食べて



「食べて」
真剣な表情とは裏腹に、美味そうな香りと湯気を漂わせた出来立ての料理はとてもとてもおいしそうだった。
だが。
「あのー…ここどこですか?あとどちらさまですか?」
さっきまで、俺は自分ちで寝てたはずだ。ソレがいきなりすっと冷たい風が入ってきたと思ったら、良く分からないままそのまま布団ごとすまきにされて…気がつけば見知らぬ家の見知らぬ食卓で見知らぬ銀髪の男…つまり俺を荷物のように攫ってきたヤツの前にいるわけだが。
今まで起こったことを整理してみたが、眠気など当にすっ飛んだ頭でもさっぱり意味が分からない。
自分でも曲げられない信念に従った結果、里の禁忌でもあるあの子のことで悪意ある襲撃を受けたことなら何度もある。
…だが、いきなり寝てる人をひっさらった挙句に飯を無理やり食わせるってなにがなんなんだか…。
「食べて」
…会話は成立しないようだ。とにかくどうあっても俺が目の前の飯を口にするまで、この見知らぬ男は俺を解放しないだろう。まあ、食っちゃっても開放されるかどうか分からないし、これに何が入ってるかも分からないし、だからってここを出ていきたくても、強固な結界に阻まれているのがわかるから、どうにも手の打ちようがない。
切羽詰った表情で俺を見つめる方は、正に人生の一大事とばかりに強い視線を向けてきている。
…状況からして、ここは里内だろう。ということは、間諜でもない限りは、この男も木の葉の忍だ。しかも実力から考えると上忍だろう。
命令だと、思い込むコトにした。…もしこれで自分に何かあったら、あの子のことが心配ではあったけど。
見知らぬ男の表情がどんどん苦しげになっていくので、腹を括った。
逆上されでもしたら、ソレこそ危険だ。
「頂きます」
その一言で男がなんとも言えないほっとした表情を浮かべていたのが、更に俺の困惑を深めたのだが。
*****
「うわ、うま…!」
あまりの美味さに驚きを覚えた。毒でも盛られてたらこれが最後の晩餐になるかもしれないので、正直素直に喜べないのだが、それでも…久しぶりに食う温かい…多分手作りの飯は、涙が出るほど美味かった。
一瞬男の反応を見るのを忘れるほどだったが、これが期待されていた反応なのかどうかが分からないので慌てて視線をずらすと…男は既に次の料理を持ってきていた。
「あの。ありがとうございます」
礼を言ったが男は淡々と無言で料理を運んでくるばかり。
…異国のガチョウに無理やりとうもろこしを詰め込んで食わせて太らせてから食うという風習を思い出して不安にかられないでもなかったが、こうなればヤケだ。
俺も淡々と箸を動かし、テーブルの上一杯の料理をガツガツと平らげた。
もう食えない。そう思った頃、男が料理でなく温かいお茶を持ってきてくれた。
当然のように差し出されたソレを、一気に飲む。
満腹の腹にほわりと染み渡る渋茶にほっこり癒されたが、これで開放してもらえるんだろうか…?
食ってる間は遠のいていた不安が、じわじわとまた戻ってきたのを感じる。
逃げるべきか、ソレとも直球でもう帰してくれと言ってみるべきか、様子を見るべきか…?
お茶はもう空だ。…ゆっくりすすって沈黙を誤魔化しとけばよかったと思っても後の祭り。
お茶まで美味いのがいけない。
思考が八つ当たりに走り始めたとき、男がいきなり目蓋を引っ張った。…勿論俺の。
「ああ、思ったより大丈夫そう?」
「へ?」
良く分からない俺が呆然としている間に、男はサクサクと脈だの顔色だのをチェックして、いちいち納得している。
健康チェック、されてるんだろうか?
「今日、受付で凄く顔色悪かったじゃない?」
「はあ…」
…受付ってことは、この人の書類を受付したことがあったんだろうか?自慢じゃないが、顔を覚えるのは得意だ。だけどこんな…今気付いたがキレイな顔の男がいただろうか?
「きっと大丈夫だと思ったんだけど、うちに帰ってきても不安になっちゃって…まったくもう!もっと気をつけてよね!」
怒られてしまった。まあ顔色悪いっていうのはしょうがないかもしれない。ちょっとこの間子ども庇って怪我したから、丈夫な俺でもちょっと体調が優れなかったんだよなぁ…。
だからってどうして怒られてるのかは、事情がさっぱり飲み込めないんだけど。
でも声が、そういえばこの声には聞き覚えがあるような…?
「あのー…で、どちらさまで?」
どうしても思い出せないので、正面切って聞いてみた。
すると…。
「え?あれ?わかんない?俺ですけど」
