…かわいいんだけどね…。この分じゃ絶対諦めないな。
俺に抱きついてごろごろ言いながらおねだりの視線を向けてくるイルカをなでながら、俺は腹を括ることにした。
「危ないことしないでね?怪我しそうになったら逃げてね?」
「はぁい!」
にんまりと笑ってものすごくいい返事をしてくれたイルカをなでながら、俺は三代目への怒りを必死に抑えていた。
…それに…あの日、俺がもっとしっかりしていればこんなことにならなかったのかもしれないという後悔も…。
*****
あの日、報告は俺の部下が済ませているはずだが、一応イルカのこともあるので三代目の所に出向いたのが失敗だった。
執務室に入るなり、キセルを思いっきり吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した三代目が感情の読み取れない声で話し始めた。
「イルカが抜け出したのは、知っておるな。」
「はぁ…。」
知っているも何も、イルカが俺のところに来た時点で勝手に出てきたんだろうなと思っていた。
あの後も里に着くなり始めようとしたイルカをなだめたり、とりあえず報告を部下に任せたりしたあと、 大急ぎで自宅に飛び込んだのだ。
まあ、その後は幸せで濃厚な時間を過ごしたんだけど…。
当たり前だが、やはりイルカの脱走は気付かれていたらしい。三代目の様子から言って抜け忍扱いにされていたわけ じゃなさそうだけど…。
俺が不審感を隠さずに三代目をねめつけても、三代目の泰然とした態度は揺らぎもしなかった。
…やはり、流石は里長。最初の時からこの狸爺にはしてやられているから、警戒は怠れない。
「お主がおらぬと追っていきおった。」
「あー…やっぱり、そうですか。」
いつもの狩りにしては遠すぎだし、来るの早いと思ったんだよなぁ…。
この様子だと一応三代目の所に断って行ったのか…?
「じゃによって、コレよりしばらくおぬしの任務にイルカをつける。」
不安に狩られる俺に、三代目が厳かに言い渡した。
「はぁ。ええ!?何でですか!そんな危ないこと!」
思わずその雰囲気に飲まれて流しそうになったが、冗談じゃない!イルカを危ない目にあわせるなんて…!!!
当然抗議したが、三代目はキセルをふかしながら余裕たっぷりだ。
「イルカは強い。まあちと本能に流されやすいがの。安心せい。お主がおらぬと任務に集中できんようでな。まあ…」
「安心なんてできませんよ!なんでそんな…!」
気が付いたら、俺は三代目の言葉を待たずに叫んでいた。
このままじゃ…イルカが危ない任務に…!いくら強いからってそういう問題じゃないはずだ!イルカは…暗部なんか似合わない!
だが、三代目はそれ以上俺に言わせてくれなかった。
「命令じゃ。…コレはイルカに着せてやるように。」
目の前に置かれたのは馴染み深いもの。
「暗部装束…!ですが!イルカはいつ人に戻るかもわからないのに…!」
「試験的なものじゃ。状態如何によっては考える。次の任務はこれじゃ。」
あきらめ切れない俺を誤魔化すような言い方は癇に障ったが、命令とあらば逆らえない。
しぶしぶ差し出された任務内容を手に取った。
「…コレに、ですか…。」
この内容なら確かにイルカでも何とかなるかもしれないけど…。やはり不安は拭えない。
「行け。」
もたつく俺を追払うかのように命じられ、俺はその場を立ち去るしか出来なかった。
「イルカに何かあったら…あなたでも許しませんから。」
…ソレでもこれだけは言ってやったが。
だが、やはり老獪な里長にはかなわなかった。
「お主が守ればよかろう?」
にやりと笑ったその顔に、腹のそこから湧き上がるような苛立ちを覚えたが、とにかくイルカ本人にも説明しなければならない。
「言われなくても!…では、失礼致します。」
手渡された忌々しい服を握り締めて、俺はイルカの元へ急いだった。
*****
イルカは沢山いる獲物を狩るのが好きだ。
そういう意味ではこの任務は確かにイルカ向きなのかもしれない。
眼下には洞窟の前に馬鹿みたいに突っ立てる男たちが見える。どうやら見張りのようだ。チャクラからして精々下忍クラスだが、 中にいるのはもっと面倒なヤツだだろう。
「ねぇねぇカカシさん!あれとか…あの中にいるの全部狩っていいの?」
「そう。でもね。中にいる女の人は駄目だからね?後、一番えらそうなのも駄目だから。」
体のラインを露にする暗部装束を身にまとったイルカは、そのしなやかさが際立って、とても美しいが、 問題はちゃんと任務ができるのかというところだ。
瞳をキラキラと輝かせながら、鼻をひくひくさせて匂いをかいでいるイルカは…やっぱり猫そのものだ。つまり。 …いざという時に大丈夫なんだろうかという不安が拭えない。
一応は任務の内容は説明してあるが、ちゃんと理解してるんだろうか…?