…今流行の詐欺みたいな言い方だったけど、男の手が口元と前髪に覆われてた左目を隠してみせてくれたから、やっとわかった。
「アンタなにやってんですか!?カカシ先生!」
そうだ。たしかに知り合いだ。何回か挨拶したことがある。…変な先生だって言ってたけど、ここまでとは…!
「え?だって心配じゃない。好きな人がさ、具合悪そうにしてたら普通心配するでしょ?」
「心配は…ソレは申し訳ないと思いますが、それ以前にいきなり眠ってる知人を攫うのは大問題です。…え?」
一杯になった腹を抱えながら説教を始めようと思ったんだが、なんかこう…サラッと重大な言葉が混じってたような…?
「あぁ!?ウソ!?言っちゃった!?」
…慌てられた。そういえばこの人俺を引っさらってからもずーっとなんかこう…慌ててるっていうか切羽詰ってるけど、上忍なのに大丈夫なんだろうか?
で、言っちゃったってことは、さっきのがウソじゃないってことで…。
「あの、俺もカカシ先生のことは好きですが、もうちょっと普通に…」
「それ、ホント?」
気遣われるってことは嬉しいなぁなんて思いながら、それでもちょっと注意くらいはしようとした言葉を遮るように、カカシさんが詰め寄ってきた。
顔が近い。吐息が鼻に触れるくらいまでアップになっても、荒が見当たらないって言うのは腹が立つなぁ…。
「え?ああそりゃそうです」
俺の言葉にウソはない。子どもたちもそれなりに懐いているみたいだし、戦績の割りに驕ったところが無いから、いつか酒でも一緒できればいいなぁと思っていたくらいだ。
この取り乱しっぷり…案外カカシ先生ってテレやさんなんだなぁと思ってたら、息ができなくなった。
唇を塞がれている。頭はがっしりつかまれて身動きが出来ないくらいだし、何か口の中にもぬるぬる…って!?
「んー!?んー!?」
なんだ!?なんでキスされてる!?
「あ、ごめん。苦しかった?」
口では気遣いながら、いつの間にか抱き上げられていて…また運ばれる体勢になっていた。
今度は布団で簀巻きじゃないけど、ドスッと落とされた先は俺のじゃなくて、多分この人のベッドだ。
「な、なにすんですか!?」
「食べたばっかりだけど…ごめんね?」
笑顔と共にぺろりと己の唇を舐めたカカシ先生は、なぜかすさまじく男の俺でもぞくっとするほどの色気を放っていて…。
その隙に、またキスされて剥かれて舐められてつっこまれて…謝られたけど、謝るくらいならそんなことするなという目にあった。
*****
耳元で愛を囁く言葉で目が覚めた。
「イルカせんせ。かわいかった。嬉しい…!」
「あー…」
対する俺は、倦怠感と痛みと未だに何か挟まっているようなうずくような感触を残すとある部分の違和感と戦うので精一杯だ。
よくわからないけど、結論としてはあれだ。この人は、人の話をきかなすぎる。
「引越しはいつがいいかなー?今日はうちで寝ててね?」
夢見る瞳で夢を語るその人のお陰で俺の中の上忍のイメージや夢はこなごなにくだけちったが、イイ年した男がまるで乙女のようにはにかんでいるのが可愛らしく見えて、それがまた悔しいというかなんというか…。
「引越しは、しばらく無理です」
「ええ!?なんで!」
今にも泣き出しそうな顔で痛む体にしがみ付かれたが、ぺいっと鼻先を押し返した。
「腰、こんなんで重いもん持てるわけ無いだろうが!」
問題はそこではなかったはずなんだが。…花が咲いたように笑うこの人を見ていたら、こういうのもありだろうかと思い始めてしまったんだ。
つまり、自分の頭もしっかり沸いている物らしい。…もしかして、これも胃袋から落とされたっていうんだろうか…?
「なぁんだ!それなら俺が全部やるから大丈夫!明日には引っ越ししちゃいましょうね!」
俺の言葉に涙を止めてにこーっと笑ってぎゅっと手を握った上忍は、嬉しそうに宣言してくれたから。
「転居申請手続きもお願いします…」
そういってとりあえず瞳を閉じた。眠りを妨げられて、さらに激しい運動なんかしたもんだから、もう限界だ。
「初めてだったもんねぇ?」
なんて脂下がる男の頭を一発殴って抱き込んで…俺は眠りの海に飛び込むことにしたのだった。


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ド粗品予定がー…。←これ何度目なんだ!?
あー…その、一応ー…ご意見ご感想などお気軽にどうぞー!!!

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