不安に思っている俺に、イルカは自信満々に応えてくれた。
「弱いのは狩っても詰まんないから大丈夫!あと、敵じゃないのは分かる!えらそうなのがいたら…お残しします!」
「ま、いいけど…。」
大丈夫かなぁ…?まあイルカは興味のないことは絶対にやらないから大丈夫か?
今回の任務はどこぞの大名の娘だか奥方だかを攫った盗賊を叩きのめす。まあ所謂殲滅任務だ。生き残っててもらわなきゃ いけないのは裏を取るために必要な首謀者と攫われた女だけ。
イルカにとってはいつもの狩りごっこと変わらないだろう。
「ねぇねぇ!もういーい?」
イルカはもう獲物を早く狩りたくてうずうずしている様だ。グダグダ考えてこれ以上我慢させる方が危険だろう。
覚悟は…決まった。
「じゃ、行くよ!」
俺がそういうや否や、ものすごい速さでイルカが飛び出して行った。
気配やチャクラの消し方も見事だし、なによりそのすばやさは恐ろしいほどだ。…俺でも時々捉え切れない。
それに反して、敵忍と思しきチャクラは、音も立てずに片っ端から消えていく。着実にイルカが獲物を狩っている証拠だろう。
俺もう要らないんじゃないだろうかと思うくらい見事な動き。
やはり猫のイルカは美しい。
思わずその姿に見とれてしまったが、一応俺の任務でもある。イルカが怒らない様に、イルカが狩っているらしい所 からやや離れた所の敵を、適当に始末していった。
「カカシさん!もういない?」
「そうみたいね。」
チャクラが感じられない所を見ると、どうやらイルカがあらかた狩りつくしてしまったようだ。
…この分じゃ首謀者も狩っちゃったのかもな―…。えらそうかどうかなんて、一瞬でやっちゃたら分からないだろうし。
「あっちにまだなんかいるけど…。」
「あー…じゃ、それかな?」
一応は忍だらけだったはずなんだが、どうやらキレイに片付けてしまったようだ。
残っているのは多分…共の者と外出中に、運悪くつかまったという大名の娘だか奥方だかだろう。一応救助の方の 依頼は果たせたんだから、イルカ連れにしては上出来だと思うことにした。
すたすたと歩いていくイルカの後ろをのたのたと付いていくと、やはり予想通り。
洞窟に作りつけられた檻の中に、女が一人うずくまっていた。
首謀者の方は後で何とかすることにして…この女を送り届ければ任務は終了だ。とにかく早く帰りたい。
任務を簡単に終わらせてしまうと次が怖いというのも勿論ある。三代目が調子付いてまた任務になったら…多分俺は 心配で胃に穴が開くだろう。
だが、首謀者は捕まえ損なっているし、なにより、多分興奮したイルカはこれじゃ物足りないはずだから、 いきなり追いかけっこだのそれに付随するいちゃいちゃだのをおねだりされる前に、この女を送り届けてしまいたい。
結界も貼っていないずさんさに呆れながら、南京錠を千本で開け、うずくまる女を抱き起こそうとした瞬間、いきなり イルカに腕を引かれた。
「カカシさん!ソレ違う!」
イルカに腕を引かれた瞬間、鈍く光るモノがが走った。胸元をかすったのは…クナイだ!
とっさに俺も手裏剣を投げて応戦した。
重そうな着物を着ていた女は、さっとソレをよけると、低い声で唸った。
「ちっ!やはり木の葉の暗部…一筋縄ではいかぬか…!」
低い声で唸るように言った女は、すぐに姿を変えた。武器を構えたその姿は、怒りに満ちている。恐らくコイツが首謀者だろう。
変化の術か…!
イルカの件で油断してたとはいえ、この体たらく。一応抜けたとはいえ、頻繁に任務をまわされているのに、この程度の敵に 僅かとは隙を見せてしまったことに、我ながら腹が立った。相手は一応上忍クラスのようだが、普段ならこんなことなど ないのに…。
…俺は、敵に集中するあまり、もっと怒っているイキモノがすぐ側にいることに気付けなかった。
写輪眼を使うまでも無いだろうが、相手の出方を警戒していると、俺の腕を掴んだままだったはずのイルカから、 唸り声が聞こえてきた。
「カカシさんに…怪我させた…!!!」
そういうなり、敵に向かってイルカが踊りかかっていく。
真っ直ぐ、躊躇いなく。
「イルカ!待ちなさい!」
自分の方の被害といえばイルカのおかげで、服がプロテクターを掠めただけだ。この程度でイルカに何かあったら…!
焦りのあまりこの洞窟ごと土遁で埋め立ててやろうとさえ思ったが、印を組む前に決着は付いていた。
「ふん!貴様のような…ぐあ!」
イルカは…悪役らしい決め台詞さえ言わせずに、敵を問答無用でぼっこぼこに殴っていた。
「カカシさんに…よくも俺のカカシさんに…!!!」
正に猫がネズミをいたぶるように、一撃一撃は重いのに、止めを刺さないよう急所は微妙に外し、それはもう怒り狂っている のが良く分かる行動だった。
俺は…イルカが俺のことで怒ってくれているという事実に、つい舞い上がってしまった。
「あー…ありがとう。イルカ。それ、イイからもう離してやって。」
俺が正気に戻ってそう言ったときには、すでにぼろきれのようになった男が転がってた。
…その後、それでも物足りないとばかりに足でげしげしと男をけり続けるイルカをなだめて、何とか無事 捕まっていた女を助け出し、ぐずるイルカを誤魔化しながら依頼人の下に連れて行くことに成功した。
…助け出した女がしがみ付いてきたせいで、俺のカカシさんに触るなっていうイルカをなだめるために、 わざわざ忍犬呼び出して乗ってもらう羽目になったり、ずたぼろの男から情報を引き出すために持って帰る間にも、 イルカの攻撃から守らなきゃならなかったりと、色々あったが。
まあとにかく、ボロ雑巾みたいになった男を拷問・尋問部に驚かれながら引き渡し、何とか家に帰って来れた。
*****
家に着くなり、イルカが鼻を鳴らしながら俺にすりついてきた。
「怪我は…?」
「ああ怪我してなかったから。イルカが助けてくれたから、大丈夫だよ?」
不安そうなイルカを慰めたくて、頭をなでてやると、ごろごろと喉を鳴らしてくれた。気持ちよさそうに細められた瞳が、 怪しく輝く。
コレは…もしかして…!
そう思った俺の予想は、半分外れた。
「なら、またたび!あと遊んで!あと…ココでシテもいい?」
「あーうん。え!えーっと…!?」
ガッカリして、納得して、いきなり期待通りの回答。
思わず反応が遅れた。
「いただきまーす!!!」
「わっ!」
「カカシさん…大好き!」 やはりイルカは俺の隙を見逃さず、一直線に飛び掛ってきた。
今回は、イルカには沢山我慢させてしまった。それに…今のイルカ相手に俺の方が我慢なんかできない。 イルカを早く男から引き剥がさなきゃいけなかったから、報告もまだだとか、三代目にねじ込んでこないといけないとか、 色々考えるコトはあったんだけど。
…俺はもちろん本能の方に従うことにしたのだった。
*****
三代目はいつも通り余裕たっぷりでキセルをふかしている。
この爺のせいで俺は…!
「イルカはいいとしても…俺が任務に集中できません!」
俺が思いっきり叩いたせいで、執務室の机から書類が舞い散ったがそんなコトはどうでもいい。
今回のことは…イルカと任務に行かされたのが原因だ。
このまま同じ事を繰り返すなら、イルカの心配で俺は絶対におかしくなる! 三代目がなんと言おうと俺は絶対に引かないつもりだった。
そのせいで…続くセリフに毒気を抜かれることになった。
「そうじゃな。カカシさんに怪我させたーっちゅうてイルカも怒鳴り込んできおったし。」
「へ?」
いつのまに…!しかもちゃんと文句言いに行く先、分かってたのね…。
あれだけ興奮していたから無理だろうと思っていたが、そこのあたりは一応しっかりしているようだ。
とにかく、この様子ならこれ以上任務を押し付けられることも無いだろうとホッとした瞬間、また三代目が余計な事を言い出した。
「うむ。次は…内容を変えて…」
「だから!」
空っとぼけた顔をした三代目を怒鳴りつけた時だった。
「カカシさーん!いた!」
後ろから嬉しそうに俺の名を呼びながら、イルカが勢い良く飛びついてきた。
昨日はそれはもう…最高に盛り上がった。…つまり相当にヤリ倒した。俺の腰の方もちょっとだるいくらいだ。
だが、それでも…イルカは俺から離れるのが我慢できなかったんだろう。
「イルカ。大丈夫?」
頭をなでてやるとその手をカジカジと甘噛みしながら、イルカは嬉しそうに話してくれた。
「あのね。昨日楽しかったから、カカシさんが怪我しないなら一緒に任務なら行ってもいいかも!でも、カカシさんに 怪我させるヤツがいたらやっつけちゃうかなぁ?どうしよう?」
「そうかそうか…。ならばもっと簡単な…」
イルカが楽しかったといわれると、つい一緒に来ていいよといいたくなるが、そうは行かない。
「ですから!」
ココで引いてなるものかと、俺が三代目に視線を向けた途端…。
「イルカのためじゃ。」
三代目はその一言で俺を黙らせた。
「うっ!」
「置いてかれるのやだなぁ…?カカシさんと一緒がイイ。だめ?」
「うぅぅ…!」
イルカの甘えた声と縋るような視線がそれに追い討ちをかける。
そして、この老獪な里長が、そんな俺に気付かないわけが無かった。
「決まり、じゃな。」
「えへへ!!!やったぁ!!!」
「…うぅ…!!!」
俺は、幸せそうなイルカと、満足そうなやり手老人に囲まれて、今後の生活に激しい不安を覚えたのだった。

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猫暗部…?
一応こそっとコレを増やしてみました…。 ご意見ご感想ご要望などはいつでもその辺の拍手などからどうぞ…。

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